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「ああそう……って、何ぃィッ!!」
 わざとらしいほどの大声で驚いたのは京一だが、龍麻達も同じくらい驚いていた。
尻尾や角でも生えているのかと改めて芙蓉を見るが、彼女はどこからどう見ても人間であり、
御門までぐる・・になって担いでいるのではないかと思わずにはいられなかった。
しかし御門に冗談を口にしているそぶりはなく、龍麻達は続く説明を聞くしかない。
「芙蓉は、わたしが西の御棟梁、安倍様よりお預かりしている式神。
鬼神、十二神将のひとりです」
「式神……? 鬼……神……?」
「はい。十二神将がひとり、天后てんこう 芙蓉ふようにございます」
 芙蓉が慇懃いんぎんに頭を下げても、龍麻達はまだ要領を得ない。
式神というのは昨日ミサから説明された覚えがあるが、
目の前の芙蓉がその式神だとは、容易には信じられるものではないのだ。
 しかし次の御門の言葉は、無理にでもそれを信じざるを得なくなるものだった。
「申し遅れましたが、我が御門家は、代々東方に散る陰陽師を束ねる東の棟梁。
わたしはその八十八代目の当主なのです」
「陰陽師──!? ミサちゃんが言ってた、あの」
「ああ……それも向こうからお呼びがかかるとはな。
だがどうやら、緋勇を狙っている陰陽師というのはあんたではないようだが」
 目を丸くする小蒔に、醍醐が頷く。
半信半疑──信が七割に疑が三割、と言った感じの龍麻達に、
御門はむきになって否定したりはしなかった。
「フッ、もちろんですよ。あのような私怨でしか動けぬ小物と一緒にされてはたまりませんね」
 一語一語に棘が含まれている言い方は、彼の言う小物とやらへの嫌味に満ちていて、
あまりの強烈さに龍麻達はとっさに二の句が継げなかった。
 しゃっくりを無理に呑みこんだような顔をしていた小蒔が、どうにか話を本筋に戻す。
「それじゃ、御門クンはひーちゃんを狙ってるのが誰だか知ってるの?」
「当然です。関東以北に点在する陰陽師の動きは把握済みですから。
ましてやあのようにドーマンを好んで使うのは蘆屋道満あしやどうまん殿の直系である、
阿師谷あしや家の陰陽師親子でしょう。恐らく全ては彼らの仕業」
 罠ではないかと疑ってしまうほど、御門はあっさりと龍麻を狙っているという者の正体を明かした。
だがそれなら今ここで話をしていること自体がおかしくなるし、
先ほど醍醐が同じ陰陽師ではないのか、と訊ねた時の手酷い侮蔑の口調からすると、
その陰陽師とは敵か、少なくとも友好関係にはないらしい。
 ならば悪い芽は早めに摘むに限る、とばかりに京一が拳を打ち鳴らした。
「そこまで判ってんなら話は早いじゃねェか、こっちから出向いてブチのめそうぜ」
「フッ、せっかちな人ですね。
まァ、そう気負わずとも彼ら如きにあなたの相手が務まるとは思えません」
 龍麻達は阿師谷という親子のことをまだ名前以外何も知らないのだが、
御門に自信たっぷりにそう言われるとそんな気もしてしまう。
 御門に提案され、龍麻達はもう少し詳しく話を聞く為に、設けられた卓へと場所を移した。
 茶菓子を供してくれた芙蓉は、席は空いているのに座ろうとしない。
「芙蓉サンも座ったら」
 小蒔が言っても、芙蓉は頭を下げて明確に拒絶の意思を示した。
ならば、と小蒔は彼女の主であるらしい男に視線を向けるが、
御門の表情は芙蓉よりも冷ややかなものだった。
「人にも物にも為すべき役割というものがあります。芙蓉あれはあれで良いのですよ」
 酷薄に過ぎると感じた小蒔は席を立ち上がりかける。
激発するのはかろうじて抑えたが、瞳には御門に対する怒気がゆらめいていた。
 龍麻も内心は小蒔に通じるものがあったが、
まだ会ったばかりで彼らの関係を深く知っているわけでもない自分達が口を出す筋でもない。
何度見ても芙蓉が人間以外の存在である、とは信じられないものの、
ひとまず彼女への関心を抱くのを止めることにした。
「それで……さっきの忠告をするために俺達を招いてくれたのか?」
「とりあえずはそういうことになるな。俺は面倒くさかったんだがな、
