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 目覚めたアン子が見たものは、教室の天井だった。
はっきり見えるから眼鏡はかけたままのようだが、
唐突に変わった風景に混乱しつつ、頭を上げようとする。
 しかし、頭が、というより全身が、ひどくだるくて力が入らなかった。
一体何が起こったのか、ますます混乱する思考を、アン子は必死にまとめようとする。
すると頭上から艶のある女性の声と、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「また教室でしていたのね。少し不用意ではないかしら?」
「マリア先生も最初は俺たちのを覗いたんでしたよね」
「アレは覗いたのではなくて見せつけたのでしょう?
アナタも気の毒ね、美里サン。こんな男に捕まってしまって」
 女の声は足の方から、男の方は頭の方から聞こえてくる。
二人の会話と、そこに含まれた固有名詞が急速にアン子の記憶を収束させ、像を結んだ。
「ア……アンタ達、どういうことよ、説明しなさいよッ!」
 怒鳴りつけてやったつもりだったが、声はひどく弱々しかった。
それでも二人には届いたらしく、男の方が顔を覗きこんできた。
「あ、気づいたな。な、大丈夫だったろ?」
 会話の後半は別人に語りかけているようで、逆さまに映った顔は一旦離れる。
替わってアン子の視界に、眩しいほどの金髪と、それに照らされでもしたかのような白い肌の女性が映った。
「ゆっくり深呼吸しなさい……あまり興奮しない方がいいわ。
命に別状はないけれど、二、三時間は動けないはずよ」
 授業の時とは違う優しい声に、アン子は驚き、深呼吸も忘れてその女性を見た。
 この場所にいるのはいいけれど、この状況にいてはいけない女性。
龍麻たちの担任で、アン子たちのクラスの英語の授業を受け持っている教師、
マリア・アルカードがそこにいた。
「せ、先生……」
 情報は正しい判断を下すためにあるのに、新たな情報が加わって余計に混乱することがある。
こんな時、アン子は眼鏡を外して大きく頭を振ることで強引に整理するのだが、
今は頭もまともに動かせず、混乱する頭の中は容易に整理できそうになかった。
 アン子の、情報収集のための有力な装置である目には、ずっとマリアが微笑んでいる。
アン子が客観的に認めるのにやぶさかでないほど美しいマリアだが、
今はいつも授業で見るときよりも、単にきれいというだけでない、
凄みのようなものがあって数段美しく見えた。
 眼鏡がずれてしまったのか、ややピントの合わない視界の大部分に金髪を映しながら、
アン子はそんなことを考える。
眼鏡をかけ直したいが、手足はまるで動かせない。
まさか龍麻やマリアに頼むわけにもいかず、思考は混乱しっぱなしで、苛立ちが募ってくる。
この場でその苛立ちを思いきりぶつけられる相手を素早く判断し、アン子は再び叫んだ。
「さっさと事情を教えなさいよッ。かよわい乙女をかどわかすなんて、何考えてるのよッ」
「かよわい乙女って誰だよ」
「緋勇君」
 龍麻をたしなめる葵の口調に、アン子の頬はかっと熱くなる。
被害者だと思っていた葵ですら実は演者であり、
自分一人が観客であり、部外者であると直感したのだった。
 その直感を裏付ける、まるで緊迫感のない龍麻の声がアン子の耳を嬲る。
「説明してもいいけど、こういう状況って映画とかであるだろ?
どうせ死ぬんだから冥土の土産に教えてやろうか、って」
 アン子の今の位置からでは龍麻の顔が良く見えない。
本気で言っているわけではないにしても、覗き見をしていた杏子に対して
いい印象はもっていないのは間違いなさそうだ。
圧倒的に不利な状況ではあったが、このまま命乞いをするなどプライドが許さないアン子は、
せめて一矢報いようと反撃を試みた。
「別に訊かなくたってわかるわよ。アンタが美里ちゃんとマリア先生をたぶらかしたんでしょ」
「あー、大体当たってるな」
 悪びれるでもなく認めた龍麻に、アン子は二の句が継げなくなってしまった。
 三年次の四月からこの真神學園にやってきた、やや季節外れな感のある転校生は、
その出自とは関係なく、瞬く間に校内の人気者になった。
男女問わず、どころか真神の聖女とまで呼ばれる美里葵とも、彼女を知る者は皆一様に驚くほど親しくなり、
人物の判断基準が同級生より数段厳しいアン子でさえ、龍麻に関しては悪くない評価を下していた。
それが化けの皮が剥がれてみれば、生徒会長と女教師を手籠めにしているという、
俗悪な小説でも滅多にお目にはかかれない悪党だったとは。
「でも無理やりにはしてないぜ。別に脅迫してるわけでもないし」
「そんなの判ったモンじゃないわよ……!」
