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「……それじゃ、葵は」
絵莉の話を聞いた小蒔は、喘ぐように言った。
京一達は声すら出せず、葵の持つ過酷な宿命に呆然としている。
「ええ。何らかの形で自分が菩薩眼の所有者であることを知り、
恐らくこれ以上あなた達に迷惑をかけないように九角の許に行った可能性が高いわね」
「そんな……」
小蒔の中でさまざまな感情が渦巻く。
その中にはどうして相談してくれなかったのか、どうして勝手に行ってしまったのかといった憤りに近い気持ちも含まれている。
けれども小蒔は陰の心に囚われることなく、今すべきことを迷わずに決断できた。
「そんなの間違ってる。ボク達は迷惑だなんて思ってない……そうだよね、みんな」
「たりめェだ、俺達ゃ好きでやってんだ」
「京一の言う通りだ。たとえ美里にそんな宿命があったとしても、
今ここに居るのは紛れもなく俺自身の意思だ」
京一と醍醐に続いて龍麻も口を開いた。
「俺はなるべく他人を巻きこみたくないと思っていたから、美里の気持ちが少しは解る。
だからといって、美里一人を犠牲にして解決を図ろうだなんて微塵も思わない」
「……うんッ、そうだよねッ! ボク達で助けてあげないと」
これまで共に戦ってきた仲間と意思を通じあえたことに、小蒔は喜色満面になる。
だがその笑顔も一瞬で消して、葵が待っているであろう階段の先を見据えた。
「この先が、九角家終焉の地。奥にある古びた御堂──そこが九角家の屋敷の名残だという話よ」
殺気が漂っていた。
今にも破裂しそうな陰氣が、階段の向こうにひしひしと感じられた。
龍麻達は無言で心を引き締め、氣を練り始める。
すると階の木陰から、四人の男女が現れた。
「待っていたよ」
「如月! どうしてここに」
「僕の定めは東京を護ること……これほどの邪妖の氣、見過ごすことはできない」
「アランも」
「ボクの中の『力』が言ったネ……等々力不動に行けと。そうしたら、ヒスイに会ったネ」
「雪乃に……雛乃さん」
「ついに鬼道衆とやらいうのと闘うんだろ、オレの出番ってことだよな」
「この地に集まる禍々しい氣……織部の巫女として、わずかな力ではございますが、
ご助力させていただきます」
彼らはこの先に満ちる邪悪な氣を感じ、なお共に闘ってくれるというのだ。
『力』に極力他者を関わらせたくないと考える龍麻も、彼等の想いを無下にはできなかった。
「ありがとう……でも気をつけてくれ」
四人に謝意を込めて頭を下げた龍麻は、陰氣を感じているのか、
メフィストを強く抱きしめているマリィの頭を撫でた。
「マリィはここで天野さんと待ってるんだ」
「イヤッ! アオイオ姉チャンガイルンデショ? マリィ、オ姉チャンヲ助ケルッ!」
マリィの火走りの『力』は充分知っているが、それにしてもあまりに危険過ぎる。
だから無理にでも置いていこうと考えたが、マリィは頑なについていくと言い張った。
階上に満ちる陰氣はもう一刻の猶予もないほどで、
仕方なく、龍麻は説得を断念して連れていくことにした。
不動尊の境内には、これから始まる闘いを察知して逃げたのか、生き物の気配はなかった。
人々の信仰が集まるはずの場所に、霧と見紛うほどの陰氣が漂っている。
「凄ェ妖氣だぜ」
「なんだ、空が急に暗く──」
京一が思わず呟いたのと、醍醐が異変に気づいたのはほぼ同時だった。
空だけではない。
等々力不動全体が、黄昏時の、夜にうつろう寸前のような紫色に染め上げられていた。
何らかの邪悪な『力』が働いているのは明白で、龍麻達は油断無く辺りを窺う。
堂の前に、一人の男が立っていた。
この場にある陰氣の全てをこの男が生み出しているのではないかというほど、陰を纏った男。
彼が闘うべき敵であることは、見た瞬間に判った。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」
