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「──!?」
身体が、動かない。
自分の身体に起こった異変に芙蓉は驚きの表情を隠す事が出来なかった。
「これは」
「うふふふふ〜。カバラの秘法、『カドモンの魂の檻』よ〜」
ミサの口調には特にしてやったり、という趣は無かった。
表情にも──目は相変わらず何も読み取れなかったが──変化は感じられない。
しかし、もちろんただで解放してくれるはずも無いだろう。
彼女は服を脱いで、と言っていたが、何をさせるつもりなのか。
裸を見られるのに羞恥がある訳では無かったが、意に染まぬ事をさせられて嬉しい訳も無い。
芙蓉は何気なく全身に力を込めてみて、全く動かす事が出来ないのを確認しつつ、
同時に頭の中で、部屋に入ってから今までの事を寸分違わず思い出してみる。
扉を開けた瞬間から今まで、何かの気配を感じはしなかったし、
ミサが何らかの呪文を口にした様子もなかった。
とすれば、この部屋自体に予め何かの呪法が施されていた事になるが、
その名前はともかく、御門によって使役されている自分を、
陰陽の呪法によらず動きを封じる方法があるなど、芙蓉は聞いた事が無かった。
その方法を知ったとて主が役立てる事は無いだろうが、
それでもほんのわずかでも御門の為になるのなら、あらゆる努力を惜しむつもりはなかった。
「それで、わたくしをどうなさるおつもりですか」
「あなた〜、人間じゃないでしょう〜」
単刀直入に聞いてみたが、ミサの答えは、新たな驚きを芙蓉にもたらしただけだった。
「……何故、そう思われるのです?」
「カドモンの魂の檻は人間には効果が無いの〜」
その言葉は、ミサが今日よりも、
もっと以前から芙蓉が人間では無い事を知っていたという事実を裏付けていた。
事情を知っている秋月マサキと、忌々しいほどに常に主と共に居る村雨を除けば、
気を操る武術を修めているという龍麻でさえ自分が式神だとは気付いていないというのに、
会った事さえない彼女がどうしてそれを知り得たのか。
それを知りたくて、芙蓉は時間稼ぎも兼ねてミサから出来るだけ情報を引き出そうと試みる事にした。
「いかにもわたくしは晴明様が使役なされる式神にございます。
それにしても、裏密様はどうしてお解りになられたのですか?」
「ミサちゃんでいいわよ〜、うふふ〜。
なんで知ってるかはね〜、前にミっちゃんを見た時〜、式神を使っているのを見たからよ〜」
それだけでは芙蓉が式神である事を見抜いた理由にはならなかったが、
答えてくれただけでも進歩と言うべきだった。
「改めてお尋ねしますが、ミサ……様はわたくしをどうなさるおつもりですか?」
無駄と思いつつ再び尋ねて見ると、今度はミサはあっさりと教えてくれた。
「うふふふふ〜。真言立川流の新しい解釈を記した経典を手に入れたから、
あなたで試してみようと思って〜」
真言立川流の名を芙蓉はもちろん知っていた。
人の髑髏どくろを本尊として、茶吉尼(だきに)天法と言う性魔術を執り行う、邪教の一種。
しかし、正直、人ならぬ身にはそう言われてもピンと来なかった。
男女の交わりによる快楽どころか、食欲も睡眠欲も無い芙蓉には無理からぬ事であったが。
「……それは構いませぬが、何故人ではないわたくしで試されるのですか?」
「うふふふふ〜、それは秘密〜。それじゃ、そろそろ始めるわね〜」
ミサが何か妖しげな香を焚くと、甘い香りが室内に立ちこめる。
その香りに隠れるように空気が淀んでいくのを芙蓉は敏感に感じ取っていた。
自分達が普段居る時空の狭間とは対極の、不快な、
目に見えるような瘴気が狭い室内に満ちていく。
「オン、ダキニバギャチキャカネイエソワカ…」