 とっさに反発しつつも、アン子は龍麻の言うとおりなのだろうという気がしていた。
覗き見していた限りでは、葵の方が龍麻に尽しているようだったし、
マリアにしても態度に嫌悪は見られない。
教え子二人が性行為をしていて、その場に出くわした教師がいるにも関わらず、
教室内にそういった負の空気は流れておらず、
ともすれば騒ぎ立てている自分の方が悪いのではないかという錯覚さえアン子は一瞬抱いたが、
もちろんそんなはずはない。
龍麻たちの方こそ非常識であり、少なくともこの場においては自分の方が正しいのだというアン子の理性は
全く正しいものだった。
 けれども、その正しさは何の役にも立たない。
アン子は今、教卓に供物のように寝かされたまま身動きも取れず、
最大の武器であるカメラすら構えることができないのだ。
命の次に大事なカメラの所在と、それを使って身近にあったこんなゴシップを撮れないふがいなさに、
歯ぎしりせんばかりに自分に腹が立つアン子だった。
「まあ、口でどれだけ言ったって信用しないよな、アン子は」
「当ッたり前でしょッ。あたしはこの目で見たものか写真しか信じないんだからッ」
 一秒でも時間稼ぎをすれば、誰か通りかかってこの異常を発見してくれるかもしれない。
とにかく今自由なのは口だけなので、アン子はそれを最大限活用するしかなかった。
「ねえ……龍麻。遠野サンのことなのだけれど」
 マリアの口調が変わったのに、アン子は気づいた。
授業の時とは違う、蜘蛛の糸のような、耳朶にまとわりついて離れない熱を帯びた声。
自分に向けられた声色ではないのに背筋がぞくりとしてしまい、アン子は必死に自制する。
 それを知ってか知らずか、マリアの白い手が伸び、アン子の頬に触れた。
「いいですよ、マリア先生のお好きに」
 会話が飛んでいる――何か聞き落としてしまったのだろうか?
一瞬とはいえ頬に意識を逸らしてしまったことをアン子は悔やんだ。
無駄を承知で訊くべきか、という逡巡は、しかし、すぐに霧消した。
「フフ……遠野サン、アナタに教えてあげる……女の悦びを」
 落ちかかるマリアの金髪に、アン子は危険を覚えた。
薄闇に浮かぶ凄艶な笑顔に、彼女は本当は教師ではなく、夜に生きる存在ではないのかと。
何の根拠もない、他人から聞かされたなら妄想だと一刀両断するに違いない想像を、
しかしアン子は否定できなかった。
「せ……先生ッ、あたしそういうのは」
「大丈夫よ……怖がることはないわ。女同士の方が、ずっと深い快楽を得られるのよ」
 言いながらマリアはアン子の太股をなぞりあげ、スカートをたくしあげていく。
その指先は驚くほど冷たく、アン子の肌に過剰な刺激をもたらした。
「ひゃッ……ん……!」
 火照った肌に感じる刺激は、人の肌にしては冷たすぎるマリアの指の温度に疑問を生じさせることさえ忘れさせる。
思考に割りこむ鋭利な感覚は、それが持続することで少しずつ思考そのものを侵食していくのだ。
アン子はジャーナリスト候補生として理性を保とうと試みるが、
マリアの指先はあまりに優しく、あまりに冷たく、気がつけば下半身に意識を寄せてしまう有様だった。
「フフッ……可愛いわね、張りがあって、柔らかくて……食べてしまいたいくらい」
 それは戯れ言であるはずなのに、奇妙に真剣味を伴っていて、アン子の背筋を冷たい汗が伝う。
マリアの教師にしては少し濃すぎる口紅の隙間に何か白いものが見え、
さらに怯えるアン子だったが、それは一瞬で消えてしまい、
見えたものが真実なのかどうか、確かめる術はなかった。
 そうしているうちにもマリアは大胆に指を操り、アン子の下腹部の感覚を支配してしまう。
アン子は特に感じやすいというわけではなかったが、マリアの手戯は眠っていた性感を引き出すには
充分すぎる巧さで、直前まで自慰をしていたのもあって、今まで経験したことのない快感を味わわされていた。
「や……だ……ッ、先生ッ、やめ、あ、んッ……!」
 膝から上が消えてしまったかのような浮遊感。
触れられているのかどうかさえ判らない微細な愛撫は、アン子の口から言葉を奪った。
やわやわと、けれども決して意識を逸らさせない指は、徐々に疼きの中心を目指している。
そうと判っていても、あるいは判っているからこそ、アン子は叫べなかった。
「随分濡れているわね、遠野サン……アナタ、結構オナニーが好きなのかしら?」
「……ッ!」
 英語教師に赤裸々な指摘をされて、アン子は絶句してしまい、
それによって指摘が事実であると認めてしまっていた。
 初めは原稿が進まないストレス解消で始めたオナニーは、今やほとんどアン子の日課となっている。
減るものではないし誰かに迷惑をかけるわけでもない。
そもそも誰に知られる類のことでもないのだ、と高をくくっていたのが、
