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「こんなところで油を売っている暇はない。とにかく、江戸川区に行こう」
「全くだ。絵莉ちゃんも急ぐんだろ?」
「あッ、えぇ、そうね、そうだったわ」
 急に水を向けられ、絵莉は慌てふためく。
龍麻達よりも十年近く人生経験を積んでいる彼女だったが、
これほど情熱的に──あるいは強引に──アプローチをかけてくる男は初めて見たのだ。
こんなやり方で女が口説ける訳がないと思うのだが、
もしかしたらメキシコの女というのはこういう口説かれ方が好みなのだろうか、
などと彼らが言い争っている間、実にどうでも良いことを考えていたのだ。
これから大事な、大袈裟でなく東京壊滅の危機を防ぐ為に彼らと江戸川区に向かわなければ
ならないのに、とんだ無駄な時間を浪費してしまっていた。
 自分達がすることの意義が軽くなってしまったと思うと同時に、
無用な緊張感を持たない若者達なら上手くやれるかもしれないと羨ましくも思う絵莉だった。
 江戸川区に着いた一同は、絵莉が調べた、女性が殺された地点へと向かっていた。
十件近く発生している事件は江戸川区の中でも特定の地域に集中しており、
そこから調べれば何かの手がかりが掴めるだろうと思われたのだ。
絵莉がその場所を告げると、地元であるアランはそこを知っており、
彼に案内される形で龍麻達は歩いていた。
「江戸川区か……実は来るの初めてなんだよな」
「キョーチ、それはもったいナーイネ。植物園にはホタルもいる。
それに、ゼンヨージのヨーゴーの松も有名ネ。今は枯れかかってしまってるケド、いつか葵にも見せてあげたいネ」
 案内と言いつつ二言めには葵の名を出すアランに、
彼女のボディーガードを自任する小蒔もつき合いきれなくなっており、いちいち反応するのは止めていた。
ただし身体的な接触を断固として拒むという方針は頑として譲らず、
ある種の軟体動物のように変幻自在の動きで葵に触れようとするアランの手を、
時にはつねり、時にははたき落とし、モグラ叩きさながらに妨害していた。
 二人の闘いを失笑をこらえて見ていた絵莉が、地元民でも知らないような知識を持つアランを、一応褒める。
「善養寺の影向の松を知っているなんて凄いわね」
「HAHAHAHA]
「でも、枯れかかっているなんて」
「そうデス、エリー、悲しいデース」
 アランは既に絵莉も馴れ馴れしく名で呼んでいて、京一がこめかみをひくつかせている。
手を出した龍麻と比べれば理性的とさえいえるが、醍醐としては一応京一が爆発したら止めねばならず、
一方で小蒔と戯れているアランにも好意的にはなれず、自然と渋面になってしまうのだった。
 その、アランの文字通りの魔の手から葵を護るために奮闘していた小蒔は、
このままでは埒が明かないと考え、作戦を変える。
「もうッ、いきなり触ろうとしたって日本の女の子は絶対嫌がるんだよッ。
ハーフっていうけどさ、日本のこと全然知らないんじゃない? ずっとメキシコにいたの?」
「Yes、三年前、ハイスクール行くため、ボク、ニホン来たデース。
パパとママ、いなくなってしまったから、今は伯父サンと伯母サンと一緒に住んでマース」
 いなくなる──それが失踪なのか、それとも事故などで亡くなってしまったのかは判らなかったが、
そこだけアランの口調はいやに乾いていた。
それがかえって彼の想いを強調することになり、小蒔はやや粛然と呟いた。
「そっか……ごめんね、余計なコト聞いて」
「No、No! 伯父サン伯母サン、とてもイイヒト。ボク今、とてもHappyネ。
だからボク、伯父サンと伯母サンまでなくしたらとても悲しい。傷つけるヤツ、許さない」
 おおげさに手を振ったアランの声には、途中から微量の、しかしひどく真摯な成分が混じっていた。
一同はそれぞれ彼の心情を感じ取ったが、いかんせん、それまでの印象が悪すぎる。
