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「小蒔、凄かったわね」
「あぁ、あんな小さな的の真ん中に良く当てられるもんだ」
先に校門まで戻った龍麻達は、揃って初めて見た弓道の試合の興奮を語っていた。
三十メートル近い距離の向こうにある、わずか五十センチにも満たない的に当てる様は、
武道を修めている龍麻達でも圧倒されずにはいられなかった。
特に醍醐は嬉しそうであり、その奥ゆかしい喜びようは龍麻達に好意的な眼差しを向けさせる。
「そろそろ出てきてもいい頃だとは思うが」
何やら怪しい視線を六本ほど感じた醍醐は、それらから逃れようと校門の奥をうかがった。
すると、ちょうど小蒔が小走りでやって来るのが見えた。
「おっまたせッ」
「おめでとう、小蒔」
「うん、ありがと、葵」
最初に葵に向かって礼を言った小蒔は、次に醍醐に、身体ごと向き直る。
その顔がわずかに赤らんでいるように見えたのは、彼女が走ってきたからでも、
秋の短い日が傾きかけて照らしているからでもないようだった。
「エヘヘ、きっと醍醐クンのお守りのおかげだよ」
「いや、桜井の実力の結果さ。日ごろ、怠らず精進した結果だ」
「そう言われるとちょっと照れちゃうね。ありがと、醍醐クン」
「うッ、うむ」
重々しく頷く醍醐に、京一が気づかれないよう小さく肩をすくめる。
それに龍麻が肘打ちをくれようとした時、儚げな女性の声が小蒔を呼んだ。
「小蒔様」
龍麻達が振り向くと、先ほど軽く挨拶を交わした、
今はゆきみヶ原の制服に着替えている、織部雛乃がそこにいた。
初めて見た時は制服姿など想像できなかったが、いざこうして見てみると、
セーラー服も実に良く似合っている。
龍麻達の前に立った雛乃は、先程と同様、礼儀正しくお辞儀をした。
「もう、様はやめてよ」
「ふふ、そうは参りません。小蒔様は、わたくしの大切な人ですもの」
友人達の前で呼ばれて心底恥ずかしそうにする小蒔だったが、雛乃は意に介した風もなく笑う。
案外彼女は、芯の強いところがあるのかもしれなかった。
「こちらが、小蒔様がいつも話してくださる御学友の皆様ですの?」
「うん、同じクラスの葵に、醍醐クン。それからこっちが緋勇クン」
「初めまして、皆様。織部 雛乃と申します。今後とも、よろしくお願いいたします」
簡単にとは言え既に一度挨拶を済ませているのに、雛乃はまた深々と頭を下げる。
龍麻もそれに倣ってお辞儀すると、隣の京一が憮然として呟いた。
「あのー、桜井さん……誰か忘れてないでしょうか」
「ん? あ、そっか。雛乃、こっちが、いちおう友達の京一ねッ」
「俺はいちおうかッ!」
堪えきれず笑い出す小蒔の隣で雛乃も笑う。
口元を手で覆った控えめな笑い方ではあっても、楽しそうなのは良く伝わってきた。
「そういえば雛乃、雪乃はどうしたの」
「はい、そろそろ来る頃だと思います」
小蒔の質問に笑いを収めた雛乃が答える。
初めて耳にした名前に、京一は小蒔の袖を引っ張って尋ねた。
「おい小蒔、雪乃って誰だよ」
「雪乃はね、雛乃の双子のお姉ちゃんなんだ。性格は雛乃と正反対だけど。
薙刀部の部長で、師範代の腕を持ってるから、京一なんてナマスにされちゃうかもね」
「どんな女だそりゃ……」
「こんな女だよ」
いかにも不機嫌そうな声に京一が振り向くと、
そこには声の持ち主にふさわしい、険しい顔をした女生徒が立っていた。
後頭部で結った、雛乃のそれに較べて少し赤みがかった明るい色の髪が
唯一女性らしさを感じさせた他は、細く急角度にそびえた眉、挑戦的な輝きに満ちている瞳、
微妙に不機嫌そうに湾曲している唇と、造作のほぼ全てが男らしさ、
というよりまだ二次性徴の表れていない少年のような趣だった。
