<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>

(5/8ページ)

 放課後、龍麻達は事件の真相を追って、早速港区に向かうことにした。
 揃って校門への道を歩く道すがら、京一が空を見上げてぼやく。
「それにしてもよ、この東京、しかも東京タワーのすぐそばで化け物ねぇ」
 龍麻たちはそれぞれの表情で頷いた。
自分たちも非常識の世界に半歩足を踏み入れてはいるが、
科学文明の象徴ともいえる東京タワーの近くで化け物が出没するといわれても、
容易には受け入れがたかった。
「ね、気になってたんだけどさ、化け物って、どうやってプールと青山霊園を行き来してんだろ」
「そういえばそうだな」
 小蒔の疑問に醍醐が応じた。
「青山霊園と港区内のプールを繋いでいるもの……か。
水……それに、地上じゃすぐ人目につくだろうから、恐らく地下……下水道か?」
「確かに……そんな感じだね」
「下水道か……こりゃキツそうだな。美里達は止めてもいいぜ」
 京一でさえもそこに漂う臭いを想像して顔をしかめたくらいだから、葵や小蒔達はもっと嫌に違いない。
しかし、小蒔はきっぱりと首を横に振った。
「ボクは行くよ。ちょっと臭いが嫌そうだけど」
「ええ……私も行くわ」
 小蒔が行く以上、葵も行かざるをえない。
それに、龍麻と交わした約束もある。
葵が持つ癒やしの『力』は、極めて重要だと考えられているのだ。
「そうか……なら懐中電灯がいるな」
「あ、懐中電灯なら多分アン子ちゃんが持ってると思うわ」
「んじゃちょっと取ってくるね、行こ、葵」
 小蒔は律動感に溢れた回れ右をすると、葵の手を取って、小走りで校舎へと戻って行った。
「緋勇クンのことさ、どう思う?」
 二人になったところで、いきなり小蒔が切り出した。
親友の真意を測りかねて、葵はわざと鈍い反応で返した。
「どう……って?」
「なんかさ、『力』が絡んだ事件になると、ちょっと真剣すぎて怖くない?」
「そう……ね」
 危惧したこととは違うようで、うかつに答えなくてよかったと葵は思った。
「ボク達に無理強いはしないけどさ、放っておいたら一人でも突っ走っちゃいそうで」
 その方が望ましい、とは葵は言わなかった。
小蒔の口ぶりからは龍麻が転校してきてから激変した毎日を楽しんでいるのが明らかだったからだ。
「でも、私は……あまり危ないことには関わりたくないわ」
「大丈夫だって。ボクが守ってあげるから」
「……ありがとう」
 親友の好意に感謝しながらも、真実を伝えられなくてもどかしい葵だった。
 気がつけば二人は校舎に入っている。
アン子のいる可能性の高い、B組と新聞部部室を先に回ってみることにした。
「アン子いるかな?」
「いなかったら、職員室で鍵を貰ってこないといけないわね」
「そうだね、その時は──うわッ!」
 怖いものなどない小蒔も、突然薄暗い廊下から現れた人影に思わず飛びのいていた。
彼女達の進行方向に立っていたのは、それほど、これまでとは全く雰囲気の異なる同級生だったのだ。
「佐久間……」
 佐久間猪三。
 一応、葵と小蒔のクラスメートということになる。
しかし、葵も小蒔も彼との間に友情めいたものなどは一切存在せず、警戒の対象でしかない。
彼の身体から醸し出される負の存在感は、足を止めさせるに充分なもので、
何かに憑かれたような表情が、小蒔に本能的な危険を告げていた。
「何か用? ボク達は急いでるんだけど」
 小蒔はそれでも最低限度の礼儀だけは守ったのだが、
佐久間はもはやそれすらも守ろうとはしなかった。
 ずっと目をつけていた女が、どこから来たのか素性も判らぬ男に尻を振ってついていく。
しかもその男は佐久間が唯一恃む暴力にも屈せず、醍醐と蓬莱寺という、
この上なくいまいましい奴らと群れるようになった。
何もかもが気に入らず、そして、彼女を奪うだけの実力も持ち合わせない佐久間は、
最も下劣で短絡的な手段に出ることにしたのだ。
「あッ……痛いっ」
