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「んじゃぼちぼち帰るか」
一通り出店も見て、やや疲れもしてきた頃、京一が呟く。
すると、やけに威勢の良い曲が祭囃子に被さるように聞こえてきた。
「なんだこりゃ……妙に聞き馴染む曲だな、初めて聞くのは間違いねェのによ」
少しずつ大きくなっている曲は、京一の言う通り、何か興奮を誘われるものだった。
そう感じていたのが自分だけではないと知った龍麻は、京一と、
やはり同じらしい醍醐と苦笑しあう。
そこに、耳を澄ませていた小蒔が、何か思い出したようで振り向いた。
「これ……もしかしたらアレじゃないかな、
弟が言ってた、なんとかレンジャーとかいうヒーローショーの曲」
「縁日でヒーローショーかよ、でも案外いいアイディアかも知れねェな」
広い敷地があり、子供も集まる。
確かに何故今までなかったのだろう、と言う気がするほどぴったりに思える組み合わせだ。
「ね、ひーちゃん、ちょっとだけ覗いてみない?」
この歳でヒーローショーもないだろう、と一度は考えたが、
小蒔は弟がいるからか抵抗はないらしく、積極的に勧めてくる。
面白くはないだろう、と思いつつ葵といられる時間が少しでも増えるのは嬉しかったから、
結局小蒔に賛成した龍麻だった。
「んじゃ早く行こうよ、いいシーン終わっちゃうよ」
「なんだよ、自分が行きたかったんじゃねェか」
早足でステージに向かう小蒔に、京一が肩をすくめてみせる。
笑って応えながら、龍麻は皆を促して後をついていった。
「子供がいっぱいで良く見えないよ」
背伸びしながら小蒔がぼやく。
龍麻が思っていたよりもショーは人気があるようで、
着いた頃には人垣でステージが見えないほどだった。
と言って子供を掻き分けて見るのも大人げなく、どうしたものかと思っていると、
京一が目ざとく隅の方に空いているスペースを見つけた。
「ちっと端の方だけどよ、良く見えるだろ」
どうにか場所を確保した龍麻がステージに目を凝らすと、
ちょうど見せ場らしく派手なスーツを着ている三人──こちらがヒーローだろう──と、
黒いタイツのようなものに身を包んだ敵とが所狭しと動き回っていた。
いや、実際に狭いのか、三人はジャンプも交えて縦横無尽に闘っている。
敵はどうやら彼らほどは機敏に動けていないが、
これは彼らの運動神経が鈍いのではなく、三人が常人離れした身体能力を持っているようだった。
それも特に桃色の衣装を着た女性が抜きん出て高く、体重が無いかのように軽やかに宙を舞っている。
次いで黒い衣装の男が、こちらは素早さに秀でているようで、
最後に赤い衣装の男は素早さこそはっきりと他の二人に劣っているものの、
彼の持ち味は膂力らしく、京一と同じくらいの身長に見える彼は何人かの敵に押し潰され、
そこから気合いと共に吹き飛ばすというアクションを演じていた。
こうしてみるとそれぞれに特色を持たせるという基本(?)は踏襲しているようで、
次第に龍麻も握りこぶしを作ってしまう。
ただ、衣装はそこそこ出来が良いようで、あまり安っぽさはないが、
三人の持っている武器が、どうも珍妙だった。
「何アレ……赤い人バット持ってるよ」
「黒いのはサッカーボールだな」
「女の人が持っているのは新体操のリボンかしら」
小蒔達も気づいたらしく、口々に失笑混じりに言っている。
もちろん銃だのビームが出る剣だのは無理にしても、小道具にも拘った方が良いのではないか。
偉そうにそう考えた龍麻だが、彼らはいたって真面目に演じているようだった。
いよいよ最後の見せ場に差し掛かったのか、三人と敵は一旦距離を置いて対峙している。
観客の子供達も文字通り固唾を呑んで見守っており、熱気にそぐわない沈黙がしばし流れた。
だがそれも、赤い男のあらん限りの絶叫にかき消される。
「この世に悪がある限り!」
ポーズを取ってから叫ぶため、なんとなく間延びした感があるが、
余程練習しているのかポーズは完璧で、龍麻はわずかながら格好良い、と思ってしまった。
言い終えた赤に続き、黒と桃が唱和する。
もちろんポーズを決めてから。
「正義の祈りが我を呼ぶッ!!」
「練馬と、そして新宿の平和を護るためッ!!」
「練馬だァ? 随分小っちェな」
京一の皮肉交じりの呟きも、ステージには届かない。
長い口上とそれぞれのポーズを決めた三人は、勢いも良く跳びあがった。
