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桜ヶ丘中央病院まであと少しというところまで来た時、
龍麻達は道路の反対側からの声に呼びとめられた。
「あら、皆」
「絵莉ちゃんッ」
龍麻は声の主が誰か判っても、今は葵を探す方が先だと考え、止まる気はなかったのだが、
京一が立ち止まってしまった為に仕方なく絵莉と挨拶を交わした。
「学校はどうしたの? もしかして集団脱走?」
絵莉の口調にはそれと判る冗談が含まれていたので、龍麻は苛立ちを隠せない。
普段なら彼女の冗談にも応じる余裕があるが、今この時はさすがに無理だった。
龍麻の焦りを感じ取り、絵莉は態度を改める。
確かに彼女の方にも伝えなければならないことがあり、朝から無駄な会話をしている場合でもなかった。
「そうね──それじゃ、伝えたいことがあるんだけど」
絵莉が鞄から手帳を取り出し、ページをめくっている間に、
龍麻の後ろでアン子が小蒔の袖を引っ張った。
「ちょっと桜井ちゃん、この人誰よ」
「そっか、アン子は初対面だったっけ。このヒトがさっき京一が言ってた天野さん」
自分の名前が出たのを耳ざとく聞きつけた絵莉は、
小蒔と同じ制服を着た初対面の少女に親しげに挨拶した。
「ルポライターの天野絵莉よ。よろしくね、記者の卵さん」
「え? どうしてあたしのことを知って──」
「あなたでしょ? 真神学園の新聞部部長って」
「そ、そうですけど」
格の違いと言うべきか、アン子が押されている。
こんな光景など滅多に見られるものではない京一達は面白そうに二人のやり取りを見守ったが、
アン子はそれにすら気づかないほど緊張していた。
「やっぱりね、なんとなく同じ匂いを感じたの。噂はこの子達から聞いてるわよ、遠野さん」
「ルポライターで……天野絵莉って……あの、まさか、犯罪心理のコラムを書かれている」
「あら、私の記事読んでくれてるの? 嬉しいわ、ありがとう」
物書きを志す者で、自分の記事を読んでいると言われて喜ばない人間はいない。
絵莉も例外ではなく、しかもまだ評判になりつつあるといった程度で、
確固たる地位を築いてはいないのに、そんな彼女の連載記事を読んでいると聞かされると、
アン子に嬉しそうに名刺を渡した。
それを見た京一が自分にも貰えないかとさりげなく手を出してみたが、
やはりさりげなく無視されてしまう。
それを更にさりげなく気づかないふりをして、京一は素早く話題を変えた。
「絵莉ちゃんっていろんなコトやってんだな」
「しがないルポライターですもの」
どうやら誰にも気づかれずにすんだようだ、と京一が胸を撫で下ろしていると、
突然アン子が直立不動の姿勢をとった。
大地から垂直に突き立ったかのような、指先までぴんと伸ばした姿勢だ。
「あッ、あのッ!! 初めまして、真神学園新聞部部長の遠野杏子ですッ!!」
朝の新宿に響き渡る大声で名乗るアン子に、絵莉は頷いたものの苦笑を隠せない。
アン子はそんな彼女にもお構いなしで、
今のところ最も尊敬する人物に会えた喜びを傍迷惑に表していた。
「ど、どうしましょ、本物よ、本物の天野さんに会えるなんて、感激だわッ!!」
「そ、そう、良かったね」
何故か小蒔の手を取ってぶんぶん振りまわすアン子に、小蒔もそう言うのがやっとだ。
彼女の興奮は見てて微笑ましくなるものだったが、
残念ながら本人以外には少しの感興も呼び覚まさなかった。
「おい、感激のご対面なら後でやってくれよ。俺達ゃ急ぐんだからよ」
うんざりしている様子の龍麻を見やって、京一が助け舟を出す。
幸いなことに、絵莉もすぐに乗ってくれた。
「急ぐって、どこかに行くの?」
「ええ、桜ヶ丘中央病院へ」
「桜ヶ丘中央病院? 何かあったの?」
