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「よし、とにかく一旦上に戻ろうぜ」
 龍麻達が地上に戻ると、辺りはもう薄暗く、お互いの顔もかろうじて見える程度だった。
遅くなればなるだけ龍麻達にとって不利になるのだから、すぐにも青山霊園に行きたいところであったが、
これから更に行動するとなると、気がかりがひとつある。
ひとつ咳払いした醍醐は、重い口調で三人の女性に告げた。
「美里に桜井、それに裏密も、ちょっといいか」
「なに?」
「もう、日も暮れるな」
「そうだね。でも、暗くなってもちょっと蒸すよね」
「暗くなれば、いろいろと女には物騒になる」
「うんうん。最近は特にいろいろあったからねぇ」
「……」
 先手を取って軽やかに受け流す小蒔に、元々話術が巧みとは言えない醍醐はすぐに言葉を詰まらせてしまう。
すると小蒔は、その隙を逃さず反撃に転じた。
「醍醐クン。まさか、ボク達に帰れとは言わないよねぇ?」
「……」
 小蒔は冗談めかしているが、本気なのは明らかだ。
 下水道にさえ同行した彼女達なのだ、夜になったくらいで帰るとも思えなかった。
ただ、明らかにこの先は危険の度合いが違う──そう考えた醍醐は一応の説得を試みたのだが、
案の定、小蒔は帰るつもりなど全くないようだった。
 困った醍醐は龍麻に目配せして助けを求める。
三人の顔を順に見た龍麻は、そのうち二人の意志が硬いことを確かめると、あっさり言った。
「わかった、行こう……皆で」
 裏切られた醍醐も小さく首を振っただけで異議を唱えなかったのは、
おそらく彼にも返事は解っていたのだろう。
 しかし大きな身体の割に心配性なこの男は、当の本人でさえ失念していた細かい問題を指摘した。
「ところで、三人とも家の方はどうするんだ?」
「あ、そっか……うーん……そうだ、葵はボクの家に泊まることにしときなよ。
ボクはアン子の家に泊まるってことにしとくから。
事件に関わることだし、アン子も協力してくれると思うんだ」
「そうね、小蒔の家には前にも泊まったことがあるし、大丈夫だと思うわ。
……それじゃ、ちょっと電話してくるわね。……うまく、嘘……つけるかしら」
「ボクも電話に出てあげるから大丈夫だよ」
 公衆電話を探しに行った二人の姿は、すぐに夕闇に紛れて見えなくなる。
その方向を見ていた醍醐が、言うともなしに呟いた。
「……少し、罪悪感を覚えるな」
「親に嘘をついてまでってコトか? ま、いいんじゃねぇの。
性質の悪い嘘じゃねぇし、あいつらが行きてぇってんだからよ。な、龍麻」
「ああ」
 京一の台詞は突き放しているようでもあり、本人達の意思を尊重しているようでもあった。
頷いた龍麻は、この場に一人残っている女性に声をかける。
「……裏密は? 電話しなくて大丈夫なのか?」
「うふふふふ〜、もう連絡は済んでるから大丈夫〜」
「そ、そうか」
 愛想笑いで答えた龍麻に、京一が囁きかける。
(おい、いつのまに連絡したんだよ)
(それよかどうやって連絡したんだ)
「な〜に〜?」
「いッ、いや、なんでもない。連絡したならいいんだ」
 他意はない、と両手と首を龍麻は忙しく振る。
すると、彼を背後から呼ぶ声があった。
「なんだあンたら、こんなとこで何してんだ?」
「雨紋!」
 龍麻に近づいてきたのは、薄闇にもその金髪が目立つ、雨紋雷人だった。
以前龍麻達が渋谷の街に起きた異変の解決に関わった時に知り合い、
共に闘った渋谷区神代高校の二年生だ。
渋谷の件が解決して以来連絡は取っていなかったが、
龍麻だけは彼に招待されて二度ほどライブを観に行ったことがあった。
チケットを貰ったから行く、程度の認識で出かけた龍麻は、
そこで初めて彼の所属する「CROW」というバンドが中々人気があることや、
ライブハウスの熱気とその後に訪れた強烈な耳鳴りなど、多くのことを知ったのだった。
「お前こそなんでこんな所にいるんだよ」
「オレ様は帰るところだ」
 何が入っているのか見当もつかない薄っぺらい学生鞄を見せた雨紋は、
龍麻達を見渡してうさんくさそうな顔をした。
「あンたらがツルんでるってことは……事件か?」
「ああ、まぁな」
 あいまいに口を濁した龍麻に、かえって雨紋は興味を持ったようだった。
「……プールで人が消えるってヤツか?」
