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ジルの命令を受けて先に仕掛けてきたのは、トニーの方だった。
怒りで膨れ上がった膨大な氣をまだ纏めきれていない龍麻に向けて、悪意の波動を発する。
とっさに交差させて顔を庇う龍麻の腕に、強烈な圧力が加わった。
「く……ッ」
「龍麻ッ!」
龍麻の周辺に生じた異様な力場(を見て、京一が跳ぶ。
下品な笑いを浮かべるトニーを叩き伏せようと木刀を振りかざすと、横合いからいきなり打撃を受けた。
不意を衝かれ、たまらずもんどりうって倒れる。
「野郎……ッ」
起き上がった京一は矛先を変え、自分に一撃を与えたイワンを倒そうとしたが、
イワンの方が素早かった。
滑るように近づいてきたイワンは、筋肉の動きを無視したかのように連打をしてくる。
懐に潜りこまれては木刀の間合いを取れず、京一は防戦一方に追い込まれてしまった。
「京一ッ」
押されている京一など久しぶりに見た醍醐は、龍麻と京一のどちらを先に救うか迷う。
その彼の前に立ちはだかったのは、ジル・ローゼス本人だった。
「下等民族が」
ジルもまたイワンと同じく、圧倒的な疾さで醍醐を襲う。
総番の座こそ渡したものの、その実力は決して龍麻に劣らない醍醐だったが、
ジルの打撃は空手の有段者に引けを取らないものだった。
「ぐ、お……ッ」
手数の多い攻撃を、遂に躱(しきれずもらってしまう。
続けざまに二発目を受け、巨漢の膝が地に着いた。
「醍醐クンッ!!」
小蒔が叫ぶ。
この狭い場所では弓は味方に当たる恐れがあり、射ることは出来ない。
それでも、仲間達への想いに身を灼かれた小蒔は、無謀にも無手でジルに挑もうとした。
「来るなッ!!」
近づこうとする彼女の気配を察知し、醍醐は押し留める。
大切なものを護ることの出来ない『力』に、何の意味がある──
自分への怒りが、全身に満ちる。
下腹、胴体の一番下に溜まったその怒りは脊髄から頭頂へと抜け、
身体に収まりきらないほどの活力と、それに伴う圧倒的な快感、
そして敵を斃せという本能が心を支配していく。
「む……?」
止めの一撃を見舞おうとしたジルは、
醍醐の身体から異様な氣が発せられているのを感じ、攻撃の手を止めた。
目の前の男から発生しているのは、彼がこれまで生み出した兵器のどれよりも強力な『力』だった。
この『力』は、手に入れねば──
既に勝利を確信しているジルは、殺すのではなく、気絶させるに留めようと拳を固める。
その時、ジルとほとんど同時に醍醐の異変に気付いた小蒔が叫んだ。
「醍醐クンッ、それはダメだよッ!!」
佐久間を斃(した『力』。
その時の獣と化した醍醐を見ている小蒔は、後に訪れた彼の自己喪失の危機を思いだし、
あの悪夢だけは繰り返してはならないと、必死に止めようとした。
しかし、醍醐から放たれる氣は乳白色の輝きを、
今や一回り彼の身体を大きく見せるほど放っている。
また……また、醍醐クンが──
悲痛な表情を浮かべ、変貌を遂げるのを見守るしかない小蒔の前で、醍醐が動いた。
低い姿勢から体当たりを放ち、ジルを吹き飛ばす。
物凄い勢いで吹き飛んだジルを見て、小蒔は覚悟した。
みんな──ジルだけじゃない、ボク達も、醍醐クンに──
「何をしている、桜井ッ! 下がっていろッ!!」
「え?」
自分が怒られていることも気づかず、小蒔は訊ねた。
醍醐の声はいつもと変わらないものだったからだ。
「醍醐クン……なんともないの?」
「当たり前だ、俺はもう……陰(の力には囚われん」
穏やかに、しかし確乎たる決意を秘めて醍醐は言い、再び立ちあがったジルに突進する。
その後ろ姿は、小蒔にはとても大きく見えた。
