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 踵までは優しかった動きは、靴下が足の裏の真ん中あたりまで過ぎると一転して、
魔法のように素早く脱がせてしまう。
少しの開放感と、すぐに足を包んだ龍麻の手の温かさに、葵は上がってくる息を必死に歯の裏でせき止めた。
今度はじかに触れる指は、足先だけでなく土踏まずや踵にも感じる。
感触はあくまでソフトで、快感と一緒にむず痒さも伝わってきて、
思いきり蹴飛ばしたい衝動がつのってくるのだ。
指先はもう、足首から下全体を型でも取れるほど撫でているのに、
まだ飽きたらず指の付け根の裏側や、そこから指の間にまで入りこみ、
皮膚に消しがたい快感を植えつけて去っていく。
いつしか葵は指の軌跡を脳裏で追っていて、龍麻が次に触れる場所を予測していた。
親指の裏を渦を描くようにさんざん撫でたら、次は薬指に飛ぶ。
龍麻がなぜそうするのかは判らないが、葵には予想でき、事実指はその通りに愛撫した。
「……く、っふ……」
 想像することで感覚は鋭敏さを増し、くすぐったさと恥ずかしさが快感に上乗せされる。
快楽の焔はもう頭の後ろの方でくすぶりはじめていて、
いつ燎原の大火になってしまうかわからない。
派手に燃やしてしまいたい、という願望を奥歯でせき止め、葵は唇を湿らせて消化にいそしんだけれども、
消そうとするよりも火の回りの方がずっと早かった。
左足の足首から先に、全部の神経が集中したような感覚。
そこだけが熱くて、くすぐったくて、気持ち良くて、もう理性だけでは処理しきれなかった。
握るのさえ普段はためらう優柔不断な手、絡めようとすると素早く逃げてしまう指は、
別のものであるかのように足の裏を撫で、甲やら指の腹やらを揉みほぐしてくる。
身体の末端が溶けていくような恍惚に、葵はセーターの袖を口に押しあて、
そこでだけ思う存分感じた。
勝敗を気にしていたからではない。
声を出せば、その瞬間に臆病なウサギは巣に逃げこんでしまうのではないかと思ったのだ。
もっと、もっと引きつけて――
昂ぶっていく興奮を葵は腹の下に押しこめ、そ知らぬ顔を続けた。
 葵の動きが止まったのを、龍麻はむろん把握していた。
めったなことでは触らせない足が弱点かどうかは賭けだったが、どうやら勝ったらしい。
かなりのところまで追いつめられていた興奮を鎮めながら、改めて龍麻は葵の左足を撫でさすった。
靴下を履いていた時はできなかった、指の間をなぞる。
ひくひくと震える指は葵らしからぬ可愛さで、真神の聖女は今どんな顔をしているのか、
見てみたいところだが、そんなことをすればこの家ごと消し飛びかねないので自重するしかない。
「……ぁ……ぅっ……」
 もっとも、葵の左足から伝わってくる興奮だけでも充分すぎるほどだったし、
おまけに、テレビをつけていなかったのが幸いして、押し殺した喘ぎ声がはっきり聞こえてくる。
掠れているのは多分必死に唇を噛んでいるのだろうが、それが逆に一層そそるというのを、
葵はきっと知らないだろう。
 葵がこのままとぼけるつもりならそれもいい。
もっと焦らすだけ焦らして、我慢の限界まで追いつめてやる。
本当は気持ちいいことが大好きなくせに、すました態度でとぼけようとする葵に、
自分からおねだりさせてやるのだ。
 葵が股を開いて「おまんこにハメてください」と言った時を想像して、
限界まで男根が勃起する。
葵の足を責めるのに夢中になっていた龍麻のそこに、いきなり衝撃が訪れた。
場所は、龍麻が葵の足を弄んでいるすぐそば。
衝撃の強さは龍麻が思わずブリッジしてしまうほどだった。
 うかつといえばうかつだが、足は二本ある。
そのうち一本を両手で押さえていれば、もう片方の足は自由になる道理だ。
その自由な方の足を使って、葵が再び痛気持ちいい責めを仕掛けてきたのだ。
葵も余裕がないのか、さっきよりも刺激は強く、押すというよりも圧すといった感じだ。
快感もそれに比例して増大し、根元から先端まで、
まんべんなく訪れる爛れた悦びに、龍麻はたまらず呻いていた。
 それでも、確保している右足は離せない。
これを離せば葵の責めはもう止まるところを知らず、怒らせた分だけあんまんの数は追加され、
叱られた番犬よりも惨めに寒風吹きすさぶ夜の街へと放りだされるだろう。
 だから、龍麻は離さなかった。
戦いは再び劣勢、というか昇天に近づいていたが、
女の子が――今戦っている相手は、あえて女の子から除いて――持つ手鏡よりも大事に足を抱え、