雪山で熱い風呂に入ったような、相反する感情をまとめきれないまま、なんとなく黙ってしまった。
 最後は唸るように決意を語っていたアランが不意に立ち止まる。
背筋を伸ばして辺りを見渡し、何かの気配を探っているようだった。
「風が──」
「なんだ?」
「風が、止みマシタ……」
 今は全く風など吹いていなかった。
あまりにも意味不明なアランの言葉を、京一が詳しく訊ねようとすると、
それを遮るように大きな音が聞こえてきた。
何かが衝突したような音は、どうやら事故が起こったようだった。
事故ならば自分達に出来ることはない──
そのはずだが、険しい顔で音のした方向を見つめていたアランが急に駆けだした。
「Shit!」
「おい待て、アラン! ちッ、しょうがねェ、追うぞ」
 半ば厄介者とも言えるアランがいなくなったのは、むしろ好都合と言って良かった。
にも関わらず、京一は彼を追いかけ、龍麻達も後に続いた。
アランは今回の事件について何か知っている──という疑念もあるにはあったが、それよりも、
言葉にできない何か、彼ら自身ですら気づいていない何かが彼の後を追わせたのだった。
 その何かは、龍麻を更に一人の男と引き会わせる。
「如月!」
「あァ、君達か」
 アランを追って角を曲がった龍麻達の前にいたのは、一月ほど前に仲間となった、如月翡翠だった。
 北区にある王蘭学院高校の三年生である如月は、龍麻達と同じく夏休みであるから当然私服だ。
しかし忍びの一族だからなのか、それとも彼の趣味によるものなのか、
半袖ではあるものの黒を基調とした服装はこの真夏においてはなんとも浮いており、
龍麻は一瞬そのことに触れて良いものか迷った。
 賢明にも沈黙を選んだ龍麻が歩み寄ると、如月は一行を見渡し、
特に絵莉がいる事に興味を抱いたようだった。
「どうやら、江戸川区に遊びに来た訳じゃないみたいだね」
 如月は以前、港区のプールで人が浚われる事件を解決しようと動いていた時、
一人でプールを調査していた絵莉に出会い、深入りしないよう忠告したことがある。
ルポライターだという彼女は名刺を渡しつつおとなしく引き下がったが、
その時に質問された内容は素人とは思えないほど踏みこんだものであり、
如月は驚くと共に危惧を覚えずにはいられなかったのだ。
その彼女が、『力』──彼らはそう呼んでいるらしい──
を持つ龍麻達と江戸川区に来ていると言うことは、恐らく目的は同じなのだろう。
そう如月は考え、龍麻の返事でそれが間違っていないことを確かめた。
「如月も……か?」
「いや……まだ今日は調査に留めるつもりだったんだが──君達は何か掴んでいるのか」
「ああ……江戸川にも『門』があるらしい」
 ごく簡単な説明だったが、如月には充分に意味が伝わった。
 邪神を封印した門。
それを解き放とうとする者がいるならば、
江戸の守護を徳川より命じられた飛水の末裔として、見過ごせるはずがなかった。
 一月半ほど前に港区にある増上寺の真下にある『門』の解放と、
そこに封印されているものを復活を阻止する為に如月は一人闘おうとし、そこで龍麻に出会ったのだ。
確かに常人とは異なる『力』を有してはいるようだが、
自分から見れば素人に毛が生えた程度でしかない彼らが人ならざる深きものども、
そして邪神ダゴンと闘うなどと粋がり、如月は初め呆れて物も言えなかった。
忍びの定めとして、他者は巻き込まない──
そう己に課し、極力他人との接触を避けていた如月は、
もちろん彼らの幼稚な正義感などに耳は貸さず、再三帰るように促した。
しかし彼らは頑なに引き下がろうとせず、挙句敵の本拠地に勝手に乗りこもうとまでした為、
結局共闘せざるを得なくなってしまったのだ。
結果的には彼らは助けになった──事実を歪曲するほど如月は愚かではない。
確かに『力』は未だ未熟ではあるものの、それを補う連携が彼らにはある。
それどころか龍麻と轡を並べて闘うのは奇妙に自然なことだ、とすら思え、
