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頭を抱え、あるいは胸をかき抱く彼らの苦悶の様は、後ろで見ている残された京一達にも明らかだった。
「ご覧なさい」
扇子で指し示し、御門が説明する。
京一達は龍麻達の方をずっと見ていたので、扇子が小刻みに震えていることには気づかなかった。
「『器』たる緋勇さんと、その守護たる四聖である彼らでさえ、
生きるか死ぬかの瀬戸際なのです。私達では到底保たないのですよ」
事実かもしれない。
しかし、あまりにも冷徹な御門の言だった。
京一達は彼の言葉が正しいと本能で知りながら、助けに向かえない自分に歯痒さを抱く。
柳生を斃しても、東京の破壊が止められなければ同じことではないか。
東京の破壊を止められても、龍麻を喪ってしまっては同じことではないのか。
一向に衰える気配のない氣の奔流を、憎しみすら込めて残された者達は見る。
彼らの中に、白い光の柱と、その中に消えた龍麻達を、
他の仲間とはやや離れた位置から見ていた少女がいた。
レンズが厚いわけでもないのに、なぜかレンズ越しではその目を見ることのできない少女の名は、
裏密ミサという。
京一達が光の強さに目を細める中、平然と氣を見ていたミサは、
顔の下半分をわずかに動かすと、一人の男を呼んだ。
「ミッちゃん〜、ちょっといい〜?」
ミッちゃんが自分を指していると、御門はすぐには気づかなかった。
この面妖な女性とは初対面であるはずだが、と訝(りつつもミサに近づく。
彼女は何かを耳打ちしたいらしいが、小柄なので御門の方が身をかがめねばならない。
わずかであっても自分が認めた以外の他人に屈するのをよしとしない御門は、
ミサにはっきりとわかるように眉をしかめてやったのだが、
彼女が耳打ちした内容を聞くと、不本意ながら驚いてしまった。
「……!! それは……不可能ではありませんが、あまりに荒唐無稽な話では」
「ミサちゃんが開けるから〜、ミッちゃんはみんなをお願い〜」
当代きっての陰陽師を驚かせるという偉業を成し遂げたミサは、それを誇ることもなく前に進む。
気付いた仲間達がなにごとかと見守る中、龍麻達と彼らの間に立った彼女は、
懐から何かを取り出して怪しげな動きを始めた。
彼女にやや遅れて、御門が何かの札を取り出し、地面の何ヶ所かに置いていく。
二人の怪しい行動に疑問といらだちを覚えた京一が、声を荒げて訊ねた。
「何してんだよ」
「氣に取りこまれないための結界を張ります。そして彼女が今から穴を開ける」
「穴?」
「ええ。現在、時を迎えた太極の氣は緋勇さんという器を求めて流れこんでいる状態。
そこに彼女が、こちらにも氣が流れるように穴を開けます」
御門の説明は常と変わらぬ淡々としたものであったが、どこか自棄(になっているようにも聞こえた。
一方彼の言葉に好奇心を刺激された小蒔は、今の状況ではやや場違いなそれを抑制しつつ訊ねる。
「そうするとどうなるの」
「緋勇さんと彼らが受けている氣が、幾らかはこちらに来ますから」
「……俺達でもちっとは龍麻の力になれるって訳か」
理解した京一は、口の端を吊り上げた。
どのような形でも構わない。
幼いマリィでさえ龍麻の役に立とうとしているのに、何も出来ない虚無から逃れられるのならば、
命の危険ですら京一は怖れなかった。
一人離れた場所で何やら怪しげなことをしていたミサが、
京一と御門の会話が聞こえるはずがないのに口を挟む。
「命の保証はできないけどね〜。こっちに来る量は調節するけど、
それでも凄い量の氣が来るから無事ではすまないかも〜。結局は皆が決めることだけど〜」
そう言いながら準備を終えたミサは、自ら氣柱の中に入っていった。
