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 午前十二時三十分。
指定された時間の三十分前に、龍麻達は手紙にあった場所へと来ていた。
少し早めに着いたのは、閉ざされているであろう地下鉄のホームへどうやって侵入するか、
現地で策を練るつもりだったのだが、その必要はなかった。
どのような力によるものなのか、終電も過ぎて無人の駅に、
一箇所だけ降りられる入り口が開けられていたのだ。
電気は当然消され、地中へと続く階段は奈落へと誘うかのように闇へと向かっていた。
しかし、帰る訳にはいかない。
亜里沙の命もかかっているし、京一の生死も──生きていると信じてはいるが──
確かめなければならないのだ。
 入り口の地上部分でお互いの顔を見た四人は、力強く頷き、醍醐を先頭にして階段を下りる。
どんな罠があったとしても必ず突破し、生きて帰る。
いつにない緊張を秘め、四人は足音を立てずホームへと向かった。
「静かだね……人気のなくなった地下鉄のホームって、こんなに静かなんだ」
 小蒔の声が空虚に響く。
構内は、最低限の明かりだけは点けられており、薄暗くコンクリートを照らしていた。
人の気配はなく、ひんやりとした空気だけが漂っている。
 敵はどこにいるのかと、油断なく辺りを見渡す龍麻は、小さな空気の乱れを捉えた。
人間ではない、この呼吸音は──
「犬……? どうして、こんな時に」
 龍麻に少しだけ遅れてその音に気づいた小蒔の呟きは、大きな波紋をもたらした。
呼吸音の正体と共に、二人の男女が現れたのだ。
そのうちの片方は、見たことがない。
だが、もう片方は、龍麻達の知っている女性だった。
「あんた達──!!」
「藤咲さん!」
 亜里沙との再会に声を弾ませた龍麻だったが、影から現れた彼女を見て絶句してしまった。
制服は断ち切られ、髪もぼろぼろで、同い年とは思えない妖艶な魅力は消えうせてしまっている。
彼女の受けた仕打ちの辛さを思いおののく龍麻に、しかし亜里沙は気丈に微笑んでみせた。
解放された安堵からか、涙をにじませる亜里沙に、龍麻はやはり安堵で応えたが、
その表情が一変したのは彼女の後ろに立っている気配に気づいた時だ。
「良く来たね」
 始めからその男は見えていた──にも関わらず龍麻は、
男が口を開くまでその存在をほとんど意識しなかった。
男は気配を、それも相当高いレベルで殺していたのだ。
龍麻の仲間で、江戸から続く飛水流という忍術の系譜を継ぐ如月という男がいるが、
彼と較べてしまうほどの隠身だ。
如月のように忍術を修めるか、氣の操り方を熟知していなければ出来ない芸当だった。
 警戒を強める龍麻の強い視線を受けても、男は細胞の一つさえ動かしたようには見えなかった。
目、眉、鼻、輪郭──全てが細い男だが、弱々しさは感じられない。
むしろ極限まで研ぎ澄まされた刃のような、危険な存在に龍麻には見えた。
「時間通り、それに人数も四人。なら僕も約束を守ろう」
 男はポケットに入れていた両手を出し、おどけるように掲げてみせる。
振り向いた亜里沙に頷き、彼女が小走りで龍麻達のところに向かうのを確かめると、
再びその手をズボンに隠した。
 亜里沙が戻ってくる。
男から油断なく目を逸らさずに、彼女を葵や小蒔のところにやった龍麻は、
耳だけをそばだてて彼女の無事を確かめた。
「藤咲サン」
「皆……心配かけちゃったね」
「京一は」
 皆が知りたいであろう小蒔の問いだったが、残念ながら亜里沙にも答えられないようだった。
