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「ふっ……芙蓉さん!?」
「一度……こうしてみとうございました」
龍麻の声はひどく裏返っていて、彼の受けた驚きを如実に語っていた。
とても二人は寝られない、龍麻一人でさえやや窮屈な布団。
そこに、女性にしては相当に長身の芙蓉が潜りこんできたのだ。
たちまち麻痺する龍麻の胸を手繰り寄せた芙蓉はそこに顔を埋める。
こんな風に女性と抱きあったことなど無い龍麻は、
どうして良いか判らずただうろたえるだけしかできなかった。
「あっ……あの」
頭の中でぷちぷちと音がして、それが糸が切れる音だと解った時は、もう遅かった。
先程まで偉そうに自分を諌めていた理性はどこへやら、
もうどうにでもなれという感情が怒涛の勢いで押し寄せてくる。
そしてそれを手助けしたのが次の芙蓉の一言だった。
「龍麻様の氣が……わたくしにも感じ取ることが出来ます。暖かくて……とても心地良い……」
「芙蓉……さん……」
そうしてしまって良いのかは判らなかったが、彼女がそうして欲しがっているのは解った。
だから、龍麻は迷わなかった。
じっと胸に顔を寄せている芙蓉の顔を掬いあげ、唇を寄せる。
「あっ……」
驚く形に開きかけた口を、そのままの形で塞いだ。
シャツにしがみつく手の感触を心地良いものに感じながら、身体を手繰り寄せる。
そこには微かな震えがあり、温もりがあった。
そして、それは唇にも。
不意に強い情に包まれて、龍麻は力の限りに芙蓉を抱き締めていた。

永い時が流れていた。
式神として命を吹きこまれてから今までよりも、ずっと永い時が。
それが主観的な感覚であり、実際には数秒でしか無い事を芙蓉は理解していた。
彼女にとって初めてであるその感覚は、さほど戸惑いもせずに受け入れることが出来たが、
もう一つの初めて、男に──人間に抱きしめられていたい、という感情は理解出来なかった。
ただ、そう想うだけ・・・・・・だった。
人が欲望に溺れる様を数百年の長きに渡って見てきた芙蓉は、
男女の機微など愚かしいものとしか思えなかった。
それは傍観者としてではなく、
欲望のはけ口として使われることもあった立場からの認識であり、確信であった。
それが変化を遂げたのは、主人である御門を通して龍麻と知り合ってからだった。
彼のほうから接触があった訳でもない。
別に会話らしい会話を交わした訳でもない。
それなのに、気が付けば、彼はこれまでに会った誰よりも、
歴代の主達にさえよりも遥かに強い憧憬の念を彼女に抱かせていた。
自分でも解らぬその想いを説明してくれたのは、御門と村雨だった。
もっとも、二人とも口に出してではない。
ただ、龍麻の所に行けと、そう言われただけだった。
そうすれば解ると。
それでもなおためらいを見せる芙蓉に、御門は命令という形で彼女の背中を押した。
更に村雨が、いつもの小馬鹿にした口調でなく、
ひどく真剣な顔をして初めは料理を作ってやれ、と言った。
村雨の言う事はともかく、主に命ぜられたのなら従うまで
──そう考えて龍麻の所に赴こうとした芙蓉には、しかし確かにそれを嬉しく思う気持ちがあった。
それからのことは、あまり覚えていない。
覚えているかも知れないが、思いだしたくなかった。
今、こうしてかの人に抱いてもらい、唇を重ねている──それで充分だった。

