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目が覚めてしまった二人は、いくらか話し合った末、
結局多少遠回りをしただけで龍麻の家に向かうことにした。
運動をして喉が乾いたし、気温は快適な上限をわずかに超え、暑さを感じ始めたからだ。
家に戻って早速鞄を放り投げる龍麻に、小蒔が訊ねる。
「麦茶ある?」
「ある」
麦茶と言ってもペットボトルのではなく、水出しのパックのやつだ。
麦茶の味などどれでも大差ないと龍麻は思うのだが、小蒔は妙なこだわりをもっているらしく、
常に作り置いておくことを要求してきた。
面倒くさいからペットボトルでいいじゃねぇか、とぼやいてみせると、
味が全然違うだのペットボトルはゴミがかさばるからダメだの散々に言われ、
仕方なく龍麻は小蒔専用に瓶を一本買ってまで用意するのだった。
「あー、麦茶が美味しい季節だよね。ひーちゃんもいる?」
コップの麦茶を豪快に一気飲みした小蒔は、龍麻にも注いでやろうと訊ね、何気なく彼のほうを向いた。
すると部屋の主は、今まさにズボンを脱いでいるところだった。
手にしたコップを投げそうになってすんでのところで止めた小蒔は、
代わりに冷蔵庫の扉にメモを貼るのに使っていたマグネットを投げる。
「いてっ、何すんだよ」
「それはこっちのセリフだろ、女の子の前でパンツ見せんなッ!」
「しょうがねぇだろ、部屋狭いんだから」
「とにかくダメ」
いくらなんでもそれは理不尽な命令だったが、それに小蒔が気付いたのは、
みるみる悪くなっていく龍麻の機嫌が部屋の奥から漂ってきてからだった。
むすっとした龍麻は乱暴にズボンを履き、わざとらしく音を立てて座ると黙って雑誌を読み始める。
「ひーちゃん」
もちろん返事はなく、見向きもしない。
言い過ぎたことを反省した小蒔は、
どうすれば龍麻の機嫌を直すことができるか急いで考え、実行に移した。
「……」
小蒔が隣に座る。
顔を覗きこもうとする彼女から白々しく顔をそむけ、龍麻は紙面を読み流していた。
もう怒ってはいない。
もともとそれほど怒るようなことでもなく、
何かのきっかけがあれば普段通りになれる、というより、きっかけを待っている状態だったのだ。
ただ、毎回毎回こちらが譲っては示しがつかない。
どこかで少し釘を刺しておこう、とも思い、小蒔の再三の呼びかけにも龍麻は応じなかった。
「ひーちゃん」
少しずつ小さくなる声に、そろそろ頃合いか、と龍麻は次に呼ばれたら返事をしよう、と決める。
しかし、肩の辺りに感じていた気配は、なぜか遠ざかってしまった。
振り向くべきか──つまらない意地に邪魔されてその簡単な動作を出来ないでいると、
それまでとはトーンの変わった呟きが聞こえてくる。
「ごめんね」
低く、自信を失った、普段の彼女からは想像もできない声。
やり過ぎた──
心臓まで青ざめさせ、龍麻は振り向く。
そこには膝を抱えてうずくまる、とても小さな小蒔がいた。
「おい、小蒔」
彼女が突如として触れたら割れるガラス細工になってしまったかのように思われて、龍麻はうろたえる。
立場が一瞬で逆転していることなど気にも留めず、殻に篭った小蒔を救い出そうと必死になった。
「ごめんね、ボク……いつも調子に乗っちゃって」
「もういいって」
「うん……でも、いいかげん嫌だよね、ボクのこと」
「嫌じゃねぇって」
「全然女の子らしくないしさ」
「だからそんなの関係ないって何回も言ってんだろ」
「胸だって小さいし」
「胸でお前を好きになったんじゃねぇよ」
「ホント? ……ボクのこと、好き?」
ここに至ってようやく、龍麻は自分が誘導されていることに気付いた。
一度冷静になって小蒔を見てみれば、肩の辺りがわずかに震えている。
乗り出していた身を戻し、龍麻は大きく咳払いをした。
「……お前、笑ってんだろ」
「バレちゃった?」
顔を上げ、悪びれずそう言った小蒔は、我慢できずに笑い出した。
今度は本気でむっとした龍麻も、あまりに小蒔が笑うので、仕方なく苦笑いした。
「いやー、惜しかった。あとちょっとで言いそうだったのにね」
