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激しく音を立て、顔そのものも動かしての濃密なキスは、どれほどの間続いたのだろう。
意識を舌先だけに委ねていた龍麻は、費やした時間を計ることさえできない状態だった。
「んー……んっ、は……ぁ」
小蒔の息遣いが聞こえてくる。
こんなに色っぽい声さえも聞こえなくなるほど没頭していたのかと、龍麻は思った。
五体に重なっている彼女の感覚が甦るにつれ、欲望と愛情が交代を始める。
それは今のところ、龍麻にとって、
そしておそらく小蒔にとっても分けて考える必要のないものだったが、
それだけに、ひとたびどちらかが昂ぶると、もう片方も歯止めが効かなくなっていく。
既に胸の辺りまで満ちていたそれらの想いを、龍麻は足を絡めることで幾らかは発散した。
すると、両手を握られている、あるいは握っているために口を拭えない小蒔が、
舌で唇を舐めながら笑う。
「はい、起きて」
小蒔がそうさせたがる理由が、背中に腕を回したいからだという、
なんとも男心を刺激するものだということを知っている龍麻は、
腕を引っ張られてもおとなしく身体を起こした。
「エヘヘッ」
挿入の前の、ささやかな儀式。
背骨を掴むように、身体の中心にそっと這わされた両腕が、たまらなく愛おしいと思う。
どれだけ冷蔵庫の中のものを勝手に食べられても、
どれだけコンビニに使い走りさせられても、
どれだけゲーム中に理不尽なリセットボタンを押されても、
やはり龍麻にとって、小蒔は世界にただ一人の存在なのだった。
頭の先にまで想いが満ちる。
今の気持ちを最も簡単に現す言葉を、龍麻は知っていたのだけれども、
それを口にすることはできなくて、代わりの表現を探した結果、ひどく回りくどくなってしまった。
「お前さ、もし俺が死んだら……どうする?」
「何それ、死ぬ予定あるの?」
「ねぇよ、ねぇけどさ」
いかにも馬鹿にしたように答える小蒔に、我ながら馬鹿なことを言った、
と反省した龍麻は、不意に体温が上がったような気がして驚いてしまった。
その原因を、動悸が早まったからで、
なぜ動悸が早まったかと言えばまた小蒔が肌を押しつけてきたからだと分析した龍麻は、
それではなぜ小蒔が肌を押しつけてきたのか、それを本人に直接訊こうとする。
それを遮ったのは、床すれすれを這う低い声だった。
「そんなの考えられないよ」
「……え?」
「考えられるわけないじゃない、やだよ、なんでそんなこと言うのさ」
冷えていく。
頬が熱く濡れるのを感じながら、龍麻は小蒔が、もう大の字に広がってはいない、
小さく身を縮こめるばかりの小蒔がひどく冷えていくのを感じていた。
このままどんどん冷たくなっていき、最後には消えてしまうのではないか──
という考えは、頭のほんの一部分を掠めただけであったのに、
足の小指を思いきり打ったよりも酷い痛みが己のほとんどを苛むに至って、
龍麻は自分がどれほど愚かしいことを言ったのかをようやく理解した。
「……ごめん、悪かった」
「うん」
小蒔は和解のしるしなのか、頬を強く押し当ててくる。
頬と頬の間にできた、薄い水の膜はもう冷たくなっていたけれど、不快な感触ではない。
自分と小蒔とを隔てる膜を取り払おうと顔を動かすと、小蒔が喉の奥で笑った。
「くすぐったいよ」
そしてもう動く必要なんてないのだ、とばかりに後ろ髪を握る、
彼女のもう片方の手は、諭すように背中を撫でていた。
母性にも似た深い安らぎを感じた龍麻は、しばらくの間おとなしくしていたが、
やがて気恥ずかしさが水位を増してきて、またつまらないことを言ってしまう。
「濡れてるな」
「そういうコト言わないでよね」
それはいくら照れ隠しにしても、いかにも品がない台詞で、
後ろ髪を引っ張られたのもしょうがないことだ、と龍麻自身思った。
「ごめん」
「反省してる?」
「ああ」
しかし、あまりに素直に謝りすぎたのがかえって不信を招いたようで、
小蒔はこころもち顔を離し、龍麻の顔全体を眺めてきた。
「本当に?」
「本当だって」
強い口調と、それ以上に強い眼差しで、小蒔は問いかける。
試された龍麻は、逃げも隠れもせずに真正面から小蒔を見つめた。
その真剣さに気付いたのか、小蒔も真剣な面持ちで龍麻を見た。
息を止め、鼻先が触れる寸前の距離で、二人は視線を交わす。
その一方がふいに視線を外したのは、彼女の下腹部に、いきなり熱い何かが触れたからだった。
「なんか信じられないなぁ」
笑い出した小蒔に、龍麻は赤面が抑えられなかった。
どうしてこんな大切な場面で反応してしまったのか、自分の身体でありながらさっぱりわけがわからない。
小蒔は笑ってくれたから良かったが、別れ話に発展してもおかしくはないくらいの失態なのだ。
しかも顔は真剣だったから余計に始末が悪い。
自分の在り方について一度考え直そうと龍麻が心に誓うと、目許を拭った小蒔が言った。
「ひーちゃん」
「はい」
「ボクだけにしてよ、そーいうのは」
力強く頷いた龍麻は、承諾の誓いを姫に捧げた。
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