だから闘いの後、自分でも思ってもいなかった彼への助力を申し出たのだ。
 港区の事件を解決した後、江戸川区にも『門』があるという情報を掴んだ如月は、
今日もその調査の為にここまで出向いており、いずれ龍麻達に助力を頼もうかとも考えていたのだが、
ここで彼らと出会ったことは天佑と思えたのだった。
「そうか……ならば、僕も一緒に行こう」
 忍びの技を受け継いだ卓越した体術と、飛水の血筋が為す水を操る力を持つ如月は、
龍麻達にとって大いなる助けとなる。
もちろん否やのあろうはずがなかった。
「助かるよ。お前がいてくれれば心強い」
 如月を加えた一行は、彼に簡単に事情を説明してアランが走っていった、
大きな音のした方へと向かったのだった。

 更にもう一度角を曲がると、大きく道が開ける。
江戸川区と千葉県を分かつ江戸川と、その二者を繋ぐ江戸川大橋が目の前にあった。
 辺りを見渡していた小蒔が声をあげる。
「あッ! あそこ……煙が上がってるよ」
 彼女が指差した先で、一台の自動車が壁にぶつかっていた。
周辺には既に野次馬が群がっており、クラクションの音と興奮した声が狂騒している。
「さっき聞こえたのはこの音だったのか」
 人壁をかき分けて行く気にもなれず、遠くから眺めるに留めて醍醐が頭を振った。
まだ運転者が亡くなったかどうかはわからないが、
車のひしゃげ具合からするとあまり良くない結果しか想像できなかった。
 同様に重い顔をしていた龍麻達は、やがて絵莉がじっと橋の方を見ているのに気づいた。
 物問いたげな視線を受けた絵莉は、形の良い眉をわずかにひそめて説明する。
「この橋……確かこの辺りは、交通事故が多くて有名な場所よ。
専門家の話によると、強力な磁場が発生しているとか」
「磁場ぁ? 磁場ってSとかNとかあの磁場かよ」
「そう、磁力の作用する場所のことなんだけど、磁場には惹きつけるものがあるって言われていてね」
「なんだよそりゃ。鉄じゃねェのかよ」
 磁力に関しての知識など小学校の理科で止まっている京一の口調は、既にして投げやりなものだ。
しかし絵莉の答えは、学校の知識や学問からは程遠いものだった。
「霊……よ。この辺りでは良く目撃されているらしいわね」
「れッ、霊!? そんな場所があったんですか?」
 思ってもいなかった所から弱点を突かれて醍醐は思わず声を裏返らせていた。
これで、江戸川大橋は決して近寄らない場所のひとつに加わった。
知らなくて良い知識を得てしまった巨漢は、うそ寒そうに首をすくめた。
 だが、今はそのようなことを気にしている場合ではない。
まずは一人で走って行ったアランを探さなければならなかった。
 事故現場は後回しにして、橋を渡り始める。
するとすぐに龍麻達の前方、橋の中ほどに倒れている人影が見えた。
「ねぇ、あれ……誰か倒れて……アランクンじゃない?」
 小蒔の言うとおり、倒れているのは間違いなくアランだった。
幸か不幸か、人々の関心は事故の方に向けられていて、彼に構う者はいない。
とにかく助けようと彼の元に向かおうとする龍麻の肩を、京一が強く掴んだ。
「おい、見ろ! 誰か橋から飛び降りたぞッ!」
 かなり強引に振り向かされた龍麻が見たのは、
数メートルはあろうかという橋を飛び降り、着地した直後の人影だった。
危なげなく地面に降り立ったその人影は、すぐに藪の中に紛れて見えなくなってしまう。
しかし龍麻は、時代錯誤な忍者装束を纏った姿をしっかりと見ていた。
視線を戻した龍麻は、険しい顔をしている如月に話しかける。
「如月も見えたか」
「ああ……一瞬だけだったが、間違いない」
 龍麻と如月が共に闘うきっかけとなった、港区のプールで人が浚われた事件。
人を化け物に変え、邪神の封印された『門』を解き放とうとした鬼道衆の一員を名乗った水角と、
今龍麻が見た人物は同じ服装をしていた。
服装だけで決めるのは早計と言っても、
現代の東京に趣味で忍者装束を着ている人間があちらこちらにいるとも思えない。
