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 鬼道衆の証である忍装束が、いかに無粋なものであるかを龍麻は知った。
わずかの素肌も露出させない濃青の衣が包み隠していた水角の身体は、顔に劣らぬ美しさだったのだ。
顔と、この身体を見せられていたら、九角を説得どころか、寝返ってしまっていたかもしれない──
そんな不埒なことを考えながら、影に浮かびあがる丸みを帯びた曲線を、
舐めるように見ていると、水角は胸を隠してしまう。
「あまり……見るでない」
 そうは言われても、ではどこを見れば良いのか龍麻には判らない。
水角の顔は、見ているだけで息苦しくなってしまい、視線を据えるには不向きなのだ。
忙しく眼球を動かした龍麻は、彼女の肩の辺りに避難場所を見つけ、眼差しを固定させる。
東京の壊滅を目論む組織の一員とは思えない細い肩は、しかし、
やはり見ているだけで呼吸が乱れてしまい、さらには、
そこから下へと続く身体を連想することで余計に苦しくなってしまった。
水角は人形のように息遣いすら感じさせず、じっと見ている。
無言の圧力を受けているような気がして、龍麻は拙速に水角の身体に触れた。
男として最も興味がある部分に、半ば掴むように掌を置く。
水角が人形であるとするなら、こちらはからくり人形のような硬い動きだ。
そのぎこちない触れ方で、女に触れるのが初めてだと知られてしまったようで、
水角は胸を握る手を掴み、小馬鹿にしたように言った。
「なんじゃ、そなた女を知らぬのか」
「俺達の時代は結婚するのが遅いんだよ」
 そんなものは直接の言い訳にはならない。
龍麻自身がそう思ったくらいだから、水角に通用するはずがなかった。
 時代に関係のない、男女の機微を知らぬ龍麻を水角は艶やかに笑い飛ばす。
赤面した男に、笑いを和らげた女は、一度は離した男の手を再び乳房に触れさせた。
「ふふ、実はの……妾も男を知らぬ」
「……!!」
「じゃから良いか、優しくするのじゃぞ」
 命じられ、龍麻はただ繰りかえして頷くばかりだ。
昼間、死闘を演じた相手に、今はあしらわれている。
興奮と緊張でそれどころではない龍麻は、その事実に思いを馳せる余裕など全くなかったが、
あったとしてもやはりどうしようもなかっただろう。
 条件つきの許可を得た龍麻は、壊れ物を触るように乳房に触れる。
一度に全てを触りきることが、わずかに不可能な大きさの膨らみは、
想像していたよりもはるかに柔らかく、龍麻を驚かせた。
指先のごく小さな動きにすぐさま応える柔肉に、すぐに夢中になり、様々な動きを試す。
下側の曲面に掌を這わせ、しっとりと吸いつく感触に興奮し、息を呑む。
むろん掌だけでなく、小指の先に至るまで神経を集中させて、龍麻は神秘の丘を愛撫した。
やがて指先が、丘の頂で硬くなりはじめたしこりを捉える。
それは龍麻の愛撫が巧みだったというわけではなく、単に刺激に反応しただけのものであったが、
そんなことを知る由もない龍麻は変化をはじめた女の身体に驚き、彼女と目を合わせた。
「……なんじゃ」
「あ、いや……感じてる……のか……?」
「聞くな、馬鹿者」
 冷たく言い放った水角は横を向いてしまう。
その頬を月に透かせばわずかに赤みが射しているのを、普段なら気づけたであろう龍麻も、
今は一介の世慣れぬ少年に過ぎず、女の機嫌を損ねたと思いおろおろするばかりだった。
「なあ」
「……」
 こんな状況で話しかけて返事があるはずがない。
そんなことも判断できない状態の龍麻は、すっかり固まってしまった。
 十数秒、龍麻の主観では百五十年以上の時間、沈黙が流れる。
龍麻の頭の中を、真っ白を通り越して真っ黒にするほどの沈黙を破ったのは、
長い、長い水角のため息だった。
「ほんにしょうのない奴じゃの、そなたは。もっとしっかりせぬか」
 冷たい手が頬に添えられる。
その冷たさは幾らか龍麻の緊張をやわらげはしたものの、
元の緊張がなにしろ大変なものだったので、
龍麻は完全に落ちつきを取り戻すというわけにはいかなかった。
「でも怒らせちまってどうしたらいいか」
「誰がこんな時に本気で怒るというのじゃ」
「そ、それじゃ」
「いちいち聞くなと言うに。そなた、本当に龍斗様の子孫か?