特にいかにも女性らしい、というあやふやな言葉で表すことを唯一許されたような
雛乃の隣に立つと、その違いは際立つ。
しかしまた、隣に立つことで彼女達は、確かに双子であることを見る者に信じさせるのだった。
彼女が雛乃の双子の姉、雪乃なのは間違いなかった。
(おい、なんだか凄ェのが出てきたぞ)
龍麻に対しての京一の耳打ちは声が大きく、明らかに褒めてはいないその台詞も
はっきりと本人に聞こえてしまっていた。
しかし雪乃はそれを聞いて新たに気分を害することもなく、
鼻を鳴らしただけであっさりと龍麻と京一を無視する。
ひどく挑発的な態度も、活力にあふれた彼女が行うと、小気味が良いくらいだった。
「これが小蒔の知り合いかよ」
「そうだよ。同級生の葵と醍醐クンと京一。あと、緋勇クン」
「ふーん、魔人学園の生徒か。ま、小蒔の友達なら俺にも友達だ、よろしくな」
手を差しだしこそしなかったものの、それまでの態度とは打って変わった、
さっぱりとした笑顔を向ける雪乃には、雛乃と同様、悪い印象を抱けなかった。
手短な紹介を一同が終えると、雛乃が育ちの良い笑顔を向ける。
「あの、皆様。よろしければ、これから神社の方へ遊びにいらっしゃいませんか」
こんな笑顔で誘われて断れる訳もなく、京一が一同を代表して一もニも無く頷く。
すると雪乃が、とんでもないことを言い出した、というように雛乃を見た。
「お、おいッ、雛」
「小さな神社なのですが、古い歴史を持っております。ぜひ、いらしてください」
「待てって雛ッ。こっちの葵って娘だけならともかく──
こんなむさくるしい野郎共を家に呼ぶなんてとんでもねェッ!!」
むさくるしいと言われた龍麻は、表立った反応はしなかった。
代わりに雪乃をじっと見つめる。
その眼差しは必ずしも挑発的なものではなかったが、雪乃にはそう映ったらしく、
足を半歩引いて構えをとった。
「なんだてめェ、やろうってのか」
突如として緊迫した雰囲気が沸き起こる。
雛乃は姉が男の不良であっても怯まないことを、京一達は龍麻が意外と好戦的なのを、
それぞれ知っていたから、止めなければとは思っても、とっさには反応できなかった。
全員が最悪の事態を想像する中、渦中にある男のほうが口を開いた。
「いや……お前、前に会ったことがないか?
夏にプールで、妹を探してるけど見なかったかって俺に訊いてきただろ」
「あン……? あッ、お前あの時の野郎かッ!」
奇妙な偶然に雪乃は驚いたが、雛乃の驚きは姉以上だった。
「姉様……知らない男の方に話しかけたのですか?」
心底からの驚きは、雪乃の好戦的な部分を射抜いたらしく、雪乃は目に見えてうろたえた。
「べッ、別に、お前がどっかいっちまうから探さなきゃならねえし、
そん時たまたま近くにいた間抜けそうな顔のやつがこいつだったってだけだって」
むさくるしいから間抜けそうな顔に称号が変わった龍麻だが、やはり怒ったりはしなかった。
雪乃も諦めたように唇を尖らせ、妹に譲歩した。
「ちぇッ、こんなことなら声なんてかけなきゃ良かったぜッ、勝手にすりゃいいだろッ」
鼻を鳴らして先に行ってしまった雪乃を、なんとなく全員で見送る。
彼女の姿が見えなくなってから、小蒔は雛乃に改めて訊いた。
「雛乃、ホントに行ってもいいの」
「ええ、色々お話いたしたいこともございますし」
姉の意向などまるで考慮に入れていないような態度で穏やかに微笑む雛乃に改めて促されて、
龍麻達は織部神社にお邪魔することにした。
ゆきみヶ原高校と同じ荒川区にある織部神社は、雛乃の言う通りさほど大きくはなかった。
それでも鳥居は少しくすんではいても立派なものだったし、
木々に囲まれ、やや暗めの色調を持つこの空間は、厳かな空気で龍麻達を出迎えた。
