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「『力』……か」
「ああ、つまり俺もあんた達の同類おなかまってことさ」
 村雨は気さくに言ったが、彼の言葉には彼が『力』について知っているということが含まれていた。
村雨こいつは、何を知っており、何を伝えようとしているのか──
敵ではなさそうだが、慎重に当たらねばならない、と龍麻は気を引き締めた。
「ところで、話はここでするのか」
 いきなり外れたところから始まった話だが、まだ本筋には触れてもいない。
茶飲み話ではなさそうだが、立ったままというのも少し疲れそうだ、
と龍麻が訊くと、村雨は頭を振った。
「いや。もうすぐ『案内役』が来る。話はそいつが案内する場所でだ」
「なんだ、お前も場所は知らねェのかよ」
「知ってるさ。だがそこには『案内役そいつ』なしでは絶対に辿り着けねェのさ」
 思わせぶりなことを言いながら、肝心な部分はぼかす。
どうやらそういう話し方で相手の為人ひととなりを見極めようとするのが、
村雨の趣味らしい──と、少しずつ龍麻はわかりかけていた。
 一方、回りくどい話し方がそもそも好きではない小蒔は、思った疑問をそのまま口にする。
「場所がわかってるのに辿り着けない……? どういうことなのさ」
「そんなにくなって。すぐに解ることさ。いや、解らねェかも知れねェが……それより来たぜ」
 行儀悪く顎をしゃくる村雨が示した方向を見ると、いつのまにいたのか、
一人の女性が姿勢正しく立っていた。
「お待たせいたしました」
 丁寧に頭を下げた女性が発した声は、低く、知性と怜悧さを感じさせるものだった。
無駄話は一切許されないような雰囲気が辺りに立ちこめ、龍麻達は自然と口を閉ざす。
「わたくしは御門みかど家が秘書、芙蓉ふようにございます。以後お見知りおきを」
 顔を上げた女性の美貌に、龍麻達男性のみならず、葵と小蒔までもが圧倒されているようだった。
黒いスーツを着ているが、顔立ちは極めて日本風で、長い睫毛や黒水晶のような瞳、
小さく、牡丹のような紅の唇に至るまで一分の隙もない。
 美女だ。
それも、紛れも無い。
彼女はおそらく百人に聞いても百人が美しいと答えるであろう美女だったが、
なぜか龍麻の裡には小さな違和感が生じていた。
やがて龍麻は、その一端に気づく。
彼女の顔には、極めて表情が乏しいのだ。
笑い、あるいは怒る。
人間であるならば日々、数限りなく行っているであろう感情の発露が、芙蓉にはほとんど見られない。
それは彼女の極めて整った顔に、葵でさえもがほんのわずかたたえている
しわが刻まれていないことからも間違いなさそうだった。
違和感の正体を確かめたくて、
龍麻は失礼なのをわきまえつつもなお芙蓉を観察しようとする。
しかし、その興味の対象が一瞥をくれた途端、龍麻はそれを早々と諦めた。
彼女の瞳は下世話な興味など傲然と跳ね返すだけの硬さと冷たさを持っており、
正面から見つめられ、心臓が凍るかというくらいの酷寒に晒された龍麻は、
大いに反省させられることとなったのだった。
 龍麻の動揺にも微塵も関心を示さない様子で、芙蓉が事務的に告げる。
「村雨様に緋勇様、美里様、蓬莱寺様、醍醐様、桜井様。
皆様お集まりのようですね。それではご案内いたします」
「なんかいきなりだね。どこへ行くのかも教えてくれないの?」
 小蒔は何気なく聞いただけだったが、返ってきた答えは彼女の目を白黒させてしまうものだった。
「あまり時間がございません。納得して頂けないようであれば、力ずくでもご同行願いますが」
「なんかおっかないね、あの人……」
 小蒔の感想は龍麻達も共有するところで、出鼻をくじかれた気分になったのは確かだった。
やや鼻白む龍麻達に、村雨が笑いかける。
「何もさらって食おうってんじゃねェ。あんた達も腹を決めたんだろう」
 確かに今更断っても意味がない。
龍麻達は承諾し、芙蓉と村雨が案内するいずこかへと向かうことにした。