守勢に立たされた京一を、イワンの正確無比な拳が狙う。
全く無表情に、そして鋭い動作から生み出される打撃は、
これまで京一が受けたことのないものであり、
場数を踏んでいる彼でさえ受けきることは出来なかった。
「く……ッ」
なんとか隙を見出し、反撃に転じようとするのだが、木刀を構える暇(さえない。
一方的に攻められて苛立つ京一の腹に、重い一撃がめり込んだ。
「がはッ」
落ちた頭に、止めの一打が飛来する。
本能でイワンに体当たりして痛打から逃れた京一は、遂に木刀を捨てた。
「調子に乗りやがって……」
血の混じった唾を吐いた京一に、さほどのダメージも受けていないイワンが再び殴りかかってくる。
手本のように美しい軌道を描いて顔を狙う拳に、京一は蔦(のように腕を絡ませた。
「……ッ」
鮮やかにクロスカウンターを決められ、イワンが初めて呻いた。
自分が攻撃を受けたのが信じられないように頭を振り、果敢に挑んでくる。
しかし、彼の攻撃は、もう京一にとって脅威ではなかった。
「……!!」
一打を受けたとはいえ、まだそのスピードは全く減じていないイワンの攻撃を、
京一は避け、受け流し、撃ち返す。
イワンの攻撃の全てを読みきり、拳を交わすそれは、ほとんど演武のような光景だった。
連打を浴びて足にきたところを、こめかみに狙い澄まされた一発を受け、
イワンの身体は機械に叩きつけられる。
しばらくは身動きも出来ないようだったが、
ジルの命令は本能よりも強いのか、敵を倒そうと立ちあがってきた。
「お前の攻撃はパターン過ぎるんだよ」
握り締める京一の拳が淡く輝いている。
それは、さながらボクシングのグローブのようだった。
「確かに疾くて重(ぇから大概のヤツは倒せるんだろうが……ま、世の中は広いってこった」
諭すように京一は言ったが、イワンの耳には届いていなかった。
目だけを殺意にぎらつかせ、拳を放つ。
既に躱さなくても平気なくらい遅いそれを受け止めた京一は、
そのままイワンの腕を引き、彼の身体を引き寄せると、最後の一撃を腹に撃ちこんだ。
「う……ッ」
氣を込めた強打を受け、イワンは悶絶する。
よりかかってきた彼の身体を、京一は振り払わずその場に静かに寝かせてやると、
龍麻達を助けるため木刀を拾った。
骨が軋(み、肉が縮む嫌な音が、龍麻の聴覚を激しく弄(る。
「ケケケッ、潰レヤガレ」
トニーは蟻を踏み潰すかのような無邪気さで龍麻に『力』を加える。
その圧力は留まるところを知らず、龍麻の全身は外側から圧されて悲鳴を上げた。
「く、そ……ッ」
身体が収縮していくように感じる。
手足を動かそうとしても、強力なバネに抑えつけられたように微動だにしない。
大気の数倍の圧力を受け、意識も朦朧(とし始めた龍麻の視界に、
飛びこんできたものがあった。
標本のようにシリンダーに入れられ、実験という名の贄(にされようとしている葵。
彼女を、護りたい。
「葵……ッ!」
想いが、力を与える。
龍麻の身体に、一瞬でトニーの『力』を上回る氣が満ちた。
手足が嘘のように軽くなり、一気に力場から跳躍する。
強力無比なトニーの『力』も、その効力が及ぶのは半径八十センチの球状の力場までであり、
それを突破されてしまうと為す術はなかった。
もちろん常人が超物理的な力場を突破など出来るはずがなく、
彼がこれまでこの『力』を用いて破られたことなど一度もない。
しかし、完全に力場に捕らえたはずの日本人(は、
その軛(を脱し、今まさに肉薄せんとしていた。
「NOッ!」
トニーは慌ててもう一度敵を力場に捕らえようとするが、
恐慌に陥った精神は集中を妨げ、もう狙いさえ定められなかった。
「……ッ!!」
腹に感じた激痛が、瞬時に痛覚神経を爆ぜさせる。
