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「気をつけてね」
「はい、今までありがとうございました。……それじゃ」
靴を履き、最後の挨拶をしようというのか、肩越しに振りむいた龍麻の横顔が映った瞬間、
マリアは自分がどうしようも無い馬鹿だということにようやく気付いた。
数百年の刻を過ごしても全く成長していない心は、
大切なものを喪う寸前になって、初めてその貴重さに気付く有様だったのだ。
「待って」
蒼氷の中に閉じこめていたはずの想いが、内圧を高める。
それはすぐに全身を灼く情動となってマリアを衝き動かし、
彼女は渾身の力で龍麻を自らの許に繋ぎ止めた。
「お願い……行かないで」
「マリ……ア……」
「もう……嫌よ。これ以上、偽って生きたくはないわ。だから、お願い、ワタシを一人にしないで」
魂からの慟哭にも龍麻は答えない。
息遣いさえ伝わってこない身体に、自分が掴んでいるものが実は龍麻ではなく別の何かで、
もう自分が引き留めたい彼は旅立ってしまっているのではないかという恐怖にマリアは顔を上げられない。
涙が頬を伝い、服を濡らすのも構わず、ただ指先に伝わる感触だけを信じ続けた。
これまで自分が生きてきた時間よりも永い刻が流れる。
その中で、不意に腕に何かが触れたような気がした。
雨の最初の一滴のような小さなそれは、すぐに全身を包むスコールと化す。
昏い意識の中でマリアが顔を上げると、そこには濡れた身体を暖める二つの黒い太陽が在った。
「龍麻……龍麻……!」
自分の身体が掬い上げられたのにも関心を払わず、
マリアは両腕でしっかりと龍麻の頭を抱き、愛する男の名を呼び続けていた。

もつれあい、ベッドに倒れこむ。
骨が軋むような抱擁が、そして龍麻の貪るようなキスが狂おしかった。
涙で顔は汚れ、張りついた髪が口に入ったが、マリアはキスを止めさせなかった。
「ふッ、んンッ……ふっ、はっ、はぁッ」
熱い呼気を浴びせあい、ひたすらに舌を絡める。
マリアは今更にワインの匂いを後悔したが、龍麻は気にするそぶりも見せなかった。
体重を乗せ、のしかかって女を求めてくる。
その荒ぶる心に触発されたかのように、マリアは彼の身体にしがみつき、力ずくで男を組み敷いた。
「はぁっ……はぁっ」
まるで闘いのような、殺気さえ篭った眼光で睨みつける。
たまに戯れでこれに近い視線を与えると、いつもなら逸らすか、
困って「どうしたんです」とわがままに付き合ってくれる龍麻は、同種の光を瞳に宿していた。
それでも彼の黒い瞳はほとんどその色を変えなかったが、
蒼氷を溶かさんばかりの激情をマリアはそこに感じ取っていた。
エクスタシーにも近い興奮に冒され、身体を抱こうとする龍麻の手を掴み、抑えつける。
血だけではなく、肉までも食らいたいという衝動のままに、マリアは男の肌に歯を立てた。
「つ……ッ」
悶える声が、愛おしい。
屠った獲物を食らうように噛み、肉を抉る。
抑えようとはしていても、苦悶にのたうつのが伝わってきて、マリアはたまらず更に顎の力を強めた。
「ぐ、ぅ……」
肉を食い破るほどの強さで噛みついているのに、抑えつけている手は、解った風に握り返してくる。
それが気に入らず、マリアは自分が本当にその意思があることを示した。
とても愛を交わすとは言えない行為の後に残ったのは、醜い歯型。
妖魔である自分が残した、聖痕スティグマータ
更に三箇所に同じ痕を残し、マリアはようやく贄を解放した。
再び挑みかかるような目付きで睨むと、苦痛に半ば目を閉じていた龍麻は、あろうことか笑ってみせた。
「ごめん」