「葵が病院からいなくなったんです」
「葵ちゃんが?」
「行き先が全然判らなくて、とりあえず最後に会った桜ヶ丘に行ってみようと」
醍醐と小蒔に交互に事情を聞いた絵莉は、ようやく龍麻が苛立っていた理由を知ることができた。
そしてそれは驚くべきことに、まさに彼女が伝えようとしていた情報に関連するものだったのだ。
手帳をしまった絵莉は五人を見渡し、最後に龍麻の所で視線を固定させて言った。
「一緒に来てもらいたい所があるの。九角に関係する場所なんだけど」
「そんな暇は──」
「いいえ……もしかしたら葵ちゃんの手掛かりが掴めるかも知れないの」
九角と葵がどう関係があるのか、興味がない訳でもなかったが、
とにかく今は葵の身柄を確保することが最優先であるはずだ。
だから龍麻は相当に渋ったが、絵莉に強引に説き伏せられ、結局頷かざるを得なくなってしまった。
それでも慎重に、彼女の予想が外れた時のことも考え、保険をかけておくことにする。
「遠野」
「なッ、何」
「遠野には桜ヶ丘に行って欲しい」
龍麻の口調には静かな中にも激流を孕んだ、有無を言わせないものがあったが、
今のアン子にはそれでさえも抗わせるだけの理由があった。
「い……嫌よ、絶対嫌。せっかく天野さんとお知り合いになれたんですもの、
今日はついていかせてもらって取材のノウハウとか教えて貰うんだから」
彼女にとっては生き神に等しい存在が目の前にいるのだ、
その決意を翻させるのは容易なことではなかった。
……生き神様の託宣を除いては。
「遠野さん、お願い。頼めるのはあなたしかいないの」
生き神様にお願いとまで言われてしまって、杏子は頬を紅潮させる。
それでもなお即答はできないほど、絵莉の側で話を聞けるという機会は魅力的なものだったが、
遂に彼女は妥協点を見出した。
「……サイン」
「え?」
「サイン下さいッ! そしたら天野さんのこと諦められますッ!!」
図々しすぎる申し出に、絵莉は困って龍麻達の顔を見た。
しかし彼らは一様に肩をすくめたり天を仰いだりしていて、全く役に立たない。
「サインなんて……書いたことないわよ」
「いいんです、天野さんの直筆だったら、もうなんだっていいんですッ!」
目を爛々と輝かせて先程自分が渡した名刺を差し出すアン子に、
たじたじとなった絵莉は殴るように自分の名前を書きつけた。
もちろんこれは、彼女のサインの第一号になる。
「か……感激だわッ! これはもう家宝にしなきゃッ!!」
名刺の裏側に名前を書いてもらったアン子はそれを掲げ、
口づけをしてから大事に大事に財布の中にしまった。
「いい、あんた達、天野さんの足引っ張ったらあたしが承知しないわよッ」
腰に手を当てて、物凄い剣幕で檄を飛ばすアン子に、微笑さえせずに頷いた龍麻は、
いつのまにかついてきていたマリィの高さまで腰を落とした。
「マリィもこのお姉ちゃんと一緒に桜ヶ丘に行くんだ」
「イヤ」
「マリィ」
「イヤ。オ願イ、マリィモ連レテ行ッテ」
マリィはアン子とは異なり、敵に立ち向かえる『力』がある。
しかしそれはもちろん彼女が戦いの場でも安全であるということではなく、
そもそも龍麻はこんな少女を戦わせたくないのだ。
とはいえ、アン子は利で説得できたが、駄々をこねる少女をどう納得させるか、とっさには思いつかない。
強引に置いていってしまうか、と考える龍麻の、やや下の位置で碧玉色の瞳が輝いた。
「……」
瞳はマリィのものではなく、彼女の飼い猫であるメフィストのものだ。
龍麻は猫と意志の疎通ができるなどと思ってはいないが、
なぜかこの時のメフィストの眼光には無視できないものを感じた。
マリィを困らせる奴は容赦しない――
自分の数十倍の大きさの人間にも臆せず威嚇する黒猫に、数瞬考えて龍麻は話しかけた。