態度に臆するところはなく、表情の窺(えない顔に、微かな笑みすら浮かべて。
「これだけの氣〜、滅多に見られるものじゃないし〜、
ミサちゃんの研究対象を放っておくわけにはいかないし〜」
命の保証は出来ない、と言っておきながら、率先して龍麻を助けようとするミサを、
京一達は声もなく見守っていた。
巨大なスクリーンと見紛うほどの白い柱の中に、すぐに消えてしまったミサの小さな姿を、
しばらくの間瞬きもせず見ていた京一は、傍らに立つ後輩の声で我に返った。
「京一先輩ッ」
「お前はそこにいろ。さやかちゃんを護ってやんなきゃいけねェだろ」
しかし、京一の言葉を受けてさやかを見た諸羽の顔にも、
彼を見返すさやかの顔にも、浮かんでいたのは決意だった。
止めようとした京一は、髪を掻き回し、微笑を後輩に向けた。
「よし……行くぜ、諸羽。それにさやかちゃんも」
「はい、京一先輩ッ!! 行こう、さやかちゃん」
「うん、霧島くん」
歩き出した三人に、もう一人が歩調を合わせる。
「つれないなァ京一はん、わいには声かけてくれへんのでっか」
青龍刀を背中に収めた劉は、ことさらにおどけてみせた。
「お前は言わなくたってついてくるだろうが」
「ま、そうやけどな。よっしゃ、ここはいっちょ日中共同戦線といこうやないか」
陽気に宣言した劉に、諸羽とさやかは生真面目に頷き、
京一は鼻を鳴らしつつ、張られた結界へと入っていった。
「葵」
呼びかけに振り向いた親友の顔には、小蒔の予想通りの表情が浮かんでいた。
こんな表情が出来るようになった葵を羨ましく思いつつ、
歩き始めた彼女に肩を並べ、小蒔も氣の柱に向かう。
春からずっと、五人だった。
辛いことも怖いことも、悲しいこともあったけれど、それでも五人でなら乗り越えられた。
だから今、小蒔は白い光の中に入る。
そこには五人のうち、小蒔にとって大切な友人である三人がいて、
最も大切な友人である一人が今からそこへ向かうから。
だからあそこへ向かうのは、彼女にとって当然であり自然なことだった。
「行こう、ボク達が一緒なら、怖いものなんて何にもないよ」
「ええ、小蒔。行きましょう」
深い信頼を湛えて微笑む親友に頷き、小蒔は光の中へと入った。
氣が放つ輝きが、雪乃と雛乃、双子の姉妹を照らしていた。
雪乃は陰(に。
雛乃は陽(に。
対称的な二人を、対称的に照らす輝きは、いつ果てるとも知れず二人を陰と陽に染めていた。
難敵に臆することなく闘った雪乃も、圧倒的な『力』の前に呆けたように龍麻の闘いを見ている。
今龍麻が行っている闘いは、鬼などより遥かに強大な相手だ。
男だから、女だから、という意識こそなかったが、
龍麻の闘いの手助けをできないことが、雪乃は歯痒かった。
ここまで共に東京を護る為に闘ってきて、最後の最後で見守るしか出来ない、
というのは、万事に即断即決を旨とする彼女にとって、腹立たしくてたまらないことだったのだ。
拳を握りしめ、仁王のように肩をいからせ、雪乃は前方を睨んだまま立ちつくしている。
すると、不意に温もりを感じた。
見ずとも間違いようもない、生まれた時からずっと一緒だった半身の手。
その手が、行こうと告げていた。
「雛」
「はい、姉様」
「行こうぜ」
双子の姉妹が交わした言葉は、ただそれだけだった。
コスモレンジャーは終わりを予感していた。
最終回……必ず訪れるもの。
それに相応しい激闘はすでに行い、あとは大団円を迎えるのみだ。
次々と龍麻を救うために結界の中に入っていく仲間達を見る彼らの眼に、恐怖や不安はない。
「ブラック、ピンク」
「ああ、これで俺達の闘いは終わる」
「グリーンを助けだして、地球の平和を取り戻さなくっちゃねッ!