ミサは複雑な印を結びながら、奇妙な抑揚を伴なった真言を読み上げ始める。
たとえ身体が動かせたとしても絶対に動かさなかっただろうが、
芙蓉はそれを微動だにせず聞いていた。
「オン、ダキニバギャチキャカネイエソワカ…」
幾度となく繰り返される真言が狭い空間に反響し、言霊となって芙蓉の身体に染みこんでいく。
やがて、痛みさえ感じないはずの自分の身体に、奇妙な熱がこもり始めていた。
思考が霞みがかかったようにぼやけ、真言が形を伴って肌を撫で上げるような錯覚に落ちていく。
「…………」
芙蓉は、自分がうっすらと唇を開いて声にならない吐息を漏らしているのに気付いていなかった。
身体の内にこもる熱は少しずつ、しかし確実に昂ぶっていき、
着ているスーツの質感さえもが柔肌を蹂躙する。
今や彼女の肌は、芙蓉の名に相応しく薄桃色に染まり、花開くその時を待ち焦がれる蕾と化していた。
「オン、ダキニバギャチキャカネイエソワカ……」
どれくらいの時間が過ぎたのか、それとも少しの間意識を失っていたのか、
芙蓉が気がついた時、ミサの存在も、自分がいる場所さえも忘れ、
ただ真言と、身体の数ヶ所の火照りだけが支配する世界に辿りついていた。
触って、みたい。
性欲という、人ならば逃れられぬ業を、今芙蓉は人ならぬ身ではっきりと感じていた。
夜に瞬く蛍の灯火のように疼く場所に触れようとして、微動だにできない身体に、苛立ちを覚える。
しかし皮肉にも芙蓉が立っていられたのもまた、ミサの呪法のおかげだった。
呪法が解かれたらその場にくずおれて、恐らく立ちあがる事さえ出来なかっただろう。
「……はぁ……っ」
今度ははっきりと、ため息が漏れる。
普段でさえ感情がほとんど感じられない彼女の声が、甘く、切なげに、
その少し薄い唇から吐き出される様は、鬼神とて狂わせるだろう色香を帯びていた。

部室内を埋め尽した真言が止んだ。
それと同時に一種のトランス状態から目覚めた芙蓉はいつのまにか閉じていた目を、ゆっくりと開く。
身体の疼きは未だ収まっていなかったが、なんとか思考する事は出来た。
話し始めて声が震えている自分に気付き、咳払いをしてから語を継ぐ。
「……そろそろ、解放して頂けませぬか」
「まだ仕上げが終わってないからだめ〜」
「仕上げ、とは」
「すぐに判るわ〜」
そう言うとミサは芙蓉のスカートに施されているスリットから手を忍びこませ、太腿に触れてきた。
まだ火照りの治まらない肌に、冷たい手が心地よい。
ミサの手はしばらく太腿の感触を楽しんだ後、今度は程よく締まった尻肉を弄び始めた。
「……っ………」
張りのある球面をなぞるように指を滑らせ、やわやわと撫でまわす。
虫が這い回るようなむずむずとした感覚は、何故か心地良さとなって芙蓉の頭に伝わってきた。
それは本当の意味での愛撫では無い、たどたどしい動きの物だったが、
茶吉尼天法で性欲を付与された身体はどんな刺激も快感に変えてしまい、
時折強く掴まれても、痛みと気持ち良さが入り混じり、もっと強く触って欲しいとさえ思う。
しかしミサの指はそれを知った上で焦らすかのように、
次の場所を探して、尻の谷間を下着の上からたどり始めた。
御門が全くこの手の事を教えなかった為に芙蓉は知らなかったが、
代々の陰陽師の中には式神を欲望の対象として用いる者も確かにいた。
否、妊娠の心配も無く、思うがままに欲望を満たせる彼女達は
格好の性のはけ口として利用される方が多かったと言えよう。
だから、彼女達にはその為に必要な器官は全て備わっていた
──もちろん、芙蓉にも。



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