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「ひーちゃんひーちゃん」
食事が終わって部屋に戻ろうとした龍麻は、小走りに駆け寄ってきた小蒔に呼びとめられた。
さっきまで隣で食事をしていたのに、まだ話す事があるのかと訝る龍麻に、
小蒔は片目をつぶると人目をはばかるように囁く。
「さっきはごめんねッ」
「……もういいよ」
食堂での事など実はもうすっかり忘れていたのだが、
思い出してしまうと不快感が若い肉体を支える胃袋から甦り、その残滓が語尾に残る。
それを小蒔は感じ取ったが、面倒くさいので正面から吹き飛ばす事にした。
「まだ怒ってンの? しょうがないな、あとでさ、ボク達の部屋に遊びにおいでよ」
「あ、あぁ。……って、部屋ぁ!?」
「うん、部屋」
思いもかけない誘いに、龍麻は咄嗟に返事が出来ない。
ボク達、というのがもちろん小蒔と、彼女の親友であり、
龍麻が想いを寄せている葵の事を指していたからだ。
驚異的な『力』を持ち、東京を護る者として闘っていても、
夜女性の部屋に遊びに行くというのは無論初めての事で、
健全な男子高校生である龍麻はどうしても想像が膨らんでしまう。
それが好意を抱いている相手の部屋となればなおさらだ。
そんな龍麻の考えを読み取ったのか、小蒔はからかうように顔を覗きこんできた。
「んん? 今なんかヘンな事考えてない?」
「い、いや全然考えてませんです」
「ふぅーん……ま、いいや。待ってるからさ、ちゃんと来てよね。それじゃねッ」
怪しい言葉遣いになっている龍麻に、小蒔は意味ありげに笑って肩を叩くと身を翻してこの場を離れた。
小蒔が去った後も、
悪戯好きの妖精に魔法をかけられたような顔をして突っ立っていた龍麻だったが、
両頬を思いきり叩き、夢で無い事を確かめると、



すぐに葵達の部屋に向かう事にした。

一旦自分の部屋に戻って準備を整えることにした。



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