ああ、本当にこんなヒーロー物みたいな展開になるなんて夢みたいだわ」
「おいおいピンク、俺達は本当のヒーローだろ?」
「ッとそうね、ごめんなさい。それじゃ改めて……いいわね? いくわよ?」
「おうッ!!」
力強く頷き、一斉に跳躍したヒーロー達は、
寛永寺の屋根をも越えるほどの高さに跳び上がり、一世一代の決め台詞を放つ。
「皆の力をひとつに合わせッ!」
「今ッ!! 必殺のッ!!」
「ビッグバンアタック・マキシマム!!!!」
龍麻を中心とした正三角形の頂点に着地したコスモレンジャーは、
彼らの仲間、コスモグリーンを助ける為にフルパワーを解放した。
それはまさしく、最後にふさわしい華々しさに満ちていた。
紫暮は、無言で柱を見ている男に声をかけた。
「お前……初めて会うな。名はなんと言う? 俺は鎧扇寺の紫暮だ」
「僕は壬生。拳武館だ」
「ほう……そうか。緋勇め、いつの間にこんな男を仲間にしたんだ」
顎を撫でた紫暮は、しげしげと壬生を眺めた。
細身の身体はおよそ武術向きとはいえない。
しかし紫暮は、彼の長い足が時に鞭と化し、時に剣と化して幾体もの鬼を屠ったのを、
闘いの最中にしっかりと見ていた。
龍麻に似た武術を使うこの男は、あるいは武の才ならば龍麻よりも上かもしれない。
武道家らしい、遠慮のない観察眼を壬生に放った紫暮は、既に同志としての連帯感を彼に感じていた。
「行くんだろう?」
「ああ、僕は以前、緋勇に救われたことがあるからね」
表情ひとつ変えずに壬生は、危険な状況に身を投じるという。
彼の度胸が気に入った紫暮は、空手着の襟を正すと真顔で言った。
「そうか。……一つ頼みがあるんだが、戻ったら俺と手合わせしてくれんか」
唐突な申し出に、壬生は即答しなかった。
放出される氣に耐えられなければ肉体は消滅してしまう。
にも関わらず帰ってきた後のことを話す紫暮に、途方もない楽観を感じ、呆れたのだ。
こんな楽観を有する人間と、壬生はこれまで接したことがない──緋勇龍麻と彼の仲間達を除いては。
紫暮に向き直った壬生は目を細めた。
ほんのわずか気を緩め、歩き出す前にポケットに手を入れようとして、考え直して止めた。
「僕でよければいつでも相手するよ。でも、手加減は出来ないけれどね」
「はははッ、望むところだッ」
豪快に笑った紫暮と肩を並べ、壬生は結界に向かった。
「亜里沙ちゃん」
すがりつく舞子の怯えが、自分の身体の中で増幅していくのを亜里沙は感じていた。
圧倒的な『力』……かつて自分が囚われ、他人を傷つけたもの。
その行きつく果てが目の前に提示されて、亜里沙は慄(いていた。
亜里沙がそそのかした、『力』に屈し、『力』に溺れた嵯峨野麗司。
彼はこの、おそらく世界で最も強大な『力』の目醒めに応じるように意識を取り戻した。
そして亜里沙を呪縛から解き放ってくれた男は、『力』に囚われようとしている。
麗司は「助けに行け」とは言わなかった。
それはもしかしたら、龍麻が『力』に敗れることを予想、あるいは期待していたのではないか。
自分を力で打ち倒した男が、より大きな力に屈する光景を、亜里沙に見せつけたかったのではないか。
麗司の真意は解らない──しかし、もし彼がそのような意図を持っているのなら、
亜里沙は見せてやらなければならなかった。
自分がそうであったように、仲間がいれば人は過ちから立ち直れることを。
「舞子。あんたはここにいな」
「亜里沙ちゃんは〜?」
母親に置いてきぼりをくらう子供のように不安を口にする舞子の、