 芙蓉の案内によって日比谷公園を出た龍麻達が案内されたのは、また公園だった。
ただし日比谷公園とは全く雰囲気が異なり、静謐せいひつな空気が龍麻達を出迎える。
ここは東京に来て日が浅い龍麻はもちろん、東京が長い他の四人も初めて訪れる場所だった。
その中で唯一この場所の名前を知っていた葵が、かすかに驚いたように呟く。
「ここは……浜離宮恩賜庭園はまりきゅうおんしていえん……?」
「へえ。初めて来るけど、なんだか東京じゃないみたいに静かだね」
「ここは昔、徳川家の鷹狩り場だったのよ。
その後明治になって天皇家の離宮となり、昭和に入って一般公開されるようになったの」
「随分と博識ものしりな姉さんじゃねェか」
 小蒔に説明する葵に、村雨が感心したように言った。
しかしそれだけでは終わらないのが彼の話癖だ。
「だがよ、これから俺達が行くのは浜離宮であって浜離宮でない場所。
案内役ふよう』なしには決して通り抜けられない空間の歪みを通っていく場所さ」
 説明なしには到底理解出来ない言葉をさりげなく織り込み、
それについて訊ねさせようとする。
もし相手が気づかなければ、それまでのことだ。
そうやって村雨は、相手が自分の眼鏡に適うか常に試しているのだろう。
付き合わされる方としては正直苛立つこともあるが、そこで怒ってしまったら負けだ。
龍麻は徐々に彼との接し方のコツを掴み始めていた。
「皆様、これをお持ちになってください」
 村雨に案内役と言われた芙蓉が、懐から紙片を取り出す。
「この符がわたくしとあなた方を繋ぐ命綱です」
 龍麻達の人数分あった紙片を、一人一人に配った芙蓉は、村雨とは対照的に、
必要最小限のことしか言わず、また説明するつもりも最初からないようだ。
まだ出会って一時間ほどしか経っていないのだから、為人ひととなりの把握などできるはずもないのだが、
龍麻はどうも苦手意識を彼女に抱きつつあるようだった。
 中学の時、やたらと厳しい女教師がいて、彼女と感じが似ている。
ほとんど表情を変えず、子供にも容赦のない冷徹さで接する彼女は、
生徒達からは随分嫌われていたが、今思えば子供扱いせず、
同等の存在として接してくれていたのかもしれない。
でも恐かったけどな、と、当時宿題を忘れ、初めて胃の痛むという経験をした龍麻は、
札を受け取りながら不急不要のことを考えていた。
「命綱っておい、随分物騒じゃねェか」
「空間の歪みはあらゆる場所、あらゆる時代に通じてるからな。
迷いこんだら最後、どこに出るかは運次第、って訳さ」
 京一の問いに、村雨は口の端を曲げた。
 村雨はともかく、芙蓉は冗談を言っている様子には見えない。
一人一人に渡された符を、龍麻は改めて眺めた。
紙片に描かれている紋様は、もちろん龍麻の理解を超えていて、
それぞれがどんな意味を持つのかは解らない。
しかし、その中にはごく最近見た図柄があった。
 同じものに気付いたらしく、小蒔が声を上げる。
「この星印……見た覚えあるね。確かアン子がミサちゃんに調べてもらおうとしてた紙に」
「それは晴明桔梗セーマンと呼ばれる大陰陽師、安倍晴明様の守護印。
我が主によって認められたその符が皆様を無事、の地へと導きます」
 簡単な説明を加えた芙蓉は、やはり淡々と、近所に散歩に行くような口調で告げた。
「それでは参ります。あまりわたくしの側から離れられませぬよう」
「お、おい、ちょっと待──」
 京一の声が急速に遠ざかる。
飛翔し、同時に下降する不思議な感覚が、龍麻の五感を満たし──
龍麻と仲間達の姿は、浜離宮恩賜庭園から消失していた。

「何コレ……これが空間の歪み……?」
 小蒔の驚嘆が脳に響く。
見渡す限りの黒。
上下も左右もなく、ただ黒だけがある。
広大無辺なのか、それともエレベーターのようなものの中に閉じ込められているのか、
それすらも判らないほどの、完全な黒だった。
仲間達の姿も見えないが、とりあえず小蒔はいるようで、龍麻が仲間を呼ぶと、
彼らからも返事はあったので、はぐれてはいないようだ。