「コスモレンジャー、今、必殺の──!!」
「おい、光ったぜ。なんか知らねェが凝ってるな」
また京一が呟いたが、龍麻は今度は同調しなかった。
彼らの光は、まるで彼ら自身から放たれているようにしか見えなかったからだ。
そんなことが出来るのは、『力』でもなければ──
疑念を抱く龍麻の視界を、とりどりの色彩が染め上げた。
「ビッグバン・アターック!!」
歓声と拍手を持って迎えられたヒーローショーも終わり、観客もほとんどが引き払っている。
人ごみを避けてまだ隅にいた龍麻達は、いささか子供っぽく感想を語り合っていた。
「なんだかんだ言って結構面白かったよね」
「まァお決まりのパターンだったけどな」
京一は素直には褒めないが、いつものことなので誰も気にしない。
むしろ露骨に悪態をつかないのが、彼にしては相当気に入っているという証であった。
頷いた醍醐が、別の観点から口を開く。
「あの三人……俺達と同年代のような感じだが、身体能力は相当のものだったな」
「それに……あの光……私達のと似ているような気がするの」
やはり醍醐と葵も気づいていたのだ。
龍麻が同意すると、小蒔は半信半疑と言った風に応じた。
「う〜ん、それならさ、片付けも終わったみたいだし、ちょっと会いに行ってみない?」
どうやら舞台設営も役者も全て高校生らしく、そこかしこで同年代の人間が走り回っている。
彼らの邪魔にならないようにしながら、龍麻達は三人の主役を捜して舞台裏を歩いた。
「あの三人はっ……と、いたいた」
敵の戦闘員に混じって目立つ三色の衣装を着た人影を見つけた小蒔は、
人懐っこく彼らのところに近づいていく。
さすがにヒーローと言うべきか、汗びっしょりの身体を拭いていた赤い衣装の男は、
疲れているだろうに嫌がりもせずに笑顔を向けた。
「なんだい、アンタたち。俺ッチたちに何か用かい」
「ああ、すまんが少し話を聞かせてもらえないか」
「話? サインじゃないのかい」
落胆したような男の声に、醍醐はやや反応に戸惑った。
「あ、ああ……すまんな、違うんだ」
アドリブが効かない巨漢は咄嗟に次の言葉を見失ってしまったので、代わりに葵が訊ねた。
「あの、三人はコスモレンジャーの方ですよね」
「ああ、そうさ」
今度答えたのは黒い衣装の男で、赤の男に較べて多少は話が通じやすいように思われた。
が。
「それでどんな用なんだい? 残念ながらファンクラブはまだ無いんだが」
「え? その……」
臨機応変ぶりでは醍醐の数倍は勝る葵が、醍醐と同じ反応しか出来ない。
すると赤の男が黒を押しのけて前に出てくる。
「俺ッチもまだファンクラブはないけど、アンタなら会員番号一番にしてやるよッ」
「お前の家には鏡が無いのか? このスポーツ刈りが」
「なんだとこのスカシ野郎」
「言ったな、この体力馬鹿がッ!」
実にしょうもない理由で仲間割れを始めたヒーロー達に、
来なければ良かった、と思ったのは龍麻一人ではなかった。
言い出した小蒔も失敗を認め、こうなったら一秒でも早くこの奇人達の前から撤収するべきだ、
と考え、とっておきの作り笑いを浮かべようとする。
そこに、やや甲高く、鋭い声が龍麻達以外に向けて放たれた。
「もう、二人とも止めなさいッ!」
「う……」
「ピンク……」
「まったく、どうしてアンタたちはそうケンカばっかりなのッ!!」
少し離れた場所にいた、桃色の衣装を着ていた女性に厳しく叱責され、
二人の男はたちまちおとなしくなった。
ようやくまともな相手が現れてくれた、と龍麻達は安堵する。
その彼らに向かって、女性はブーツの片方を脱ぎながら言った。
「それで何? サインならすぐ書くけど」
「……いや、そうじゃなくてだな……あんた達は、一体何者なんだ」
このままではらちが開かない──開ける必要があるのか、今では疑問だが──ので、
醍醐が思いきり単刀直入に問う。
「……」
訊ねられた三人は顔を見合わせた。
これはようやく期待出来る答えが返ってくるのか、と龍麻達は返事を待つ。
その彼らの前で、三人は突如一直線に整列した。
見事な姿勢だが、三人とも中途半端に着替えているので締まらないこと甚だしい。
女性などはブーツを片足だけ履いているので、気づいた京一は笑いそうになり、
龍麻と小蒔に思いきり足を踏まれる羽目になってしまった。
しかし三人は龍麻達など目に入っていないようで、大見得を切り始める。
「良くぞ聞いてくれたわねッ!」
「俺ッチは練馬大宇宙(高校三年、紅井( 猛(ッ!