 雨紋の洞察力に、龍麻は目を瞠った。
「なんでわかった?」
「なァに、最近起こったあンたらが首を突っ込みそうな事件なんて、それくらいだろ?」
 笑った雨紋は、さらに龍麻を驚かせるようなことを言った。
「よし、あンたらには借りもあるしな、オレ様もつき合ってやるぜ」
「お、おい」
 予想外の展開に、龍麻は狼狽する。
するとその肩に、京一が腕を乗せてきた。
「へへッ、もう諦めろよ。俺達ゃ好きこのんで首突っ込んでんだ。
こんなオイシイこと、お前一人に任せておけるかってんだ」
「そういうこった。ま、オレ様に任せておけば何だってこの槍で貫いてやるぜッ」
 威勢の良い雨紋に呆れながらも、彼の同行を認める龍麻だった。
 そこに、裏工作を済ませた小蒔達が戻ってきた。
「お待たせ、バッチリアリバイ作ってきた……あれ? 雨紋クンじゃない?」
「なんだ、アンタらもいたのか。こりゃますます厄介事みてぇだな」
 呆れたように言いながらも、その厄介事を期待しているのがありありと窺える雨紋の口調だった。
「よし、それじゃ青山霊園に行くとしようか」
「青山霊園? ンな辛気臭いとこに何があンだ?」
「歩きながら説明するよ」
 総勢七人になった一行は、ミサが水占いで視、そしてアン子の情報にもあった青山霊園へと歩きだした。
その道すがら、龍麻は雨紋に事情を話す。
自身が異能の『力』を宿している雨紋も、半人半魚の化け物が人を攫う、
という話を聞いた時は、うさんくさそうな目で龍麻を見たものだった。
「なるほどな……でもよ、半魚人の化け物なんて、なんかの見間違いじゃねェのか?」
「俺達もさっき見るまでは信じてなかったよ」
「……ま、あンたらなら半魚人でも宇宙人でも連れてきそうだけどな」
 案外あっさりと事情を諒解した雨紋に、龍麻は苦笑いするしかなかった。
 大小様々の墓が立ち並び、昼間でも東京とは思えない不気味な雰囲気を漂わせる青山霊園は、
夜ともなるとその不気味さを一層増し、生者の闊歩を拒むようであった。
うっそうと茂る木にビルは隠され、鴉の鳴き声が寂しさを際立たせる。
あまり目立たないように霊園の中央を走る車道は避け、一本中の道を歩いている龍麻達は、
なおさらそんな気分になっていた。
「うわ〜、やっぱり夜の墓場って不気味だね」
 小蒔の声は言うほど気味悪がってはいないが、
集団の中央をキープしている醍醐は、何やら挙動が怪しい。
「きッ、気のせいか、さっきより少し寒くなってないか……?」
「そりゃ気のせいだろ」
 無情に突き放す京一にも、醍醐は気分を悪くするどころではなく、
些細な物音にも過剰に反応するありさまだった。
一行の中で最も大柄な男がびくびくとするものだから、
始めは面白がっていた小蒔なども、次第にうっとうしさが募ってきたらしく、
すたすたと先に行ってしまっている。
 その小蒔が、龍麻から数歩離れたところでいきなり立ち止まった。
重く、鈍いものが動く音を、はっきりと彼女の耳は捉えたのだ。
「今、聞こえた?」
「ああ……近いな」
 木刀を軽く握り直した京一が、小蒔の横に並んだ。
油断なく辺りを見渡し、音の源を探す。
やがて求めるものを見つけだし、龍麻に顎で指し示した。
「見ろ、あの墓……動いてるぞ」
「なッ、なにッ!」
「醍醐クン、声大きいよ」
「す、すまん」
 慌てて口をつぐんだ醍醐が見たものは、つい数時間前に下水道の中で戦った深きものどもだった。
三体の異形の化け物は、龍麻達に気づくこともなく墓の中へと入っていく。
そしてまた聞こえる重く鈍い音は、墓石が動いているのだろう。
龍麻達はしばらく待ち、他にかの忌まわしい眷属が現れないことを確かめてから墓石に近づいた。
「さっきの化物がここにいるってことは、間違いなさそうだな」
 龍麻と京一と醍醐は力を合わせて墓石を押す。
死者の霊が眠っているのなら土下座して謝らねばならない行為であったが、
遺骨が埋まっているはずの場所にあったのは、暗闇へと伸びる階段だった。
懐中電灯をかざしてみても、光は階段しか照らさない。
かなり深く、長い通路であると思われた。
「なるほどな……ここから地下に繋がっているってワケか」
「よし……行ってみよう」
 ここまで来てためらう理由はない。
階段は狭く、二人並んでは歩けそうになかったので、
まず京一、醍醐が入り、女性三人、雨紋、龍麻の順で入ることにする。