そして今一人、この奇妙な空間に龍麻をいざなった一人である村雨の声が、
やはりどこからかは判らないが聞こえてきた。
「俺達は今、空間と空間のちょうど狭間を歩いているのさ。
確か、宇宙を形成する原理であり、万物を貫く普遍的な記号をある秘式によって組替え、
新たな天地のことわりを……とかいうんだが、俺も良くは解らねェ」
「龍麻、お前は解ったのかよ」
 京一の声には期待が篭っており、なんとか村雨の鼻を明かしてやりたいのだろう。
期待された龍麻だったが、その答えは全くもってつれないものにならざるを得なかった。
「解るわけないだろ」
 それこそ、ミサがいれば、彼女なら理解は出来たかもしれないが
──ただし、説明を期待するのは無理というものだ。
それよりも龍麻は、身体を襲う奇妙な失調感と闘うのに必死だった。
感覚が、失せている。
周りのあらゆるものから氣を感じ取れず、
意識を確かに持っていないと上下左右すら怪しくなりはじめる。
否、そもそも手足がきちんと動いているのかさえもあやふやな気がして、
龍麻は言いようのない恐怖を感じた。
京一や小蒔はなんともないようで、彼らが鈍感なのか、それとも自分がおかしいのか。
考え始めた龍麻は、思考に歯止めがかからないことに気付いた。
頭の中で思い浮かべるひとつひとつの文字が、間延びしたり瞬時に流れ去ったりで全く安定しない。
それはこの空間が時間という概念を超越した場所であることの証左だったのだが、
そんなことがわかるはずもなく、龍麻は、
自分という存在が思考と共にへ流れ出してしまうような感覚に陥っていた。
助けてくれ──隣にいるはずの京一に助けを求めようとしたが、口が動いているかどうかわからない。
このまま、俺は消えてしまうのか──高速で流れ、永遠に遅滞する幾つもの思考の中で、
龍麻が声にならない悲鳴をあげていると、突然、外から触れるものを感じた。
美里さん──?
彼女の指先が、自分の指の間に入りこみ、しっかりと握り締めるのを、龍麻ははっきりと意識した。
そして意識が、肉体を取り戻す。
指、手、腕──発芽する植物のように、全身が甦っていく。
瞬時に己を取り戻した龍麻は、礼を言おうと繋いだ手の先にいる、大切な女性ひとを見ようとした。
その瞬間──光が弾けた。

 つい今しがたの経験は夢か、あるいは幻覚だったのではないか。
そう思えてしまうほど、何も変わっているものはなかった。
掌に感じた葵の手の柔らかさは残っていたが、それでは証拠にならない。
ならば、葵に直接訊けば良いのだが、いきなり「手を握ってくれたか」などと訊くのも変だし、
たとえ手を握ってくれたのが事実としても、京一や小蒔がいる前でそうだと言うはずがない。
結局龍麻は、不思議な体験を誰にも言うことが出来ないまま、
首を傾げてそれについては終わりにするしかなかったのだった。
「ここは……あれ? さっきの場所?」
 小蒔が困惑気味に周りを見渡す。
京一に醍醐、それに龍麻と葵も、同じような動作で自分が今居る場所を確かめた。
 龍麻達が立っていたのは、浜離宮恩賜庭園だった。
それも芙蓉と話をしていた場所から、一歩も動いていない。
 やはり、幻覚だったのかもしれない──葵に訊かなくて良かった、
と安堵する龍麻の横で、 京一が声を荒げた。
「おい村雨、こりゃ一体どういう……!?」
 京一の声が途中で止まる。
その原因は、彼の、そして龍麻達の目の前を漂う桃色の花片だった。
大声をたしなめるようにひらひらと舞い落ちる一片を、龍麻は掌に受けとめる。
それは楕円形をしていて片方に切り欠きがある、龍麻も良く知っている植物の花片だった。
「桜……?」
「何言ってるのさ、今は十二月だよ。桜なんて咲くワケないじゃない」
 冬に咲く桜がない訳ではない。
有名なのは群馬県の桜山公園にある冬桜で、十二月の初め頃に満開を迎えるという。
だが少なくとも、浜離宮恩賜庭園の、自分達が立っていた場所の近くに桜の木などはなかったはずだ。