肉体的には九歳の子供に過ぎないトニーの身体は、
龍麻の氣を乗せた打撃に耐えることなど到底無理だった。
ジルに薬物を投与され、生きるには全く必要のない『力』を与えられた挙句、
攻撃衝動だけを肥大化させられた哀れな子供は、口の端から薄く血を流して倒れる。
酷(いか、とも龍麻は思ったが、彼の意識はもはや狂気に支配されており、
こうすることでしか解放してやることが出来なかった。
動かなくなったトニーに極小の時間哀れみの目を向けた龍麻は、醍醐の加勢に回る。
トニーの攻撃を受けている間も、龍麻は彼の氣が爆発的に増えたのを感じていたが、
まだ二人の勝負に決着はついていなかった。
白虎の『力』を覚醒させても、なおジルの力が上回っていると言う訳ではない。
むしろ手数は醍醐が勝り、その中の何発かには致命的な打撃も入っている。
にも関わらず、ジルは打撃が当たった瞬間こそ苦悶の表情を浮かべるものの、
その動きが鈍ることはなく、すぐに体勢を立て直して反撃を与えてくるのだ。
それは龍麻が援護に加わってさえ変わらず、二人を相手取ってもなおジルは倒れなかった。
幾度目かの攻防を終え、三人は束の間対峙する。
激しい応酬にも関わらず三人とも息を全く切らしておらず、
もし観客がいれば、映画かゲームのような非現実的な感覚を抱いたであろう。
「ククク……素晴らしいな、その『力』。是非とも研究材料にしてくれるわ」
「くそっ……どうなってやがる」
思わず悪態をつく龍麻の隣で、醍醐はジルを睨んでいる。
すると彼の制服の内側、右の胸の辺りが、ほのかに光っているのに気付いた。
それは鼓動のように明滅しながら、ジルの回復に合わせて光を弱めていく。
何かが、醍醐の脳裏に閃(いた。
「どうした、もう終わりか」
ジルの挑発に乗せられた龍麻が飛び出す。
それに加わらず機を測っていた醍醐は、ジルが龍麻との攻防に気が逸れたのを見逃さず動いた。
龍麻の拳を半身で躱し、正面に無防備な姿を晒したジルの、
奇妙な輝きがあった部位に、必殺の手刀を見舞う。
手刀と言っても、彼の丸太のような腕から繰り出されるそれは、
まともに命中すれば胸骨にひびくらいは入るかもしれないものだ。
その重い打撃がジルに命中した時、彼の身体から異様な音が聞こえてきた。
それを聞いたジルの顔から余裕が失せる。
「クッ……貴様、聖杯(を……ッ」
龍麻達にはなんのことだか解らなかったが、ジルの動揺からすると、
よほど影響のあるものらしかった。
ちらりと視線を交わした龍麻と醍醐は、同時にジルの懐に飛びこんだ。
二人の突撃をすんでのところで躱したジルは、この場での勝利は諦めなければならないと悟っていた。
様々な奇蹟を生み出し、ヒトラーが捜し求めたと言われている聖杯。
ジルはそれを模して、超常的な力を封じこめた聖杯を作らせ、所持しており、
龍麻達に幾度も攻撃を受けてもたちまち回復するのは、これの効力だったのだ。
それが破壊されてしまった今、ジルに勝ち目は薄い。
この狂気の医師は己の身体にも赤血球増幅などの身体能力を向上させる処置を施していたが、
『力』を持った龍麻と醍醐は、それに劣らない動きをしている。
これほどの実験材料を見逃さなければならない無念にジルは歯軋りしたが、
今は逃げ出すことを考えねばならなかった。
明らかに動きの鈍ったジルに、ほとんど氣の塊となった龍麻が必殺の一撃を叩きこもうとする。
醍醐も巧みに側面に回りこみ、退路を断とうとすると、盲目の少女が身を呈して彼らの進路を塞いだ。
「学院長(様、お逃げくださいッ」
「離せっ」
龍麻に、暴力に恃(む趣味はない。
師から固く戒められていることでもあり、己の有する危険な『力』の威力を知ってもいるので、
