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「お前、モテんのかよ」
「は?」
「学校でモテんのかよって聞いてんだよ」
「い、いや、別にモテるってことは」
嘘ではない。
たぶん、自意識過剰ではなく、人気はあるとは思うのだが、
学校では四六時中小蒔と葵と一緒にいるために、
彼女達以外に親しい女友達というのは実はほとんどいなかった。
それに三年で転校してきたので部活なども入っていないから、
後輩にも知り合いがほとんどいない。
よくよく考えてみれば、そういった告白めいたものは一度もされたことがないことに気付いて、
龍麻の気分は一気に沈んだ。
酒がその原因の大部分ではあるだろうが、天板に顎を乗せてどんよりと曇る。
すると雪乃が同じように顎を乗せて、そろそろ床屋に行かなければと思っている長めの前髪を掴んだ。
ぐい、と持ち上げられて、二人はしばらく見つめあう。
「なんだよ」
「もうちょっとモテたかったよ」
やはりアルコールが開いた心の扉から、龍麻が正直な心境を吐き出すと、雪乃に額を弾かれた。
「バーカ、お前がモテるわけねぇだろ」
「やっぱそうか……」
どうやら龍麻は陽気になるのではなくて、気分が乱高下する性質らしく、
一度沈み始めると際限なく落ちていく。
このまま地獄の底まで行ってしまうのでは、というくらいの落ちっぷりに、
蜘蛛の糸を垂らしたのは雛乃だった。
「そんなことはございません!」
やおら立ち上がって、あっけにとられる龍麻と、まだ髪を掴んでいる雪乃に力説するが、
急に動いたので立ちくらみを起こしたのか、ふらふらと倒れてしまう。
とっさに龍麻が支えてやると、雛乃は、しな(を作ってそのままよりかかってきた。
「うふふふふ、そんなことはございませんよ……龍麻様は、ございませんよ」
そう言って肢体を寄せる雛乃に艶を感じるのは良いのだが、
変な笑い声と妙な日本語が龍麻には少し気になる。
雛乃はこんな声出さないよなぁ、と思っていると、細い指先が身体をまさぐり始めた。
「雛……乃……?」
「うふふふ」
どうやら雛乃は発情したのではなく、猫が毛玉を転がすように、単に人肌を求めているだけのようだ。
しかしする方はそうであっても、される方はそう単純に割り切れるものではなく、
いつもよりも力の抜けた指先がもたらす微妙な感覚は、
酒のせいかすぐに心地良くなってきた。
いっそこのままなだれこんでしまおうか、今更遠慮する関係でもなし、
と思いつつ、酔った勢いというのはやはり卑怯だ、とも考えてしまう、
酔いのせいで思考が同じ所をぐるぐる回っていることには気付かず、
いよいよしがみついてくる雛乃を、龍麻はとりあえず支えてやっていると、首筋に甘い温もりが伝わってきた。
どんどん忍耐力を削り取ってくる雛乃に、さすがにまずいと引き離そうとすると、
彼女の唇が吸いついている場所に、急に痛みが走った。
「いッ、痛……雛乃、噛むなって」
驚く龍麻を尻目に、雛乃はセーターの肩口をずり下ろして何度も噛んでくる。
小さく鼻を鳴らしながら歯を立てる雛乃に、痛みも甘さを伴ったものに変わり、
これはこれで……などと龍麻が劣情に流されかけていると、
にわかに立ち上がった雪乃が隣に座り、首根っこを掴んで自分の方に引き寄せた。
それ自体は構わないのだが、何しろ力が強く、龍麻は筋を違えそうになってしまう。
ぬいぐるみか何かのように龍麻を抱いた雪乃は、二度しゃっくりをすると、
普段は半身と公言することもある妹に対して激しく所有権を主張した。
「そうだ噛むなッ! こいつはオレんだぞ」
それに対して雛乃は、いつもならこうした姉の癇癪(にも一歩下がって応じるのだが、
今日はとげとげしく刃向かってきた。
真っ黒な瞳を顔の真ん中に寄せ、軽く唇を尖らせて姉に詰め寄る。
「いつ、誰が決めたのですか」
「オレが今決めた」
勝手過ぎる理屈に、雛乃は答えなかった。
無言で姉を睨みつけていたかと思うと、普段の彼女からは想像もつかない速さで顔を寄せる。
「龍麻様」
返事をするよりも先に、龍麻は顔中に熱気とほのかな酒の匂い、そして熱い唇を感じていた。
「……!」
積極的に潜りこんでくる舌。
強く、身体全体を押し付けてくる雛乃に、龍麻は抗うすべなく翻弄される。
心がふやけてしまうようなくちづけは、雛乃が満足し、
龍麻が完全に骨抜きになってしまうまで続けられた。
