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最初に気づいたのは、小蒔だった。
いくら裏道とは言っても、自分達の足音以外には聞こえない状況に疑問を呈する。
「ねぇ……この道ってこんなに静かだったっけ」
「皆祭りに行ってッからじゃねェのか」
「うーん……そう言われればそうかも」
京一の適当な説明にも納得してしまった小蒔だったが、彼女の疑問は醍醐へと飛び火していた。
「だが……確かにおかしいな。誰かに見られているような気配を感じる」
醍醐の感じとっていたものを察知した龍麻は、歩みを止めてより精しく気配を探った。
仲間達も同調し、葵と小蒔を中心にした円陣が組まれる。
木刀の包みを解いた京一が、街灯の届かない陰に向かって叫んだ。
「これは──普通(の人間の氣じゃねェな。おいッ、出てきやがれッ」
呼びかけに呼応したのか、だらしなくスーツを着崩した数人の男が現れる。
彼らは、例えきちんとスーツを着ていたとしてもまともな社会人ではない、
と一目に解る風貌だった。
だがそれ以上に、思わず鼻をつまみたくなるほどいかがわしい氣が、
男達の全身を色濃く包んでいた。
「どいつもこいつも……正気(な人間の瞳(じゃねェな。
薄汚ねェ欲望に取り憑かれてやがる」
京一が吐き捨てたように、男達は暴力の欲望を濁った瞳に浮かべて近づいてくる。
話しても無駄だ、と悟った龍麻達は氣を練り始めるが、
二メートルほどの距離まで近づいてきたところで男達は急に動きを止めた。
ほぼ同時に、彼らの纏(う陰氣が一層深さを増す。
その厭な感覚に抱いた既視感(の正体に龍麻が気づいたのと、
葵が声にならない悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
「──ッ!!」
終わったはずの悪夢が、龍麻達の眼前にあった。
命を賭して闘い、護ったはずの現実が、足元から崩壊するような眩暈に彼らを嵌(めた。
今は弓を持っていないながらも、気概は素手でも闘うつもりだった小蒔が、ようやく喘ぐ。
「鬼……うそでしょ、だって」
その先を続けることを、小蒔はかろうじて自制した。
それは目の前の悪夢に屈してしまうことであったから。
しかし、鬼──葵を狙い、東京の壊滅を狙った鬼道衆が率いていた化け物は、
龍麻達を悪夢に引きずりこもうと近づいてくる。
目の前の出来事が現実であれ幻であれ、今はとにかく彼らを斃(さねばならなかった。
「考えるのは後だ、来るぞッ!!」
京一が木刀を構えなおし、龍麻達も力を撓(める。
一触即発の緊張が一メートルほどに凝縮され、爆ぜようとした時、
全く別の方向から猛々しい声がそれを遮った。
「ちょおッと待ったッ!!」
「おい、アレ……」
闘いの前の救い難い興奮を寸断され、怒りも露に声の主を捜し求めた京一だったが、
塀の上に立つ三つの影を見つけた瞬間、一気にその怒りも霧散してしまった。
龍麻や醍醐も同様で、いや、あからさまな敵意を向けていた鬼達でさえもが
闖入者の出現に動きを止めてしまっている。
今やこの場の全員の注目を集めることに成功した塀の上の三人は、
観客の視線が抗議(めいたものであっても全く気にしていないようだった。
「この世に悪がある限りッ!!」
「正義の祈りが我を呼ぶッ!!」
「三つの心をひとつに合わせ、」
「お前ら……なんでここにいんだよ」
勝手気ままに名乗りを上げるコスモレンジャーに、たまらず京一が毒づく。
彼らはご丁寧にコスモレンジャーの衣装まで着ていて、緊張を削ぐこと甚だしかったのだ。
しかし、口上を中断されて憤慨した桃香は、恐ろしい勢いで反撃してくる。
「ちょっと、大事な決め台詞なんだから邪魔しないでよッ!!」
もはや口を開く気力も無くなった京一に、三人は勢いも良く塀から跳び、
龍麻達と鬼の間に割って入った。
「改めて。──とにかく、後はコスモレンジャーが引き受けたッ」
「一般市民は早く避難するんだッ」
「お前ら……状況見て言ってんのかよ」
京一に言われて初めて三人は目の前にいるものに気づいたようだ。
「きゃあッ、何アレ、化け物ッ!?」
「随分良く出来た着ぐるみじゃないか」
それほど取り乱していないのは、さすがに正義の味方と言うべきか。
苦笑いしそうになった龍麻だったが、そんな場合でもないことを思いだし、改めて氣を練り始めた。
「……しょうがねェ、てめェら、邪魔だけはすんじゃねェぞッ!!」
京一のかけ声を契機として、龍麻達と鬼とコスモレンジャーは闘いを開始した。
結論から言えば、コスモレンジャーは良く闘った──龍麻達の足を引っ張らなかったという意味で。
何の事前知識もなく鬼と相対して冷静でいられる方がおかしいのだから、
逃げ出さず、大した怪我もなくいられたというだけでも立派なものだった。
「皆無事か」
「あァ、俺達は……な」
答えた醍醐は視線をコスモレンジャーに向ける。
衣装は傷ついておらず、無事なのは確かだが、ヘルメットの内側ではどんな顔をしているか判らない。
ヘルメットは彼らの醜態を防ぐ役目をしているようだ──と醍醐が皮肉っぽく考えてしまったのも、
戦闘中に余計な気を使わされたことからすれば無理もなかった。
残念ながら出番がなく、故に元気一杯の小蒔が龍麻達を代表して三人に近づいていく。
するとそれが緊張の糸を切ってしまったのか、桃香は地面にへたりこんでしまった。
「大丈夫?」