今も、この盲目の少女には全く手出しをしていなかったのだ。
ただしどうしても闘わざるを得なくなったら、女性だろうと子供だろうと容赦はしない。
特に共に闘う仲間がいる現在では、その甘さが命取りとなることを知っているので、
完全に倒れるまで攻撃の手を休めてはならない、と己に言い聞かせていた。
しかし今、腰にすがりついている少女は盲(いており、しかも恐らく攻撃手段を持ってはいない。
ただジルに対する敬慕の想いのみで、彼を逃がそうと龍麻に闘いを挑んできたのだ。
彼女を倒すことは、龍麻には出来なかった。
華奢な身体を引き離し、内心で謝りつつ首を打つ。
昏倒した少女を通路に寝かせ、ジルが逃げていった先を見ると、
彼は部下を見捨てて逃亡した後だった。
「逃げられたか……」
少女に対しては憐憫の想いもあるものの、葵を誘拐し、
歪んだ野心の実験材料としたジルを許すことは絶対に出来ない。
龍麻は彼が逃げた扉から追いかけようとしたが、小蒔の緊迫した声がそれを止めた。
「ひーちゃん、今はそれより」
「そうだ、美里さんッ」
一時とはいえ闘いの陰氣に溺れ、彼女のことを失念してしまって、羞恥に頬を赤らめた龍麻は、
彼女が閉じ込められているシリンダーの前にある操作盤へと走った。
操作盤上にはいくつものボタンが並び、素人には何が何やら見当もつかない。
どれかが水を抜き、装置から葵を開放するボタンなのは間違いなかったが、
下手に手を出す訳にはいかなかった。
「ちくしょうッ、どれを操作すればいいんだ」
普段あまり汚い言葉を使わない龍麻が、畜生、などと言うのは珍しいことだった。
それだけに龍麻の焦りが痛いほど醍醐達には伝わってきたが、
彼らにも葵を助ける名案がある訳ではない。
空しく時間だけが過ぎようとする中、木刀を構えた京一がシリンダーの前に立った。
「仕方ねェ、こうなりゃ」
「待て京一、中に美里さんが──」
彼が何をするつもりか解った龍麻は慌てて止める。
しかし、京一は悠然と笑ったまま、振り上げた木刀を一気に下ろした。
「ヘッ、俺の腕を信じやがれ──せやァァッ」
「馬鹿野郎ッ!!」
ガラスが割れ、勢い良く液体があふれ出す。
支えを失った葵の身体は糸が切れた人形のようにふわりと倒れてきて、
龍麻は渾身の力で彼女を受け止めた。
全身がずぶ濡れになってしまったが、それを気にする余裕もない。
ただ葵を、一筋の傷さえもつけないよう細心の注意を払うのが精一杯だった。
京一に対する罵倒も後回しにして、ガラスの破片が飛んでいない所まで移動する。
葵は気を失っているようだったが、床に寝かせようとすると目を覚ました。
「あ……緋勇……くん……」
「美里さん、良かった……なんともない?」
訊ねると、葵は顔に貼りついた髪をかき上げて答えた。
露(になった、少し病的に青くなってしまっている頬は、危険な美しさを有していて、
龍麻はこんな時であるにも関わらず魅入られてしまっていた。
「え……ええ……少し、頭がぼうっとするけど……大丈夫……」
安心させようというのか、無理に微笑んでみせる葵に、愛しさがこみ上げる。
腕に意思を込め、彼女を抱きしめようとした龍麻に、どこからか咳払いが聞こえてきた。
「ひーちゃん、嬉しいのはボクも良く判るんだけどさ、その、服……」
小蒔に言われて、龍麻は葵が何も着ていないことを思い出した。
今さら慌てたものの、彼女に着せてやる服はない。
とりあえず、ということで制服をかけてやろうとボタンを外そうとしたが、途中で遮られてしまった。
「龍麻……怖かった……私……」
冷たい肌が、頬や首筋に触れる。
冷たさと柔らかさだけが、龍麻の感覚の全てになった。
無限に等しい時間の中に龍麻が漂っていると、再び咳払いが聞こえる。
