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紗夜が気付いたのは、背中が沈みこむふんわりとした感覚によってだった。
瞳が映した見覚えのある天井が、そこが寝室だということを紗夜に教える。
靴まで脱がされていて、それに全く気付かなかったことに、紗夜はひとり赤面した。
さやか一人が寝るにしては大きなその空間は、自分を閉じこめる為だけに用意された籠。
それとわかっていても、一度入れられてしまったら、逃れることはもう叶わない。
逃れる?
そんな意志など、最初から無いのに。
それどころか、解き放たれたとしても、きっと自分から戻ってしまうだろうというのに。
「さやか……ちゃん?」
顔を動かすのさえ気だるく、籠の中の鳥は小声で見当たらない部屋の主を呼んだ。
「なに?」
すぐに帰ってきた返事に、安心して目を閉じる。
覆い被さる気配。
鼻腔をくすぐる匂い。
そして合わさった、唇。
紗夜はもう遠慮無く、身体を抱き締める。
胸に当たる柔らかな重み。
腹に触れるかすかな息遣い。
これ以上ないほどきつく重ねた身体の上で、さやかが呻いた。
それでも、力は緩めない。
細い身体のどこにそんな膂力があったのかというほど、強い力を腕に込める。
五秒。六秒。
もがくさやかを抑えつけていると、やがて、根負けした彼女は口を開き、舌をそよがせてきた。
「っ……ふ……ぅ……」
小さな勝利に満足した紗夜は、
美しい頬を隠してしまう不粋な髪の毛をかきあげてやりながら、それに応える。
しかし、さやかの顔はあっけないほどすぐに離れてしまった。
「待って……服、しわになっちゃうよ」
不服そうに眉を寄せても、上気した頬を小さく緩ませただけでベッドから下りてしまう。
籠から出ることを禁じられている鳥は、
背を向けてゆっくりとパーカーを脱いでいくさやかを、ぼんやりと見つめるしかない。
自分が間違い無くそうするのを知っていて、見せつけようという緩慢な動き。
それでも辛抱強く待ち続けていると、遂にスカートが落ちた。
適度な丸みを帯びたお尻を包んでいるものは、何もない。
自分よりも丈の短いスカートで、自分と同じことをしていたそこがどうなっているのかは、
今の位置からは見えないけれど、もちろん紗夜には解っていた。
そこで紗夜は、うっかり自分の同じ場所に思いを馳せてしまう。
たったそれだけのことで、滴がお尻の近くを伝った。
もう少し、あとほんの少しだけ我慢すれば、さやかが脱がせてくれる。
それまではなんとか持ちこたえなければならない。
足の指先をベッドに沈ませ、少しだけ力を込める紗夜の目の前で、ブラウスが落ちて行く。
露になる、白い肌。
今のさやかが纏っているものは、ブラだけというおかしな格好だった。
それはひどくいやらしく見えて、紗夜は呼吸をするのも忘れてじっと魅入っていたが、
さやかの手が地味なほどのブラにかかるのを見て、慌てて顔を天井に向ける。
目を閉じようかどうか迷っていると、その間に一糸纏わぬ姿になったさやかが跨ってきてしまった。
上から見下ろすさやかと、視線が絡み合う。
先に表情を動かしたのは、さやかの方だった。
唇が綻ぶ形に動き、両手を掴んで紗夜の頭上に束ねる。
「手……動かしたら駄目だよ」
手首に残る熱い感触が、見えない鎖となって紗夜を縛った。
手を離したさやかは、約束が守られているのを確かめると、手をゆっくりとボタンにかける。
小さな衣擦れの音と共に、ほんの一瞬だけ指先が素肌に触れた。
ひとつ。またひとつ。
身体を縦に裂いていくような錯覚。
身体を縦に裂かれていくような錯覚。
同じ錯覚を抱きながら、二人は何も言わず神聖な儀式を執り行う。
ボタンを外し、靴下まで恭しく脱がし終えたさやかが、横たわる少女の身体を抱き起こした。
人形のように力無く起こされた紗夜は、自分の服が脱がされるのをじっと待っている。
その報酬は、肌に触れる柔らかな乳房。
ブラが外されるまでの短い時間、至福の時を味わっていた紗夜は、
一糸纏わぬ姿にされ、再び押し倒された。
真正面から見つめたさやかの瞳は、まっすぐな熱情に彩られていて、紗夜の呼吸を止めさせる。
手にシーツを掴ませ、唇以外の場所を固くして、ゆっくりと紗夜は眼を閉じた。