その点は小蒔の言う通りであり、苦笑いして頷きかけて、
龍麻は不意にあることに気付き、空を見上げた。
 花片は、何もないところ・・・・・・・から降ってきていた。
 常識を超えた光景を、龍麻は言葉も無く見つめる。
すると村雨の、愉しげな声が聞こえてきた。
「芙蓉、説明してやれよ」
「皆様。わたくしの姿がご覧になれますか」
 芙蓉の声に、龍麻達は彼女の方を向く。
そこに立っていた彼女を見て、一行は等しく絶句した。
 芙蓉は黒い、隙のないスーツから一転、仙女のような薄衣をまとっていた。
止むことなく降り注ぐ桜の花片と同じ色の衣は、彼女の淡肌が透けて見えるほど薄い。
加えてそれが正式な着方なのか知らないが、芙蓉は合わせを大胆に開けて衣を着ており、
黒いスーツでは判らなかった胸の膨らみがほとんど半分近くも見えてしまっていた。
「いつのまに……しかも凄ェ格好」
 京一のもっともな感想を聞き流しながら、龍麻はばつが悪くなって目を逸らしたが、
ちらちらと見てしまうのはどうしても抑えられない。
一方一瞬で男達を骨抜きにしてしまうほど大胆な衣服を着ている芙蓉はと言えば、
彼らの視線など意に介した風もなく自分の格好について淡々と説明した。
「これがこの世界におけるわたくし本来の姿です。
先ほどまでの姿は、主より頂いた符による幻影まぼろしにございます」
「確かにそのカッコで街中は歩けない……けどさ。まぼろしって」
 男達ほどではないが、小蒔も恥ずかしそうに芙蓉を見ている。
何しろ彼女の衣服は、大事な部分はデザインで巧みに隠されているといっても、
少し目を凝らせば簡単に肌を透かせてしまうのだ。
それに芙蓉は日本人離れしたスタイルの持ち主で、
同性の小蒔から見てもため息をつきたくなってしまうのだった。
「それにこの場所……私達がいた公園とはやっぱり違うわ。
ここには……氣がほとんど感じられない」
 辺りを見渡して、葵が呟く。
葵は芙蓉の服装よりもそれを見ている龍麻の方が気になっていたのだが、
指摘するのもためらわれて、あらぬ方を見ているうちに自分達がいる場所の異変に気づいたのだ。
舞っていた桜もいつしか止み、これも不思議なことだが、ひとつも地面に落ちていない。
 葵の呟きに龍麻達も改めて四方を見まわしたが、やはり、凛とした空気の他は違いがわからなかった。
「おっしゃる通りです。ここは我が主が、さる御方のために特別に創られた空間。
では改めて、ご案内いたします」
 それ以上の説明はせず、芙蓉は先に立って龍麻達を案内する。
圧倒されっぱなしの龍麻達は、大人しく後ろをついていった。

 今度は数分も歩かないうちに、龍麻は目的の場所に案内されたことを知った。
前方に二つの人影が、自分達の方を向いて立っていた。
一人は扇子を手にした、女と見紛うほどの長い黒髪を持った男で、
もう一人は車椅子に座った、こちらも一見女性かと思ってしまうような繊細な顔立ちの男だ。
 二人は龍麻達が近づいても微動だにしなかったが、
彼らの許に立った芙蓉が立っている方の男に向かって頭を下げると、扇子を軽く上げて応じた。
「晴明様。皆様をお連れいたしました」
「芙蓉も村雨も、ご苦労でしたね」
 穏やかな声が、男の一声だった。
彼らから龍麻達に視線を移した男は、龍麻に視線を留めて名乗った。
「わざわざお呼びだてして申し訳ありませんでした。
わたしは村雨と同じ、皇神高三年所属の御門みかど 晴明はるあきと申します。
よろしくお見知りおきを」
 男の挨拶は丁寧なものだったが、京一は丁寧すぎると感じたらしい。
龍麻に先んじた彼は、男の礼儀を無視するように挑発的に言った。
「俺達のことはもう知ってるみたいだから挨拶は省かせてもらうぜ。
で、お前らの目的は一体なんだ」
「ああ、ここまでは来てみたが、村雨の件もあることだし、
こちらとしてもそう簡単に信用する訳にはいかんのでな」
 京一に続く醍醐の台詞に、御門と名乗った男は驚いたようだった。
扇子を開きかけて閉じ、村雨を睨みつける。
「村雨の件? 村雨おまえ──また悪い癖が出ましたね?」