「これが……接吻……」
唇に指を当てて呟く芙蓉に、龍麻は最初反応を示さなかった。
接吻、という古風な言葉を理解するまでに少し時間がかかったからだ。
「芙蓉さん……もしかして、キス、初めて?」
「……はい」
少しうろたえているらしい芙蓉が、たまらなく可愛かった。
腕を背中に回し、そっと力を込める。
「あっ……」
一瞬強張った身体が、密着してきた。
両腕でそれに応えた龍麻は、そのまま彼女を寝かせ、上になる。
着物など脱がせたことが無いために、四苦八苦して肩をはだけさせた。
芙蓉はその薄い寝間着の他には何も身に着けていなかった。
うっすらと浮かぶ着物の線に沿わせた手を、ためらいがちに内側に忍ばせる。
「……」
幾度かその辺縁だけを覗いたことがある膨らみは、思った以上に大きかった。
全体をなぞるように掌を動かすと、乱れた襟から零れ出す。
埋没しそうに柔らかな球体に、逆らうことなく指先を沈め、掴んだ。
手の中で自在に形を変える肉の塊を、やんわりとねる。
ひとたび動き始めた手は、とどまることなく峻嶮しゅんけんな山を登り、千尋せんじんの谷を降る。
征服しつくすことの決して無い神秘の峰は、たちまち龍麻を虜にしていた。
「……」
しかし、激しく、音が聞こえてきそうなくらいの蹂躙にも、
芙蓉は声を上げず、ただ手の甲を口に押し当てている。
その心底困り果てているような顔に、ひどい罪悪感に囚われた龍麻は一度愛撫を中断した。
「芙蓉さん」
「はい」
「あの……気持ち……いい?」
「はい……とても……気持ちよう……ございます」
芙蓉の表情からは、それが本当か否かはうかがえなかったので、龍麻としては信じるしかなかった。
「そっか……ごめん、変なこと聞いて。
俺も……その、初めてだからさ、あんまり……上手く出来ないかも知れないけど」
乳房の横に置いた腕を思いっきり突っ張らせてそう言った龍麻の顔は、
珍しく、というよりも人生の通算でも数回ぶりの緊張が浮かんでいた。
額に汗を滲ませている男の顔を下から見上げた芙蓉は、長い睫毛を伏せ、
胸を両腕で隠すようにして言った。
「龍麻様」
「ん?」
「本当に……わたくしなどで宜しいのですか」
「芙蓉さんはさ、俺でいいの」
自分の意志はとうに定まっているが故の龍麻の質問だったが、芙蓉の返事は少し怒っていた。
「わたくしの質問に答えて頂いておりませぬ」
感情を露にする芙蓉を初めて見た龍麻は、笑いの波動を吐き出しそうになって口を抑えようとするが、
両手が塞がっている為に腹筋で無理やり封じ込める。
その結果、わずかに息が漏れ出て力が抜けてしまい、もう少しで彼女の上に倒れるところだった。
「宜しいよ。宜しいに決まってる」
「そ、それでは……わたくし……も……」
風に散る花片のような儚さで答えた芙蓉に、静かに口付ける。
さっきよりも長い──主観でなく、客観的な──時間が過ぎ、龍麻が顔を離すと、
芙蓉の頬は鮮やかな真紅に染まっていた。
「お願いが……ございます。灯りを……消して頂けませぬか」
小さく頷いた龍麻は照明を消し、自らの衣服を脱ぐと、改めて芙蓉の肢体に覆い被さった。
そして、もっと早くそうすべきだったと後悔する。
生白い身体が、薄闇の中に蒼くさえ浮かび上がっていた。
その幻想的な光景に欲望が燃えさかり、心を焦がす。
龍麻はそれまでの余裕も失い、自分の下で横たわる芙蓉の躰へと意識を集中させた。
先程まで触れていた蟲惑的な丘に、今度は顔を寄せる。
豊潤な膨らみを存分に口に含み、中で硬さを増す蕾を夢中になって転がした。
逃げまどうそれを歯で捕らえ、咥え、噛む。
甘く、自らの為に存在するような錯覚さえ覚えるほどの乳房。
それを求める龍麻の愛撫は次第に激しく、そして的確なものになっていった。
「あぁ……っ……」
はっきりとした喘ぎが耳に届き、体温が上がるのを自覚する。
もちろん初めて耳にすることとなった乱れ声を、もっと聞きたい。
龍麻はもう片方の乳房にも手を添え、うねるように揉みしだいた。
「はぁ、ぁ…………ん…………んっ」
激しい官能に抗うように龍麻の愛撫と異なるリズムで喘ぐ芙蓉だったが、
耐えきれず次第にその間隔が狭まっていく。
緩やかな曲線を描いている肢体もいつしか反りかえり、
頭と臀部、それに足先だけが布団に接するだけとなっていた。
なおも執拗に胸を責める龍麻に半ば流されていた芙蓉はふと我に返り、
胸元を覆う黒髪に向かって呼びかける。
「龍麻様」



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