「……しょうがないな、でもあんまり俺の傍から離れるなよ」
「ウンッ」
甘いと言いたげな仲間達の視線に気づかないふりをして、龍麻は絵莉に訊ねた。
「行きましょう。どこなんですか? 九角に関係ある場所っていうのは」
「世田谷区の等々力渓谷よ。その地が九角と深い関わりを持っているわ」
アン子と別れた龍麻達は等々力渓谷へと急いだ。
等々力渓谷は、世田谷区という東京の都心にあって、まるで別世界のような静かさと緑に満ちた場所だ。
駅からすぐの渓谷入り口から降りていくと、澄んだ空気と鳥の鳴き声が迎えてくれる。
そして奥には、今でこそ見る影もないが、
その轟くさまが等々力の名の由来となったとも言われる不動の滝が涸れることなく流れ続けていた。
絵莉は更に奥へと案内しながら、龍麻達をここに連れてきた理由を説明する。
「九角家は、天下分け目の合戦として名高い関ヶ原の合戦より前から
徳川家の忠臣として栄えた名門だったわ。それが十五代将軍の頃、幕命に背き、
謀反を企てたとして一族郎党皆殺しの上御家は取り潰し。
その時九角家の長だったのが九角鬼修。
鬼修は鬼道と呼ばれる外法を用い、江戸壊滅を目論んだと言われているわ。
その為に地の底から鬼達を甦らせたとも言われている。
でも結局鬼修は幕府が集めた武士達の手にかかってその命を落としたのだけど、
その子孫は脈々と怨恨の血筋を繋げてきた。
幕府への──いえ、江戸の街に対しての恨みを募らせながら」
「それじゃ、俺達の相手は祖先の復讐の為に」
それは以前、醍醐の師匠である新井龍山に聞いた話と一致するものだった。
百五十年にも渡る恨みつらみというのは、たかだか十八年しか生きていない龍麻達には到底理解できないが、
彼らが東京の壊滅を目論み、自分達を狙ってくる以上闘わざるをえない。
それに、絵莉の口ぶりでは葵の失踪の原因にも彼らが関わっているようで、
どちらにせよ許すことはできそうになかった。
「おそらくはね。……後、判っているのは相手があなた達と同じ高校三年生だということ」
「それ……本当ですか!?」
付け加えられた新たな情報に、龍麻達は一様に驚き、絵莉の顔を見た。
絵莉は冗談の一片も浮かべずに頷き、集めた情報を提供する。
「世田谷にある私立龍州の宮高校三年、九角 天童。それが彼の名前よ」
声も出ない様子の彼らに続ける。
「そこまで辿りつくのは苦労したわ。九角の祖父を追ってようやく辿りついたの。
今まで調査しても見つからなかったはずよ。
龍州の宮高校の名簿を探しても、九角の名前はないんだから」
「どういうことですか?」
「九角はその高校に存在していながら存在していない──
つまり、学校側が存在を知らないってことよ」
「んな馬鹿な」
信じられない、と京一が声を上げ、小蒔も首を振る。
しかし絵莉は、自分の調査結果に自信を抱いていた。
「それだけじゃないわ。九角という名前は戸籍上にも存在しない。
どんな『力』が働いているかは解らないけど、
九角はこの東京の陰の中で人知れず生きているの。
もしかしたら、それも鬼道という外法の為せる業なのかもしれないわね」
「江戸時代の怨恨……そんなものの為に水岐や凶津……佐久間は踊らされたのか」
醍醐の呟きには、深い憤りが込められている。
恨みや妬みなどというものからは縁遠いこの男は、
佐久間が鬼と化した理由がそんなものだったとは信じられなかったのだ。
「ええ……でも、そんなもの、ってだけではないの」
絵莉の口調が重い。
「九角家が取り潰された理由、そして葵ちゃんがいなくなった理由……それはね」
驚愕が、龍麻達の間に音もなく広がった。
龍麻達が等々力渓谷の入り口に到着した頃。
病院を抜け出した葵は、渓谷の中にある堂の中にいた。