「ヘッ、ちょっと運試しをさせてもらっただけさ。
東京の命運を握るやつの運……試してみてェじゃねェか」
「祇孔!! あれだけ止めなさいと言ったのに!!」
 御門には悪びれなかった村雨だが、車椅子の男が鋭く叱責すると、ばつが悪そうに顎を掻いた。
温厚そうな車椅子の男が怒るのも、斜に構えた、という態度がぴったりの村雨が
おとなしく怒られるのも、龍麻達には驚きで、黙って見守るしかなかった。
「秋月様」
半ば身を乗り出しかけた男を、御門が気遣うように抑える。
ようやく男はおとなしく座ったが、切れ長の、
優しげな目で村雨を睨みつけるのはなかなか止めなかった。
「その……悪かった、マサキ。成り行きって奴でよ」
「全く……」
 男が大きなため息をつく。
するとそれまで黙っていた葵が、恐る恐るといったように訊ねた。
「あなたは──秋月って、もしかして」
「ええ……申し遅れました。僕は清蓮学院三年の秋月 マサキと言います」
 名乗った男を、龍麻達はそれぞれの驚きをこめて見た。
彼が杏子が個展に行くと言っていた、車椅子の天才画家とやらなのか。
葵以外は彼の絵を見たこともなく、名前も知らないような有り様だったのだが、
本人を目の前にすればいくらかは緊張せざるをえない。
「確かにアン子が騒ぐのも解る気がするぜ」
 京一が小声で呟くのを聞いた龍麻は小さく頷いた。
細面に柔和そうな眉目が乗ったマサキは、否定しようのない美男子で、
これで絵画の才能があるとくれば、女性に騒がれないわけがない。
同性として悔しいという気持ちがないでもないが、
そんな気も起こらなくなるくらい彼我には差があった。
 そしてマサキは、龍麻がもしねたみやそねみなど抱いたとしても、
たちまち霧消させてしまうような穏やかな物腰で頭を下げた。
「今回の件、全ては僕が言い出したこと。
彼に代わってお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」
 最初にこうも下手に出られては、どんな悪い感情も抱けるはずがない。
すっかり恐縮した龍麻が大きく頭を縦に振って何も気にしていないと意思表示すると、
マサキの側に控えていた御門が口を挟んだ。
「秋月様。村雨如きの為に貴方が詫びる必要などありませんよ。
悪いのは全てこの男なのですから」
「けっ、はっきり言いやがって。まァいいさ、これで面子は揃ったんだ。
そろそろ話を始めようぜ」
 御門の口調は唖然とするほど毒が篭っており、
それを意に介していないらしい村雨の態度はさらに龍麻達を唖然とさせた。
不敵な賭博師という彼の印象は、あるいは偽りだったというのだろうか。
しかし昨日直接勝負した龍麻には、どうしてもその印象が誤りだとは思えない。
とすると、御門とマサキがよほど村雨と仲が良いのだろうか。
天才画家と賭博師のどこに接点が──混乱する龍麻の疑問は、
仲間達も抱いたものらしく、小蒔が軽く手を挙げた。
「あ、その前に聞きたいことがあるんだけど。
村雨クンと御門クンはまだいいとしても、秋月クンと芙蓉サン……
四人は一体どういう関係なの?」
「ああ、それ俺も気になってたんだ。さっき芙蓉ちゃんが言ってたこの世界での姿、
とかいうのも謎のままだしな」
 そう、おざなりになっていたが、それも気になるところだ。
しかし村雨は、京一の疑問に答えるよりも前に笑いだしてしまった。
「芙蓉ちゃん……くくッ、芙蓉ちゃんねェ。いいねェ、俺もこれからはそう呼ばせてもらうか」
 射すような芙蓉の眼差しも気にせず、ひとり悦に入ったように笑う。
どういうことか龍麻達に説明してくれたのは結局彼ではなく、呆れたように首を振った御門だった。
「そのくらいにしておきなさい、村雨。ちゃんと説明しなかったお前の責任ですよ。
どうやら皆様は誤解されているようですが、芙蓉は──人間ではありません」



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