それは龍麻だけでなく葵も現実に引き戻す効力を持った呪文であり、
龍麻に抱き着いていた葵は慌てて躯(を離した。
青かった肌に、急速に赤みが差していく。
胸元を隠す葵に、小蒔は彼女の制服を差し出した。
「葵、とりあえずコレ着て」
礼を言って受け取った葵は、目を閉じてくれている龍麻から離れる。
彼の温もりから遠ざかるのは名残惜しいことであったが、
さすがに恥ずかしさが冷えた身体を温め始めたのだ。
「アオイ……ダイジョウブ?」
「ええ……ありがとう、マリィ」
心配そうに訊ねるマリィに、葵は龍麻へとは別種の笑いを向ける。
こんな少女が酷い運命に遭っていいはずなど、ある訳がなかった。
葵は服を着ることも忘れ、少女を抱き寄せる。
それはたとえようもなく美しい光景であり、小蒔も息を呑んで見つめていたが、
やがて女子高生の我に返って男達を追い出した。
「はいはい、キミ達は出てった出てった。葵が服着られないだろッ」
「なんだよ、いいじゃねェか減るも……ごほッ」
聞いたら世の女性の最低でも九割が怒りそうな台詞を言おうとした京一は、
したたかにその罰を受けることになった。
鳩尾(の急所に、容赦のない重い拳がめり込む。
「ッてーな、何しやがんだ龍麻」
「うるせぇ、いいから出ろよ」
「ちェッ、一人だけ美味しい思いしやがっ……ぐふッ」
捨て台詞を吐いた京一は、今度は逆の鳩尾にボディブローを受けたのだった。
しかし、龍麻が騎士として果敢に姫を護っているのにも、お付きの侍女は敬意を払わなかった。
「早く出てってくんないかな」
「あ、ごめん、今──がッ!」
低く苛立った小蒔の声に、龍麻が思わず振り向いて謝ろうとすると、顔面に鉄板が命中する。
姫の裸を覗こうとする不届きな男に向かって、
侍女が手近にあったものを確かめもせずに投げつけたのだ。
「悪いんだけどさ、ひーちゃんだって男なんだから駄目に決まってるだろッ」
「そ、そんなつもりじゃ──痛ッ」
名誉のために潔白を証明しようとした龍麻の顔に、新たな鉄板が飛んできた。
「言い訳はいいから早く出ていくッ!」
ほうほうの態で部屋から出て行こうとした龍麻達の耳に、小さな笑い声が聞こえてきた。
思わず龍麻はまた振り向いてしまったが、鉄板は飛んでこない。
小蒔も、そして葵も、楽しそうに肩を揺らす少女に驚いていたからだ。
揺らされるのを嫌った猫が、彼女の腕から脱して頭の上に乗る。
その光景に、龍麻達も等しく笑いを誘われた。
「なんだチビ、笑えんじゃねェか」
「どうしてそう乱暴なコト言うんだよ……って、誰が見ていいって言ったッ!」
唸(りを上げて飛来した、顔よりも大きな鉄板をすんでのところで躱した京一は、
それが機械にぐさりとささるのを見て一目散に逃げ出す。
龍麻と醍醐ももちろん後に続き、ようやく部屋には女性だけが残った。
「あれ、ブラがない」
「ハイ、アオイ」
マリィから手渡された下着を着けようとした葵は、マリィがじっと胸を見つめているのに気づく。
「ありがとう、マリィ。……どうしたの?」
「アオイノ胸、大キイネ」
そう言ってマリィは、乳房に顔を押し付けてきた。
少女の高い体温(が伝わってくる。
「アッタカクテ、ソレニ、ヤワラカイ……」
どこか寂しそうなマリィの声に、葵は思わず彼女を抱きしめていた。
彼女が欲している愛情を、いくらかでも注いでやりたい。
生じたその想いは、苦しくなるほど葵の裡にあふれてくる。
「きっとこの子……お母さんの顔も知らないんだろうね」
声を詰まらせる小蒔に頷きながら、葵はひとつの決心を抱いていた。
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