氣を漲らせる龍麻達に囲まれても萎縮する様子もなく、男は腕を組んで言い放った。
「俺は九角天童。お前らの敵、鬼道衆の棟梁だ」
「とうとう出やがったか」
京一が木刀を構えるが、九角は腰に下げた、恐らく真剣だろう刀にまだ手を添えない。
京一には一瞥だけをくれ、最も強い氣を放っている龍麻に視線を止めた。
「お前が緋勇か……いい面構えじゃねェか。菩薩眼の女は本堂の中だ」
「そこを……どけ」
龍が象られた籠手を装着する龍麻の、全身が金色に輝く。
彼が氣を体内で練りあげたとき、そのような現象が起こることを仲間達は知っていた。
すでに臨戦態勢に入っている龍麻に、彼等も戦いの準備を整える。
春から始まった数々の事件の首謀者である九角天童。
彼を倒せば、全てが終わるのだ。
「生憎と、そうもいかねェな。なァ、お前ら」
誰もいない虚空に向かって九角は呼びかける。
すると一際濃い氣が彼の周りに集まり、昏い陰を形作った。
「なッ──お前らは……ッ」
「馬鹿な……確かに斃したはずだ」
醍醐が叫び、如月が同調する。
無論驚きは彼らだけのものではなく、直接鬼道衆と闘ったことのない雪乃と雛乃、
マリィ以外の全員が驚愕を隠し切れず動揺していた。
斃したはずの鬼道五人衆が、そこにいた。
斃す前と変わらぬ、鬼の面に忍者装束を着た姿で。
「これは怨念よ。てめェらに復讐したいと願うこいつらの憎悪、
悔恨、怨嗟の念が集い、形を取ったのさ」
愉しそうに説明した九角は、人差し指と中指を立てて顔の前に構え、複雑な印を切り始める。
「目醒めよ……目醒めよッ」
一度形を取った鬼道五人衆の姿が薄れていく。
しかし彼らは消え去ったのではなく、より恐ろしいものへと変生していた。
化け物。
五人の人型があった場所には、文字通りの化け物が現れていた。
巨大な百足のような化け物、古代の恐竜のような化け物、獅子のようなたてがみを生やした化け物。
それらは角が生えているという以外は似ても似つかないもの達だったが、
紛れもなく鬼道五人衆が変生したものだと龍麻達に知らしめていた。
何故なら、額、腹、胸……場所は違えど、彼らの身体には鬼の面が張りついていたからだ。
それは面であり、顔ではないのかもしれない。
だが向きさえも逆さまについている面は、龍麻達の生理的な嫌悪感をそそらずにはおかないものだった。
自らの手で変生させた部下を満足気に見やった九角は、腰間の剣を抜き放つ。
「さァ、始めようか」
薄暗い空間に、白刃が煌いた。
雷光の如き刃を躱し、龍麻は九角と相搏つ。
京一達も武器を構え、それぞれ敵にあたった。
「これが……鬼……こんなんと、緋勇達は闘ってたのかよ……」
足が竦む。
どれほど覚悟をしていたとしても、
実際に体験する鬼はそんなものを容易く打ち崩してしまうだけの恐怖を雪乃に与えていた。
かろうじて薙刀は構えているものの、その切っ先は大きく震え、斬りかかることなど到底できない。
その切っ先が奏でる怯えに気づいたのか、鬼の一体が彼女めがけて近づいてきた。
自分の倍以上もある巨体には凄まじいまでの陰氣が張りついており、雪乃の恐怖はいや増す。
恐慌に囚われた彼女に誰かが危険を知らせたが、その声も全く届いていなかった。
怨念の塊である鬼が、立ったまま動かない人間に向かって大きく拳を振り上げる。
「姉様っ!」
雛乃も同じく人間が持つ異形への根源的な恐怖に足首を掴まれていたが、
姉に迫る鬼の魔手にいち早く精神を取り戻していた。
素早く矢を番え、宙に向かって射放す。
小蒔と技量を競うほどの腕前にしては、その弓勢は弱く、
矢は何を狙ったのかもわからないほど虚空に舞った。
その矢筈が、微かな音を立てる。
既に激しい闘いを始め、
決して聞こえる大きさではないその音は、雪乃だけでなく、龍麻達全員の耳に届いていた。
彼らが聞いていたかどうか、意識すらさせずに直接伝わった幽玄の音色は、