「ここが、わたくし達の家です。……ふふ、こんなに大勢お客様がいらっしゃるなんて久しぶりです」
嬉しそうな雛乃の声に、棘を含んだ雪乃の声が被さった。
「ん、誰だありゃ。こんな所に何しに来てんだ」
語るに落ちることを自分で言ってしまったのにも気づかず、雪乃が目を凝らす。
やがてその人影が見知った人間のものであると判った時、
彼女は龍麻達があっけに取られるほど怒り始めた。
「──あのブン屋かよッ! 性懲りもなくまた来やがってッ」
彼女に続いて人影に目をやった龍麻は、その人影が雪乃だけでなく、
自分達にとっても知り合いであることに気づいた。
「あれは天野さんじゃないか」
「なんだ、お前らの知り合いか」
「うん、ルポライターの天野サンって言ってね、ボク達に力を貸してくれてるんだ」
小蒔の説明を聞いても、雪乃は到底納得したようには見えなかった。
棘はいよいよ鋭さを増し、声そのものも苛立ちにつれて大きくなっていく。
「そうか……あの女、最近うちの神社の周りをよくうろうろしてやがるんだ。
この間もうちのことを根掘り葉掘り訊いていきやがった」
するとその声に気づいたのか、絵莉がこちらにやってきた。
「あら、緋勇君達じゃない。元気だった?」
フリーのルポライターである天野絵莉は、時に情報をもたらし、時に助けを求めながら、
いつのまにか龍麻達と『力』について、浅くはない関係を築いている。
龍麻達も豊富な情報を有し、大人ぶって説教じみたことを言わない彼女を信頼しており、
歳こそ離れているものの、一種仲間めいた連帯感を抱いていた。
しかし、気さくに手を上げた絵莉に、まず先陣を切って京一が話しかけようとすると、
その前に雪乃が肩をいからせて詰め寄る。
その剣幕は、絵莉をも驚かせるものだった。
「ちょっとあんたッ! 一体何が目的か知らねェけどよ、
今度うちの周りをうろついてたら承知しねェぜ」
「姉様ッ」
雛乃にたしなめられて口こそ閉ざしたものの、露骨な警戒心を隠そうともしない。
絵莉はそれを、洗練された社交術で無視し、人好きのする笑顔を浮かべて挨拶した。
「あら、貴女達、織部さんのお嬢さんね。そういえば、こうして話をするのは初めてかしらね。
──天野絵莉よ、よろしくね」
「何でオレがよろしくされなきゃならねェ──」
「これはこれは、はじめまして。織部が妹、雛乃と申します。
今後とも、よろしくお願いいたします」
姉の剣幕を押し退けるようにして雛乃が頭を下げる。
怒りを空回りさせられた格好になった雪乃は、妹の肩を掴んでたしなめた。
「何普通に挨拶してんだよ雛ッ」
「?」
「こいつは探偵だぞッ! きっとこの神社を潰すつもりに違いねェ」
「まぁ……」
探偵がどうして神社を潰さねばならないのか、雪乃以外の全員がさっぱり解らなかったが、
雪乃は真剣そのものだった。
「こんなボロっちいトコ、放っといても潰れ……痛ッ」
雪乃が激しやすい性格であることはごく短い時間で判っていたから、
火に油を注ぐような言動は慎まねばならない。
龍麻が思いきり京一の足を踏みつけると、反対側で小蒔が彼のわき腹に肘をくれていた。
加害者二人は苦悶にのたうつ京一の背後で顔を見合わせて小さく笑う。
どうにか京一は黙らせた龍麻と小蒔だったが、今度は雪乃を止めなければならない。
これがなかなかに難題で、小蒔でさえも雪乃の気性の激しさにはてこずってしまうのだった。
小蒔が中々突破口を見出せずにいると、雪乃が絵莉に向かって指を突きつける。
「おい探偵、いつでもオレが相手になってやるぜッ!!」
「んー、一応ルポライターなんだけどな」
探偵と言われた絵莉は、人差し指を口に当て、上を向いてみせた。
少し子供っぽくも見えるその仕種は、例えば京一などには可愛らしく映ったようだが、