「あれ……一体何なの?」
差し伸べられた手を取って立ちあがったものの、桃香の声から虚ろな響きは消えていない。
紅井や黒崎も同様で、ヒーローが随分と小さく見える。
これで夢を見失わなければ良いが、と半ば同情気味に三人を見やった醍醐は簡単に事情を説明した。
「俺達にも良くは解らないが、恐らく、誰かがあいつらを鬼に変えてしまったのだろう」
「俺達を狙うためにな。ふざけた真似しやがって」
説明の中身よりも、すぐに答えが返ってきたことの方に彼らは驚いたようだった。
「アンタ達……ただもんじゃないような気はしてたけどよ、
まさかいつもあんなのを相手にしてんのか?」
さすがに紅井の声も震えている。
木刀を袋にしまった京一は、やや得意げに肩をすくめて答えた。
「今回はまだマシさ」
「まだ……って、何なんだよ、それ……」
「だから、人を鬼に変えちまうことが出来るヤツがいるってことで、
まァ、お前らが三人揃った時に使える『力』と同じようなもんだ。
本当ならお前らも一人でだって出来そうなもんだけどな」
京一が言っても三人は黙ったままで何も言わない。
相当のショックを受けているのだろう。
「それより、いくら裏道でもこれだけ騒ぎを起こせばそろそろ人が来るぞ」
「そうだね、キミ達も早く行った方がいいよ」
出来るだけ優しく声をかけた小蒔は、仲間達と共にこの場を去ろうとした。
その最後尾となって歩き出す龍麻が、立ち尽くしたままの彼らを最後に気遣わしげに見やる。
その小さな動作が、龍麻の命取りとなった。
「水臭いじゃないか、アンタ達も正義の味方だったなんてッ!!」
「……」
紅井に硬く手を握られ、龍麻はうろたえる。
何しろ振りほどこうにも彼の握力はやたらあり、どうにも剥がせないのだ。
仲間の一人が捕まってしまい、京一達も仕方なく足を止める。
そうすると見た目だけは何やら感動の対面、といった場面が現れるのだった。
「同じ悪を討つ者同士、これからは力を合わせて闘おうじゃないかッ!!」
「あ、ああ」
激痛に耐えかねて龍麻は頷く。
両手で包みこむように握られては、握り返すことも出来ず一方的に痛いだけなのだ。
すると三人はますます嬉しそうに寄ってきて、遂に京一が爆発した。
「お前らと一緒にすんな、一緒にッ!!」
犬の喧嘩のようにうなった京一は、ようやく手を解放されてしきりにさする龍麻にもその矛先を向ける。
「お前もほいほい頷いてんじゃねェよ」
酷い言われようだ、と龍麻は思い、反論しようとしたが、
葵が治療のために『力』を使おうとしたので慌てて止めねばならなかった。
いくらなんでもそれは大げさすぎるし、
彼らの前で『力』を披露するのは、これ以上懐かれてしまっても困るから、
出来るだけ控えた方がいいような気がしたのだ。
だが、龍麻の無言の努力も、京一によって無に帰してしまう。
「いいかてめェら、俺達が闘ってんのは正義のためなんかじゃねェ、ただ護りたいものを護るだけだ。
だからてめェらも俺達と一緒に闘おうなんて考えるんじゃねェよ」
「カッコいい……」
「はァ?」
女性にうっとりとされるのは京一の望むところではあったが、
こんな形で望みは叶って欲しくなかっただろう。
しかも桃香だけでなく、紅井と黒崎(にまでうっとりとされてしまっては。
「あァ、護りたいものを護る……か、今のセリフ、グッときたぜ」
「アンタ、今みたいなのが現れたらいつでも呼んでくれッ、
俺ッチ達コスモレンジャーはいつでも駆けつけるぜッ!!」
「練馬に帰ったら早速猛特訓ね、
次に会う時はさらにパワーアップしたコスモレンジャーを見せてあげるわッ!! あと、緋勇くん」
「な、何かな」
彼らの勢いを止めることはもはや誰にも出来ない。
「次までにはコスチューム用意しておくから、期待して待っててねッ!!」
元気良くコスモレンジャーの格好のままで駆け出していった三人を、誰も何も言わず見送っていた。
一気に疲労が増した気がするが、いつまでもこの場にはいられないので、
龍麻達は彼らと反対方向に歩き始める。
最後に振り向いた龍麻の視界の端で、昏倒させたチンピラの一人が動くのが映った。
もう危険はないはずだが、もう一度しばらく気絶させた方が良いかもしれない。
そう考えて男に近寄った龍麻の耳に、呪詛めいた囁きが聞こえた。
「竹林に──底深き怨念の花ぞ咲く──」
「何だ……?」
それは静謐(とさえ言える通りに木霊し、龍麻達の鼓膜にひとりでに染みこんでくる。
「我──竹林に──龍を捕らえて待つ──」
それだけ言うと、チンピラは再び昏倒した。
だがそこには、うわ言と断じるには龍麻達の記憶を刺激して止まない単語が含まれていた。
「竹林に──龍……まさか」
「龍山先生……?」
醍醐の師であり、西新宿の竹林の奥に庵(を構えている筮法師(の新井龍山。
龍麻達にとっても知己であり、鬼道衆との闘いについて助言をくれた老人が捕らわれたと言うのだろうか。
だが、誰に──?
鬼道衆との闘いは終わり、東京を脅(かすものはもう何もないはずだ。
龍麻達は自ずと顔を見合わせたが、
仲間の顔が判を押したように同じ青に彩られているのを確かめただけだった。
その恐怖を打ち払うように、京一が力強く促す。
「誰の仕業か知らねェが、行ってやろうじゃねェか」
頷いた龍麻達は、龍山の無事を確かめるべく西新宿に向かって走り出した。
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