柔らかな巻き髪に触れて、亜里沙は微笑んだ。
「あたしは……行ってくる。あたしには皆みたいな『力』はないけどさ、
ちょっとくらいは役に立てるんじゃないかな」
『氣』とやらは亜里沙には良く判らないが、
それを受けとめる為に皆が行っているのなら、頭数にはなるだろう。
下手をしたらあの御門という髪の長い男が言っていたように肉体が滅びてしまうかもしれない。
それでも、あそこには自分を助けてくれた緋勇龍麻がいる。
そこまで考えた亜里沙は、あの場にはもう一人、やはり助けてくれた男が向かったのを思い出した。
彼のトレードマークとも言える木刀を思い浮かべ、何故か笑いがこみ上げてくる。
いかにも軽薄そうに見えるあの男だが、以前に事件に巻き込まれた時、
飼い犬のエルを一緒に探してくれたこともあるし、今も友人の危機にためらいなく命を投げ出す辺り、
実は結構良い男なのかもしれなかった。
「……ま、戻ってこれたらね」
一人呟いた亜里沙は、既に何人かが入っている白い光の中へ入ろうとした。
しかし、腕が強い力で引っ張られ、前へ進むことが出来ない。
「やだ〜ッ、舞子も行く〜ッ」
舞子はしがみつく腕に力を込め、離そうとしない。
だだを捏ねているようにしか見えない舞子に、なぜか亜里沙は腹が立たなかった。
空いている方の手で髪を掻きあげ、軽くため息をついたのも、
自分の気持ちを切り替える意味あいの方が大きかった。
「しょうがないわね。危ないからしっかり掴まってなさいよ」
「わ〜いッ、亜里沙ちゃんと一緒〜ッ!」
怯えていたのが嘘のようにはしゃぐ舞子に、亜里沙の怯えも氷解していた。
舞子にはどうも、過度の危機感や緊張を和らげる、才能とでもいうべきものがあるのかもしれない。
気の抜けた声で鼓舞した時も、皆苦笑を交えながらも気力を取り戻したのではなかったか。
根拠のない、しかし確信出来る発見に亜里沙が驚いていると、
当の本人は相変わらず実にのんびりとした調子で小首を傾げた。
「どうしたの〜?」
「なんでもないよ。それじゃ、行こっか」
「うんッ!!」
ともすれば引っ張られそうになりながら結界の中へ向かう亜里沙は、
そういえば昼間もこんな風にこの子と歩いていたっけ、と思いだし、
緊張感のない自分と、恐らくもっとない舞子に小さく笑った。
舞子と歩きだした亜里沙は、同じ方向に歩く一人の男に気づく。
こんな場所にいるはずがない、と一度は思ったが、夜目にも目立つ立てた金髪には見覚えがあった。
「あら? あんたライトじゃないの? CROWの」
「なんだ、オレ様を知ってるのか?」
こんなところで自分が所属しているバンドの名前を出されて、思わず雨紋は立ち止まった。
見れば中々セクシーな女性で、隣にくっついている、
どうにも気の抜ける声をした看護婦姿の女性と合わせると、どう見ても場違いだ。
湧きかけた失笑を堪えていると、女性は更に話しかけてきた。
「へえ、あんたバンドの他にこんなコトもやってたんだね」
「あれを放っとくとライブ演(る場所がなくなっちまうからな」
軽く答えた雨紋は龍麻達の許へと再び歩きはじめた。
雨紋の答えは軽いが、偽りではない。
それが亜里沙には解る。
帰るべき場所、護るべき者。
氣の柱の中に飛び込んだ連中は、彼らの大切なものを護る為にそうしたのだ。
彼らと同じ場所に行けることに喜びめいたものを感じながら、亜里沙は結界の中に入った。
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