「佐久間ッ! その手を離せッ!!」
 大股で歩み寄った佐久間の手は、葵の手首を掴んでいた。
葵が顔をしかめるのも構わず、腕を強引に引き寄せる。
「美里……俺と一緒に来い」
「……」
「頼む……俺と来てくれ」
 佐久間の瞳がぎらつく。
どれほど歪んだものであったとしても、そこには熱情が宿っていた。
そしてそれは、そのいびつさ故に、決して他人に受け入れられるものではなかった。
「ふざけるなッ! なんで葵が行かなきゃなんないのさッ!」
「うるせェッッ!! てめェには聞いてねぇッ。なァ美里、俺と一緒に来いよ、ほら──ッ!!」
 痛みで屈服させようとするが如く、佐久間の手に力が加わる。
あまりの痛みに葵が悲鳴を上げようとした時、大きく、乾いた音が廊下に響き渡った。
この場にいる誰もが予想していなかった行動に、佐久間は思わず掴んでいた手を離す。
手首をさする葵を庇うように、紅蓮の『氣』をゆらめかせた小蒔が立ちはだかっていた。
「葵に……触るな……」
「てめェ……」
「葵の……ボク達の前から消えうせろッ!!」
「この野郎……イイ気になりやがって……」
 女に、コケにされる──
女とは征服し、所有するものだという前近代的な思考しか持ち合わせない佐久間にとって、
頬を女に殴られるというのは、小蒔が考える以上の屈辱を佐久間に与えていた。
もちろん小蒔は佐久間がどれほど屈辱を味わおうが知ったことではない。
葵を困らせるヤツは、ボクが許さない──
今の彼女を衝き動かしているのは、その、ただ純粋な想いだけだった。
しかし、佐久間はこれまでに抱いていた龍麻や醍醐に対する負の感情の全てを、
目の前の自分を殴った女一人に集中させていた。
方法も手段も問わず、この女を嬲ってやらなければ気が済まない。
もともと乏しい自制心が小蒔によって枯らされた時、佐久間は極めて危険な存在と化していた。
そのどす黒い情念は、もはや葵を手に入れた所で浄化されるものではなく、
関わる者全てを破滅へと導くことでしか満たされないものだった。
 右の拳を固く握り締めた佐久間は、小蒔に制裁を加えようと一歩を踏みだす。
小蒔もそれに退くことなく、いつ佐久間が襲いかかってきても良いよう構えた。
葵でさえ、もはや二人の争いは不可避のように思われたが、
廊下の向こうから聞こえてきた声が救いの主となった。
「桜井、まだか?」
「醍醐……」
 体内の毒素を言語化して吐き出した佐久間は、
しかしこの場で小蒔と醍醐二人を相手取るのは不利だと判断したのか、足早に去っていった。
薄暗い廊下にあって、佐久間の姿はすぐに闇に紛れて見えなくなる。
「桜井……廊下でどうしたんだ? ん……今のは佐久間か?」
「う、ううん、なんでもないよ。ごめんね、遅くなっちゃって」
 醍醐と佐久間が割れる寸前の風船のような関係なのは知っていたし、
佐久間が問題を起こせば今度こそレスリング部が廃部になってしまうことも知っていた小蒔は、
急いで笑顔を作った。
まだ残っている怒りが筋肉をひきつらせ、思うようには笑えなかったが、強引に醍醐の背中を押す。
「……」
「あの……」
「ほら、行こ、葵」
 葵はボクが護る。
騎士道めいた正義感をその小さな身体に宿した小蒔は、この件を龍麻達に話すことはせず、
自分一人で親友を護ると心に決めていた。
それが、どれほど危険なことかも知らないままに。

 今しがた起こった気まずい出来事のせいもあり、
懐中電灯を探した小蒔達は急いで校門で待つ龍麻達のところへ戻った。
するとそこには、新たな人影がある。
「あれ……ミサちゃんじゃない。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。龍麻、お前が面倒見ろよ」
 訊ねる小蒔に言うだけ言って、京一はさっさと歩きだしてしまった。
軽く肩をすくめた龍麻が事情を説明する。
と言っても、中々戻って来ない二人を呼びに醍醐が校舎に戻った直後、
入れ替わるようにやって来たミサが、どこへ行くとも言っていない龍麻達に自分もついていく、と言いだし、
