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心臓に繋がっているから、結婚指輪は左手の薬指にする
──そう聞いたことがあったけれど、それは嘘だってわかった。
だって今、甲にキスされただけで、わたしの心臓はこんなにおかしくなってしまっているから。
残された右手を握り締めてこみ上げるものに耐えていた紗夜の、
懸命の努力を嘲笑うように、親指の先が柔らかく、濡れた感触に包まれた。
「…………っ」
さやかとひとつになっていたはずの指はいともたやすく離れ、
彼女の体内へと連れ去られていく。
形の良い、ほんの少しだけふくらんだ唇の間には、半分ほども呑みこまれてしまった指が。
さやかはそれを、歯を使わず、唇の裏側だけで挟み、ごく弱く吸い、ごく弱くしゃぶる。
引っ張りこまれる感覚に、紗夜は、もう耐えられなかった。
スカートが皺になってしまうことも厭わず、ぎゅっと掴む。
そうすることで、全ての意識が一点に集まってしまうことも気付かずに。
爪先に、軽く歯が当たる。
先端へと滑った硬い感触はそのまま指を離れ、願いも空しくさやかの元を離れた。
けれどそれは一時のことで、すぐに、今度は人差し指に暖かな吐息がかかる。
さやかはこのまま全ての指を咥えるつもりなのだ。
それと知った紗夜は、指先をしっかりとさやかの手に張りつかせた。
彼女がそれを剥がそうと力を強めてくれるようにするために。

どれだけの時間が過ぎているのか、もう見当もつかない。
指が感じ取っている唇の移ろいだけが、紗夜が時の経過を知る手段だった。
あれだけ固く握っていたはずの手は、かろうじて合わさっているだけになってしまっている。
指先全てが湿りを帯びていても、それを拭こうとも思わず、
紗夜は軽く閉じた目の中で自分の手がどうなっているかぼんやりと考えていた。
さやかの、万人に愛される彼女の、淡い桃色の唇。
微笑む形に動くだけで大勢の人間が喜び、そこから紡ぎだされる美麗な歌声は奇跡と称されている、
そんなさやかの口唇が今、自分の指を吸っていびつにすぼまっている。
指先にぴたりと張りついた唇は、
ある種の軟体動物のようにいやらしく蠢いて指を取りこみ、待ち構えている舌に渡す。
舌は温かい滲みをまとわりつかせて紗夜を侵食していき、
初めはざらついていた表面が、次第に粘液の膜によって滑らかになる。
ぬるぬるになった指を、さやかは歯の裏側に押し付け、身動きを取れなくしてからねぶっていく。
自分の指先に与えられる愉悦そのものよりも、
さやかの舌がどう動いているかという想像の方が紗夜を酔わせた。
肩の内側に溜まっていく快感を、背中を椅子に擦り付けることで少しだけ和らげる。
理性を残したまま昂ぶっていくのは、おかしくなりそうなほど、気持ちいい。
さやかによってそれを心の奥底にまで教え込まれている紗夜は、瞳を閉ざしてその感覚を受け入れた。

紗夜が目を閉じているのを横目で確かめたさやかは、最後の指をひときわ丁寧に吸い上げてやった。
少し多めに唾液をまぶしてやると、薄暗闇に健康的な唇が小さく蠢くのが見える。
何か言葉を発しているようにも見える彼女に笑顔をひらめかせ、
紗夜の左手を自分の左手に渡したさやかは、自由になった右手を伸ばした。
「んっ……」
今度は、豊かな髪の中に隠れている、紗夜の弱い場所。
果実を摘むように手を入れ、全体をくまなく撫でると、
肩をいからせてくすぐったさから逃れようとする紗夜の耳の入り口に、
ほんの軽く舌先を触れさせて無言の命令をくだした。
「…………っぁ」
囚われた少女の身体がびくりと震え、ゆっくりと肩が下がっていく。
乱れてしまった髪に手の甲を触れさせ、耳の後ろ側から指を踊らせる。
手と同じに少し冷たかった耳が熱を帯びる間、ずっと身をこわばらせている紗夜に、
さやかは下唇だけを当て、透き通った言葉を自らの熱情と共に耳朶に注ぎ込んだ。
「っ……!」
左手の中で、紗夜の手がきゅっと縮む。
この場で抱き締めてしまいたくなるほどに愛らしい反応を見せる紗夜を、
もっと困らせたくなったさやかは、すっかり熱く火照った耳から手を下ろした。
爪の甲だけを触れさせて、身体をなぞり下ろしていく。
腋の下から、真っ直ぐ下へ。
そこから直角に曲がって、次の曲がり角で動きを止めた。
指を二本だけ使って、膝下まであるスカートを、じっくりと捲り上げていく。
亀よりも遅いその動作は、もちろん何が行なわれているかはっきりと知らしめるため。
膝上まで持ち上げた裾を膝にひっかけ、もう片方の膝に手を移して同じ動作を繰り返す。
もし今急に灯りがついたら、どんな言い逃れも出来ない。
しかしそのスリルは、手の動きを一層大胆なものにさせるだけ。
艶やかな、白い肌。
瞳にはただスクリーンを映し出させて、心では指先を通して映る愛おしい身体を見ていた。
小指の先に、触れていなければわからないほどの小さな振動が伝わってくる。
たぶん紗夜自身も気付いていないそれは、期待から来ているものだとさやかにははっきりと解っていた。
既に自分の物となった紗夜の左手を撫でながら、露になった腿を静かにさする。
下着までもが見えてしまう位置までたくし上げられたスカートは、もう何の障害にもなりはしない。
ちょうど手が入る分だけ開いている足の間に、すとん、
と右手を落としたさやかは、横たわる白い柔肉を白々しいほどの優しさで揉みあげた。
一瞬強張った手の内の紗夜が元通りになっていくのを、指先に神経を集中させて感じ取る。
少しずつ場所を変えて、何度も、膝の近くに至るまでまんべんなく、
ハープを弾くように動かす指は、いささかの力も加えなくとも肌の表面を滑っていく。
そのさなか、小指を下着に触れさせた。
ひくり、と紗夜の上体が動くと、それを咎めるように指を離す。
時間はまだ、たっぷりとあった。
「ふ…………ぅ…………っ」
大きく吸った息を、時間をかけて吐き出す。
もう五感のほとんどをさやかに弄ばれてしまっていても、
紗夜はまだ健気に自分を保とうとしていた。
ひどく耳鳴りがして、息苦しい。
それを解き放つのも、更に苦しめるのも、自分では出来ない。
そのもどかしさが、愉しい。
そんな紗夜の心を見透かしたさやかは、ちらりとも視線を動かさないまま、もう一度下着に触れた。
ふっくらと熱くなっている足の間に、蜘蛛の巣のように手を張りつかせ、中指だけで微弱に撫でる。



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