やはり絵莉の言うとおり、江戸川区で起きている猟奇殺人事件は彼らが起こしている可能性が極めて高いといえた。
「よし、京一と醍醐、それに如月はあいつを追ってくれ。
美里と桜井、それに天野さんは俺と一緒にアランを」
 素早く指示を出した龍麻に、皆頷く。
迷っている暇はなかったし、この場ではそれが最も適切な指示であることは確かだった。
「よし、後でな」
 早くも木刀を袋から抜いた京一が走りだし、やや遅れて醍醐もついていく。
そして如月は地面を滑るように走り、先頭に立って鬼道衆を追って行った。
 怪しい人影を京一達に任せ、龍麻達もアランの許に急ぐ。
「アランくん、しっかりして」
「Oh……、アオーイ……心配してくれて、ありがーとネ」
 上半身を起こしたアランはさかんに頭を振っているものの、どこか怪我をした訳ではないようだった。
葵は心配そうにアランを見やったが、こんな場所で『力』を使って彼を癒す訳にはいかず、
助け起こしてやるしかできない。
それでも葵の顔を見て安心したのか、アランは龍麻に自嘲気味に笑ってみせた。
「Sorryヒユー、ボク、少し油断したネ。ヘンな仮面を被った男……
あの男が、車に乗ってたレディの……首を……」
 アランが目撃したことを語ると、龍麻達は等しく息を呑んだ。
あらかじめ絵莉に聞かされていたとはいえ、首を斬り落として持っていく光景を想像させられるなど、
普通の高校生には耐えがたいものだった。
「やっぱり……ただの猟奇殺人ではなかったようね。緋勇君」
「そうですね……京一達と合流しましょう。おい、立てるか、アラン」
「OK、もうだいじょうぶデース」
 立ちあがったアランに、もう一度怪我がないことを確かめた龍麻達は、
京一達と合流すべく河川敷に向かったのだった。

 どうやら野次馬達も運転していた女性の頭部が無いことに気づいたらしく、
けたたましい悲鳴が爆発的に広がっている。
それを避けるように移動した龍麻達は、五百メートルほど離れたところで京一達と合流した。
「京一」
「お、来たか。奴ならそこの穴から逃げていきやがったぜ」
 京一は木刀で地面を示す。
そこには直径一メートルほどの穴が開いていた。
穴は自然にできたのではないことを示すように、ゆるやかな傾斜を描いて奥へと続いている。
場所は違えど一ヶ月前に青山霊園の墓石の中にあった、増上寺の地下へと続く秘密通路と酷似していた。
「鬼道衆……か」
「間違いねェな。どうもこっちを誘ってるみてェだった。罠かもしれねェが……どうする」
 訊かれた龍麻は仲間達の顔を見回した。
様子を見ようと言う者は誰もいなかった。
「行こう。京一と醍醐は先頭で。俺は殿を。アランは俺と一緒だ。いいな」
 素早く打ちあわせた龍麻達は、一人ずつ穴に入っていった。

 地下は予想外に広く、三人ほどが並んで歩ける程度の幅があった。
もちろん舗装などはしてある訳もないが、地面はほどほどにならしてあり、歩きにくさは感じない。
道はどうやらなだらかに下っているようで、徐々に空気が冷たくなっていった。
夏場の今は涼しくて気持ち良いくらいだが、
向かう先のことを考えれば気を緩めることなどできなかった。
 それでも、全く黙って歩くのも味気なく、小声で会話が始まる。
口火を切ったのは、やはり一同の中でも最も元気な小蒔だった。
傍らにいる醍醐を見上げ、さすがにいつもの陽気さは潜めて話しかける。
「あの時と一緒だね」
「ああ……そうだな。とすると、鬼道衆の狙いはやはり」
 『門』を開き、東京の壊滅を謀る──そのようなことは、絶対にさせるわけにいかなかった。
 頷いた小蒔は、今度は絵莉に訊ねた。
「ボク達今、どの辺にいるのかな」
「そうね、感じとしては江戸川に沿って進んでいるみたいだけれど。
でも、『門』の真上には封印するための何かがあるはずよ。
港区の地下にあった『門』を封じていた増上寺のようにね。
──そういえば、『門』に関して、というかクトゥルフに関してなんだけど、新しい情報があるの」