殊更に糸を見せつけて、妹は姉を挑発してみせる。
それを屹(と睨み返した雪乃は、まだ余韻のただなかにいる龍麻の両頬を挟みこむと、
歯がぶつかるほどの勢いで唇をぶつけた。
「う……ん」
立て続けに二人の女性にキスをされるという、大抵の男は望んで得られない境遇にいる龍麻だったが、
必ずしも幸福というだけではなかった。
雪乃のキスも雛乃に劣らず気持ち良いのだが、二人続けてでもあり、
また雪乃が凄い勢いで吸うので、呼吸が出来ないのだ。
それでも龍麻はよく我慢していたが、遂に息が続かなくなって、たまらず止めさせた。
キスで息もたえだえになるというのは、女の子がそうなるのは見ていて幸せでも、
自分がなると単に苦しいだけでしかない。
おまけに酒の匂いで意識が朦朧としているところを、雪乃が胸倉を掴んで揺さぶってきたので、
龍麻は目が回って仕方がなかった。
「長かった」
「へ?」
「オレの時より一秒長かった」
「数えてたのかよ」
「な・が・か・っ・た・ッ!!」
「わ、わかった、悪かったよ」
龍麻が謝ると、雪乃は目を閉じる。
何をして欲しいのかは判るので、龍麻はもう一度唇を重ねた。
今度は意識して、かなり長い時間舌を絡める。
それでも口を離すときは恐る恐るだったが、雪乃はご満悦な表情で頬を寄せてきた。
「へへッ、なぁ龍麻」
「なんだよ」
「オレさ、お前のこと好きだぜ」
「そ、そうか……」
「そうなんだよ。だからお前はこれ以上モテなくたっていいんだよ」
面と向かって告白されたのは初めてで、龍麻は酷く恥じらってしまった。
なにしろ雪乃とはなし崩し、という言葉の見本のように関係を持ってしまったのだ。
もっともそうでなかったとしても、
恐ろしく照れ屋の雪乃が素面で愛を囁いてくれるとも思えず、泥酔万歳、な龍麻だった。
すると。
都合二回もキスを見せられた雛乃が、これも普段の彼女からは想像もつかない、
感情を露にした様子で姉に詰め寄った。
「姉様」
「なんだよ」
「龍麻様とは、わたくしが先に知り合ったのです。姉様といえど、勝手なことは許せません」
「そんなの関係ねぇだろ。オレはこいつを気に入ったんだからよ」
「姉様はいつも、そうやって……!」
多分二度とは見られない姉妹喧嘩だったが、あまりにも目の前で繰り広げられているので心臓に悪い。
と言って逃げ出すことも出来ず、二人の、文字通り間で事の推移を見守るしかない龍麻だったのだが、
展開は予想を遥かに超える方に進んでいった。
「雛ぁ」
「……」
雪乃が呼びかけても、雛乃は答えない。
いよいよ落雷の気配を感じて龍麻が固唾を飲んでいると、雪乃はなんと、
手を出したのではなく、妹の唇を奪った。
「……!!」
剣呑な空気が、爛(れたものに変わる。
雪乃と雛乃が、髪型などが違うとはいっても紛れもない双子が熱い口付けを交わしているというのは、
桃源郷に行ったとしても見られないであろう、極上の光景だった。
しかも息遣いや舌の動きまで垣間見える特等席での鑑賞とくれば、
龍麻の興奮は否が応にも高まるしかない。
始めは驚いていただけの雛乃も、次第に力を抜き、姉に応じるように舌を絡めだした。
龍麻は雪乃の膝に頭を乗せ、真下からキスを見上げる。
俺も混ぜて欲しいなぁ、と思考に直結した欲望を抱きつつ。
「ね……ぇさま……」
「オレはなぁ、雛のことも好きだぞ」
キスを終え、雪乃は満足げに息を吐いた。
笑う姉と対照的に、雛乃は涙ぐんで頭を下げる。
「姉様……ごめんなさい、わたくしは」
「いいってことよ。な、龍麻」
「お、おう」
何が、な、なのか判らないまま、とにかく龍麻が頷くと、雛乃はまた目許を拭った。
「姉様……わたくしも、お慕い申し上げております」
顔をすりよせて情愛を露にする雛乃の、艶やかな髪を撫でてやっていた雪乃は、突然大きく頷いた。
「よし決めた」
「ね……姉様?」
姉と仲直りできたのも束の間、雛乃に新たな試練が訪れる。
雪乃は、喧嘩する原因となった龍麻そっちのけで、妹の身体をくるりと半回転させたのだ。
「今日はオレがお前にしてやるよ」
言うが早いかお揃いのセーターをたくし上げ、お揃いではないブラジャーを露出させた。
慎ましやかなピンク色の下着と、同じく淡く桃に染まった肌。
龍麻は放り出されたのも忘れて、恥じらう雛乃を見つめた。
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