マサキの奴が早く教えに行ってやれってうるせェからよ」
 龍麻の質問に、帽子の角度を直した村雨は軽く肩をすくめた。
「にしても、こういう仕事は御門おまえ役目モンだとばっかり思ってたんだがな」
「おやおや、運試しに力試しの大勝負が楽しめると大喜びで飛び出していったのは
わたしの見間違いでしたか」
 二人のやり取りは相変わらず毒が滲んでいるが、
二人ともが全く意に介していないため、軽妙にすら聞こえる。
この風変わりな賭博師と陰陽師は、案外気が合っているのかもしれなかった。
 村雨の説明に一度は頷いた小蒔は、何か気になるところがあるのか、
小首を傾げていたが、やはり気になったのだろう、御門達に訊ねた。
「でも、どうしてその阿師谷って人達が狙ってるのがひーちゃんだって判ったの?」
「それは……僕の『力』です。
あなた方に危機をお伝えするために、そして、今この東京に迫る危機についてお話するために、
御門にこの場所を用意してもらいました。こんな場所まで呼び出した非礼は重ねてお詫びします。
ですが、どうか僕の話を聞いてはもらえませんか」
 もちろん龍麻達は、そのためにここへ来たのであり、
むしろ龍麻達の方こそ、マサキに話を聞かせてくれるよう頼む立場なのだ。
龍麻がそう答えると、マサキは安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。……それではまず、僕の描いた絵を見ていただけますか。
何故僕があなた方を探し当てることが出来たのか、それで解っていただけると思います」
 そう言ってマサキは傍らに置いた、一枚の絵を差し出した。
 覗きこむ龍麻達の顔に、波紋のように驚愕が広がる。
「これ……ボク達だ……!」
 黒い背景の中央にたたずむ巨大な龍と、その両脇にそびえ立つ二本の塔。
そしてそれに対しているのは、紛れもなく龍麻達自身だった。
背を向けてはいるが、髪の色や体格で一目で解る、写真でも見て描いたかのような正確さだった。
 更にマサキは、それよりも一回り小さい絵を、今度は五枚取り出す。
そこには予想通りというべきか、正面を向いた自分達の顔があった。
村雨おまえが言ってたってのはこれか」
 龍麻が問うと、村雨は口の端を皮肉的シニカルに吊りあげたまま頷いた。
彼は秋月が描いたこの絵を手掛かりにして自分を探し、歌舞伎町で京一を罠にかけたのだ。
ならば直接真神がっこうに来れば良かろうに──とも龍麻は思うが、
彼の性格的にただ遣いをするのは嫌だったのだろう。
 龍麻は村雨から絵に視線を戻す。
あまりにも大雑把な彼のやり方に言いたいことはあったが、今はそれよりもこの、
自分達が描かれた絵について説明を聞く方が大切だった。
「これ……塔か? なんか都庁にも見えるけどよ」
「黄金の龍……以前雛乃さんが話してくれた、黄龍かしら」
 京一と葵が思ったところを口にし、小蒔と醍醐が頷く。
 絵には自分達や塔ははっきりと描かれているが、
それと龍との組み合わせの意味は抽象的だ。
自分達と龍は対峙しているように見えるが、まさか闘うわけではあるまい──
様々な異形と闘ってきた龍麻でさえ、この東京に龍などという、
空想上の生物が現れるとは到底思えなかった。
 マサキは予想に対して正とも否とも答えず話を続けた。
「僕にはこの未来を描く『力』と、それともうひとつ、
家系ゆえ、生まれながらにして星の軌道とそれにまつわる人の『宿星』を
視る『力』があります」
「宿……星……」
 龍麻と京一はその言葉を聞いたことがあった。
以前、醍醐が失踪し、二人が彼の行方を求めて如月に話を聞きにいった時、
如月は醍醐が『白虎』の宿星を持ち、それが故に彷徨していると言った。
その時は醍醐を探すのに必死で、聞いたことなど早々に忘れてしまったが、
まさかこんなところで再び耳にすることになるとは。
二人は思わず顔を見合わせていた。
「人がそれぞれに生まれ持った星の定め。『天命』とも呼べるものです。
僕は、ずっと探していたんですよ。この東京を護る宿命を負ったあなた方を。
そして待っていました。あなた方に未来を伝えるこの時を」