「ごめん……あたしにも解らないんだ。一人で閉じ込められてたから。
でもアイツが助けてくれたんだ」
 彼女がアイツ、と言うのは、目の前の男であるのは明白だった。
しかし、この男は明らかに敵だ。
閉ざされた雰囲気から、剃刀かみそりの刃のように鋭い殺気が放たれている。
それは漏れたのではなく、漏らしているのだ。
強い者を誘う、蜜の如く。
龍麻は亜里沙の言葉を聞かなかったことにして、醍醐と共に男と相対した。
 醍醐が太い指を鳴らしながら、低い声で訊ねる。
「貴様……何者だ。何故俺達を殺そうとする」
「残念だけど、僕に答える義務はない」
「そうか……ならばもうひとつ聞こう。貴様……拳武館か」
 それまでほとんど無表情だった男の顔が、初めて動いた。
光の加減によるものなのだろうか、薄い笑みを湛えた男の顔は、
幾つもの表情を同時に内包する能面のようであった。
凄惨な笑顔を醍醐に向けた、男の肩がわずかに揺れる。
「一介の、それも高校生がその名の真の意味・・・・を知ってるとはね。
賞賛に値するよ──死という名のね」
 脅しに今更怖れをなす醍醐や龍麻ではない。
 避け得ぬ闘いの覚悟をとっくに決めていた龍麻の鼓膜に、
彼に救われたという亜里沙の声は耳障りにすら響いた。
「あんた……どうしても闘うのかい」
「四人を抹殺するのが僕の仕事だ」
 亜里沙に答える男の声は、永久に溶けることのない凍土さながらだった。
男はそれ以上言えなくなった亜里沙にではなく、龍麻に対して口を開く。
「感動の対面は済んだかい」
「ああ、おかげさまでな」
「そろそろ始めたいんだけど、いいかな」
 小憎らしいまでに涼やかな男の口調に、小蒔などはもう怒りを露にしている。
それを制する龍麻に、男は値踏みするように目を細めた。
「君が一番強そうだね」
一対一サシろうってのか」
「君が僕に負ければ、どのみち他の人達も助からない……違うかい」
 男の後方に複数の気配がある。
申し出に応じなければ、全員を巻き込むだけだ、順番が多少変わるだけ──
無言の圧力に龍麻は氣を練り始めた。
 薄く、陽炎のように龍麻の身体に浮かび上がる氣に、男は右足を半歩引いた。
ほどなくして、男の身体にも龍麻とは色の異なる氣が練られていく。
「僕は壬生みぶ 紅葉くれは。拳武館高校三年だ」
「……」
 名乗りを受けても、龍麻は答えない。
今から行うのは殺し合いであり、そこに礼儀などは必要ない。
湧き上がる怒りを隠そうともしない龍麻に、壬生と名乗った男は淡々と言った。
「自分を殺した相手の名前くらい、知っておいた方がいいと思うけどね」
「皆……下がって」
「龍麻君」
「下がれッ!!」
 怒気を結晶化した声に、背後で葵が鞭で打たれたように身をすくませる。
異常に研ぎ澄まされた龍麻の五感は、見えないはずの彼女の表情までもを克明にていた。
だがそれは、自分自身でその高みにまで昇り詰めた訳ではない。
京一を倒された怒りと、目の前にいる細身の男から放たれる殺気に、本能的に身体が反応したからだ。
 尋常ならざる氣が、細身の男の全身から立ち上っている。
鋭利な刃物のような氣は、龍麻でさえも未だ成功したことがないほど練られたものだ。
その一事だけでも、目の前の男が容易ならざる敵であることが判る。
もしかしたら、勝てないかも知れない──
龍麻は生まれて初めて、そんな風にさえ思った。
男の気配には、自分と勝敗を決するのではない、
殺すか殺されるかという凄絶なものしかなかったからだ。
いくら武術を学び、常人には不可能な氣を操るという技を身につけていたとしても、