彼らの闘いの興奮を醒まし、落ちつきを取り戻させた。
その音はもちろん雛乃の双子の姉にも届いている。
心のどこかで何か音がしたのを感じていた雪乃に、急速に五感が戻ってきた。
手足が失っていた感覚を取り戻し、今まさに自分を叩き潰さんと振り下ろされる、
瘤の塊のような化け物の腕を飛んで躱す。
腕が大きな地響きをたてて元いた場所を殴りつけた時、雪乃はもう一度飛び、鬼の懐に潜りこんでいた。
「せやぁッ!!」
裂帛の気合と共に、腕を横に薙ぐ。
さっきはかたかたと震え、どうしようもないほど重かった薙刀は、
腕と一体化したかのように軽やかに動き、破魔の『力』を以って鬼を切り裂いた。
ぱっくりと開いた化け物の断面から、陰氣が噴き出す。
勝機が、見えた。
「雛ッ!!」
「はい、姉様っ!」
窮地を救ってくれた妹と、ちらりとだけ視線を交わす。
それだけで意思の疎通を終えた二人は、雪乃は前に、雛乃は後方へと移動した。
鬼の正面から斬りかかった雪乃が、文字通り縦横無尽に薙刀を振るうと、
赤茶色をした化け物の身体に、棋盤のように桝目が刻まれていく。
そのいずれもから陰氣が噴き出したが、鬼は気にした様子もなく拳を揮い続けた。
もちろんこれらの攻撃で鬼が倒せるとは思っていない雪乃は、
苛立った化け物が両手を組み合わせ、渾身の力で自分を狙ってくるのを見て、正確に距離を測った。
巨大な膂力を撓めた鬼は、目に見えないほどの疾さで腕を打ち揮う。
その打撃は回避に専念していなければ到底躱せなかっただろうが、
両手を掲げて薙刀を構え、足首に意識を集中させていた雪乃は、舞うように後ろに跳んだ。
轟音が大気を震わせ、砂埃がもうもうと立ちこめる。
自分が立てた土煙によって敵の姿を見失った鬼が、ようやく自分の攻撃が的を外したと悟った時、
雪乃は既に地にいなかった。
かがんだ姿勢になってもなおニメートルを超す高さにある鬼の目に、標的であるはずの人間が映る。
その姿は、見上げねば捉えられない位置にあった。
鬼の腕を利用して高く跳んだ雪乃は、氣を込めた刀身を、鬼の眉間につい、とあてがった。
魔を斬るに力はいらん、ただ心を清め、清めた心を刃に重ねて討て──
何度も祖父に言われたことを思いだし、腕の力を抜き、破魔を念じて刃を下ろす。
そう言われても、これまでそれを用いる機会はなく、また彼女の気性もあって、
雪乃はほとんど祖父の教えを意識したことはなかった。
それが何故今、急に思い出されたのかは判らない。
しかし、初めて腕力に頼らず、妹と違って本当に持っているのかどうかも怪しい
破魔の『力』のみで揮った薙刀は、飴のように鬼の身体を切断していた。
再び鬼の腕に降りた雪乃は、恐ろしいまでの自分の『力』に震える暇もなく跳び退る。
回避ではなく、次なる攻撃の為に距離を取ったのだ。
すると鬼の、たった今自分が刻んだ傷口に一本の矢が突き立った。
線の破魔の『力』を以って開いた穢れに、点の破魔の『力』を以って清めの孔を穿つ。
自分の半身とも言える妹が、そら恐ろしいまでの正確さで貫いた急所に向かって、
『力』を撓めた雪乃はもう一度跳躍した。
染みのように浮き上がっている白い矢羽根を中心点として捉え、
斜めに斬撃を与えると、両足さえ地面に置かず三度目の跳躍をし、逆方向から斜めに氣を振り下ろす。
閃光が鬼の躯に溶け、疵が大きく十字に刻印された。
雛乃が穿った破魔の孔によって、その疵は深く鬼の中心にまで達する。
「が……ごぉおぉぉぇああッ」
断末魔の叫びを上げる鬼の躯が、闇に透けていく。
遂にそれは闇に呑みこまれ、完全に消え去った。
「雛……ありがとな」
「そんな……わたくしは何もしておりません」
鼻をこすりながら雪乃が礼を言うと、
雛乃は姉に較べてほんの少しだけ丸みを帯びた頬を桃色に染めた。
「へへ……よし、他のヤツを助けに行こうぜ」
「はい、姉様」
二人は同時に頷き、まだ数多感じる魔の気配を祓う為に武器を構えた。