龍斗様はいかなる時も落ちついておったぞ」
 さっきは反発の対象となった先祖も、落ちこんでいる今は格差を思い知らされるだけの存在でしかない。
 どうやら先祖を越えられそうにないとうなだれる龍麻は、水角の目が笑っているのにも気づかない。
水角が頬に添えた手を滑らせ、あやすように耳朶を撫でたのは注意深く表情を消した後だったので、
龍麻は彼女が失笑混じりとはいえども笑ったのを知ることはなかったのだ。
「もう一度だけ機会を与えてやる。妾を好いたというのなら、悦ばせてみせよ」
 そっと引き寄せる掌の動きと共にそう言われ、龍麻は硬まったまま頷いた。
見据える水角の瞳に重圧を感じつつ、再びキスから始める。
水角は相変わらず何も応えようとせず、もしかしたら目も開けたままかもしれない。
先に目を閉じてしまった龍麻はそう思ったが、確かめるわけにもいかず、
と言ってこのままこうしているだけではまた水角を、今度こそ怒らせてしまうので、思いきって舌を入れた。
「……っ!」
 余程に驚いたのだろう、息を呑むのが伝わってくる。
水角の驚きは龍麻に余裕を与え、龍麻は、潜りこませた舌をやや激しく絡めた。
歯や舌や粘膜、触れるもの全てが恍惚をもたらす。
初めての快感に夢中になった龍麻は、苦しくなるまで顔を離さなかった。
唇を離し、息をついてから、無茶をしてしまったことに気づき、恐る恐る水角を見る。
しかし水角が咎める気配はなく、彼女は漆黒の瞳をわずかに濡らして呟いた。
「今の時代は……このような接吻をするのか。このような……」
 冷たく閉ざされていた水角の顔に赤みが射している。
そして、牡丹の色をした唇に、呆けて指を当てている水角に、たまらなくなった龍麻は再び被さった。
華奢な身体を敷き、舌を差しこむ。
水角は応えこそしなかったが、拒むこともなく、口腔を舌が探るに任せていた。
 今日最も長いキスは、口の中一杯に快感が広がって、舌以外の感覚がなくなってしまっていた。
それでも龍麻は貪るように水角の口唇を吸い上げ、ひとつに溶け合わせるように舌を捏ねた。
「強引な……奴め」
 息を荒げ、水角は抗議する。
諦めの中に少しだけ怒りを混ぜた水角の態度は女そのもので、龍麻を虜にする。
好いた女が腕の中にいる幸せに酔いしれ、龍麻は想いを告げた。
「少し考えてたんだ」
「何をじゃ」
「あんたみたいな女を放っておくなんて、俺の先祖はろくでもない奴だって。
でもな、あんたが俺の先祖になっちまってたらって考えると、ろくでもない奴で良かったって」
「龍斗様はろくでもない奴などではないぞ。そなたなどより余程良き……んッ」
 本気で訂正しようとしている水角を遮り、舌を吸う。
先祖と水角がどれくらいの間鬼道衆として共に過ごしたのか知らないが、
今日会ったばかり、しかも敵同士だった自分とではハンデがありすぎる。
それを承知していても、水角が龍斗の名を出すたび、心穏やかでなくなってしまう龍麻だった。
 快感に溺れさせる──そんな下種げすな考えを持っていたわけではないが、
龍麻が、彼女の意識を少しでも自分に向けさせようとしたのは事実だ。
それにむしろ、龍麻こそが淫らなくちづけに溺れてしまっており、
今や龍麻は、完全に水角にのしかかり、水角に身動きさえ取れなくさせて堕淫を貪っていた。
「良き……なんだ?」
「ずるいではないかッ、この痴れも……う、むぅっ」
 顔を離すたびに、水角の顔に朱が射してくるのがはっきりと見える。
それは彼女の心に住んでいる男から、彼女を奪い取っているという証に思えて、
龍麻は容赦なく水角の口腔を犯した。
「っ……はッ……」
 捏ねあわされた唾液が、月灯りを浴びて銀色に輝く。
唇の端で糸を引くそれは、百余年の時を繋ぐものだと思うと、龍麻の興奮は収まらなかった。
肩で息をしている水角の、熟した耳朶に触れる。
彼女がまだ先祖の名を出すのなら出さなくなるまで、
龍斗の名前を言えなくなるまでキスをしてやろうと龍麻は心に秘めていた。
 しどけなく開いていた水角の唇から、吐息がこぼれる。
彼女が先祖の名前をまだ言うのか、それとも目の前の男の名を呼んでくれるのか、
期待と緊張を同居させて龍麻は彼女を凝視したが、水角の紅唇はいずれの予想とも異なる言の葉を紡いだ。
「もう、せぬのか」
「は?」
「……接吻じゃ、どうせ何を言っても無理やりするのじゃろう? ならば早くせぬか」
 浮かびかけた笑顔を奥歯で噛み殺して、龍麻は四度目の接吻を行った。



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