人を殺める、という一線を、龍麻はまだ越えていない。
その理非はともかく、こうした死合しあいでは、その一線は覚悟において絶対的な差を与えるのだ。
最後の最後、決着が着く瞬間のためらい。
恐らくこの、壬生という男は表情すら変えずに挙げた拳を振り下ろせるだろう。
自分には、それが出来るだろうか──
しかし、負ける訳にはいかない。
小蒔と葵をこんな、くずどもの毒牙にかけさせる訳には断じていかない。
最悪勝てなかったとしても、目の前の男さえ相討ちでも倒せば、
醍醐には白虎の『力』があるから彼女達を護って逃げてくれるだろう。
 静かな決意を秘め、龍麻は身構えた。
 二人の間に張り詰めた氣は、少しずつ、確実に圧力を高めている。
醍醐達も、拳武館の者達も呼吸すら止め、二人が動く瞬間ときを待ち構えた。
 このような時は、往々にして最初の一合を仕掛けられない物だ。
伯仲する実力は、先に動いた方に不利を与える。
緊張に耐えかねて仕掛けてしまった方が、その初手で敗れることもあるのだ。
つまり、二人が動かないということは、龍麻と壬生、二人の実力が拮抗しているということでもある。
 自身の経験からそう読んだ醍醐だったが、その予測は大きく裏切られた。
地に根を生やしたように動かない龍麻に、対照的に軽くステップを踏んでいた壬生は、
いきなり、無造作に間合いに踏みこんだのだ。
「──っ!」
 醍醐が驚きの声を上げるよりも先に、壬生の蹴りが龍麻を捉えていた。
空気をも断ち切ったかのような、神速の動きだった。
 かつてないほどに高まった氣は、龍麻に敵の挙動の軌跡さえ視覚させていた。
凄まじい疾さで左足を軸にして、独楽こまのように身体が回る。
壬生が描く円の先端には、極めて危険な意思が込められたつま先があり、
頭を狙って正確な軌跡を通ってきた。
かわすか──しかし、思考がその是非を判断する前に、身体が動いていた。
自分から、吸い寄せられるように踏みこんだ身体は、敵の目論見よりも手前で攻撃をブロックする。
その途端、風船が割れたような乾いた音が、東京の地下に木霊こだました。
 その音は、いつまでも龍麻の鼓膜にこびりつく。
うるさい──吼えることで不快な音を振り払おうとした龍麻の、膝がいきなり沈んだ。
「緋勇ッ!」
 男と龍麻の立てた残響音に、醍醐の叫びが重なる。
確かに龍麻は攻撃を防いだ。
にも関わらず、友人の身体は大きくよろめき、床に膝をついていた。
勝敗が決してしまったか、と醍醐は顔面を蒼白にするが、龍麻は起き上がろうとせず、
そのまま低い態勢から足払いをかける。
予測していたのだろう、壬生は跳躍してかわし、
そのまま絶好の位置にある頭を蹴り飛ばそうとしたが、その身体が大きく飛ばされた。
おとりの足払いで得た勢いをそのまま生かし、龍麻が反対側の足でわき腹を蹴ったのだ。
人体の急所を捉えたと思われた龍麻の攻撃は、しかし浅かったらしく、
壬生を打ち倒すまでには至らない。
当てた龍麻もそれは承知なのか、ひねった身体の勢いを利用して、一気に起きあがった。
下半身をばねにして沈め、壬生の位置を目測する。
だが気配で捉えていたはずの壬生の姿は、既に異なる位置にあった。
近い──迫る壬生に、身体が膝蹴りを予想し、ブロックの体勢に入る。
しかし、衝撃が訪れたのは腕ではなく、後頭部だった。
痛みが弾ける。
目が眩み、思考が途切れるが、身体はなお反応し、隙が生じている壬生の胸に肘を叩きこんだ。
よろめいたのを利用し、そのまま体重を乗せ、もう片方の掌を空いた胴体に押し当てる。