またの名を勇気と正義の使者──コスモレッドだッ!!」
「同じく大宇宙高校三年、黒崎( 隼人(だ。
そして俺こそが友情と正義の使者、コスモブラック」
「同じく大宇宙高校三年、本郷( 桃香(よッ。
愛と正義の使者、コスモピンクとはわたしのことよ」
「そして、俺ッチたちは──三つの心、正義のために!!
大宇宙戦隊、コスモレンジャー!!」
三人の声量はステージの時と変わらないくらいあり、間近で聞かされた龍麻達は赤面する思いだったが、
周りの学生達は慣れているのか、自分達の手を止めはしない。
まだ決めポーズをとったままの三人に、龍麻達もしばらく動けなかったが、
やがて重々しく京一が口を開いた。
「予想通り長い自己紹介だったな。俺達が敵だったらとっくにやられてるぜ」
「何言ってんだッ、正義の味方は正々堂々名乗りを上げると昔から決まってるのを知らないのかよッ」
京一と紅井の、なんとなく論点がずれている気がする言い争いは長くは続かなかった。
「それよりもアンタ達こそ何者だ? まさかアンタ」
黒崎が眼鏡を押し上げて質(したのは、龍麻に向かってだ。
シャープな顔立ちに相応しい鋭い眼光に、龍麻も自ずと背筋を伸ばした。
「入隊希望者……か?」
「……」
「ひーちゃん?」
小蒔がわき腹を肘で突ついても、龍麻は微動だにしない。
そんな龍麻を、品定めするような目つきで見ていた黒崎は、やがて大きく頷いた。
「アンタなら体格もいいし、少し鍛えればすぐにコスモの一員として使えそうだな」
「そうか、ついに新メンバー加入か……はるばる新宿まで来た甲斐があったぜ」
勝手に新メンバーにされてしまっても、龍麻はまだ固まったままだ。
醍醐、葵に続き、龍麻までもがやられてしまったので、今度は小蒔が闘いを挑んだ。
「ああもう、話が進まないよ……ボク達は真神学園の三年生なんだけど」
「真神……魔人学園……か」
四人目にしてようやく会話になりそうな予感が漂う。
この機会を逃がせば地球は悪の手に落ちてしまうと思い、小蒔はすかさず食らいついた。
「知ってるの」
「ウワサとは随分違うようだがな」
「ウワサ?」
「魔人学園は学校の皮を被った悪の秘密結社……って大宇宙(じゃ有名よ」
「悪……」
「なんだ、やっぱり違ったの? そりゃそうよね、悪の戦闘員がヒーローショーなんて観に来ないものね」
やはり来るだけ無駄だった、という気配が京一と小蒔の辺りに濃密な影を纏(う。
最初の昂揚(もどこへやら、すっかり疲れてしまった小蒔は投げやりに訊ねた。
「ところでキミ達、高校生なのにどうしてヒーローショーのバイトなんかしてるの?」
その質問は、今夜もっとも劇的な効果を生んだ。
「バ、バイト……?」
三人は目を白黒させたかと思うと、口々に反論し始めたのだ。
「失礼ね、バイトなんかじゃないわよッ! ショーは子供たちに愛と勇気と友情、
そして正義を教えるためのものなのよッ、わたしたちは本物のヒーローなんだからッ!」
「そうだぞ、新宿じゃまだまだ知名度は低いけど、俺ッチたちは本物の正義の使者なんだからなッ」
「そう、人々の笑顔はこのオレ達が護るんだ。世の為人の為、命を賭けて闘うオレ達コスモレンジャー……
やっぱり格好いいよな、オレって」
「何ィッ、リーダーのこの俺ッチを差し置いてなんて言い草だッ!!」
「オレはお前がリーダーなんて認めてねーんだよッ!」
「ヘッ、戦隊モノのリーダーはレッドって昔っから決まってんだよ」
