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 夕方も五時を回った職員室に、あまり教師の姿はなかった。
部活の顧問として指導に出ていたり、一日の労働は終わったとばかりにさっさと帰ったりで、
片手の指で数えきれてしまうほどしかいない。
その中でも一際目立つ人物を探していた小蒔は、程なく目印の金髪を見つけ出した。
「えっと……あ、いたいた。マリアせんせー!」
「アラ? どうかしたの? 皆揃って」
 机に向かって何やら事務をしていたマリアは、小蒔の声にゆっくりと振り向いた。
 職員室のマリアはもちろん教壇に立つ時と同じ服装をしているのだが、
教室とは逆に龍麻達がマリアを見下ろす格好になっている為に、
大きく開かれた胸元から、それでもまだ収まりきらない巨大な双丘が思いきり目に入ってしまう。
さらにやたらに短いスカートの裾からは、
黒いストッキングに包まれた足がほとんど限界まで露になっていて、
龍麻はとても直視出来ずに目を逸らした。
それに気付いた京一が思いきり鼻の下を伸ばして場所を替わろうとするが、
狭いスペースに七人もいてはそれも出来ず、歯ぎしりして悔しがる。
 そのわき腹にしたたかに肘をくれてやった小蒔は、
学園中で最も人気のある人物の一人を花見に誘った。
「あの、ボク達、これから緋勇クンの歓迎会でお花見に行くんです。
それで良かったら、先生も御一緒にと思って」
「……そうね、わかったわ。ただし……当たり前だけど、お酒は駄目よ」
「……だよな」
 徹底的に釘を差されてうなだれる京一に艶やかに微笑んだマリアは、そのまま顔を横に向ける。
 蒼氷色の瞳は、まさしく光を乱反射する氷のような輝きを放っていて、
見つめられた龍麻は意味もなくあたふたしてしまった。
「私も担任として、改めてあなたを歓迎したいわ」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
「フフッ、そんなに気を使わなくてもいいわよ。それにしても、誘ってくれて本当にありがとう」
「それじゃ先生、六時に公園の入り口で良いですか?」
「そうね、もう少し仕事が残っているけれど、それには間に合うように終わらせておくわ」
 快諾したマリアに頭を下げ、職員室を後にした一行は、校門の所で一度別れることにした。
「んじゃ、ボク達もいったん解散しようか。
公園の入り口に六時だからね。遅れてきたら罰ゲーム」
「何よそれ、踊るの? 歌うの?」
「もっちろん両方ッ!」
本気マジかよ……」
「まぁ、お前が一番可能性が高いからな」
「なんだと」
「人混みの中で女の子とか捜して遅刻するんじゃないって言ってるのよ」
「ケッ、お前らこそ一秒でも遅れたら踊ってもらうからな」
「べーだ。……んじゃ、また後でね」
「あぁ、後でな」
 何の用意があるのか龍麻は不思議に思わないでもなかったが、
皆はさっさと散り散りに歩いていってしまう。
さてどうしたものか、という所で、やはり一人で歩き始める葵に、考えるより先に口が動いていた。
「あ、あのさ」
「何?」
 呼んでからなんと言ったものか、必死に言葉を探す。
浮かんできた言葉はあまり具合の良い物ではなかったが、他を選んでいる暇はなかった。
「俺……公園の入り口って何処か良く解らないんだけど」
 葵は値踏みするような目つきで龍麻を見た後、不意に笑い出した。
赤点ぎりぎりで補習を免れた時はこんな感じなのだろうか、
と幸いにもまだその経験のない龍麻はなんとなく考える。
「……うふふ、上手いのね。……いいわ、それじゃ都庁の前なら解る?」
「あ、うん」
「そこに……そうね、五時三十分に来てくれる?」
「わかった。ありがとう」
「遅刻したら、歌って踊ってもらうから」
 顎の大きく落ちた龍麻に、葵は再び、今度は声を立てずに笑った。
「……冗談よ。それじゃ」