向けられた謝罪の言葉に、巣くっていた陰獣の心がたちまち消える。
自分のしでかした罪に気付いたマリアは、罰を恐れて泣きそうな表情になった。
「俺……自分のことしか考えてないで……出ていくなんて言って」
落ちつけようとしているのか、龍麻が背中を撫でるのが、かえって罪の念を強くする。
マリアは生まれて初めて怒られると自覚出来るだけの罪を犯した子供が抱く、
深い怖れに唇をわななかせた。
「ワタシ……ワタシこそ、アナタを縛ってしまうかもしれない……いえ、
必ず縛ってしまうって解っているのに、自分の欲望だけで、でも」
一気にあふれだしそうになった自責の言葉は、龍麻にせき止められた。
これまで数知れないほど交わした中でも、最も愛情に満ちた口付けに、
行き場を失った自責の念は涙へと変わったが、それも龍麻が掬いとってくれた。
「欲望は……マリアのだけじゃないです。俺も、ずっとマリアと居たいんです」
それから後も龍麻は何か言ったようだが、マリアはもう聞くことが出来なかった。
自らの嗚咽が、全てをかき消していた。

嵐のような昂ぶりも、やがて収まっていった。
代わりに訪れたのは、水位を増した想い。
小鳥のようなせわしないキスを繰り返しながら、マリアは囁いた。
「龍麻……愛してるわ」
「俺も……愛してます、マリア」
そうであることは疑いなくても、言ってもらえるとは思っていなかった言葉に、
マリアは思わず身体を起こし、龍麻の顔を見ようとしたが、力強く抑えつけられてしまう。
しかし、彼は照れた顔を見られたくなかったのではなく、続きを言いたかったのだ、
と判ったのは、彼の声が鼓膜を通りすぎた後だった。
「ずっと……これからもずっと、俺はマリアを愛し続けます」
また泣きそうになってしまうのを堪え、マリアは笑う。
緩んだ束縛から逃れ、覗き込んだ龍麻の顔も、やはり笑っていた。
静かに唇を重ね、再び笑う。
熱いキスを終えた二人は、ほとんど同時にお互いの身体に腕を伸ばしたからだ。
先ほどの闘争のようなものではない、子犬のようなじゃれ合い。
勝敗などあるはずも無かったが、主導権を握ったのはやはりマリアだった。
背中を撫でる手を優しく剥がし、抑えつけるのではなく握り、絡める。
ひとつに溶け合っている舌を離し、そのまま唇の端から龍麻の身体を下へと辿らせていった。
舌先を唾液で湿らせてなぞっていき、しばらくは消えそうに無い歯の痕はとりわけ丁寧に舐めあげる。
「本当に食べるつもりだったんですか?」
「嫌ね、そんな訳ないでしょう」
妖魔であることをからかわれたと思い、
冗談の受け答えにしては少し苦味の混じった声でマリアは言ったが、龍麻はすまして言ったものだった。
「マリアになら食べられても良かったんですけど」
ぞくり、とした律動がマリアの背中を走る。
からかわれることに嫌悪を示したのは、本当にわずかではあるがその欲求が皆無ではなかったからだ。
もちろん食欲として食らいたい訳ではない。
そうすることで対象を支配下におけるのではないかという気が、心のどこかでしていたのだ。
だからマリアはすぐには返事をしなかった。
舌を下腹へと移動させ、足の間にある器官に向かって囁く。
「いいわ、アナタが望むなら……食べてあげる」
焦らさずに、否、焦らせずに先端を咥えこむ。
口の中で大きさを増す塊が、たまらなく愛おしかった。
「んッ……はふっ」
圧迫せんばかりに勃起した龍麻を、あやすように舌で転がす。
唇にするのと同じくらい情愛を込めたキスを放ち、舌先で鈴口を刺激してやる。
その舌を限界にまで膨らみ、
なお大きくなろうと脈動を繰り返す屹立の表面を走る血管へと滑らせ、