それを龍麻が断らなかっただけのことなのだが。
とにかく、ミサが同行を申し出るからには、きっとそこには理由があるはずだった。
彼女好みな、理由が。
「ふ〜ん……てことは、何かあると思うの? ミサちゃん」
「うふふふふ〜、そは永久に横たわる死者にあらねど、測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの〜」
「……?」
「はい、これ〜」
 呪文めいたものを口ずさんだミサは、あっけに取られる小蒔の手に小さな石を握らせた。
それは、灰白色の石に、奇妙な星型──
オカルトに興味がある人間なら、五芒星形と言ったかも知れない──
の紋様が刻みつけられたものだった。
「ありがと……でも、何これ?」
 全員に同じ物を渡したミサは、その質問ににたりと笑った。
それほど掘りの深い顔立ちでもないのに、夕陽を受けて陰影が引き立っている。
「絶対に〜、落としたりなくしたりしたらダメだよ〜」
「う、うん……」
 異様な迫力に、訳もわからず頷くしかない一行だった。
ただ、落としたら大変──きっと、ミサにおしおきされてしまう──だと言うことは肝に銘じて、
なくさない場所に石をしまった龍麻達は、東京の地下へと向かうのだった。
 懐中電灯のわずかな光が、薄暗く前方を照らす。
並んで二人がようやく通れる程度の通路を、龍麻達は連なって歩いていた。
「痛ッ」
「滑りやすいからな、気をつけろよ」
「先に言えよ」
 龍麻と京一が少し間の抜けた会話をしているのは、ひとつには、
この陰気な下水道の中では何か話していないと気が滅入ってしまいそうであり、
ひとつには、黙っているとどうしても悪臭を意識させられてしまうからだった。
「しっかしこりゃ……たまんねぇな」
「うん……鼻が曲がりそうな臭いだね」
 いつもは二言目には口喧嘩を始める京一と小蒔も、
この臭いという共通の敵の前には大人しくするしかないようだ。
男連中でさえ胃に何も入っていなくて良かった、と思うくらいの臭いだから、
しょっちゅう京一に胸がないだのタマがあるだの馬鹿にされていても、
当然女性である小蒔には、特に辛いだろう。
 先頭を歩く龍麻が、水の方に顔を向けて言った。
「それだけじゃない。生臭くて……それに、微かに潮の香りもするな」
「潮!? だってここ下水──」
「しッ、静かに」
 龍麻に制されて、小蒔は慌てて口を塞いだ。
反響した声が静まりかえると、水音が聞こえてきた。
大きな物体が跳ねる、べしゃべしゃと言う音。
足音を立てないように慎重に近づいた一同が見たものは、異形の怪物だった。
 蛙にも似たぬめぬめした皮膚が全身を覆い、魚のように飛び出した目に、
深海魚を思わせる鋭い牙のついた口。
人間のように直立してはいるものの、手は長く、足は逆に短く、
そして太い首はほとんどなく、えらのようなものがそこについている。
あまりに不恰好なその姿が、かえって作り物などではないと知らしめていた。
その姿を見た小蒔が、おぞましさを堪え、喘ぐように囁く。
「あれ──」
「遠野が言っていたのは、あれの事か」
 想像を絶する化物の姿は、アン子から情報を聞いていてもなお驚きを与えるものだった。
「あれが、深きものどもよ〜」
それまで無言を保っていたミサがいきなり口を開き、一同は一斉に発言者を見た。
「知ってるの、裏密さん」
「うふふふふ〜、彼らは世界中に潜んでいて、彼らの仕える主を復活させようとしているの〜」
 ミサの説明はわかるようで良くわからず、龍麻は曖昧に頷くしかなかった。
いずれにしても、あの化物共がプールで人を攫う犯人なのは間違いない。
「おねェちゃんがいるな……どこに連れてくつもりだ」
「褒めていいんだか悪いんだか……」
 目ざとく見つけた京一に、小蒔が呆れ混じりに呟いた。
「あそこの穴に入っていったな」
「よし、後を追おう」
 龍麻達は息を殺して尾行を始めた。
 とはいっても、深きものどもに気づかれないように後を追うのは簡単なことだった。
