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 翌日、龍麻は約束通り竜泉寺に向かった。
隣には澳継ではなく、九桐尚雲がいる。
 昨夜鬼哭村に戻った龍麻と澳継は、九角に事の次第を報告した。
竜泉寺に呼び出されたことも告げ、九角の判断を仰いだところ、
彼が答えるより早く、同席していた尚雲が、それなら俺が一緒に行こうと言いだしたのだ。
龍麻は驚いたが、それよりも驚いたのは澳継が反対したことだった。
「龍閃組の本拠地に行く必要なんてこれっぽっちもねえだろ」
 緋勇を心配しているのか、と尚雲が問うと、顔を紅潮させて澳継は怒鳴った。
「んな訳あるかッ!! この野郎がのこのこ出かけてぶッ殺されたって知ったことじゃねェ。
けど、鬼道衆が間抜けの集団みたいに言われるのは冗談じゃねェって言ってんだよ」
「蓬莱寺は喧嘩っ早いが、罠にかけるなんて芸当はできない人間だ。
それに、竜泉寺にもそんなに人は居ないのだろう? 緋勇」
「ああ、俺が居た時は京梧と醍醐、あと時諏佐百合っていう女の人だけだった」
「それなら、俺と緋勇で行けばなんとかなるだろう」
 尚雲は豪語するだけのことはあり、武器を持たせれば龍麻ではとうてい敵わない。
護衛としては心強い限りなのだ。
「じゃあ俺も行く」
 するとどこに対して意地を張っているのか、もはやわからなくなっている澳継が言う。
「いや、風祭には若を護ってもらわないといけないからな」
「そういうことならしょうがねェな」
 片目をつぶってみせた尚雲に、龍麻は苦笑いで応えたのだった。
 かなり速い尚雲のペースに苦労してついていきながら、龍麻は昨夜からの疑問を口にした。
「ところで、どうしてついてきてくれたんだ?」
「ん? 昨日説明した通りだが」
「確かに危険はあるけど、俺一人で行けば済む話だろ? もともと余所者なんだから、
俺がいなくなっても鬼哭村に影響は少ないはずだ」
 龍麻は自虐的な考え方をする人となりではないが、
過去の世界で孤独であるという意識が影響を及ぼしているのかもしれない。
 ところが、尚雲は龍麻の考えを鼻で笑い飛ばした。
「……君は色々なことを知っているが、自分についてはそうでもないようだな」
「どういう意味だ?」
「君は今や鬼哭村にとってなくてはならない人間になっている。
若は君のおかげでずいぶん明るくなったし、澳継も、嵐王も、村人達も、
それに君が気にしている雹も、明らかに君に大きく影響を受けている」
 居場所を確立するために必死だったという記憶しかないのだが、
面と向かって褒められて龍麻は大きく照れた。
「……そうかな」
「そうさ。だから俺が護衛につく。今日は連中と戦うようなことにはならないと思うがね」
 軽い口調で言った尚雲は、毛のない頭を撫でた。
「それに俺も、澳継よりは君と鍛錬する方が身になる」
「そうかな」
 芸のない返事を龍麻は繰り返す。
「ああ。澳継も技の切れはいいが、まだ学ぶべきところが多々ある。
その点君は駆け引きも上手いし、余裕が感じられる」
 その点に関しては尚雲の言うとおりだと龍麻は思った。
澳継は勝敗と生死をイコールに考えている節があり、
龍麻との修練においても昏倒させようという勢いで攻めてくる。
だからはじめは手こずったものの、彼の攻勢を受けることに専念して凌いでしまえば、
澳継は自ずと息切れすることになり、勝つのは難しいことではなくなった。
龍麻も度々指摘はして、澳継も修正しようとはしているようだが、
未だ頭に血が上りやすい性向は直せていないようだった。
 一方で龍麻は尚雲を大変苦手としていた。
龍蔵院流という槍の流派の使い手である尚雲は、
槍だけでなくあらゆる武器の扱いに精通している。
それはあらゆる間合いにも対応できるという意味でもあって、
近づくことさえ困難な尚雲との修練は、生傷が絶えないのだ。
「君の時代にも、猛者は大勢いるのだろう?