「けッ、レッドなんてダサくて話にならねぇぜ。ブラックこそが真の実力者なんだよ」
「何だとォッ!?」
また仲違いを始める紅井と黒崎に、もう呆れて龍麻達は何も言わない。
彼らにとって、一体どこまでが現実でどこまでがコスモレンジャーなのか……とは
問うのも馬鹿馬鹿しいので。
「いい加減にしなさいッ! 三人の心がバラバラじゃ、いつまでたってもあの技は完成しないのよッ!」
「あの技……って、さっきショーで見せたヤツのことかよ」
「そう……三人の心が一つになった時、初めて使うことの出来る正義の力よッ!」
その技について聞くために来たのだが、この調子では延々「愛と勇気と友情と正義」について
語られるだけになりそうだ。
彼らが自分達と同じ『力』を持っているのではないかと思って来てはみても、
彼らの「ビッグバン・アタック」とやらが自分達と同じ『力』だ、
と話しても納得してもらえるかどうか怪しいし、彼らは『力』について何の疑問も持っていないようだ。
それに何より、もうその『力』を用いるべき敵は、彼らのショーの中以外にはいないのだ。
無理に話す必要もない、と判断した龍麻達は、黙って帰ることにした。
頭を掻いて帰るタイミングを測る龍麻に、黒崎が話しかけてくる。
「ところでアンタ」
「なんだ」
「色は何がいい? オレはブルーが似合うと思うんだが」
何を聞かれているのか、龍麻は解らなかった。
首を傾げる龍麻をよそに、紅井と桃香だけがはしゃいで会話に加わってくる。
「そうか? 俺ッチはグリーンだと思うけどな」
「そう? わたしはイエローだと」
どうやら自分の色(を決めているらしい、と龍麻が気づいたのは、
いかにも楽しそうに京一が言うのを聞いてからだった。
「いっそ混ぜちまったらどうだ? 名前はコスモドラゴンなんつってよ」
色の件はどうにかうやむやにして、龍麻は逃げるように彼らと別れた。
当事者でない京一達は、のんきに感想など語っている。
「ふぅ……なんか凄かったね。面白かったけど」
「あぁ……全くだな」
「そういえば、練馬の大宇宙学園ってちょっと変わってたわよね。
確か……世のため人のためになる人間を育てる、というのが理念で、入試は論文と面接だけだとか」
「面接って……さっきみたいに名乗ったりしてんのかな」
「学校中があんな奴らだったら、俺は三日で登校拒否だな」
そう言った京一は意味ありげに龍麻を見る。
龍麻は心底困った顔をしていて、それだけで三日は笑うことが出来そうだった。
「まぁいいさ、それよか帰ろうぜ」
「ッと、それじゃ葵」
「ええ」
「なんだよ、何かあんのか」
「帰るんなら着替えなくっちゃ。雛乃に頼んで部屋を借りてあるんだ。
ボクはこのままでもいいんだけど、葵は浴衣のままじゃラーメン食べにくいもんね」
そう笑った小蒔は、葵と二人で社務所へと向かった。
残された龍麻達は最初の集合場所でもあった鳥居の下に行く。
もう人波も大分減り、それまでは感じなかった肌寒さを感じる。
「風が冷たくなってきたな。花園の祭(が終われば、冬ももうすぐ……か」
それは放課後、彼が笑った醍醐がしたのとほぼ同じ述懐であったが、
京一の言う通り火照った心を冷やす風のせいか、
龍麻も醍醐もなんとはなしに鳥居の内側から新宿の街を見た。
きらびやかな灯かりの絶えない、喧騒に包まれた街。
この街を、東京を護ったというのは、
それが仲間達にしか解ってもらえないとしても誇って良いはずだった。