「てめェとこうやって喧嘩すんのは久しぶりだな」
醍醐と肩を並べた京一が、負の咆哮で威嚇する鬼を睨みつけて言う。
「そうだな……一年の時以来か」
隣で氣を練り、指を鳴らす醍醐は、どこか楽しそうに答えた。
それに気づいた京一は、呼吸を乱さないよう口の端だけを軽く曲げる。
「お前……気づいてるか? 声が笑ってんぞ」
「そうかもしれん……強い奴と闘る時は、どうしてもな」
「けッ、ったくよ。けどよ……負けんじゃねェぞ」
「当たり前だ、俺はもう一度総番に返り咲きを狙っているからな。こんな所で負けていられん」
こんな状況で冗談を言う醍醐に、京一は初めて面白そうに視線を向けた。
「……お前、変わったな」
「そうか? ……なら、緋勇のせいかも知れんな」
京一は満腔の意を込めて頷き、襲いかかる鬼の初手を躱した。
巨体からは想像もつかない疾さで繰り出される拳を軽々と避け、返す刀で撃ちこむ。
一瞬も停滞することのない動きは流水の如く、静から動へと移ろう様は懸河の如く。
「まァ、こんなに暴れられンのはヤツのおかげッてのは間違いねぇな」
対照的に醍醐は鬼の攻撃を真っ向から受け止め、荒ぶる肉体を以って弾き返す。
強引に作り出した隙に、鍛え上げられた豪腕に氣を乗せて鬼に叩きこんだ。
襲いかかる虎の如き猛撃を、呼吸の続く限り続ける。
氣は個人の才能に拠る部分が大きいが、その中には肺活量も含まれている。
呼吸によって生み出すのが氣なれば、その元となる量が多ければ氣も強くなるのが理だ。
醍醐はその恵まれた体格と、宿星によって宿る白虎によって、量だけなら龍麻をも凌駕する。
練る、という技術においては劣っても、威力では決して龍麻に引けを取らないのだ。
「があッ……!!」
乳白の氣を受け、醍醐の体躯をも倍する鬼の巨体が揺らぐ。
そこに阿吽の呼吸で京一の揮った木刀が、白い軌跡を重ねた。
吸い込まれるように消えた氣の刃は、斬れ味鋭く鬼の身体を断った。
紙を裂くように分かたれていく化け物の、胴体の方に醍醐がとどめとばかり体当たりを浴びせる。
「ぉぉぉぉ……っっっ」
無念を遂げること叶わず、再び常世に還った鬼が、姿を薄れさせていく。
「よっしゃッ!」
斃したことを確かめた京一と醍醐は、軽く腕を打ち合わせると、彼らの友の援護に向かった。
音のない銃声が響き渡る。
氣の弾丸を撃ち出すことの出来る霊銃を持つアランは、巨大な翼を持つ鬼と相対していた。
巨体をものともとせず宙を跳びまわる鬼にも、氣の弾丸は狙いを外さず命中していたが、
鬼の表皮は甲殻類のように硬く、更に陰氣によって威力が著しく減殺されてしまっていた。
命中した弾丸をものともせず、猛禽のような体当たりをしてきた鬼を横転して躱す。
思うような効果を与えられず、
アランは陽気なラテン系の青年というのが仮面であるかのように苛立ちを剥き出しにしている。
すると彼の、グレーと黒の中間に位置する瞳に、くすんだ金髪が映りこんだ。
どう見ても十歳前後にしか見えない少女は、確かマリィと呼ばれていたはずだ。
龍麻達が何故こんな危険な場所に彼女を連れてきたのか、
アランは問い質したく思ったが、今はそれどころではなく、短く彼女に言うのが精一杯だった。
「Step back,lady.」
「Don't get in my way.」
少女は下がるどころか、足を肩幅よりも少し広めに開いて、その場から一歩も動こうとしない。
鬼は両腕を開いて威嚇し、地上にいるアランとマリィ、二人を纏めて屠るべく舞い上がる。
鬼の攻撃を予想したアランは、彼女を抱いて避難するか迷った。
すると、彼の、鬼に向けていた方の半面がオレンジ色に彩られる。
腕を振り上げていた化け物は体勢を崩されて怯み、わずかに後退した。
少女の『力』を知ったアランであるが、危険であることに変わりはない。
もう一度下がるよう促そうとすると、少女は再び意識を束ね始めていた。
『力』を用いる時に集中を乱されると、疲労が何倍にも増す。