羨ましいな、俺の知らない強者がたくさん居るなんて」
 龍麻が一九九八年の東京で戦っているのは、害を為そうとする輩がいるからであって、
決して強い奴を探し求めているわけではない。
それでも、異形の化け物になら存分に腕を振るえるはずで、
その意味では尚雲が一九九八年に来れば心強い味方となってくれるに違いなかった。
 その後、様々な武器の話や、それを使った戦い方について討論を交しているうちに、
竜泉寺に到着した。
到着したは良いが、さてどうやって彼らを、できれば京梧を呼びだそうか、
立つ際に跡を濁しまくった龍は思案する。
すると彼の隣に立つ、槍を携えた破戒僧が、朗々とした声を放った。
「頼もう!」
 これではまるで道場破りだ、と龍麻が思ったのも束の間、本堂の戸が開き、
堂々たる体格の僧が姿を現した。
「何用……お前か、緋勇……!」
「や、やあ、久しぶり」
「仏の慈悲は広大無辺、とは言うがな」
 直接殴られた恨みはそう簡単には消えないのだと醍醐の顔が物語っている。
坊主にしては雑念にまみれているその表情に、もう一人の坊主が大笑した。
「やあ、これは強そうな先生だ。拙僧は九桐尚雲と申す」
 同業者に挨拶されて醍醐は面食らったようで、慌てて居住まいを正した。
「これはご丁寧な挨拶を。拙僧は醍醐雄慶、高野山で学び申したが、
今は故あって下山しております。失礼ながら尚雲殿、その携えているのは槍ですかな? とすると」
「いかにも、龍蔵院流を」
「ほう……! 噂には聞いておりますが、天下に名を轟かせる龍蔵院流の槍さばき、
是非とも拝見したいものですな」
「ご所望とあらばいずれ」
 すっかり意気投合した破戒僧二人は、龍麻そっちのけで盛りあがる。
蚊帳の外の龍麻が辛抱強く待つこと数分、ようやく醍醐が龍麻の方を向いた。
「それで、何をしに来たのだ」
「京梧に呼ばれて来たんだよ」
「何……?」
 龍麻が昨夜のことを説明すると、醍醐はひとつ唸り、庫裏へと向かった。
ほどなく怒鳴り声が響き渡る。
「おい京梧、いつまで寝ている!」
「うるせェ、寝たいように寝かせろクソ坊主ッ!!」
 怒鳴り声に続いて派手な物音が聞こえてきた。
それからしばらくして現れた二人の服装は乱れ、呼吸は荒かった。
「……おう、来たか」
 顎をしきりに触りながら、京梧は二人を本堂に招く。
ここまで来てじたばたしても仕方がないので、龍麻と尚雲は中へと入った。
 龍麻にとってはおよそ三ヶ月ぶりとなる竜泉寺だが、特に変化はない。
若干の懐かしさを感じつつ、龍麻は尚雲の隣に座った。
尚雲はさりげなく入ってきた戸を背に、京梧達と向かいあっている。
これは彼が用心深いというより、龍麻に危機感が足りないのだろう。
そのくせ、落ちつかない龍麻と対照的に尚雲は堂々としたものだった。
槍を前に置き、背筋を伸ばして少しも臆するところがない。
龍麻も彼に倣って籠手を前に置き、胸を張って京梧と醍醐を見た。
「それで、昨日の夜は何があったのだ」
「出たんだよ、遂に」
 素っ気なく答えた京梧に、醍醐は太い眉を跳ねあげた。
「何だと……!?」
「その場にこいつも居合わせたんだ。なあ緋勇」
 龍麻は頷き、昨日九角に話したのと同じ内容を説明した。
「とにかく異様だった」
 自分の感想を加えて龍麻が話を終えると、京梧が情報をつけ加えた。
「近頃江戸の周りの町でああいう、女が殺されて頭が持ち去られる事件が起きてやがる。
で、内藤新宿でも十日ほど前から二人殺されててな、
単なる殺しにしちゃあ気味が悪いってんでな、俺と醍醐が見回ってたってわけだ。
俺は鬼道衆が関係してんじゃねェかと睨んでるんだが、その辺どうだ」
 三人の視線が一点に集中する。
男達の険しい眼光を、尚雲は顔色一つ変えずに受けとめた。
「その件に関しては初めて聞いた。無論、若からそういう命令が下ってはいないし、
手下が独断で動いたという話も聞いていない」
「本当かよ」
 京梧は露骨な疑念を隠そうともしないが、尚雲は涼やかに頷いた。
「ああ。この件に関する限り鬼道衆は一切関係ないと断言できる」
「じゃあ、どこのどいつがやったってんだよ」
「それに関してだが」
 尚雲は居ずまいを正す。
飄々とした印象の彼がそうしたことで、残る三人の意識も自ずと集中した。
「雄慶殿は外法というものをご存じか」
 醍醐の顔色が変わるのをよそに、尚雲は淡々と続けた。
「人の頭――髑髏を用いてこの世ならぬ邪妖を呼びだす術があるという。
用いる人の頭は苦しみ、痛み、恨み、恐怖の念が強いほど良いとされ、
すなわち生きたままの人間の首をもぎ取るのが最良とされている」
「酷ェ術もあったもんだな」
 苦虫をかみつぶしたような顔をする京梧に、尚雲は彼に珍しく、重々しく頷いた。
「だがそれによって呼びだされる邪妖は、山を削り大河を生みだす、
鬼神の如き力を持つと言われている」
 今度は龍麻が口を開いた。
「止める方法は?」
「髑髏が揃った後、儀式を行う必要があるはずだ。その儀式を中断させる、
つまり術者を殺すのが一番確実だ」
 昨夜の戦闘からすると、とても確実とはいえないと龍麻は思った。
京梧の剣は空を斬り、自分たちに至っては攻撃すらできなかったのだ。
運良く彼らを見つけだせたとしても、下手をすれば返り討ちに遭いかねない。
「他には?」
「邪妖が復活できないほどの強固な結界を江戸に張ればいい」
「その結界の張り方を尚雲は知っているのか?」
「いいや。そんな大秘法は江戸の街を作った天海僧正ぐらいしか知らないだろう」
 勢いこんで訊ねた龍麻は、ここでがっくりと肩を落とした。
龍麻の日本史の知識は、天海という名の僧は江戸初期、家康の時代に存在したことになっている。
同じ江戸時代といえども今は明治時代まであと二年という末期で、
彼が生きている可能性は皆無だった。
「するってェと、やっぱりあの野郎をぶッた斬るしかないって寸法か」
「だが、どこに出没するか判らないのだろう?
内藤新宿だけならともかく、江戸全域となるととても手が回らんぞ」
 む、と京梧は唸ったきり黙ってしまった。
彼をやりこめた醍醐も名案があるわけではなく、小難しい顔をして黙ってしまう。
そこに今度は尚雲が問うた。
「同心に応援を頼むのは?」
「何と言えば良いのだ? 外法によって江戸が乱されようとしているなどと、
信じてもらえるはずがない。それに見つけたところで生半可な腕では取り逃がしてしまうだろう」



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