「御屋形様──女を連れて参りました」
「御苦労……下がっていいぞ」
病院からここまで、自分を導いてきた気配が消える。
代わりに部屋の中に、濃密な、とぐろを巻いている気配が生じた。
様々な負の情念が絡みあい、鎌首をもたげている。
そばにいるだけで気分が悪くなる陰の氣に葵が動けないでいると、その氣の持ち主が立ちあがった。
薄暗い部屋の闇を引き連れている男に、葵は今更のように後悔する。
しかし、これは自分が選んだ道だった。
「待ってたぜ……良く俺の申し出を受ける決心がついたな」
「本当に……これで他の人には手を出さないでくれるんですか」
それだけが彼女の望み、この厭な場所から逃げださない為の心の拠り所だった。
声を震わせながらも言った葵を男は鼻で笑い、むしろ面倒くさそうに頷いた。
「……いいぜ。約束しよう、他の奴には手を出さねェ」
男は背が高く、龍麻よりももう数センチほど上背がある。
更に頭頂部で髪を小さく房にしており、それも含めると醍醐と同じくらいの身長がありそうだった。
葵が恐怖に耐えながら男の顔を見ると、男は顎に手を当て、ふてぶてしく言った。
「それよりも挨拶がまだだったな。俺が九角 天童──鬼道衆の頭目だ」
「あなたは……何故こんなことをするの。罪の無い人を巻きこんで」
葵の非難は、おびただしい陰氣に呑みこまれ、跡形もなく滅殺されてしまった。
男の表情から余裕が消え、陰氣が膨らむ。
その宿怨の氣は見えない鎖となって葵の手足を縛り、心を嬲った。
「罪が無いだと? お前には聞こえないのか、この東京に眠る、
亡霊達の怨嗟の叫びが。不実の内に殺された者達の、魂の慟哭が」
男の告発に唱和するように、不浄の響きが堂内に木魂する。
「俺には聞こえる──復讐しろ──破壊しろ──この街を滅ぼせ──ってな」
言葉そのものが陰の力を持ったかのようだった。
音一つない空間に、九角の呪言が軋む。
「人の世に於いて、絶対の正義とは何か知っているか。
何が正義で、何が悪か──それを決めるのは神でも仏でもない。
それを決めることができるのは、闘いに勝利した者だけだ。
そうして歴史は作られる。勝者の正義という名の下に」
九角の声には反論を許さぬ圧力があった。
葵の脳裏に、夢で見た数々の戦が映る。
菩薩眼の女を手に入れる為に争い、死んでいった男達。
彼らは確かに、名すら残さず消えていった敗者だった。
葵の顔に微小に浮かんだ理解の色を見逃さず、九角は語調を強める。
「俺は勝者となる。その為にお前の『力』が必要なのさ。菩薩眼の『力』がな」
「いや……止めて、近寄らないでッ」
恐怖に駆られ、葵は叫んだ。
男の陰氣に、心も身体も食らい尽くされてしまう気がしたのだ。
すると九角はあっさりと動きを止め、手を引く。
「いいぜ。そうしたら約束もなしだ」
九角の声には駆け引きを楽しむような響きすらあった。
葵は自分がどうしようもなく愚劣な選択をしてしまったことを悟ったが、
もう引き返すことはできなかった。
「俺は別にどっちでも構わねェぜ。俺が欲しいのはこの東京だからな」
九角が身を引く。
身近に迫った危機が去ったと葵は安心しかける。
その刹那――瞬きさえすることのできない極小の時間に、九角が動いた。
音もなく、風が過ぎる。
何かはわからなくても、何かをされたと直感した葵は息を呑み、小さく喉を鳴らす。
するとそれを契機としたかのように、彼女の服が二つに斬れた。
真神の制服が、もうそこに帰ることはないのだというように、音もなく落ちていく。
「――ッ!!」
突如として裸身を晒された葵は、とっさに胸と股間を隠してしゃがもうとした。
「隠すんじゃねェ」
それを阻んだ九角の声は刃のように鋭く、葵は意思に反して身動きできなくなった。