「そう簡単に言ってたまるか」
「なんで嫌がるかな、言ったって減るもんじゃなし」
「ありがたみが減るだろ。大体俺は怒ってたんだぞ」
「だから、それは謝るって。もういいでしょ」
しつこいなぁ、とばかりに手を振った小蒔が素早く顔を寄せる。
「んじゃ、お詫びのしるし」
軽く触れた唇の感触を追いかけそうになって、龍麻は慌てて我に返った。
「……って、お前がしたいだけじゃねぇか」
「あ、そういうコト言うんだ。じゃもうしてあげないよ」
眼球をかっきり一往復させた後で、龍麻は男らしくこう言った。
「……俺が悪かった」
「よろしい」

どれくらい時間が経っただろうかと時計を見ようとすると、小蒔に邪魔され、
そして気が散ったので最初からやりなおし、とまたキスをされる。
結局満足した小蒔が顔を離したのは、長針が何目盛りか動いてからだった。
ようやく解放された龍麻は、まず腰を叩いた。
「痛てて」
「なに、腰にきたの? まだ若いのに」
「しょうがねぇだろ、この姿勢キツいんだぞ」
あぐらを掻いたまま小蒔を支えているので、背筋は自ずと伸びる。
まるで座禅でも組んでいるような姿勢で長い時間過ごしたのだから、痛くなるのも無理はなかった。
しかし小蒔はそんな事情などお構いなしらしく、小難しげに腕を組む。
「もしかしてキスしてる間も痛いとか思ってた?」
「いや、それはない」
うっかり答えてしまってから、龍麻はまた引っかけられたと知った。
満面の笑みを浮かべる小蒔にむくれてみせるが、効果のほどは自分でも心もとなかった。
予想は正しかったというべきか、笑いを収めた小蒔は、全く別の話題を振ってくる。
「よしわかった、マッサージしてあげる」
「出来んのか」
「うん、よくお父さんにしてあげるんだ。んじゃ寝っ転がってよ」
言われた通りに寝ると、小蒔が跨ってくる。
逆向きならいいのに、と考えかけた龍麻は、
余計なところが大変なことになりかけて、慌ててそれを頭から追い払った。
小蒔はもちろん龍麻が考えたようなことをするつもりはないらしく、素直に腰を揉んでくる。
「どう?」
「あー……楽だ……」
お世辞ではなく、心の底から龍麻は言った。
スポーツをしていない龍麻はマッサージをされるのが実は初めてだったのだが、
程よい強さの指圧はまさに極楽といった感じだった。
しかし、そんな心の底からの感謝にも小蒔は笑う。
「なんかさ、言い方までお父さんみたい」
「うるさいな」
反射的な口答えは、口に押し当てた腕のところで止まったので、新たな小火ぼやの種にはならなかった。
しばらく無言で腰を揉んでいた小蒔が、不意にぽつりと言う。
「やっぱりさ、背が高いといいよね」
「……なんか、俺は背だけしかいいところがないみたいだな」
またいさかいの元になってしまわないよう、龍麻は思いきり冗談めかして言ったのだが、
何か感じるところがあったのか、小蒔は無言になってしまった。
「おい」
「終わったよ」
つっけんどんな言い方にも聞こえ、龍麻は一抹の不安を抱えながら起きあがる。
すると小蒔は、座った龍麻の前に座り、背中を倒してきた。
「やっぱり大きいといいよ。だってこうやってもたれられるもんね」
斜め下から見上げた小蒔の瞳には、悪戯っぽい輝きが浮かんでいた。
薄い茶色がはっきりと見える距離でこの目と、
良く動くくせに突然止まって、何かを期待するかのように薄く開かれた、
血色のよい桃色の唇を見ていると、龍麻はいつも誘いこまれる。
しかし、そこで誘いに乗ってがっついてしまうと小蒔にこっぴどく怒られるので、
龍麻は自制心を発揮して、どちらが魚でどちらが釣り師だかわからない勝負を始めた。
「俺は座椅子じゃないぞ」
「えー、いいじゃん。ボク専用座椅子」
小蒔も心得たもので、龍麻が引っかからないと知るとすぐに次の手を打ってくる。
少し身体をずらし、より龍麻によりかかって、今度は真下から見上げてきた。
見下ろすと、これもきっと罠なのだろう、
身体をずらしたことで捲れたスカートから健康的な太腿が目に入ってしまうので、
龍麻は不自然に正面を向き続けた。
座椅子というより、浮き輪の中にお尻を入れているような体勢の小蒔は、
