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何が起こったのかとっさにはわからないほどの素早さで龍麻を浴室に押しこめ、閉めた扉越しに囁く。
「ひ、ひーちゃんも……浴びてきてよ」
「あ、あぁ、わかった」
龍麻は頷いたものの、シャワーを浴びるどころではなかった。
先ほど一瞬だけ目に入った、バスタオルに包まれた小蒔の肢体が網膜に焼き付いて離れず、
早くも股間のものが臨戦態勢に入ってしまったからだ。
このまま出てはなんとも情けないと思い、冷水を頭から被って無理やり鎮めると、
申し訳程度に身体を洗う。
バスタオル一枚で出るのはいかにも、という感じがしてどうにも恥ずかしかったが、
他に着る物もなく、どうしようもなかった。
頭を拭き終えた龍麻は、小蒔と同じように頭だけを覗かせて室内を伺う。
「小蒔……?」
居間に小蒔の姿は無く、焦った龍麻は思わず大声を出していた。
「ここ、だよ……」
いつのまにかカーテンが閉められて薄暗い部屋の隅、
ベッドの中から小蒔は目だけを覗かせて、弱々しい声で答える。
その傍らにバスタオルが落ちているのが目に入ると、
龍麻の風呂場での懸命の努力もたちまち水泡に帰してしまった。
「あ、あの……そっち、行ってもいいか?」
「う、うん……いいよ」
そのまま小蒔がずっとこちらを見ていたらどうしようかと思ったが、
幸いにも身体ごと壁の方に向いてくれた。
焦りすぎず、ゆっくりすぎず、音を立てないようにも気をつけて、
実の所感覚としては宙を滑るようなものしかなかったが、とにかくベッドに近づく。
「入る……な」
「…………うん」
自分一人が寝るためのベッドは、どうやっても肌を触れ合わせずにいるのは無理だった。
それでも、いきなり触れるのは悪い気がして、龍麻はベッドの縁ぎりぎりに体を立て、
可能な限り小蒔から距離を置く。
ところが、危ういバランスでなんとか位置を決めたところで、
小蒔がいきなり身体をこちらに向けたため、もう少しで落っこちてしまうところだった。
「何やってんの?」
「……なんでもない」
全身の力で踏ん張った龍麻は、小さなベッドの中で、初めてまともにお互いの顔を見た。
息がかかる距離でじっと見つめあうと、まだわずかに湿っている髪から、心地良い香りが漂ってくる。
家のシャンプーを使っているのに、どうしてこんなに甘い匂いなんだろう。
蜜に誘われる蜂のように、龍麻はキスをして良いものかどうか、
迷いに迷いつつミリの動きで顔を近づけていると、急に小蒔が吹き出した。
残念なような、どこかほっとしたような、とにかく、間を外されたことで一気に空気が緩んだ。
「な……なんだよ」
「ううん、初めてひーちゃんと会った時、まさかこうなるなんて思ってなかったから」
「どう思った?」
「んー……京一が話しかけるくらいだから、バカなのかなって」
「あのな……」
「エヘヘッ、ごめん。……ね、ボクの印象はどんな感じだった?」
小蒔の問いに、龍麻は目を閉じて四月からの記憶をたぐり寄せる。
すると、真っ先にある鮮烈なイメージが浮かんだ。
「目の前で京一ぶん殴って、怖い女だなって思った」
「う……」
「あと、ラーメン良く食べるなって」
「そんなんばっかりなの……」
「インパクト強かったからな」
龍麻はいつもの軽口のつもりで言ったのだが、何か思う所があったのか、
小蒔は似つかわしくない、苦いお茶を飲んだような顔をした。
「……ひーちゃんさ、なんで……ボクと……付き合おうって思ったの?」
「え!? えっと……お前はなんでだよ」
「ひーちゃんが先」
「う……んと……元気なところが楽しいからかな」
「……なんか、先生がちっちゃい子褒めるみたいだね、それ」
それは龍麻にとって80パーセントくらい本気の意見だったけれど、小蒔は納得しなかった。
軽く頬を膨らませ、そっぽを向かせないよう龍麻の左頬に手を乗せる。
進退窮まった龍麻は、つい口を滑らせてしまった。
「んなこと言われても……好きは好きだしな、なんで、なんてわかんねぇよ」
「……好き?」
「あ……う……ま、まぁ……そうだな」
「好き?」
さっきまでの表情はどこへやら、小蒔はキラキラと目を輝かせてで龍麻を見る。
それは、新しい悪戯を思いついた時の目にも似ていた。
「わかったよ、言えばいいんだろ。………す……す、好きだよ」
じっと聞き終えた小蒔は、少しだけはにかんだ、
大人びた顔を一瞬だけひらめかせて額を胸に押し当てた。
「うん。ボクもね、ひーちゃんのコト……好き。ぜんぶ」
「……ん」
短く答えた龍麻は少し身を乗り出し、半身を小蒔に被せる。
サラサラのショートカットが嬉しそうに揺れ、腕が背中に回された。
ゆるやかな呼吸が、お互いの心を繋ぐ。
「ひーちゃんと会ってから、まだ半年しか経ってないんだよね。
なんか……いろんなことがあってさ、あっという間だったけど」
「そうだな……もうちょっと、早く転校してくれば良かったかな。そうすれば」
「そうすれば?」
小蒔は龍麻が言おうとしていることが判ったけれど、わざと問い返し、
龍麻も今度は照れもせず、真っ直ぐ瞳を見据えて告げる。
「……お前と早く会えた」
「うん……そうだね。でもさ、これから、ずっと……一緒だよね」
「そうだな、ずっと……一緒だな」
深い想いが胸を満たし、自然に唇が合わさる。
軽いキスの後、そっと顔を離すと、小蒔は小さく頷いた。
「ね、もう……いいよ」
「あ、ああ」
「でもさ、ボクも怖いから……優しくしてよね」
「あ、ああ」
生唾を二度飲みこんでから、小蒔の肩を掴む。
極度の緊張のせいか、手に力が入りすぎてしまい、小蒔に顔をしかめられてしまった。
「ちょっと、痛いよ」
「あ、ああ……悪い」
龍麻は謝った……つもりだったが、掠れてしまってほとんど声になっていない。
動揺を強める龍麻の胸に、小蒔が掌を押し当てた。
「すごいどきどきしてるね……緊張してるの?」
「あ、当たり前だろ。初めてなんだから」
「そっか。そうだよね」
龍麻は当たり前のことを言っただけだったが、小蒔は妙に嬉しいようだった。
いつもの屈託のない笑顔ではなく、照れを含んだ、八分咲きの桜のような笑顔。
たちまちに魅了されてしまった龍麻は、まばたきも忘れて魅入る。
小蒔は自分を見据える視線を受け止め、受け入れてから、龍麻の肩を支点にして顔を近づけた。
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