 言葉を切った絵莉は、数秒無言になる。
頭の中で情報を整理しているようだった。
「あるオカルト神話に造詣が深い先生の話なんだけど、古代中国の文献の中に、
鬼歹老海という表記があるの。
直訳すると『古代の邪悪な海の悪魔』って意味なんだけど、
これがクトゥルフ、またはその眷属を表しているんじゃないか。そう先生は仰っていたわ」
 絵莉の情報はどちらかといえば不急のものだったが、
古代から邪神と人間との間に関わりがあったというのはやはり驚きだった。
「そういえば、水角とかいう奴はどうでもいいと言っていたが、
水岐は『海の底に眠る神』と言っていたな」
 醍醐の言葉に、アランと絵莉を除いた一同は増上寺の地下でのことを思い出していた。
 水岐涼──人の世に絶望した、繊細すぎた詩人。
鬼道衆にそそのかされ、邪神を復活させて世界を海の底に沈めようとした彼は、
最後はおぞましい深きものに変化させられるという哀れな最期を遂げていた。
その彼が復活させようとした邪神は、水の精クトゥルフの配下であり、
同じく海を棲家とするダゴンである──とは、
この手のことに関して計り知れない知識を有している裏密ミサの説明だった。
「そう、海の悪魔と海の邪神、これらは単なる偶然の一致ではないと思うの。
その証拠のひとつとしては、中国でも数多くの『門』が発見されているわ。
更にその先生は、『鬼』という文字の起源は、丸い頭部と、そこから伸びる長い触腕……
クトゥルフそのものを表すものじゃないか、とも仰っていたわ」
「クトゥルフが、鬼?」
 クトゥルフとやらを見たことが幸いにしてない龍麻は、逆に鬼の漢字を思い浮かべ、
そこから化け物を結びつけようとしてみるが、どうにも上手くいかなかった。
節分などで出てくるいわゆる普通の鬼の方がよほど簡単に想像できる。
出っ張りは角で、ムの部分は金棒を持っている腕で。
しかし絵莉は、どうやらその先生とやらの主張を信じているようだった。
「世界各地に溢れていたクトゥルフの邪神達が、
この日本で鬼として人々から恐れられていたとしても不思議は無いわ……そう思わない?」
 かなり強引なようにも見える論理の展開も、絵莉が語るとなんとなく信じこまされてしまう。
それにクトゥルフが鬼かどうかはともかく、彼らが実在しているのは確かなのだった。
「鬼道衆はそれを知って復活させようと……?」
「鬼道衆の狙いが、この東京の転覆ならね」
 そう絵莉が話を締めくくると、それまで一言も口を挟まなかったアランが感動したように言った。
「ボクには話難しくて良くわからないケド、ミンナ……とても勇気あるネ。
もしもあの時、ボクにもう少し勇気があれば」
 思わせぶりなことを言うアランに、龍麻達の視線が集中する。
見られていることに気づいたアランはあからさまに視線を避け、先に進んだ。
「みんな、急ぐねッ。嫌な風の臭いがしマース」
 彼の言葉に誘われるように鼻を動かした醍醐は、
感じ取れる臭いなどないことを確かめてから龍麻に囁いた。
「また、風か──緋勇、どう思う」
「別に臭いなんてしないが、急いだ方がいいのは確かだ」
「……そうだな、今は鬼道衆を斃す事が先決だ」
 醍醐はむやみに人を疑う性ではないが、アランという男はあまりにもとらえどころがなく、
また、仲間を想うがゆえにどうしても警戒してしまうのだ。
一方で、春に醍醐から番長の座を奪い取った龍麻に対しては、
新たな仲間を次々と作っていく度量の広さを認めている。
もしアランが龍麻を裏切るようなことがあれば、龍麻は決して容赦しないだろう。
龍麻は『力』が関わる事件において、仲間が傷つくことをひどく恐れている。
そしてそれは醍醐にも受け入れやすい心情であり、龍麻を信頼する理由でもあった。
 頭をひとつ振った醍醐は、ひとまずアランへの疑念を忘れることにした。



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