これは例えば、わき目も振らず勉強していたのを中断してしまうと、
もう一度集中しようと思っても中々できないのに近い。
同じ『力』持つ者としてそれを熟知しているアランは、
全く言うことを聞かない少女に軽く腹を立てながらも、鬼に対して霊銃を構えた。
狙点を定め、弾を意識する。
氣の弾丸と言えども発射してしまえば通常の弾丸と同じであり、直線にしか飛ばない。
違うのは空気の影響を受けない為、弾の速度は術者の氣の込め方のみで決まるのだ。
今、アランは少女を護ることを一義に置いていた為、それほど氣は込めずに銃を撃ち放した。
それよりもわずか、時間にして一秒にも満たない前に、
マリィは巨大な鬼の一点を凝視し、そこが『燃えている』イメージを形作る。
大きさ、色、火勢──自分が思った通りに火を点けることができると知ったのは、
ジルに拾われて以後だった。
それより以前、いたはずの両親の記憶はマリィにはない。
彼女が思い出せるのは、眼一杯に広がる赤く大きな焔、それだけだった。
ジルに拾われてから幾度もさせられた、焔を生み出す訓練。
自分が考えることで物が燃え、燃えた物は元には戻らないと知ったのはその時からだ。
それが良いことか悪いことかさえ、マリィには解らなかった。
ただ、やらなければ食べ物を貰えず、鞭打たれる──
その恐怖と生存本能だけで『力』を使い続けていたのだ。
今、マリィは焔を念じる。
ジルに命令されてではなく、アオイを、姉で、友達で、家族のアオイを助ける為に。
マリィの念じた焔が、鬼の身体に着火する。
鬼の纏う氣によって防がれたため、完全にイメージした通りにはならなかったが、
三十センチ四方の焔が化け物の腕の付け根を燃やし始めた。
そこに、アランの撃った弾丸が命中し、紅蓮の焔の中心にドーナツ状の穴が開く。
一瞬、中心から広がった穴によって消えてしまうかと思われた焔は、
たちまち業火と化して鬼を燃やした。
「うごォッッ!」
激烈な火勢は、アランとマリィ自身をも驚かせるものだった。
小さな面だった焔が、今や数倍の面積となって焚きつけられている。
「……!!」
期せずしてお互いの『力』がこれ以上ないほど相性の良いことに気づいた二人は、
初めて視線を交わし、別の場所を狙った。
「I never pardon if you go wrong.」
「OK.Don’t be too hard on me,lady.」
叩きつけるように言うマリィにおどけて答えつつ、
アランは膝を落とし、狙点を定めたまま氣の弾丸を練り上げる。
怒り猛った鬼が、固まって動かない二人に向かって突進してきた。
「Go along!!」
化け物全体が燃えるイメージを作り上げたマリィは、一気にそれを解放する。
マリィ自身もこれまで使ったことのないくらい大きな『力』は、わずかな間を置いて彼女に応えた。
二メートルを優に超える鬼の身体が、一瞬で焔に包まれる。
そしてその焔は、一呼吸の間を置いて爆発的に勢いを増した。
焔は、神火と化す。
鬼が宿す陰氣ごと浄化する神火は、普通の焔ではあり得ない疾さで鬼の身体を焼き払った。
「がッ……ごおぉおォッ!!」
翼を、そして身体全体を燃やされた鬼は、火だるまになって落下する。
陰氣によって形を成した鬼は、肉がくすぶる厭な臭いも、燃えさかる音も立てず、
ただ静かに、浄火の中で燃え続けた。
やがて焔が収まった時、巨大な躯はどこにもない。
敵を屠ったアランとマリィは、揃って安堵の息を吐き出す。
異なる音程の吐息を聞いた二人はお互いの顔を見たが、
アランが人好きのする──と自分では信じている──笑顔を浮かべると、
マリィは怯えたように走っていってしまった。
「……」
アランは一つ首を振ると、まだ闘っている仲間達を助ける為に走り出した。
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