今日はかなり我慢強い龍麻に含み笑いを隠せない。
ちょっとは成長したみたいだけど。
身体を強張らせ、大仏のように前を向いている龍麻を見るのは、それはそれで楽しかったが、
もう少し楽しいことをしたくなったので、小蒔は無防備な龍麻の首に手を伸ばした。
首にぶら下がる格好で、掌に体重をかける。
意図に気付いた龍麻も反対方向に踏ん張ろうとしたが、一瞬遅く引っ張られてしまう。
必死に見るのをこらえていた、もともと短いスカートがほとんどぎりぎりまでめくれているために
露になっている健康的な太腿を、龍麻は思いきり凝視してしまった。
大部分は毎日見ているのに、ほんの数センチ見える部分が広がっただけで、
どうしてこうも興奮してしまうのか──情けなく思いながらも、もう目は離せなかった。
「お、ドキドキしてるね」
「してねぇよ」
見透かした小蒔の声に、龍麻は精一杯強がってみせる。
しかし、力較べに負けた時点で勝負はもうついていたのだ。
「ウソばっかり」
「服の上から判るわけねぇだろ」
余裕の表情で指摘した小蒔は、
龍麻が声を荒げてもむしろおかしそうに喉で笑うと、くるりと身体を翻した。
「それもそうだね。んじゃ」
シャツの裾を引っ張り出し、そこから手を忍ばせる。
穴に逃げ込むねずみよりも早い動きに、龍麻は止める暇もなかった。
胸の、小蒔に見つけられてしまった弱い部分に熱が篭る。
その内側にある器官は、言われるまでもなく大変張り切って仕事をしている最中だった。
「ほら、やっぱり」
勝ち誇った小蒔は鼓動を確かめるだけでは済ませず、やわやわと余計な刺激を始める。
じんわりと妙なくすぐったさが左胸に広がって、龍麻は手首を掴んだ。
「止めろって」
嫌なのではない。
こうして機先を制されると、あとあと尾を引くのだ。
なんとか、せめて早いうちに同点にはしておきたいところだった。
「何を」
しかし小蒔はどこ吹く風で愛撫を止めず、首筋に息を吹きかけてきたりする。
強がっていても根が単純な龍麻など、手玉に取るのは彼女にとって簡単なことだった。
乳首に爪を当て、軽く引っ掻く。
本人は知らないふりをしているが、身体が一瞬強張るのを小蒔は見逃さない。
少しずつ、少しずつ──
我慢する龍麻の顔を観察しながら身を乗り出していく。
龍麻の背が、それ以上はもう限界というところまで仰け反ったと見ると、小蒔は一気に体重をかけた。
「うわっ」
もたれるのではなく、押し倒した小蒔は、
降参したように両手を挙げている龍麻に、満面の笑みを浮かべてくちづけた。
短く、長く、二度。
倒したせいで乱れた龍麻の前髪を直し、まだ硬く引き結ばれたままの唇にもう一度触れる。
そのまま頬を擦りつけると、諦めたように龍麻が喋った。
「お前は……もうちょっと普通にできないのかよ」
「ま、いいじゃない」
変な所で常識人ぶろうとする龍麻だったが、その手はしっかり尻に伸びている。
さりげなさを装っているつもりなのか、まだ撫でるというより置いているだけでもその意図は明らかで、
小蒔は軽くお尻を跳ねさせてまだ早いとたしなめた。
「なんだよ」
不満気な龍麻に含み笑いを漏らし、顎の裏に息を吹きかける。
「な、何やってんだお前……くすぐったいだろ」
「ひーちゃん弱いところ多いよね」
「馬鹿、こんなとこ誰でも弱いに決まってんだろ」
「そうかな、聞いたことないよ」
反論を一蹴し、また弱く、今度は唇をすぼめて一点に集中して息をかけると、
いきなり身体がふわりと持ち上がった。
「……」
びっくりして顔を上げると、口元を拗ねさせた龍麻がそこにはいた。
色々なものが混ざったその表情が、小蒔はたまらなく好きだった。
「なんかさ、空飛ぶじゅうたんみたいだったね、今の」
「うるさいな」
「座椅子に、じゅうたん。もうひーちゃんごとボク専用だね」
恥ずかしさに耐えられなくなった龍麻に、小蒔は言い終える途中で黙らされてしまった。
あと、ボク専用の、キス。
息が詰まるような強いキスに、小蒔は自分からしがみついていった。



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