「ああ……そうだな」
祭囃子もすっかり止み、一気に寂寥感が増していく中で、龍麻は静かに頭(を振った。
醍醐は物言わぬまま腕を組んでまだ新宿を見ている。
もうそろそろ着替えを済ませた葵と小蒔が来るのではないかと、
再び境内の方を向いた龍麻は、ちょうどそちらの方からやってくる一人の女性と目が合った。
金色の髪と蒼氷色の瞳は、龍麻の良く知っているものだった。
「アラ? アナタ達」
「おッ、その声は──ッて!」
柔らかく、澄んだ声に京一が振り向く。
そこには果たして、彼の期待以上の光景が広がっていた。
「こんばんは」
「マリアせんせ、浴衣じゃねェっすか!!」
龍麻達の担任であるマリアは、ヨーロッパから来た外国人教師だ。
その彼女が、日本の伝統衣装である浴衣を着て彼らの前に立っていた。
やや濃い目の金髪と、それをまとめる紫色の髪留め、
それに藍色の浴衣が、白い肌をこの上なく引き立たせている。
男女問わず見惚れてしまうであろう艶姿は、醍醐ですらもが小さく感嘆したほどだった
「フフ、似合ってるかしら」
「似合うも似合わねーも、なぁ」
京一が笑みを湛えて肩にもたれかかっても、龍麻は瞬きもせず、ただ首を振るばかりだ。
生徒達の反応に半ば恥じらい、半ば喜んだマリアの顔はまた一段と艶麗になり、
免疫の低い二人はしばらく呼吸すら忘れるほどだった。
「先生はお一人で?」
ようやく自失から回復した龍麻は、声がちゃんと出るかどうか確かめるように訊ねる。
もちろんマリアは自分達の担任であるが、
この時は何か大切なものを奪ってしまう魔女のように感じられたのだ。
馬鹿げた想像だ、と思いつつ、声が無事出たことに安堵する。
龍麻が内心でそんなことを思っていたなどと知る由もないマリアは、
担任のものとも微妙に異なる苦笑で答えた。
「友達が誘ってくれてね、一緒に回っていたのだけれど、急な仕事が入ったとかで帰ってしまったのよ」
「なんだ、それならもうちょっと早く見つけてりゃ一緒に回ったのによ」
「そうね、ワタシも残念だわ。アナタ達といると楽しそうなのに」
さも残念そうに言う京一に応じたマリアは、今度は紛れもなく教師の顔で龍麻に訊ねる。
「美里サンと桜井サンは?」
「ええ、向こうでちょっと。俺達はここで待ってるんです」
「そう……ワタシはもう帰るけれど、アナタ達も気を付けてお帰りなさい。
制服のままであまり遊び歩いてはダメよ」
柔らかく注意したマリアは、優美な足取りで去っていく。
その後ろ姿、特に大きく丸みを帯びた部分を注視しながら、
まだ龍麻にもたれかかったままの京一はひどく幸せそうに呟いた。
「ああ……最後にいいモンみたな……」
全く同意だったが、葵のことを考え、頷きはしなかった龍麻だった。
見えなくなったマリアと入れ替わるように、背後、つまり今は境内の方から小蒔の声が聞こえてくる。
「おッ待たせッ! さ、早くラーメン食べに行こッ! ……あれ? なんで皆外見てんの?」
「マリアせんせがいたんだよ。浴衣で」
「本当ッ! なんだ、もうちょっと早く来れば良かったなぁ。
ボクも見たかったなぁ、マリアせんせーの浴衣」
残念がる小蒔と、続いてやって来た葵と共に歩きだしながら龍麻が考えていたのは、
この分なら杏子の商売は大繁盛するだろうな、ということだった。
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