誰にも見せたことのない生まれたままの姿が、今日会ったばかりの男に晒される。
制服を斬り、下着をも断ちながら肌には一筋の傷さえつけていない。
薄く透き通る血管も、楚々として下腹を覆う恥毛も、全てが美里葵が生まれ持った完全な美しさのままだ。
凄まじい剣技だった。
立ち尽くす葵の裸身を、九角の眼光が睨める。
龍麻にも似た暗い輝きは、しかし底無しの闇の龍麻とは異なり、強烈な陰を宿していた。
おぞましさに葵の唇がわななく。
葵に許されたのはそれだけで、九角が近づいてきても、威圧されて悲鳴すらあげられなかった。
葵の前に立った九角が、路傍の石を拾うかのように無造作に乳房を掴む。
「あ……ぁ……」
ようやく絞りだされた悲鳴は、胸を掴んでいる九角の指先にすら届かなかった。
薄い笑いを浮かべた九角は、女を知った動きで豊かに実る肉果を弄ぶ。
圧倒的な恐怖に支配されていなければ、嬌声を漏らしてしまったかもしれなかった。
だか、一通り乳房を蹂躪した九角は、なぜかそれ以上のことはしようとせず、再び椅子に戻った。
「まだ少し時間がある……少し話してやろう」
戸惑う葵をよそに、九角は膝に腕を乗せて語り始めた。
その口調には何故か憐憫が含まれており、葵の恐怖をいくらか和らげる。
近づこうとはもちろん思わなかったが、葵は彼の話を聞くことにした。
「美里葵――お前は菩薩眼の持つ真の意味を知っているか」
「意味……?」
「そうだ。菩薩とは仏教の開祖である仏陀釈尊の滅後、
広く衆生を救済する為に遣わされた仏神のこと。
菩薩眼とは、その菩薩の御心と霊験を有する者の証。
菩薩眼を持つ者は、大地が変革を求め乱れる時代の変わり目に顕現し、
その時代の棟梁となるべき者の傍らにて衆生に救済を与える。
その為江戸の昔から菩薩眼を巡って幾多の悲劇が繰り返されてきた。
菩薩眼の歴史は戦乱の歴史。江戸時代、我が祖先もその為に徳川と闘い、そして滅んだ。
実の娘である菩薩眼の女を護る為に……な」
「え……」
「徳川は、九角家の長女である菩薩眼の娘を手中に収める為、
九角の人間を皆殺しにし、屋敷を焼き討ちにしたという。
九角家が謀反を起こした訳じゃねぇ、徳川が欲望の為に九角家を滅ぼしたのさ」
「そんな、それじゃ」
「俺とお前は、遠い祖先で繋がっている──共に生きる縁を持って生まれたのさ」
嘘よ──葵はそう叫びたかったが、どうしても声が出せなかった。
九角の話は、見た夢を裏づけるものだったからだ。
鬼道衆が、なんらかの『力』でそう信じ込ませる為に夢を見せたのかもしれない。
しかし、夢に出てきた仲間達、姿格好は全く違っても、魂が同じだと告げる仲間達は、
確かに過去見たものであり、現在見ているものだった。
だから、彼の話を信じざるを得ない。
葵は俄に足が震えるのを感じた。
誰かに支えて欲しかった。
独りでは九角の話した真実に耐えられそうになかった。
しかし、仲間はいない。
自分が彼等と別れることを選んだのだ。
「俺はずっとお前を探していた。嘗て我が血筋より、徳川の手に奪われた菩薩眼の娘、
美里葵──お前をこの手に取り戻す為にな。
だから俺は祖先の意に従い、鬼道という陰の呪法を蘇らせ、その全てを以ってお前を探していたのさ」
再び九角が立ちあがり、近づいてくる。
後ずさりしようとした葵は、踏みとどまった。
自分が退がることで、彼が身を引いてしまったら、全ての意味がなくなってしまう。
葵は覚悟を決め、眼を閉じた。
そうでもしないと、これから為されることを受け入れられなかったからだ。
愚かさをあざ笑うが如く、葵の頬を冷たい涙が伝う。
陰氣が美里葵の全てを犯した。
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