 熱の篭ったマサキの口調に残りの三人もマサキの話を声もなく聞き入っていたが、
ふと京一が、自分達が立ち向かっている龍を示して言った。
「待てよ、んじゃこの龍と俺達が闘うってことか?」
「え、でも、黄龍って大地の力そのものじゃないの?」
 以前雛乃に聞いたことを覚えていた小蒔が疑問を呈する。
「少しは万物のことわりというものをご存知のようですね」
 少しひねくれた物言いで小蒔を褒めた御門に、マサキが車椅子の背もたれに身を預けて言った。
「御門、ここから先は陰陽道、そして風水に関わる話。僕よりもあなたの方が適任でしょう」
「御意」
 御門は癖なのだろう、また開いていた扇子を閉じ、マサキに代わって話を始めた。
「あなた方には理解しがたい話ばかりかと思いますが、それでもお話しなくてはならないでしょう。
この東京の何処かに隠された、『龍命の塔』の話を」
「龍命の塔……?」
 もちろん初めて聞く言葉であり、龍麻達は怪訝そうに顔を見合わせるしかない。
しかし御門は構わず話を続けるため、大切な話を危うく聞き逃してしまうところだった。
「そうです。龍の命、すなわち龍脈の『力』を二つの塔の強力な音叉効果で増幅させ、
強制的にある一点に向けて押し出す水竜器ポンプのようなもの──それが龍命の塔です」
 龍脈──その言葉を、龍麻は覚えていた。
秋の始まりのある日、小蒔の友人である織部雪乃と雛乃、
巫女でもある双子の姉妹から自分達が持つ『力』について話を聞いた時、
その龍脈という大地の力が春から突如として芽生えた『力』の源だと説明された。
信じがたい話だったが、自分達の『力』こそが信じがたいものなのだ。
むしろ『力』の根拠を与えられ、己の為すべき役目を聞かされ、
龍麻達はいくらか気が楽になっていたのだった。
 ここでまたその言葉を聞き、驚きを隠せない龍麻達に向けて、御門の話は続く。
「そして龍脈の『力』が噴出するその一点、『龍穴』を手中に収めた者はまさに永劫の富と栄誉を
手にすることが出来るというのが、風水における一般的な龍脈の解釈なのです」
「永劫の富と栄誉たァ……また大きく出たな」
 京一が呆れたように呟く。
万年貧乏の京一は、数万単位でも既に充分大きな額で、
永劫の富などと言われても全くピンと来ず、失笑するしかないのだった。
程度の大小はあれ普通の高校生である残りの四人も同じ感覚で、
既に半分狐につままれたような表情で話を聞いていた。
「新宿に建てられた新東京都庁舎のデザインが、協議の結果決定したのが昭和六十一年。
ですがその前年、一枚の古い設計図が発見されています。
そこには大正──帝都の時代に当時の軍幹部等が高名な風水師達を集めて
極秘裏に研究、建設させたとされる、『龍命の塔』の綿密な設計法が記されていたのですよ」
「それってまさか、今の都庁はその設計図を元にデザインされたってこと?」
「恐らくは」
 半信半疑の小蒔の口調に、断定は避けながらも御門の答えに揺るぎはなかった。
 一九九一年──平成三年に完成した都庁舎は、様々な批判を浴びつつも東京都政の中枢として、
また東京随一のランドマークとして新宿の名所となっている。
それが風水という、一種のまじないに基づいて建てられたとは、驚きを禁じえない。
自分達の『力』の源である地球の力、龍脈。
他人に話しても容易に信じてはもらえないだろう不思議な能力が、
まるで公認の存在であるかのような気さえしてしまうのだった。
「都庁の施工時には高名な風水師の姿があったとも聞きます。
それに塔は元来、風水学上の分類では木の性質。
木は土中の成分を吸い上げて成長するのがことわりですから、
龍命の塔はまさに、大地を流れるエネルギーという名の水を吸い上げて成長、発展させる
文明の繁栄装置でもあったのです。現在の都庁が風水を踏まえて造られた物であるならば、
この国の更なる繁栄と発展を願って設計された物であるとも言えるでしょう」
 一度御門が話を切ると、長く続いた抽象的、かつ難解な話に、辟易したように京一が頭を振った。
「妙な話になってきやがったな。鬼が片付いたと思ったら今度は龍かよ」
「フッ、混乱されるのも無理はありません。こんな事態にでもならなければ、