 軽く会釈して上品に歩き去って行く葵を、龍麻は放心したまま見送っていた。

 人気の少なくなった都庁の前にたたずんでいる龍麻の前に葵が現れたのは、
待ち合わせ時間の五分前だった。
「緋勇くん」
「あ……美里さん」
「早いのね。いつ来たの?」
「さ、さっき」
 嘘である。
本当は三十分以上前に来ていて、待ち合わせ場所が間違っていないか、
広場の前やら駅の前やらを何度も往復していたのだ。
 日毎に長くなっていく初春の日没は、葵の身体を薄紫に飾り立てていた。
着ているものは変わりがないのに、いやに大人びて見えるのはそのせいだろうか。
ポケットに入れていた手を出した龍麻は、鞄を持ち直して歩き出した。
 葵が肩を並べる。
何か言わなければと思っても、誘うだけで今日の勇気は使い果たしてしまったのか、声が出てこない。
貴重な時を、自分で殴りたくなるほど無駄に過ごしている龍麻に、葵がぽつりと話しかけた。
「この前の……旧校舎のこと、覚えてる?」
「……うん」
 忘れるはずもない記憶。
京一や醍醐と同様、葵もこれまで全くそのことについて触れなかったが、
あの日、彼女の身に起こった現象は、
それまでの人生をがらりと塗り替えてしまうような出来事だった。
漠然とでも覚悟が出来ていた龍麻と違い、何の予備知識もなく、
いきなり日常からかけ離れた『力』を与えられときては、
むしろ今まで困惑を抑えこめたのが不思議なほどだ。
 龍麻は靴音さえも消し、
葵の語感に含まれているもの全てをひとつたりとも聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
「……あの時から、私の中で何かが変わったの。暖かい……慈愛の気持ちが、呼びかけてくる。
それはとても心地良いのだけれど、でも──でも、時々、私が私じゃなくなっていくような気がして……
今までの私が消えて、別の私になってしまったら……って思うと……怖い……の」
 葵は、未整理の感情をそのまま口にしているようだった。
普段の彼女からは伺えないもろさがそこにはあり、胸が締めつけられるような思いに囚われた龍麻は、
どうすれば彼女の不安を和らげてやれるのか、皆目見当がつかないながらもとにかく口を開いた。
「……大丈夫。美里さんには桜井さんも、遠野さんも、京一も醍醐も……それに、俺もいるから」
 陳腐な台詞だったが、葵はその中にある想いを感じとってくれたようだった。
小さく頷いた後に見せた笑顔には、少なくとも怖れは見られなかった。
「……ありがとう。ごめんね、せっかくのお花見なのにこんな話して」
「いや、いいんだ……何が出来るか解らないけど、俺に出来ることならなんでもするよ」
「優しいのね、緋勇くんって。……どうしてかしら、まだ会って間もないのにこんな話が出来るのは」
 それは、龍麻も同じだった。
いや、それよりももっと強い、彼女を護りたいという気持ち。
それは単に一目惚れ、というやつかも知れなかったが、
とにかく、言葉にした以上の、気恥ずかしいほどの純粋な決意を龍麻は胸に秘めていた。

 葵が急に足を止める。
何事か起こったのかと緊張した龍麻は、
待ち合わせの場所に着いただけなのに気付き、つい苦笑していた。
「あ、誰か来るわ」
 前方に凝らした龍麻の眼に映ったのは、誰か、などと言う必要も無い人影だった。
二つの影の一方は頭の横から角のように木刀が伸び、もう一方は影そのものが巨大なのだ。
「よォ。ん……? ヘヘッ、こりゃちょっとばかし来るのが早かったかもな、醍醐」
「別に、丁度いい時間だと思うがな」
「……お前に聞いた俺が悪かったよ」
 本気が六割、と言う京一の台詞に、すぐさま葵が反論する。
そこに強い調子が含まれていることに気付いたのは、葵本人だけだった。
「もう、そんなんじゃないわ。私は緋勇くんが場所が判らないっていうから。ねぇ、緋勇くん」
「そうだ、何言ってんだよ」