頷きあい、いざ京一が一歩を踏み入れようとすると、それを留める声があった。
「君達」
「お前……如月」
 姿はおぼろにしか見えないが、聞き覚えがあるその声は、如月翡翠のものだった。
プールの時と同じ、神出鬼没と言うしかない登場で、
既に懐中電灯の光がなければ辺りは闇としか認識できない。
しかし、殿を務め、敵だけでなく一般人にも見つからないよう警戒していた龍麻でさえ、
彼の気配が全く判らなかったのだ。
どんな武術を修めているかは判らないが、只ならぬ技量の持ち主といえた。
「君達は、僕の忠告を無視するつもりなのか」
 数日ぶりに会った如月の声に、久闊を叙する響きはない。
自分の警告を無視されたとあってはそれも当然といえるだろうが、
龍麻もここで引き下がる訳にはいかなかった。
「なあ如月」
 しかし、如月は龍麻の台詞を先回りして封じてしまう。
「悪いが僕は君達と手を組むつもりはない」
 ぴしゃりと言いきる如月に、またも邪魔をされた格好になった京一がうんざりしたように言った。
「まだンなこと言ってんのかよ。じゃ、お前はなんでこんなトコにいるんだ」
「君達に話す必要はない。僕は今から地下に降りる。それだけだ」
「地下? それじゃ俺達と同じじゃねぇか」
 同じ、という京一の台詞に、殊更如月は反応を示したようだった。
闇の中で、わずかに嘆息したのが龍麻には感じられる。
「……何度も言うが、君達はこの件から手を引くべきだ。
君達の未熟な『力』では、あまりに危険過ぎる」
「……俺達のことを知っているのか」
 確かに龍麻がこれまで闘ってきた相手は異能の『力』を持っているとはいえ、皆人間だった。
だからといって頭ごなしに未熟と言われては面白いわけもないのだが、龍麻は辛抱強く答えた。
 そんな龍麻に如月はやや語調を和らげ、なだめるように話す。
「……これは、僕が決着をつけねばならない事件だ。
僕の中に流れる、飛水の血が命じるんだよ。
主の眠りを、この地の清流を汚す者を倒せ……とね」
「飛水……? 如月、お前」
「飛水家は、別名飛水家とも言って、江戸時代、
徳川幕府の隠密として江戸を護ってきた忍びの家系だ」
「忍びぃ!? そりゃまた、随分と時代錯誤な……」
 思わず大声をあげた京一はその代償として思い切り小蒔に肘で突かれたが、
龍麻も内心では同じ感想を抱いていた。
自分達の『力』も、東京の地下を闊歩する半人半魚の化け物もおよそ常識とはかけ離れているが、
忍者というのもそれと同じくらいには非常識なはずだ。
しかし如月は、いたって真面目に続ける。
「僕は飛水の末裔として、徳川家の眠りとこの東京を、護る義務がある。
この事件の首謀者は、明らかに徳川の眠りを犯そうとしている。
これを解決するのは僕の使命であり、他の人間を巻きこむ訳にはいかない」
 徳川、という、これもまた教科書でしか名を知らない名前を、如月は当然のように出す。
少なくとも今の時代に仕える対象としての徳川家はないはずであるが、
如月の血筋は、主筋がなくなっても江戸を護ると言う命を忠実に護っているようだった。
いかに古臭いしきたりであろうと、それは他人が口を出す筋合いのものではない。
 しかし、彼にも使命があるように、龍麻達にもまた引き返せない理由がある。
「聞いてくれ、如月。俺達だって遊びでこんなことをしている訳じゃない。
まだはっきりと正体を掴めてはいないが、鬼道衆という奴らが、この東京で何かをしようと企んでいる」
「鬼道衆?」
 初めて如月は興味を示したようだった。
「ああ。そして今回の事件も、その鬼道衆が関係している可能性が高い」
「僕達の敵は、共通しているかもしれないということか」
 顎を指でつまむという、やや古めかしい仕種で考え込んだ如月は、
ついに、決して進んでではなかったものの、龍麻達と同行することを承諾した。
「やむを得ない……か。これ以上無駄な犠牲者を出す訳にはいかない。……共に行くとしよう」
「よろしく、如月」
「言っておくが、僕は君達と親しくするつもりはない。
この件も、あくまでも僕と君達の進む道がたまたま同じとなっただけだ」
「……」
 他者をなるべく巻きこみたくないという考えは共通しても、
これほどの隔意を示されれば、さすがに鼻白む。
「ま、そろそろ行こうぜ。誰かに見つかりでもしたら面倒くせェことになるからな」
「そうだな、行こう」