そこから氣を撃ち込めば、勝敗が決したかもしれない必殺の一撃だったが、
頭に受けた打撃が練氣を妨げた。
「──!!」
 掌底は只の打撃にしかならず、壬生の身体を押したものの、
致命傷を与えるには至っていない。
 始めに向かい合った位置まで距離を置いた二人は、再び氣を練る為に刹那、睨み合った。
ここまで、ニ瞬。
この場には大勢の人間がいるのに、二人の呼気だけが響き渡る。
彼らはあまりに凄まじい二人の攻防に、文字通り息を呑んでしまっていたのだ。
醍醐も、拳武館の人間も、お互いに対する敵意も束の間忘れ、
比類なき二人の拳士が死力を尽くして闘うのを固唾を飲んで見守っていた。
 二人の呼吸が重なる。
元からひとつであったかのように、寸分の乱れもなく重なった龍麻と壬生の呼吸は、
だがすぐに、それを拒んで分かれていく。
 先に動いたのは、壬生の方だった。
小気味の良い音を響かせて床を蹴った壬生は、滑るような動きで龍麻の懐に入る。
それを受ける龍麻は、上半身を沈めた壬生よりも更に身をかがめ、肩からぶつかっていった。
鈍い音が爆ぜる。
仰け反ったのは、二人同時だった。
鳩尾みぞおちを狙った壬生の膝を、龍麻は躱さなかったのだ。
一撃を受ける代わりに、それを上回る打撃を与える。
肉を斬らせて骨を断つという言葉そのものを実践した龍麻だったが、
壬生の蹴りはその一太刀で骨まで達するような剛蹴だったのだ。
直前に丹田に氣を込め、幾らかでも威力を減殺しようとしたが、
脊髄まで突きぬけるような痛みが走る。
その痛みを、感じ取ったら負けだ──
膝が入った部位から脳に痛覚が伝わる前に、
龍麻は己の拳に全霊を込めて壬生の身体の中心に撃ちこんだ。
肉を抉る、確かな手応え。
だが、そこから氣を放つことは、またしても阻まれた。
氣を散らしてしまうほどの苦痛が、全身を襲ったからだ。
「ぐ……ッ」
 落ちる身体を引き起こそうとして、龍麻はとっさに己を敵に預けた。
離れた瞬間に壬生が蹴りを放ってくる、と細胞が感じたからだ。
もつれあった身体はそのまま床へと転がり、二人は横転する。
龍麻は上を取り、氣を練らずとも圧倒的優位を確保できる馬乗りマウントを狙うが、
壬生はそれを嫌い、全身をばねにして一回り上回る龍麻のからだを突き飛ばした。
二度ふたたび、二人は向かいあう。
しかし今度はいとまを置かず、相手に回復する余裕を与えない為に、同時に地面を蹴った。
 激しく技がぶつかりあう。
二人の気迫には殺気があり、間違いなく二人は殺し合いをしている──それなのに、
まるで組み手を見るような洗練された動きだった。
醍醐達観客が抱いたその感覚は、当事者達も共有していた。
お互いの繰り出す技は、初めて見るものであるはずなのに、
身体は以前にその技を受けたことがあるかのように勝手に動いているのだ。
拳を受け流し、蹴りを止める。
相手の動きを見るよりも先に動く己の身体に、二人は違和感を覚えていたが、それを確かめる暇はない。
また技がわかると言っても完全ではなく、お互いの肉体に打撃を与える回数は徐々に増えていた。
「ッッ」
 溜まった唾を、血と共に吐き出す。
怒りは尽きることなく体内に宿っているが、今の龍麻は怒りに任せて拳を奮ってはいなかった。
陰の氣をチャクラに循環させ、陽と成して己の物とする。
これまでは怒りに我を忘れて陰の氣のまま体内に宿して闘うこともあったが、
強大な敵はその危険を身に知らしめ、充分に自制する必要を警告していた。
それが龍麻に、氣はともかく技の洗練度で優る壬生と互角の闘いをさせてくれたのだが、
