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それも聞くまでもないことだった。
相槌の打ちようも無い会話に困り果て、時間を稼ごうと再び湯呑を手にした葵は気付いた。
雛乃は「姉様」と言っただけで、小蒔の名を言ってはいないのだ。
真意を確かめるように雛乃の顔を見ると、自分より遥かに美しい髪を持つ双子の妹は、
その手入れの行き届いた黒い絹織物をわずかに揺らした。
「わたくしがお慕い申し上げているのは……姉様だけです」
「でも、小蒔は雪乃さんのことが」
答えながら、葵は自分が雛乃に呑まれかけていることに気付いた。
口数の少ない雛乃の考えを読み取るには、表情をつぶさに観察するしかなく、
そうすると自分がひどく幼く感じられてしまうのだ。
今も、雛乃は抗議するような葵の口調に応じることなく、眉尻をわずかに下げただけで黙している。
高まりかけた興奮を鎮めた葵は、不本意ながらも彼女が口を開くのを待った。
「ですから、それを美里様になんとかして頂きたいと」
「なんとか……って」
「例えば、快楽の虜にして差し上げるとか」
「……!!」
率直に過ぎる雛乃の言葉に、葵は絶句する。
一体、どこをどうしたら日本人形のような美しさを持つ彼女の口から、
快楽などという言葉が出てくるのだろうか。
驚いてしまった時点で、敗北だった。
「でも……私は」
「それでしたら……わたくしが教えて差し上げます」
更に直截さを増した雛乃に、もう立ち向かうことなど出来なかった。
雛乃は最初から雪乃しか見ておらず、彼女を手中に収めるためにどんな手段をも使うと言うのだ。
狡猾に計算を巡らせ、しかも結局どれ一つ実行には移せなかった自分とは雲泥の差だった。
たおやかな目の前の女性の裡に、予想通り、あるいは予想以上の情念が渦巻いていることを知ったとき、
葵は、これまで決して好いてはいなかった彼女に対して、やや異なる感情が芽生えるのを自覚していた。
彼女の癖なのか、小首を傾げて返事を待つ雛乃の顔から視線を外し、膝の上で握った手を眺める。
内側にじっとりと汗の浮かんでいる拳は、答えを促すように微かに震えた。
「大丈夫です。小蒔様を裏切ることにはなりません。
……お互いに、心を動かしている訳ではありませんから」
自分の身体に小蒔以外が触れるのは嫌だったが、
彼女の発する言葉は、言霊が含められているかのように心を縛った。
はっきりと言いきる雛乃に、操られたかのように頷いた葵は、
異常とも言える彼女の申し出を受け、それぞれの想いを遂げるために手を組むことを了承した。
事務的に服を脱ぎ始めた雛乃につられ、葵も制服をほどく。
淀みなく露になっていく彼女の身体は、均整の取れた、
羨望のまなざしを向けずにはいられないものだった。
さらしでも巻いているのではとの意地悪い考えはもちろん外れ、淡い黄色の下着が目に映る。
取りたてて特徴がある訳でもない下着も、
テレビでしか見た事のない薄墨桜のような肌合いの彼女が着けていると随分と可憐に見えた。
あまり嬉しくない褒め言葉にせよ、真神の男子生徒に聖女などと言われることもある自分だが、
彼らも今の雛乃の姿を目にすれば、それがいかにまやかしであったか解るだろう。
好悪の念はともかく、雛乃の自然に有する美しさに惹きつけられてしまった葵は、
その眼差しに気付いた彼女が振り向くまで食い入るように見つめていた。
「……」
束ねた黒髪が揺れ、こちらをじっと見る。
先に凝視した非礼は自分にあるのだし、
今からすることはただ見られるのなどとは比較にならない恥ずかしい行為だ。
それでも、葵は雛乃に見られることに、たまらない羞恥を覚えていた。
胸を両手で覆い、髪をも使ってわずかでも身体を隠す。
俯いた目に、白い足が近づいてくるのが映った。
「綺麗な身体をしていらっしゃいますね」
嫌味かと思ったが、表情からすると本心であるようだった。
褒められたことへのこそばゆさから、束の間反応に戸惑うと、雛乃が二の腕に触れてきた。
「……っ」
触れるか触れないかのぎりぎりのタッチですっと撫でた指先は、
帰りは爪の甲で滑るように戻っていく。
そのエナメルの質感に意識を奪われているうちに、雛乃が身体を寄せていた。
「あ……っ」
柔らかく巻きついた雛乃の肌は、こすれあうだけでも静かな快感をもたらしてくる。
その質感といい、まさしく絹の感触だった。
肩口へと移り、ブラのストラップの上をさ迷う指先は、
細い布地の上を行きつ戻りつしながら、少しずつそれを降ろしていくのを葵は感じとっていたが、
この程度で声を上げるのも恥ずかしく、雛乃のするに任せた。
すると雛乃はそんな葵の反応を試すように一度指を止め、殊更に時間を与える。
下唇を噛んで受け入れる悔しさに耐えた葵は、雛乃が何故そうしたのかを考える余裕までは無かった。
思考と理性を、欲望に屈しさせる。
自分で選ぶということ、考えた末に受け入れるということが、どれほど快楽の糧になるか、
そして、少しずつ誘導し、引き摺りこんでいく悦びを、
雛乃は葵に身を持って教えようというのだった。
ストラップが肩から落ちる。
それが露にした肌の面積など微々たるもので、
まだブラそのものが外れた訳でもないのに、葵は既に裸にされてしまったような感覚に陥っていた。
わずかに残る線状の跡をなぞられて、羞恥は更に炙りたてられる。
目を開けていることが出来ず、噛んだ唇と合わせて渋面を作った葵は、すぐに失策を悟った。
感覚のひとつを閉ざしたことにより、他の感覚が鋭敏になってしまったのだ。
ストラップを外した雛乃の手はそのまま腕を下り、指を絡め取る。
四本の指で動きを抑え、親指の腹で掌から指先までを丹念に撫でていく。
目を開いていればくすぐったいだけで済んだかもしれないそれは、
研ぎ澄まされた感覚によって微かな性感となって伝わってきた。
このままではいいようにされてしまうと危険を感じた葵だったが、
雛乃がこちらを見ていたらと思うと目を開けることはもう出来なかった。
左手からもたらされる気持ち良さを少しでも抑えようと努めて意識を他に向けていると、
今度は右の腰に感触がある。
湾曲にぴったりとあてがわれた手は、曲線を愉しむように振り子の動きをし、そこで一度掌が離れた。
しかしすぐに指だけが戻ってきて、先端の部分だけを触れさせて撫でてくる。
背中と横腹の境目付近をなぞられた葵は、そんな部分がひどく敏感なのに戸惑いを隠せなかった。
身体を洗う時以外はほとんど触れることの無い部分は、
縦に触られると身をよじりたくなるような感覚を与えてくる。
それがほの温かい指でされているとなれば気持ち良さはいや増し、
葵は気取られないように身体を強張らせざるを得なかった。
しかし、雛乃に見逃してもらえるはずもなく、
すかさず指腹で辿った軌跡を、爪の甲でもう一度なぞりあげられる。
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