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真神学園は修学旅行で秋深まる古都・京都に来ていた。
いくら生徒の中に人知れず日々人外の者と闘う者達がいたとしても、修学旅行は修学旅行であり、
多くの思惑といくらかの困惑を孕みながら、皆観光などそっちのけで青春を謳歌する。
彼ら自身がそれを意識しているかどうかはともかく、
それは眩しいほどの輝きとなって記憶を彩り、
いつか思い出となる時の為にそれぞれのページを積み重ねていた。
「てめェ小蒔、何俺の卵焼き食ってやがンだッ!!」
その日の観光も終わり、食堂に集まっていた生徒達の耳を、けたたましい怒声が破った。
一斉に声の方を振り向いた生徒達は、そこに木刀が見えたのを確認すると、
何事も無かったように食事を再開する。
すっかり学園生活の一部になった感のある、3年C組の五人組のやり取りは、
五人の中にお目付け役がいる事もあって、もう誰も構おうとはしなかった。
その木刀のおかげで学校一の有名人になっている京一は、
周りの視線など気にするようすも見せずに怒鳴りちらす。
「ん? だってずっと残ってたからさ、食べないのかと思って」
「馬鹿野郎ッ! それは最後の楽しみに取っておいただけだッ! 返しやがれッ!」
「そんな事言われてもさ、もう食べちゃったし」
京一が立ちあがって指を突きつけても、卵焼きを食べた少女──
小蒔は箸を止めようともせずに涼しい顔で答える。
業を煮やした京一は、素早く他人の盆を見渡して奪われたおかずが残っていないか探した。
「くそッ、醍醐! お前のよこせッ!」
「ははは、すまんな。俺はとっくに食べてしまったよ」
「畜生……ッ!! そうだ龍麻ッ!」
物凄い勢いで伸びてきた箸を、それに劣らない速さで突き出された龍麻の箸が受け止める。
短いが本気の力較べの後、京一の箸が音を立てて真ん中から折れた。
「行儀が良くないな、京一」
「ぐッ……! くそッ、覚えてやがれッ!」
誰に対して言ったのか良く判らない捨て台詞を残して、夢散った京一が食堂を飛び出す。
それを悠然と見送った龍麻は、護りぬいた物を食べようと箸を動かした。
「!?」
空を切る箸に、愕然として盆を見ると、たった今までそこにあったはずのおかずが無い。
パニックに陥った龍麻が視線を動かすと、不自然に頬を膨らませた小蒔がそこにいた。
「…………小蒔」
「もご?」
「今お前が食べてるのは……何だ?」
「ふぁまふぉやふぃ」
「誰のだ」
「ひーふぁんふぉ」
「くッ……この底無し胃袋がッ……!」
「まあ落ちつけ龍麻、桜井も悪気があったんじゃないだろう」
美味しそうに口をほこほこさせる小蒔に、
たちまち堪忍袋の緒が切れた龍麻は、肩を震わせて腰を浮かせかける。
それをまるっきり他人事の声で京一の反対側に座っていた醍醐がなだめ、
龍麻は何かにつけて小蒔の肩を持つ声の主に怒りの矛先を向けた。
「これが悪気じゃなくてなんだっつーんだッ!」
「食い物の事で騒ぐな。見苦しいぞ」
「お前はいっつも食うの早いからいいけどな、俺なんてこれで何回目だと思うんだ、五回目だぞ!」
「それはお前に隙があるからじゃないのか?」
「そうだそうだッ、そんな回数覚えてるなんてみっともないよッ!」
「くッ……どいつもこいつも……ッ!」
醍醐とは初めの頃こそそれなりに友人として敬意を払いあっていたように思うが、
今ではすっかり京一と同じレベルで見られているらしく、
妙に保護者ぶった物言いをされる事が多かった。
それに対する反感もあり、更にフォローを受けて勢いづいた小蒔にまでたしなめられ、
龍麻はつむじに血が集まるのを感じる。
そんな龍麻を救ったのは、一人の女性の声だった。
「もう……そんなに欲しいなら私のをあげるから機嫌を直して、龍麻」
「う……」
そろそろ頃合いと見たのか、何か言おうとする龍麻の袖を引っ張り、
苦笑いを浮かべながら葵が仲裁に入る。
怒気を包み込むような柔らかい物言いに、
一人で興奮していたのがなんだか急に恥ずかしくなって、
龍麻は振り上げていた箸を下ろして椅子に再び座った。
そこにすかさず小蒔が茶々を入れる。
「ひーちゃんって、葵の言う事はなんでも聞くんだよねッ」
「うッ、うるさいッ。俺も飯終わったからもう行くぜ」
顔の周りの温度が上がるのを感じて、逃げるように食堂を出た龍麻は──
一旦部屋に戻ろうとした。
なんとなくロビーに向かう事にした。
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