もうひとつ、彼の気づかぬ効用があった。
目の前の壬生は、京一を倒した憎むべき敵の仲間だ。
必ず報いをくれてやらねばならない。
憎しみに身を奪われることを免れた龍麻は、壬生の口の端が、かすかに吊りあがっているのに気づいた。
こいつ、笑ってやがる──
不思議と腹は立たなかった。
なぜなら、自分もまた、奇妙な昂揚を覚えていたからだ。
殺す、たおすと言った陰氣は、いつのまにか勝ちたい、倒したいといった情動に昇華していた。
 氣が巡る。
豊潤な氣は、身体を巡ることを喜びとする陽の氣。
龍麻は決着をつけるべく、その氣を拳に凝縮した。
 気配が変わった龍麻に、壬生も残りの氣を溜める。
高まっていく氣に、周りで見ている者達も闘いの終わりを予感した。
腰を落とし、突進の態勢を取る龍麻と、半身の姿勢でそれを迎え撃とうとする壬生。
 先に動いたのは、龍麻の方だった。
全身を塊とし、壬生にも劣らぬ疾さで動く。
裏をかかない、最初から手の内を見せての龍麻の攻撃に、
壬生の蹴りも疾さを極めたが、それすらも龍麻は上回った。
踏み抜く勢いでコンクリートに足を撃ち込み、いしずえとする。
懐に完全に潜りこみ、必殺の位置を得た龍麻は、そこから全身の筋肉を思いきりたわめた。
負担を強いられた学生服が悲鳴を上げるが、既に耳には届いていない。
気圧が変化した時のような耳鳴りが、龍麻の聴覚を支配していた。
「……ッ!!」
 不利を悟った壬生が、一秒にも満たない間に攻撃から防御へ切り替えようとする。
だが、龍麻はそれに勝る疾さで、己の裡にたわめた力を全て解き放った。
こんから得た力を、全身を大きな一つの螺旋と化して、けんへと放つ──
男の胴の中央に押し当てた両の掌を、肉の中へひねって埋めながら、
龍麻は持てる氣全てを凝縮して撃ちこんだ。
「──!!」
 撃ち抜いたという確かな手応え。
その感覚は間違いではなく、壬生は人形のように無抵抗で数メートルも吹き飛ばされ、
構内の床に手酷く叩きつけられた。
奴は動けない──
龍麻は確信した。
しかし、氣でいくらかは減殺していたとはいえ、
一撃が致命傷となる壬生の蹴りを何発も受けていた龍麻も、もう満身創痍の状態だった。
それまでは闘氣がそれを意識させなかったのだが、
倒した、という一瞬のほころびがそれを一気に噴出させた。
身体が落ちる。
闘っている最中にも何度か感じたその感覚に、もう抗うことは出来なかった。
掌に、冷たいコンクリートが触れる。
「龍麻君!」
 葵の悲痛な声は、ひどく近くに感じられた。
「大丈夫か、緋勇」
 醍醐の力強い腕が龍麻を抱き起こす。
程なく葵の、泣く寸前の顔が目に入った。
そんなに負けそうに見えたのか──おどけてみせようとした龍麻は、
口すら満足に開けないことにようやく気付いた。
充満する血の味。
酷使された鬱憤うっぷんを晴らすかのようにきしむ全身。
葵の温かな『力』が怪我を癒すのが、かえって受けた痛みを意識させた。
それも彼女が続けて『力』を用いてくれたことですぐに楽になったが、
額に当てられた彼女のハンカチが真紅に染まったのを見て、
龍麻はなんとも申し訳ない気持ちになった。
「あの……ごめん」
「え?」
「ハンカチ、汚しちゃって」
 まだ上手く動かない口を、無理に笑う形にする。
すると葵の細い眉が、怒った形に歪んだ。
何がいけなかったのだろうか、と少しぼんやりとする頭で考える。
今度、買って返さないと──



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