雪乃には逆効果となってしまったようだった。
「どっちでも同じだッ!!」
「やれやれ、随分嫌われちゃったわね。でも安心して、しばらくここには来ないと思うから。
元気のいい巫女さん」
ますます盛んとなる雪乃の勢いに、さすがに辟易した様子で絵莉は苦笑した。
「なんだよ絵莉ちゃん、もう行っちまうのかよ」
「ごめんね、京一君。ちょっと調べたいことがあるの」
調べたいこと、というのが京一ならずとも気になるところだ。
しかしそれを訊ねる前に絵莉は軽く手を上げ、言葉通り去っていってしまった。
京一が肩を落とす一方で、雪乃は肩をいからせたままだ。
「嫌なカンジだぜ。じいちゃんも調子に乗って余計なこと話してなけりゃいいけどよ」
「考えすぎだよ、雪乃。天野サンはそんな人じゃないって」
「ヘッ、どうだか」
小蒔がなだめても雪乃は疑いを解かない。
意固地になってしまっている雪乃をなだめたのは、彼女に最も近しい人物だった。
「姉様、おじい様もおっしゃっているではありませんか。
人を疑わば、信を得る事能わず、って。無闇に人を疑ってはいけませんわ。
織部家の御先祖様も、代々、この言葉を──」
「わかった、わかったよ。オレが悪かった」
「わかればいいです」
滔々と語り始める妹に危険を感じたのか、雪乃は両手で妹を制し、
早足で家の中に入っていってしまった。
その足取りは過去に何かよほど嫌な記憶があるのでは、と一同に推察させるものだったが、
穏やかな雛乃の顔を見ていると、とても訊く勇気はないのだった。
「さあ、それでは皆様、どうぞお上がりになってください」
龍麻達は数人が一度に入っても平気な土間に通された。
コンクリートなど一切使われていない家屋は、柔らかな暖かさで迎えてくれる。
初めて踏み入れるこの場所に、龍麻が覚えたのは何故か懐かしさだった。
だが京一はそんなことはないらしく、感想というにはあまりに酷すぎることを言ってのけた。
「──にしても、古い建物だな。こりゃでかい地震でも起きたらひとたまりもねェぜ」
「うるせェな、うちは江戸時代からある由緒正しい神社なんだよッ。
それからほとんど改築されてねェんだぜ」
とすると、この神社は少なくても百余年、多ければ四百年弱の歴史を有していることになる。
素直に感銘を受けた龍麻達四人は、改めて建物を構成している柱や壁に目をやった。
木目が見えないほど黒ずんでいる柱は、それがいかに大切に扱われ、
磨かれてきたかを物言わず語っている。
すると壁のしっくいなども、ひびが入っているのがかえって趣を感じさせたりするのだった。
なんとなく暖かな気持ちになった四人だが、一人京一だけは相変わらず遠慮のないことを言う。
「どうりでボロいと思ったぜ」
「歴史があるッつってンだろッ!!」
「姉様、皆様を奥の間に案内しておいてください。わたくしは、お茶の準備をして参ります」
たちまち声を荒げる雪乃に、絶妙の間で雛乃が話しかける。
さすがに双子と言うべきか、雪乃の感情を巧みに読み取り、
大事に至る前にさりげなくなだめる手腕は見事なものだった。
「こっちだ、ついてきなッ」
怒気を未発のまま封じこまれた雪乃は、龍麻に向かって顎をしゃくって案内する。
態度は怒っていても、歩き方にまで反映されていないのは、
彼女なりに家を傷めないように気を使っているのだろうか。
踵に体重をかけない足さばきに興味を持った龍麻は、彼女の背中ごしに声をかけた。
「この神社が好きなんだな」
「あン? ……そりゃ、自分が産まれて育ったところだからな。確かに、ちょっとはボロいけどよ」
「いや、江戸時代からずっとあるなんて凄いじゃないか。風格を感じるよ」
龍麻に褒められたことで雪乃は機嫌を直したようで、