何しろその強烈な臭いは下水道にあってさえ途切れることはなく、それを追っていけば良かったのだ。
耳もそれほど良くないのか、龍麻達に気づく気配もない。
ただし制服には臭いが染みついてしまうこと必至で、
特に葵と小蒔、ミサ達女性陣には大きな悩みの種となるだろう。
 気が滅入る追跡行は、しかし、すぐに中断させられることとなった。
鼻を押さえながら先頭を歩く龍麻の前方に、人影が現れたのだ。
もしかしたら都の職員かも知れない──そう危惧した龍麻の予想は外れた。
一人立っていたのは、龍麻達の知っている人物だったのだ。
「フフフ……良く来たね」
「お前は……水岐」
 驚きを隠せない龍麻に、水岐は初めて会った時と同じように、大仰に挨拶してみせた。
龍麻達の持つ懐中電灯が、スポットライトのように彼を照らしだす。
「かつて、この世界は薔薇に溢れ、香気に満ちた風が吹く世界だった。
おォ、それが今では草花は枯れ、灰褐色の墓標に包まれた刑場の如き惨状。
人間は、何と罪深き存在なのだろう」
 相変わらず難解な言い回しを用いる水岐だったが、昼間とは訳が違った。
あの深きものどもが去った後に、水岐がいる──
それは、水岐がこの下水道のことを知悉していて彼らをやり過ごしたのか、
あるいは、その必要もない、つまり、水岐が彼らの仲間であるかのどちらかだった。
そして水岐の眼には龍麻達への友好を感じさせるものはなく、ほの暗い情熱に彩られている。
 それを敏感に感じ取った京一が、木刀を突きつけて詰問した。
「てめぇ……なんでこんな所にいやがる?」
「決まっているだろう、シテールに住まう罪人に贖罪を与える為に、
そして、我が神にその哀れなる魂を捧げる為にさ」
「神……だと?」
「フフフ、この街の地下に何が眠っているか、知っているかい?」
 いきなり話題を変えるのが水岐の得意技であるようだった。
面食らって黙りこくる龍麻達に、水岐は得意げに説明する。
「異界だよ。深く暗い海の底へ続く……ね。そして海の底には、偉大なる僕達の神が眠っている。
僕はその神を召還する為に神の啓示を受けた。
人間を本来のあるべき姿に変える『力』を手に入れたのさ」
「あるべき姿……って、まさか」
 小蒔の声は嫌悪と恐怖に滲んでいた。
人間と魚と、双方に対する冒涜の極みのようなあの化け物があるべき姿などと、
冗談でも言って良いものではなかった。
 しかしもちろん、水岐は冗談など口にしたのではない。
「君達も見ただろう? あれは、人間がその罪ゆえに与えられた真の姿だよ」
「それじゃ、行方不明の人達はみんな──」
「そう……だが、それは仕方のない事さ」
 平然とうそぶく水岐に、龍麻達の怒りが募る。
それは葵でさえもがそうだったらしく、水岐に向けられた声にははっきりと非難がこもっていた。
「酷い……皆が何をしたって言うの」
「何をしたか……だって? 愚かな……人は自らの欲望の為にこの世界を破壊してきた。
獣を殺し、草花を絶やし、世界を暗き闇に閉ざしてしまった。
破廉恥なる地獄の寵児の如く、我が物顔で。
人間は滅びるべきなのさ。その償い難き行いのためにね」
「確かに人の犯した罪は重いかも知れないけど、でも──」
「フフフ、もう遅いよ。増上寺の封印が解けた今、後少しで異界への門が開く。
そうすれば、この世界には神の裁きが下る」
 どこまでも芝居がかった動作で、水岐は指を打ち鳴らす。
応じて彼の背後から現れたのは、やはり深きものどもの群れだった。
弓を取り出した小蒔が、構えかけて水岐の言ったことを思いだす。
「あれも……元は人間だったの?」
「残念だけど〜、一度ああなってしまったら〜、もう元には戻らないわ〜」
「そんな……」
 いつもと変わらぬ口調で告げるミサに、小蒔は絶句したが、
前衛の龍麻と京一が戦闘準備を整えるのを見て覚悟を決めた。
 斃さなければ、新たな犠牲者が増える。
それでも、人間に戻る可能性があると聞かされていたら、どうしてもためらってしまっただろう。
 葵は、ボクが護る――