ダムの放水の如き快楽に、せめて蛇口をひねって対抗せんと愛撫を続けた。
「あ、ぁ……」
 それにしても、葵の踏み加減ときたら。
踵を支点にして踏むのではなく、足の裏全体で屹立を捉え、
もう理性ではどうにもならない快感を、これでもかとばかりにもたらしてくる。
おまけにどこで覚えたのか、足の指を器用に曲げて亀頭まで刺激し、
龍麻の腰は種馬も恥じらうほどひくついていた。
そして腰が浮きあがれば当然性器を自分から葵に押しつけることになり、
葵はそれを時に優しくいなし、時に厳しく踏みつける。
自身が乗り移ったかのように快感の急所を的確に捉える責めは、
実際のところ、龍麻にもう葵以外の女など考えられなくさせている。
たとえ葵にさりげなく強引だったり嫌なことは人にさせようとしたり
不機嫌になると恐ろしい微笑で無言になったりという欠点があるとしても、
聖女が与えたもう奇跡の快楽は、それら全てを薙ぎ払って焼き尽くすだけの威力があるのだった。
「うぅっ……!」
 つむじの直下あたりに炸裂する快感に、龍麻は奥歯を噛む。
一度目の責めと違い、射精するならばしてしまえと与えられる快感。
下着にぶちまけたところで、葵は平然と履き替えるか、さもなくば履かずにコンビニに行けと命じるだろう。
そこまではまだ堕ちたくはない龍麻が、高まりゆく衝動に身を任せたいのを耐えるには、そうするしかなかった。
ふっと顎の力を抜けば、心はたちまち天上へと逝ってしまうのだから。
歯を食いしばり、目の端に涙すら滲ませて、葵の足の形を瞼の裏に思い浮かべつつ、
龍麻は痛気持ちいい快楽に全身を蕩かせた。
 一方再度の逆転をした葵にも、それほど勝利が近づいているわけではなかった。
左足はまだ心地よすぎるくすぐったさに浸されているし、
右足も、龍麻の太く、逞しい逸物をほぼ全体に感じていて、
その熱は衣服などやすやす通り抜けて足の裏に伝わってきていたからだ。
「……ぅ……」
 龍麻のか細い喘ぎがこたつの向こうから聞こえてくる。
今日の趣向がよほど気に入ったらしく、龍麻はこたつに潜り、踏みやすいように腰を差しだしてきていた。
びくびくと跳ねる男根は、臭いまではっきりイメージできるほど足の裏で感じていて、
もはや口元では止めきれないほどの昂揚が下腹からせりあがってくる。
それを掌で無理やり塞ごうとすると、逃げ場を失った淫熱は脳へと達し、
よけいに龍麻のことしか考えられなくなってしまうのだ。
「く、ぅ……」
 何がしたいのかも良く判らないまま、右足を伸ばす。
「……!」
 龍麻が仰けぞり、その反動が葵にも返ってくる。
左足を龍麻が離さないので、身体を震わせても半分しか欲望を逃すことができず、
葵はもう限界が近いと覚悟せざるをえなかった。
 それにしても、と葵は思う。
足なんて他人には到底言えない性癖を、おくびにも出したことがないのに探りあて、
下手をすれば足への愛撫だけで達してしまうほど開発してしまった龍麻の手腕は、
他のどんな男にだって真似ができないだろう。
性格や顔なら、他にもっといい男がいるような気もする。
龍麻はすぐ面倒くさがるし、暑くなると動かなくなるし寒くなっても動かなくなる。
いいかげん髪が長すぎるから床屋に行けと再三言っているのに行こうとしないし、
少し他の女に話しかけられるとすぐ舞いあがって余計なことに首を突っこむ。
おまけに将来のことも考えているのかいないのか、いつもいい加減な返事で逃げて、
そろそろ愛想も尽きようかというところなのだが。
「あ……っふ、っん……んっ……」
 噛んでいた唇がせりあがる快感に引きはがされ、喘ぎが漏れる。
足の柔らかなところを捉えて優しく揉みほぐし、指の間まで丁寧に掃く巧さときたら。
甲や爪を擦り、微妙に刺激を変えて愛撫する責めときたら。
これまでの人生で意識すらしたことのなかった、全身の細胞が煮えたぎるような恍惚を、
一度でも知ってしまったら、もう他の男など眼中に入るはずがなかった。
小蒔には笑われ、呆れられている――彼氏ができた途端に親友を見捨てるなんて、
そんなに飢えていたのか、と。
その言い方は気に入らなかったが、事実を抽出すれば小蒔の言うとおりだ。
言い分はあるにしてもここのところずっと龍麻の家に入り浸っているし、
中でしていることといったら、つがいの鳥でさえ顔を赤らめるような他愛ない会話と、
それよりもさらに爛れた肌の重ね合いだった。
昨日は龍麻から、一昨日は葵から、どちらからともなく誘い、どちらからともなく求め、