皆さんには一生縁のない話でしょうから」
 尊大な、というより最初から突き放しているような御門の口調だったが、
龍麻達は反発する気力も起こらなかった。
 難しい顔をして、珍しく熱心に話を聞いていた小蒔が、ふと訊ねる。
「秋月クン。それじゃ、の龍命の塔ってのはまだどこかにあるの?」
「はい。僕の描いた黄龍の顕現けんげんは、何者かの手により、龍脈の『力』が
解放されることを示しています」
 解放される・・・、とマサキは言った。
それはつまり、彼の予知した未来は、解放を未然に防ぐことはできないということだ。
彼の言葉に含まれた暗示を正確に理解した龍麻は、同じく彼の方を向いた葵と顔を見合わせた。
彼女も意味を汲み取っていたのだ。
世界を支配しようとする敵と、地球の力を巡って闘う。
子供の空想でももう少しまし・・なものが出てきそうだったが、
龍麻達はどうやら、それよりも性質たちの悪い現実に直面させられる羽目になりそうだった。
「誰かが──それを行おうとしている?」
 龍麻の声は自然と低くなる。
返ってきた御門の返事も、同様に低かった。
「間違いないでしょう。そしてその者の目的はおそらく、この東京のどこかに眠る
龍命の塔の起動と、東京というこの街を維持している龍脈の『力』をその手中に収めること」
 そう結論づけた御門を見やった村雨が、龍麻に向けて鋭い眼光を放つ。
洒脱な、本心を決してうかがわせないような言動のこの男が見せた真剣な表情は、
普段との落差が大きいだけに尋常でない凄みがあった。
「絶大な力を一人の人間が掌握する。その危険性はあんたにもわかるだろう」
 それも只の力ではない、地球そのものの力なのだ。
世界の掌握どころか、世界を造りかえることすら可能になるだろう。
村雨の台詞に、龍麻達は緊張も新たに頷いた。
「過ぎた力を得た人間は愚かな夢を見るものです。己の卑小さも忘れてね」
 未だ姿の見えぬ何者かに向けて、容赦のない毒舌を放った御門は、
開いていた扇子を閉じて表情を改めた。
「ですが一人の人間が世界を自在に造りかえるなど、許されるはずもない禁忌。
本来世界の変革は『魔星』の出現と龍脈に選ばれし者、つまり、
時代という名の神に選ばれし者だけが行える所業です」
「時代という名の神……今が、変革の時期だというのか?」
 醍醐の問いに簡単に頷いただけで、話の腰を折られるのを嫌っているかのように御門は話を続ける。
「そうです。魔星が争乱を象徴するけんの方角に出現したのが一九九七年。
一九九八年は暗黒を意味するかんの方角に留まるでしょう。
そして、一九九九年──魔星は、最悪と言えるごんの方角に入ると思われます。
それこそが、時代の変革と龍脈の活性化を意味するのです。天の魔星、その名を『蚩尤旗しゆうき』」
「蚩尤……旗?」
「蚩尤旗は、今だその正体の解明されていない謎の彗星。
陰陽道においては、これを天変を引き起こす魔星と見ます」
「謎の彗星……って、普通の彗星みたいに巡ってくるんじゃないの?」
 彗星と言っても小蒔はハレー彗星くらいしか知らないが、とにかく、
太陽に近づく一定の軌道をとる天体のことだとは知っている。
だから突然出現する、というのはありえない話だった。
 しかし御門は、まばたきすらせず小蒔の疑問を否定した。
「いいえ、そうではありません。
特に蚩尤旗は、その地に生を受けた万物の栄枯盛衰と渦巻く欲望を受け、
その呼び声に応えて出現するという伝承があります。
そして天に蚩尤旗が出現すると共に龍脈の活性化が始まるのです」
 御門の説明によれば、蚩尤旗は望遠鏡やその他の天体観測で発見されることは決してなく、
陰陽道や占星術によってのみ姿を捉えることができるのだという。
故に古来、国家の存亡をも左右する蚩尤旗の出現を見極めるために、
優秀な陰陽術師は高い位をもって国に迎えられた。
やがて科学が呪術に取って代わり、陰陽術師達が表に出てくることはなくなったものの、
彼らは確かに現代にも存在し、培われた呪法を連綿と伝えると共に、
陰から国に仕えて命脈を詠み、時には引き伸ばすべく呪いを施しているのだという話だった。