いきなりこんな形で白日の下に晒されて、アン子はプライバシーを暴かれる辛さを身をもって知ることとなった。
「別に恥ずかしがることはないのよ。好きでもない男に安売りするよりはよほどいいわ……でも」
 下着の上からスリットをなぞっていたマリアは、ついに手をかけ、脱がせてしまう。
薄紫の下着が隠していた花園は意外に慎ましく、育て方次第では美しい花が咲くかもしれない。
縮れの少ない恥毛を撫でるマリアの微笑は、どんな肥料を与えようかと思案しているようにも見えた。
「これからは寂しくなったらワタシのところにいらっしゃい……可愛がってあげるわ」
 マリアの誘いにアン子は乗らなかった。
同性愛志向がなかったからではなく、抵抗さえ許されずに下着を剥ぎ取られ、
最も恥ずかしい部分をまじまじと見られた上に触られて、いかに頑丈なワイヤーで編まれている精神の糸も、
さすがに切れかけていたのだ。
「やッ、あ……! ひゃぅっ、あ、ぅ、んぅんッ……」
 軽やかに踊るマリアの指先に合わせて、アン子の口から、
彼女を知る人間からは想像もつかない悩ましげな声が流れだす。
微笑を浮かべたままマリアは、咲きはじめた花の初々しさを愛でるように繊手を操り、
アン子を快楽の深みへと連れていった。
「い、嫌ッ、先生止めてッ……!」
 こんな状況で感じるわけがない、と思っていたのが、
マリアの技巧のすさまじさに翻弄されてしまう。
自分でさえ知らなかった感じる場所を次々と引きだされ、アン子の腰は彼女の意思によらずひくついていた。
「ヴァージンのいい匂いね……可愛いわよ、遠野サン」
 スリットの浅いところに指を浸し、なぞりあげる。
そうして蜜をあふれ出させてから、ヴァギナの形を意識させるように指先を操り、
アン子の見えないところでどこまでも辱めていくマリアの顔には、
サディスティックな笑みが貼りついていた。
 葵のように清純な少女を弄るのも愉しいが、遠野杏子のように知的な少女を恥辱で追いつめていくのも、
また格別の愉しみがある。
人の世に潜伏して幾百年、セックスなど軽蔑していたマリアだが、
知ってみればなかなかに味わい深いものがあった。
「ふぁッ……あ、ん……先生っ……!」
 普段は記者を気取って取材対象を探し、獲物を見つけるや否や肉食獣のように食いついてくるアン子も、
こうなっては形無しだ。
自身、何度も辟易させられたことのあるマリアは、意趣返しのつもりもあって、
アン子を少し苛めてやるつもりだった。
「日本語では、オマンコ、だったかしら……フフ、遠野サン、アナタのオマンコ、
もうびしょびしょになっているわよ。龍麻と葵のセックスを見て、そんなに興奮したのかしら」
「そ、そんなっ……違いますッ、あたしそんなッ」
「激しいものね、龍麻は……当てられてしまうのも仕方がないわ」
 アン子の必死の反論に耳も貸さず、マリアは無防備な秘唇を撫でる。
動きを封じられたアン子の身体にあって、そこだけが愛撫に応え、
別の生き物のようにひくひくと蠢いていた。
 指を濡らした愛蜜を、愛おしげに口に含んだマリアは、今度はその唇をアン子の秘唇に寄せる。
赤く、長く、そして厚い舌を、淫靡に先端だけ動かし、紅くぬめる洞の中に挿しこんでいった。
「ひッ、あ――ッ!!」
 動かぬはずのアン子の肢体が、びくりと跳ねあがる。
その拍子に飛沫いた愛液がマリアの、染み一つない頬を汚したが、
美貌で知られる英語教師はそれを拭おうともせず、新たな刺激を囚われの少女に与えた。
「うッ、ふッ、駄目ェッ……んあッ、ああんッ……!」
 クリトリスを舌腹で強くねぶってやると、身体が雷に打たれたように震える。
マリアはアン子を麻痺させただけで、感覚を増大させたりはしていないのだが、
もとから感じやすいのか、アン子は哀れなほど悶え、快楽に苛まれていた。
 制服の中に手を入れ、乳首をも弄りながら、マリアは容赦なくアン子を責める。
「さあ、イキなさい……何度でも、欲望の導くままに」
「やあ……ッ、ぁ、ん――ッッ!!」
 敏感な淫芽をいいように転がされて、あえなくアン子は絶頂を迎えた。
四肢の動かぬまま、腰だけが何度もうねり、宙を突く。
それはここにいる四人の中で最も場慣れしている龍麻でさえ息を呑むような痴態だった。
だが、マリアはまだ前菜を食したに過ぎなかった。
「はぁッ、はぁ……ッ……! ひッ、やッ、やめてッ……!」
 ようやく呼吸が落ちついたアン子に、新たな淫楽が襲いかかる。
続けざまの刺激は苦痛をもたらし、アン子は本心からの悲鳴を放った。
 けれどもその悲鳴は、笑顔を浮かべたマリアが、妖しく唾液に輝く舌を垂らし、
アン子の唇を塞ぐことでかき消えていったのだった。



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