男と女である悦びに耽る。
マンネリ、などという言葉は今のところなかった。
自分たちはこんなに好色だったのか、と驚くほど、
相手に対する欲求は尽きることがなく、相手の欲望に応じたいと身体が疼く。
そのうちに道を踏み外してしまう、という不安もなくはないが、
二人一緒に堕ちるのなら、と想いもするのだった。
まだ、面と向かってそれを口に出したことはないが。
 じわり、と下着に湿り気を感じる。
今初めて濡れたわけではない。
愛液はずっと前から染みを作っているはずで、身じろぎした拍子に肌に感じたというだけだろう。
このままでは、下着なしで帰らなければならないかもしれない。
そう思いはしたものの、いまさら脱ごうとは、葵は思わなかった。
もう手遅れだろうし、まだ決着はついていない。
それに、今下手にそこに刺激を与えたら、必死にこらえているものが一気に噴きだしかねない。
龍麻も我慢の限界に達しているに違いない。
あとほんの少しだけ我慢すれば、勝利が――
 耐える葵は、ふと思った。勝利とは、何をもっていうのだろうかと。
そう考えた途端、葵の頭の中で、何かが弾けた。
 不意に、足が離れていった。
何が起こったのかをすぐに理解した龍麻は、長い戦いの末に得た勝利を噛みしめるため、
一呼吸息をついてから、身体を起こして敗者の顔を見ることにした。
 腹筋に力を入れる。
腕の反動による補助のない、純粋に腹筋だけによる上体起こしでも百回程度はできる、
同級の友よりよほど鍛えている肉体は、しかし、この時言うことをきかなかった。
原因は明白で、まださっきまでの余韻が色濃く残る、膨らんだままの男性器官が、
血流の流れに悲鳴をあげたからだ。
「……っ」
 数センチ浮きあがった上体が再び落ちる。
どすん、という割と大きめの音を立てて離陸に失敗した顔は、
だが、もう一度浮上を試みることはなかった。
龍麻が身体を起こそうとした理由が、もうなくなっていたからだった。
 腕を伸ばしてもわずかに届かない位置に、葵がいた。
一度立ったのではなく、こたつの周りを這ってきたのだろうか、
葵の顔は思っていたよりも遥かに近くにあって、龍麻はとっさに何も言えない。
ほの赤く染まった顔から放たれているのか、それともうっすらと濡れている唇から漏れたのか、
はっきりとはしないが、熱された甘い香りが漂っている。
やりこめたという気分もたちどころに消し飛び、唇にかかっているほつれた髪と、
その髪よりも黒い瞳に心奪われて、龍麻は小さく喘いだ。
こんな顔をされたら、勝ち負けに拘っていた自分がみっともなくてたまらない。
恥じいった龍麻は葵に、愛する女性に何か言おうと口を開く。
それを待っていたかのように、葵が動いた。
「ん……っ、う……!」
 触れさせるだけのくせに、やたらと熱っぽい唇。
どんな技巧もない、初めての時を思いださせる、ただ押しあてるだけのキス。
頭が真っ白になる、何も覚えていないくせに記憶にははっきり残っているあの日、あの瞬間の想い。
もう欲望で満たされつくしているはずの頭の中に、一筋の線のようによぎる想いは、
まだ手放すわけにはいかなかった。
もつれるように葵をたぐり寄せ、こたつの同じ口に入れる。
小さな口は二人では、身体を絡めないと入れないくらい狭い。
けれども、今はその狭さが心地よかった。
 龍麻が葵の背に腕を回すと、葵は足を龍麻の足の間に割りこませ、密着を求める。
お互いの厚手の服が疎ましかったが、脱がせる時間も惜しく、くちづけを交わした。
「ふっ……ん、ん……んふ、う、んぅぅ……」
 軽やかだった音色が、少しずつ水音が混じり、重たくなっていく。
それに伴ってせわしなく重なり、離れていた身体は、重なったまま動かなくなっていった。
「あっ……ふ、んっ、ん……」
 狭いこたつの中では、キスしかできない。
それなら、キスだけをしていればいい。
二人は示しあわせたようにお互いの髪に手櫛を入れ、あらゆる言葉の代わりに舌を絡めあった。
 ぞくぞくするような熱気が、心を膨張させる。
素面で聞いたら耳を塞がずにはいられないような濁音も、
はやくひとつになりたくて疼く性器も、恥ずかしいとは思わなかったし、
相手のそれらは、愛おしいとすら思えた。
窮屈すぎるこたつは身動きさえままならなかったが、それを口実に、
龍麻と葵は身体を密着させて離れなかった。



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