さやかの柔らかな器官が触れたのは、唇ではなかった。
触れたのは、紗夜があまり好きではない、鼻の頭。
それにどんな意味があるのか解らないけれど、さやかは軽く唇をすぼめて、
まるで吸盤のように吸いつかせている。
紗夜は奇妙な面映さに耐えねばならなかった。
さやかの髪の匂いが、わずかに漂ってくる。
深く吸いこみたかったけれど、それは出来なかった。
今の体勢ではさやかに動きを気取られてしまうし、深く息を吸えば吐き出さねばならず、
そうしたら自分の鼻息をかけることになってしまう。
なのにさやかはずっと、まるでそれを待っているかのように、
あまり高くない頂きに口を当てたまま微動だにしない。
いつまでも息をしない訳にもいかず、とうとう根負けした紗夜は、
羞恥にまみれながらそっと息を漏らした。
それでもなおさやかは身動きせず、離れたのは紗夜が一呼吸終えてからだった。
眼を開けると、透き通ったダークブラウンの瞳が楽しそうに踊っている。
「なに……?」
「紗夜ちゃんがすごくキスして欲しそうだったから」
言い終えたのは、キスをしてからだった。
今度はもちろん紗夜の望む場所に。
紗夜はいつも謙遜するけれど、この形の良い唇はさやかが羨む場所のひとつだった。
いつも美しい桜色をしていて、みずみずしい弾力にあふれている。
それを認めようとしないなら、身を持って教えてあげるだけ。
音を立てない軽いキスの後、改めて唇を重ねる。
少しずつ少しずつ、一度に味わってしまっては勿体無いから。
身体の下で、紗夜が身じろぎする。
それがくすぐったいからだと解っていても、止める気などさらさらない。
閉じている上唇を舌で持ち上げてそれを告げたさやかは、
彼女を応援している数多(の人間には決して見せることのない舌の動きで紗夜を誘った。
「……ぅ……」
大型の魚のように口の中をゆっくりと回遊する舌に、うなじの毛が逆立つ。
あまりに無遠慮に隅々まで這い回る舌は、
紗夜に改めて自分がさやかのものであることを再認識させるものだった。
水底まで沈むような感覚に身を任せ、舌を合わせる。
「ん…………ふ……」
二人のキスは、あくまでもゆるやかに。
決して焦ることなく、ただ行為に没頭する。
お互いの太腿に押し当てている秘部が、じわじわと足を汚していく。
もう少し刺激が欲しくて足を擦りつけても、今の格好では求める快感は得られそうになかった。
そう気付いたさやかは身体を起こし、紗夜の手を掴んで引っ張った。
キスを中断されて紗夜はどこか不満そうだったが、構わずそのまま掌を合わせ、
薄く浮き出ている鎖骨に口を押し当てる。
どうしようか迷っているようだった紗夜のもう片方の手が、腰に回された。
ワルツを踊っているみたい。
そう思ったさやかは、紗夜の肩に顔を押し付けたまま小さく笑った。
「どうしたの?」
「ううん。ね……髪、ほどいてもいい?」
答えても良かったのだけれど、なんとなくそうする気になれず、話題を逸らす。
それは、唯一紗夜が自由を与えられた瞬間。
もしかしたら、全てが崩れ去ってしまう危険な選択。
「……うん、いいよ」
しかし、紗夜は選択の機会を与えられたことにさえ気付かなかった。
生真面目に頷く紗夜に幸福を感じたさやかは、後ろに回って片方の房を手に取る。
日本人離れした、明るい栗色の髪。
わずかな光の加減で美しく色を織り成す豊かな絨毯を掌に広げ、簡単に留められているリボンを解いた。
受け止めきれなかった細髪が、束になって零れる。
抑え目の匂いが、さやかの全身を満たした。
衝き動かされるままもう片方の房も解いて、紗夜の背中を栗色に染め上げる。
まっすぐに流れる艶やかな滝に羨望を禁じえないさやかは、掬い上げ、そっと手櫛を入れた。
自らそうしているかのように分かたれていく髪。
たやすく端まで辿り着いてしまった指先が、抗議するように穂先を巻き取った。
そのまま数センチほど巻き上げて放しても、癖も無く元通りにまとまる髪を、場所を変えて何度も試す。
「……なに?」
自分の髪の毛で遊んでいるらしいさやかに、紗夜は小声で尋ねる。
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