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「んじゃさ、一番上のボタン外してよ」
「んー、もう一個外した方がいいかな」
「ちょっとさ、足をこう……そうそう、そんな感じ」
「そんで両手を足の間について……あぁ、いいね」
「胸の谷間をさ、少し寄せて強調……そそそそ」
「なんか、さっきまでと全然やる気が違って見えるんだけど」
「んな事無いっすよ。あ、もうちょい左肩を下げて……」
鬼迫さえ醸しだしはじめた龍麻にちょっと引きながらも、
今まで見たことの無い、物事に集中している表情にときめいてしまう。
いつもこんな顔だったら、きっと素敵なのに。
そう思いつつも、どこかでそれを望んでいない自分に気付いて、つい笑ってしまった。
「ん? どうかした?」
「……なんでもないわ」
妙に機嫌が良さげな杏子に不思議そうな顔をしながらも、龍麻は再びカメラを構える。
実際、写真を撮るというのが、こんなに楽しいとは思いもしなかった。
被写体のおかげもあるのだろうが、素人なりに構図や光の当て方を考えるのが楽しくてしかたがない。
はじめは邪心が九割だった動機も、今では二割くらいまでに減っていた。
決してゼロにはならなかったが。
杏子も案外面白がっているのか、何も言わずポーズを撮り続けてくれている。
その服装は、いつのまに指示を出したのか自分でも知らないうちに、
気がつけば留まっているボタンは一番下のひとつを残すだけになっていて、
しかもそれが全部脱いでしまうよりも余程いやらしい感じに見せていた。
見せていたのだが、やっぱり脱いでもらった方がいやらしい。
そう思った龍麻は、さすがに恐る恐るではありながらも、頼んでみる。
「下も……ダメ?」
「……言うと思ったわよ」
杏子は呆れた顔をしつつも、さっさと立ってジーンズを脱ぎはじめた。
脱いでしまってから、自分の失策に気付く。
幸いなことに龍麻は驚くばかりで気付いてはいないようだったが、
もし知られれば突っ込まれるのは間違いなかった。
──でも、それも楽しいかも。
ふと、そんな考えが浮かんで、慌てて打ち消す。
どうも自分とのことを軽く考えているふしのある龍麻に、
そこまで自分を見せても良いか、まだ決心がついていなかったのだ。
杏子がそんなことを考えているとは知る由も無く、龍麻は淡い紫の下着と、
そこから伸びている手足を見るともなく見ていた。
本人曰く肌の手入れなんか気を遣っている暇がないとのことだが、
健康的な肢体は充分に美しく、惚れ惚れと眺める。
すると、視線に気付いた杏子がベッドに腰掛け、軽く足を開いて片膝を立てた。
思わず生唾を呑みこんだ龍麻は、反射的にカメラを構える。
それを皮切りに、杏子は何も言わなくてもポーズを取り始め、
しかも、それは自分が指示するよりもずっと扇情的で、龍麻はひたすらシャッターを切り続けた。
時が経つのも忘れて写真撮影に熱中していた龍麻だったが、
ふと時計を見れば、小一時間ほども経っていた。
「ちょっと休憩しようぜ」
「……そうね」
短くそう答えた杏子は、服を手に取ったものの、何故か着ようとはせず、
胸の前に当てただけで龍麻の方に近づいてきた。
杏子の周りにまとわりつく空気がほのかに熱を帯びているのに気付いた龍麻は、
そっと顔色を伺い、それが気のせいでないのを確かめる。
「どんな風に撮れたのか見せてよ」
「あぁ……ちょっと待って」
慣れない手付きで操作しながら、撮った写真を液晶画面に映し出した。
大まかな雰囲気は掴めるものの、いかんせん画面が小さく、細かなところまでは判らない。
「もうちょっと大きく見れないの」
「パソコン持ってないからな……」
「買わないの?」
「欲しくなってきた」
「そうね……これからの時代、パソコン使えた方が情報収集にも便利だものね」
杏子の普段よりも幾分柔らかい物腰と、漂う髪のしっとりとした匂いに、
龍麻は落ちつかない気分になる。
それに何より、杏子はまだ服を着ていないので、少し身体を反らせば剥き出しの背中が丸見えなのだ。
だからと言って、もちろん露骨に見てしまってはまたつねられるのは明らかなので、慎重に様子を伺う。
「ふーん……にわか仕込みの割には、きれいに撮れてるじゃない」
「才能かな」
「……ま、あたしの助手になるにはそれくらいはね」
それには答えず、龍麻はどんどん画像を表示させていく。
やがて、上着を脱いだ姿が現れはじめると、杏子は内心でたじろいだ。
数枚ずつごとに少しずつ脱いでいくところを見せられるのは、
初めから下着姿なのよりもずっと恥ずかしかったのだ。
「ちょ、やっぱり見るの止めましょうよ」
「だめ。見る」
「それじゃ、あたしが帰ってからにしなさいよ」
「だめ。イマミル」
「なんで片言で話すのよ」
「オレ、シャシン、ムチュウ。ジャマ、ヨクナイ」
龍麻はおどけて答えながらも、
カメラを奪おうとする杏子の手を巧みにかわして次々と画像を表示させていく。
しかし、からかわれるといつもなら意地になって追いかけてくる杏子が、
何故か今日はあっさりと引き下がった。
「わかったわよ。もう取らないから、あたしにも見せてよ」
杏子がどうやら油断させてカメラを奪い取るつもりではないのを確かめると、
龍麻は元の位置に戻り、横にある実物とさりげなく見較べながら感想を漏らす。
「お前さ、やっぱ胸大きいよな。ほら、これ、なんかこぼれそうだぜ……痛い痛いいててててて」
たちまち龍麻の頬が焼きすぎた餅のように伸びる。
「なんだよ、褒めてんだろ」
「全然褒めてるように聞こえないわよ」
「じゃあ何て言えばいいんだよ」
「別に何も言わなくていいわよ」
「そう? 俺結構好きなんだけど」
「……え?」
「ん?」
判っていてとぼける龍麻に、つい悔しそうな顔をしてしまう。
それを見た龍麻の表情がまた気に食わなかったが、
今はそれよりも龍麻のそばにいたい欲求の方が勝った。
「もっとこっち来いよ」
「もう……無理よ」
「そんなことないだろ」
「あ……ん……」
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