「そして──度重なる争乱の上に昇華する龍脈の『力』を手にするため、何者かが暗躍を続けているのです」
「俺達はいずれそいつと闘う、それがあんたの描いた未来って訳か」
 醍醐の呟きに、マサキは身を乗り出して力強く頷いた。
「その何者かの陰謀を阻止し、龍脈の暴走を止めること。
緋勇さん、これはあなた方龍脈の『力』を受けた者にしか出来ないことなのです」
 御門達は、以前龍麻が雛乃達から聞いた話を当然のように知っていた。
 龍脈の『力』──この春に突然宿り、東京各所で起こった怪事件の原因ともなっている『力』。
その中には龍麻達の生命を危うくするほどの『力』もあった。
 龍麻達はこの『力』を、決して望んで得たわけではない。
だが暗躍する何者かが東京を混乱に導こうとし、
それに抗し得るのが『力』を持った者だけだとしたら、
その『力』を得たのが宿命なのだとしたら、自分達は宿命それに従う──
それが、龍麻達の出した結論だった。
「でもどうして……ボク達なんだろ」
 明らかに自分達よりも強大な力を持っていそうな御門達ではなく、
何故一介の高校生に過ぎなかった自分達なのだろうか。
嫌になったのではない。
あまりに大きなものと闘うことになりそうな自分達の宿命とやらに、小蒔はふと疑問を抱いたのだ。
 考えるよりも前にこぼれ出てしまった疑問は、
答えなどないはずであったが、意外にもマサキが口を開いた。
「先ほども言いましたが、僕にはその人の背負う『天命』──宿命というものがえます。
……緋勇さん、あなたの中に流れるその血脈の真に意味するところも」
「俺の?」
 突然名指しされて、龍麻は戸惑った。
それに血脈とはどういう意味だろうか。
氣を操る術とそれを用いた古武術を教えてくれた、
師匠に当たる人物もそれに近いことを言っていた気がする。
その時は頭の良い人間もいれば足の速い人間もいる、
中にはこういった技に長ける人間だっているものだという説明に納得してしまっていたが、
もっと深い意味があったというのだろうか。
「はい。ですが、それを語るのに僕は相応しくない。
時は迫っている……あの方もそれはご存知のはず。
白蛾翁……龍山老師の元へ行かれると良いでしょう」
 マサキから意外な人物の名が出て驚く龍麻だったが、より驚いたのは龍山の弟子である醍醐だった。
「龍山先生!? あんた、先生を知っているのか」
「今から十数年前、あの方は今のあなた方と同じ立場にいたのですよ。
僕から申し上げられるのはそれだけです」
「龍山先生が……俺達と同じ……」
 同じ……つまり、龍山も誰かと共に、何かと闘ったというのか。
彼はそういえば、初めて庵を訪れた時「いずれ話したいことがある」と言っていた。
おろそかにしていたわけではないのだが、その時に教えてくれなかったことと、
その後も激動の日々だったためについ彼の庵を訪ねるのを忘れていたのだ。
「どうするよ、龍麻。
阿師谷とかいうのをブチのめすか、ジジイに話を聞きに行くか、どっちを先にする」
 意外なところで繋がっていくえにしに、まだ呆然としている龍麻に、京一が訊ねた。
いつもと同じ、全く変わるところのない声は龍麻を安心させる。
東京このまちを護るという宿命も、自分にまつわる秘密も、仲間達と共にあれば怖くはない。
 京一に勇気づけられた龍麻は、改めて彼の提案を吟味した。
行く道は二つ──どちらも避けて通れるものではない。
この時龍麻は、マサキの言った、自分の中に流れる血脈の意味とやらを
知りたいという欲求を抑えきれないでいた。
ただ、自分一人の欲求を優先してしまって良いのか、
という思いから口篭もっていると、御門が口添えしてくれる。
「先ほども申しましたが、あの程度の小物、放っておいても大過ないでしょう。
わたしとしては龍山老師に会われることをお勧めしますが」
「そうだな、そっちを先にしようと思う」
 意思を告げると、京一が、醍醐が、小蒔が、そして葵が頷いてくれる。
彼らが共にいてくれる限り、どんな困難も乗り越えられると確信出来る龍麻だった。



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