 京一にとりなされ、諸々の感情をその一言に圧縮した龍麻は、
改めて地下への探索行を開始することにした。
 入り口こそ狭かった通路も、階段を降りて少し歩くとすぐに高い天井の洞窟へと変わっていた。
道はそれほど歩きにくくはなく、人の手が入っているようだった。
始めは立てないように気をつけていた足音も、
これだけ反響してしまってはどうしようもなく、すぐに諦めて普通に歩いている。
時折その足音に被さるように水滴が落ちる音が響き、
下水道の中とはまた異なる不気味さを醸しだしていた。
「鍾乳洞みたいね」
「うん……なんか、ひんやりする」
 葵と小蒔の会話を皮切りに、京一達も口を開く。
特に、学校の帰りからいきなり異世界に連れて来られた雨紋は、驚嘆することしきりだった。
「こりゃ凄ェな。東京の地下にこんな場所があるなんてよ」
「あぁ……全くだ。この先に、水岐がいるんだろうな」
「間違いないだろう。奴は『門』が開くと言っていた。
そこで神だか悪魔だかを復活させようってことだろうな」
 ここでそれまで無言だったミサがいきなり口を挟んだ。
いかにもこの場所に似つかわしい口調に、皆一斉に黙って彼女に耳を傾ける。
「多分〜、復活させようとしているのはダゴンだと思うの〜」
「ダゴン……?」
「うん〜、あの深きものどもが仕えているのはクトゥルフっていう邪神なんだけど〜、
その配下にダゴンっていうのがいて〜、深きものどもはそれを復活させようと活動しているの〜」
 ミサがこの手の話に関して嘘は吐かないことは周知の事実だった。
それでも、ダゴンだのクトゥルフだの、
そんなに邪神とやらが数多くいるというのは、簡単に信じられるものではない。
「けど、そんな物騒なのがこんな東京のど真ん中にいんのかよ」
「うふふふふ〜、邪神達が活動していたのは人類誕生以前と言われているわ〜。
だから、都市の中に邪神がいるんじゃなくて〜」
「邪神の居た場所に人間が街を作っちまったってことか」
「ご名答〜」
 褒められても嬉しくない京一だった。
更にミサの話によると、クトゥルフの配下であるダゴンは、
神として崇められているだけのことはあり、その力はクトゥルフに較べるべくもないが、
それでも人間が容易に対抗できるものではないという。
つまり、何としても復活の前にそれを止めなければならないという訳だった。
そんな話を聞けば、武者震いと共に否応無しに士気も上がるが、
何しろもう三十分ほども歩いているというのに、目的地はまだ見えない。
目的地が見えなければ敵も見えず、せっかく高まった士気も空回りしてしまうというものだった。
「随分長いな」
「……地の底まで続いていそうね」
 ミサの話から五分ほどで、早くも飽きてきた京一がぼやく。
それに律儀に答えた葵の声が、いきなり悲鳴に変わった。
「きゃっ」
「おっと」
 足を滑らせた葵が、倒れそうになる。
最も早く反応したのは龍麻で、葵の腰を抱きとめ、力強く引き寄せた。
「大丈夫か?」
「え、ええ……ありがとう。足元が濡れていて」
 よりにもよって龍麻に救われた葵は、可能な限り素早く姿勢を直した。
龍麻もこの状況ではそれ以上身体を触ってこようとはせず、彼の腕はおとなしく離れた。
「大丈夫、葵? 足くじいたりしてない?」
「ええ、緋勇君が助けてくれたから」
 葵としては事実を告げたにすぎないが、小蒔は意味ありげに小声で囁いた。
「ちょっとドキドキしちゃった?」
「そ、そんなことないわ。それより小蒔も気をつけてね、滑りやすいから」
 勘の鋭い親友に、葵は動揺を隠すのに苦労した。
 龍麻に強く引っ張られた時、葵は確かに単なる驚きや嫌悪とは異なるものを感じたのだ。
ごく短い時間のことだったので、自覚できるほど明瞭な形にはならなかったのだが、
小蒔に指摘されると、つい思いだしてしまう。
 龍麻のことをそれ以上考えたくなくて、興味深げな小蒔の視線にあえて気づかないふりをして、葵は努めて前を見た。
 洞窟は次第に広さを増し、緩やかに下っている。
加えて先ほど葵が足を滑らせたように、地面が濡れているのでそちらにも気を配らねばならず、
一同は歩くことに集中せざるを得なくなっていた。
龍麻もそれは同じだったが、ただ一人、全く危なげなく歩いていた如月が、巧みに歩調を合わせて囁いてきた。
「……彼は?」
「ああ、雨紋って言って、前に渋谷で鴉が人を襲う事件があったろ?