八人ほどが一度に座れる大きな座卓が置いてある奥の間に着くと、座布団を渡して座るよう勧めた。
「そこまで言われるとかえって照れちまうな。ま、適当に座ってくれよ」
この座卓もまた年季の入ったものであることが容易に見て取れる、深い艶の光沢を放っていた。
それにしても、建物だけでなく家財までも江戸からのものなのではないか──
つい龍麻がそう思ってしまうほど、見渡す限りが年代物ばかりだった。
「ま、古いモノにはそれなりの歴史が刻まれてるって言うしな」
腰を下ろした雪乃は、忙しく首を振る龍麻に微かな笑みを浮かべつつ言った。
すると廊下から、静かにそれを受ける声がする。
「ただ、歴史が──刻が流れたからといって、その物に価値が生まれるという訳ではありません。
時間の流れよりも大切なものを経て、初めて価値が生まれるのです」
「雛乃」
現れた雛乃は、白と朱の和装に着替えていた。
弓道の袴姿も似合っていた彼女だが、この巫女装束を目にするといささか霞んでしまう。
それほど肌に馴染み、彼女の為人に合った服装だった。
龍麻達がなんとなくたたずまいを直したのは、彼女に魅了されたというだけでは必ずしもなく、
むしろ彼女の身体から自然に放たれている清廉な威に打たれたからだ。
そんな龍麻達に、雛乃は煙るような微笑と共に茶菓子を供した。
「お茶が入りましたから、皆様どうぞ」
「ありがと。で、雛乃、時間の流れより大切なモノって?」
この中では双子の姉である雪乃を除いて、最も雛乃とつき合いが長い小蒔は、
男連中と違って特に態度を変えることもなく、早速菓子を口に放り入れながら訊ねる。
姉の横に正座した雛乃は、改めて真神学園の五人を見回し、小蒔のところで視線を固定させて答えた。
「そうですね……例えばそこにまつわる人の想いや言い伝え、そして、そのものが持つ意味など。
それは時として、わたくしたち人間の為すべき道を指し示すのです」
雛乃の言は一般論にしては意味深長なもので、龍麻の背筋は自然と真っ直ぐになった。
小蒔や京一も表情を引き締め、彼女の話に耳を傾ける。
「今日、皆様にお越し頂いたのは、皆様の持つ『力』について──
いくらかでもお役に立てれば、と思ったからです」
やはり彼女は、ただ小蒔の友人と茶飲み話をするために自宅に呼んだのではなかったのだ。
しかし何故『力』のことを知っているのか、という疑問を、小蒔が説明する。
「前に雛乃と会った時にいきなり氣のコトを訊かれてね、相談したコトがあったんだ。
今まで黙っててごめん、みんな」
「わたくし達は巫女としての修行もいくらかは積んでいるのですが、
ある日、小蒔様の身体の周りにとてもはっきりとした氣が見えたものですから、お訊ねして……
緋勇様達のこともその時にお伺いしました」
小蒔をフォローするように雛乃が言ったが、もちろんそんなことで怒る龍麻ではない。
小蒔は話して良いことと悪いことはきちんと区別できる人間であり、
雪乃ではないが、彼女が話したのなら雛乃は信用に値する、と龍麻は思っていた。
もっとも、雛乃が悪人であるという可能性は、例えまだ少ししか話していなくても、
全く無い、と言い切れるのではあるが。
ただ、雛乃は、氣を感じとることができ、『力』の存在を知っている、
という以上に何かを知っているように見えた。
「これからわたくしがお話しすることは、あくまで、この神社に伝わる言い伝えです。
それをどう思われるかは、皆様にお任せいたします。
わたくしはただ、今、この東京に起こりつつある異変を解く鍵となれば、と」
そう前置き、軽く茶を含んで喉を湿らせた雛乃は、静かに語り始めた。
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