根元へと辿らせると、心地良さそうに腰が震えた。
気分を良くしたマリアが本格的に口淫を始めようとすると、龍麻の手が腰に触れてくる。
それが続きを促すものだと思ったマリアは、すぐに刺激を再開しようとして、
ふと思いついたことがあった。
向きを変え、龍麻の上に跨ると、ためらいなく己の秘部を龍麻に晒す。
「ワタシの……も……」
言い終える前に尻が抱えられ、鼠蹊そけい部に口が吸いついてきた。
「あッ……ん」
先を越されたお返しとばかり、唾液で濡らした舌をねっとりとペニスに巻きつける。
すると龍麻は、負けじと押し広げた襞のひとつひとつに丁寧に舌を這わせ、中へと潜りこませてきた。
「んッ……あぁっ」
マリアは自分でも驚くほどの大きな声で喘いでしまう。
フェラチオでさえさせることを好まない龍麻は、
シックスナインなどこれまで決して応じようとはしなかった。
しかしそれは単に恥ずかしがっていただけだということが、
うっとりするような舌遣いから伝わってきた。
内腿から秘唇から、手当たり次第に吸いたてられ、熱くぬめった舌で愛撫される。
下腹全体がその熱で蕩かされ、マリアは淫蜜があふれ出すのを抑えられない。
心が求めるままに腰を押し付け、更なる愛撫を促すと、龍麻は殊更音を立てて蜜を啜りたてるのだ。
「あ、んんっ……やっ、っはぁ……ん」
いつになく積極的な龍麻に、マリアの興奮はいや増す。
「んッ……ふンッ……あ、はッ」
情愛を舌に一心に込め、熱いペニスを喉の奥まで導き入れる。
左手を袋に伸ばし、玉を優しく揉みしごくと、龍麻の腰が壊れたように跳ねた。
感じているところもあまり見せたがらない龍麻だったが、
今は隠す余裕も無いのか、痙攣じみた動きが収まった後も、腰をわずかに突き出してもっと求めてくる。
マリアはそれに応え、硬い屹立を彼の腹に押し付け、弱い裏側の部分を集中的に舐めてやった。
その中でも特に弱い、雁首の付け根を、龍麻がしてくれているような舌の動きで責める。
「あっ……う」
彼の喘ぎが濡れた肌を撫でた。
熱い呼気は火照った肌を燃やし、マリアを追い詰める。
自分が達しそうなのも、龍麻が射精しそうなのも感じていたが、
狂熱に身を任せたマリアは口淫を止めなかった。
可能な限り彼を咥え、舌の根元で塊を転がす。
「ふッ、ほ、あふッ……ん、はぁァ……ッ!」
腰が大きく跳ね、熱く苦い液体が口の中に含んでいるものから噴き出した。
跳ねた拍子に奥に突きこまれた先端から、ほとんど喉に直接注ぎ込まれたどろどろの液体は、
気道を塞ぐほどの粘度と量だったが、マリアは全てを胃に流しこんだ。
「ん……んっ、んふっ」
精を吐き出して幾分柔らかくなった屹立に、マリアは根元から吸いつき、
残っている分まで吸い上げる。
時間をかけて吸い出した精液を、時間をかけて飲み下そうとしたマリアを、
いきなり強烈な快感が襲った。
龍麻が、剥いたクリトリスに軽く歯を当てたのだ。
しかしそれはむしろ望んでいた刺激であり、マリアは訪れた愉悦に身を任せた。
軽く達したマリアがのろのろと龍麻から降りると、荒々しく組み敷かれる。
珍しく興奮を瞳に浮かべて身体をまさぐる龍麻を、マリアはしたいようにさせた。
わずかな愛撫で簡単に硬くなった乳首は、達した後の刺激にはちょうど良いくらいで、
色々な方法で乳首を愛しむ龍麻の後ろ髪を撫でながら、目を閉じて快感に浸る。
そこから伝わる甘い感覚が指先にまで広がり、
くすぶっていた身体に再び火が点ったのを見計らったように、
胸から感触が消え、代わりに下腹に熱いものが触れた。
「あッ、は……ぁぁ」
入ってくる、肉塊。
普段よりも遥かに逞しさを感じさせるそれは、一息に奥まで入ってきた。