その時に知り合ったんだ。……あいつも、『力』を使える」
「そうか……」
 如月は頷いたものの、あまり歓迎してはいないようだった。
徳川に仕える隠密と言う彼の出自からすれば、それも当然だろう。
だがあの半人半魚の深きものどもに対するには一人でも仲間が多い方が良く、
まして雨紋の槍術と『力』は龍麻達の大いなる助けとなるはずだった。
 再び黙した如月が、突然立ち止まった。
何か、と龍麻が尋ねる前に、険しい顔で頭上を見上げる。
「おい、なんか音がしねぇか?」
「ひッ、緋勇クン、上ッ!!」
 先頭を歩いていた京一が振り向くのと、小蒔が叫ぶのはほとんど同時だった。
天井から、人間の頭ほどもある岩が、龍麻と如月の位置めがけて落ちてきていた。
 岩を砕こうと構える龍麻の横を、冷たい空気が走りぬける。
次いで起こる、大きな水音と岩が砕ける音。
水飛沫を浴びただけで済んだ龍麻は皆の無事を確かめると、一人平然としている、危険を救った男を探し当てた。
「如月が……やったのか?」
「あァ」
「そうか……助かった」
 簡潔に頷くのみの如月に、龍麻は戸惑いながらも礼を言った。
京一達もどうやって窮地を脱したのか、興味津々の態で如月を見るが、
如月は視線を避けるように軽く目を閉じ、これでこの話題は終わりとばかりにそっけなく告げた。
「君が無事ならそれでいいさ」
 本人が言わなければどうしようもないので、
龍麻達はさっさと歩き始める如月に渋々ながらも続こうとする。
すると、一人の男が飛び出し、彼の前に立ちはだかった。
「おッ、おい……如月さん、あンた何者だ?」
 いつもどこか人を食ったような態度の雨紋が、目を丸くしていた。
真剣な表情でこの日初対面の如月をじっと見つめ、訊ねる。
龍麻達は軽くかわした如月もその勢いに気圧されたのか、説明を始めていた。
「大した事じゃないさ。ほんの少し、水の力を借りたんだ」
「水の……力?」
「飛水流は水に纏わる術を最も得意とする。
四神のひとつで、水を司る玄武を守護神として崇めているのさ。
そして『飛水』の姓を受け継ぐ者には、元来その血筋として、水を自在に操る能力が備わっていたという」
「いたという……って、簡単に言うけどよ」
 事もなげに言う如月に、京一が呆れて呟く。
しかし雨紋の耳には入っていないようで、
いたく感動したように如月の手を強引に取り、両手で握りしめた。
「如月さんッ! オレ様の名前は雨紋雷人ッてンだ、よろしくな」
「あ、ああ、よろしく」
 見た目には麗しい先輩と後輩の友情成立だった。
その傍らで、すっかり蚊帳の外にされてしまった他の先輩がぼやく。
「如月クン、なんだか随分尊敬されてるね」
「ああ……俺達も一応先輩なんだけどな」
 小蒔と京一の会話を耳にしながら龍麻は、雨紋が如月の隔意を取り除いてくれたことを喜びながらも、
どこか釈然としないものを感じるのだった。



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