誓いを思いだした小蒔は矢を番えると、向かってくる一匹に向かって放った。
 五匹いた深きものどもの、最後の一匹が斃れる。
 苦戦を予想していた龍麻の勘は外れ、戦いは簡単に終わった。
深きものどもは見た目通り、陸上ではあまり機敏には動けないようだったが、それ以上に奇妙に鈍かったのだ。
まるで龍麻達に触れることをためらってでもいるかのようで、
どうしようもない悪臭にさえ耐えられれば、ものの数分とかからずに退けることができた。
 その原因は、ミサが龍麻達に渡した小さな五芒星が刻まれた石にあった。
落書きのような星が描かれた石は、超自然的な力で龍麻達を闇の眷属から護っていたのだ。
底知れぬミサの知識だったが、彼女はそれを誇るでもなく、
ただ怪しげな微笑を浮かべて龍麻が倒した深きものを観察しているだけだった。
「この化け物が……」
 辺りに半魚人の骸が散乱しているが、その中に水岐のものはない。
形勢不利と見て取り、いちはやく行方をくらませたようだった。
「水岐の野郎……逃げやがったか」
 悪臭に顔をしかめながら、京一が毒づく。
元から生臭い臭いを漂わせていた半魚人は、生命活動を止めたことで腐臭をも放ちはじめていたのだ。
一秒でも早くこの場から離れたいところだったが、逃げ出した水岐を放っておくわけにもいかなかった。
その水岐の声が、下水道内にこだまする。
「フフフ……君達の『力』、面白い。それに、五芒星形の印を持っているとはね」
「水岐、どこにいやがるッ!」
「まもなくこの世界は変わる……深き海の底から甦る破壊の神と、
僕が手に入れたこの『力』によってね。それに僕の下僕はそいつらだけじゃない。
鬼達も、僕に力を貸すと言っている」
「鬼……だと」
 京一達の気づかないところで、龍麻の形相が変わる。
鬼──鬼道衆。
比良坂紗夜の兄を利用して自分達を襲わせ、
そして彼女の死に深く関わっている敵の名を、龍麻は忘れるはずがなかった。
鬼道衆を倒し、必ず彼女の讐を取る。
仲間達にも言っていない、自分一人の誓いだった。
 ひとりでに膨れ上がろうとする氣を懸命に抑える龍麻の耳に、どこか酔っているような水岐の声が響く。
「まもなくある場所の地下に眠る『門』が開く。破壊の神が目覚める刻も近い。
そうすれば、僕は新しい世界の王になれるのさ」
「詩人が王とはな。随分俗物的じゃねえか」
「……フフフ、待っているよ。君達が僕の元に辿り着くのをね」
 龍麻の痛烈な皮肉が堪えたのか、わずかに声を乱して、水岐は消え去った。
その残響が完全に静まり、気配が完全になくなったのを確かめてから、
龍麻は仲間の方を振り向いた。
「逃げたか……」
「よし、追うぞッ」
「追うぞったって……どうやって?」
 小蒔の疑問はもっともで、東京の地下に網の目状に張り巡らされている下水道をあてずっぽうに探しても、
水岐や深きものどもを見つけられるはずもない。
 するとミサが、懐から何かを取り出しながら言った。
「ミサちゃんに、おまかせ〜」
「おまかせ……ってよ」
 何を言い出すのか、と言いたげな京一を無視して、ミサは取りだしたものを下水に投げ入れる。
固唾を飲んで見守る一行が見たのは、やがて浮かび上がってきた何かだった。
何か、と言っても、それは不自然に浮かび上がったことを除けばどう見てもゴミにしか見えない。
しかしミサは真剣な表情でゴミに向かって手をかざし、ひとつ頷いて龍麻に告げた。
「青山霊園?」
「うん〜、水占いではそう出てるわ〜、信じるかどうかは緋勇くんの自由だけど〜」
 全く意味不明な水占いとやらであったが、既に龍麻はミサの知識に一目置いていたし、
青山霊園というのはアン子のもたらした情報とも一致していた。
だから、龍麻の返事は多少ひねくれていても素早かった。
「自信はあるんだろう?」
「うふふふふ〜、緋勇くんったら〜、うふふふふ〜」
 ミサと会話を成立させている龍麻を見た京一が首を振ったのは、
充満する悪臭のせいだけではなかったかもしれない。



<<話選択へ
<<前のページへ 次のページへ>>