かつてない快感に仰け反ったマリアは、堪えきれずにそのまま達してしまう。
体内で脈打つ屹立がもたらす深い悦びに満たされ、豊かな胸を弾ませて呼吸を整えようとした。
「んッ、駄目……待って……ッ」
しかし、龍麻も歯止めが利かないのか、マリアが達している最中ですら抽送を止めようとしない。
「やッ、は、ッ、っんッ……」
息を吸う暇もなく、一方的に吐き出させられる。
酸素を求めて開いた口からは涎が伝ったが、それでもマリアが感じていたのは悦びだった。
ぶつかる音が卑猥に響くほど龍麻は激しく腰を叩きつけ、
膣壁を引き摺りだそうと荒々しく屹立を引き抜く。
無我夢中で犯す牡に、マリアも自分から足を開き、腰を動かして受け入れ、共に快楽を貪った。
口に手の甲を当て、あまりにだらしない嗚咽を押し殺そうとしながら、
下腹には力を込め、屹立が抜けてしまうのを防ごうとする。
押し寄せる媚肉から一旦は逃れた屹立は、返す刀で襲いかかり、
逃げ遅れた桃色の隘路の中を容赦なく貫いた。
「ああ……ッ!」
上壁にある急所を擦りあげられ、理性が吹き飛ぶほどの快美感がマリアを襲う。
たまらず身をよじったマリアに、二度、三度と凄まじい快感が加えられた。
「うぅ……そ、こ……んッ」
鮮やかな金髪を振り乱し、肌を紅潮させ、半身をひねったマリアの姿は、
より強い快楽を求めて下半身を差し出しているようにも見える。
それを見抜いたのか、龍麻はマリアの片足を抱え、
より彼女が感じやすいよう体位を変えて抽送を行った。
「ひ……ンッ」
乳房が乱暴に握り潰される。
跡がついてしまうほど強く掴む龍麻の手を、マリアは上から掴み、自ら揉みしだいた。
それはあるいは龍麻よりも強く、淫らな手付きで。
指先を導いてしこり立っている乳首を引っ掻かせ、
龍麻が爪を立てると、その上から力を加えて爪先を食いこませ、乳房の中に沈めてしまう。
汗でべっとりと濡れた掌が肌をなぶる感触に、マリアは心ゆくまで酔った。
「っ、あ、はァッ、んっ、ふっ」
龍麻が身体を倒し、唇を奪う。
それは既にキスではない、ただ舌を巻きつけるだけのものだったが、
マリアは痺れてしまっている手を懸命に動かし、彼の頬に手を添えて歓迎した。
「ほっ、ふッ、あふッ、あはぁっ」
滴る唾液も気にせず、口を一杯に開き、舌だけを艶めかしく絡めている為に、
二人の口を衝いたのは間が抜けた鼻音であったが、複雑に絡み合った舌は一向に離れようとはしない。
そのさなかに腰を突かれると、その震動が舌に伝わってきてたまらない快感となるのだ。
二人は時に歯さえ当てながら、身体の上下から生まれる愉悦にいつまでも溺れていた。
「はぁ……んんっ」
逢瀬を惜しむように強いキスをした龍麻が、身体を起こす。
勢いを弱めていた抽送が、再び力強いものに変わった。
突かれる度に途切れる意識が徐々に長い物になっていき、何も考えられなくなっていく。
腰が抱えられて浮かされ、より深い角度で撃ちこまれる灼熱の杭に、
マリアは限界が近いのを感じていた。
「あ、ぁッ、龍、麻……ッ!」
霞む意識の中、必死で龍麻の名を呼ぶ。
それに応えるように、突き破らんばかりの勢いで屹立が入ってきた。
「んッ、あぁあ……ッッ!!」
子宮にまで届いたかというような強烈な一撃に、マリアは声すら出せず絶頂を迎えた。
暴力的ですらある陶酔の中に投げ込まれ、操り人形のように痙攣する。
五感の感覚すら失ったマリアは、ただ熱く、
激しい噴出が体内を満たしていくのだけを無上の喜びとして感じていた。



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