 葵と龍麻に揃って抗議されても、京一はにやにや笑うだけだ。
「あァ、んじゃそういうことにしとこうか。──お、あいつらも来たみてぇだな」
「ごっめーん、遅くなった。……あれ、もしかしてボクたちがビリ!?」
「おう、ってことでお前らが罰ゲームな」
「ちゃんと六時前には来てるもんねッ。それよか、このままだとマリア先生が罰ゲーム……?」
「……そりゃお前らがやるよりよっぽどいいな」
「なんだとォ!?」
 きちんと時間通りに来ているのに、京一と小蒔は口喧嘩を始める。
喧嘩するために喧嘩しているような二人を、もう誰も止めようとはせず、
良く一日中、こうも喧嘩するエネルギーがあるものだと投げやりに感心するばかりだった。
「ひーゆう君」
「な……なに? 遠野さん」
「ちょーっとお話聞かせてほしいんだけど」
 小蒔と共にやって来た杏子は、小蒔がさっそく喧嘩を始めるや否や、
今日最大の目的とも言える謎の転校生へのインタヴューを試みようとした。
  なにしろ龍麻には訊くことがたくさんある。
花見が始まってしまえばどんちゃん騒ぎになるのは目に見えていたから、
こうした短い時間でも与えられた機会は徹底的に活用すべき、というのが杏子のポリシーだった。
「……あ、マリア先生来た」
 ところが、猫撫で声に気味悪がっている龍麻に構わずインタヴューを始めようとした矢先、
舌戦を優勢に終えた小蒔が龍麻の背後から近づいてくる人影に気付く。
これ幸いと龍麻は逃げ、杏子は貴重な取材のチャンスを断念させられてしまった。
「あら、皆もう揃っているのね」
 学校よりも幾分柔らかさの混じった気さくな声と共に、マリアは現れた。
 濃い赤のジャケットは薄闇が目立たなくしていたが、
その鮮やかな金髪は隠しようもなく、更に外国人の中でも際立ったスタイルのせいで、
彼女の通った後から幾つもの視線が追いかけてきている。
「惜しい、あと三分遅れてたら罰ゲームだったのに」
「何、罰ゲームって?」
「小蒔が言い出したんですけどね、時間に遅れてきたら歌……」
 悔しげに指を鳴らした杏子の台詞を聞きとがめたマリアが訊ねると、京一が即答する。
その口を殴りつけるように慌てて塞いだ小蒔は、公園の中に向かってわざとらしく指差した。
「さッ、皆揃ったことだし早く行こうッ!」
「……見事に誤魔化しとるな」
「行きましょう、緋勇くん」
「あ、うん」
 顎を抑える京一に同情しつつも、葵に呼びかけられた龍麻はさっさと前を向いて歩き始める。
「ッたく、なんてことしやがる……おい、置いてくなよ!」
 その後ろを顎を押さえたままの京一が急いで追いかけていった。

「それにしても、相変わらず凄い人だよね」
「まぁ、ここはオフィス街のど真ん中だしな。それに今日は絶好の花見日和でもあるし」
 呆れたように呟く小蒔に、醍醐が律儀に答える。
頷いた小蒔は、背伸びして空いている場所を探した。
「どっかイイ場所ないかなぁ……あ、あそこ! 京一、ダッシュ!」
「よしきたッ! 続け醍醐!」
 何のきまぐれか、ぽっかりと空いているスペースに京一が走りこむ。
他のグループも駆けよってきていたが、木刀を担いだ高校生にぎょっとして立ち止まり、
その背後に山のような高校生が立っているのを知ると後ろ足で退参していった。
 マリアが持ってきたシートを広げ、手早く陣地を確保すると、
まずは乾杯、ということでジュースが人数分注がれる。
京一がコップをじっと見ているのは、
まさかそうすれば中身がアルコールに替わるとでも思っているのだろうか。
意地の悪い、しかし正鵠を射たことを龍麻が考えていると、
注目の対象はやおら立ちあがってコップを掲げた。
「えー、それでは、転校生の緋勇龍麻君とこの見事な桜に──乾杯ッ」
「かんぱーい!」
 全員の威勢の良い唱和に、何故か他のグループのいくつかからも乾杯の音頭が上がる。
京一がその中の一つに愛想を振りまいているのは、もちろん女性がいるのを目聡く見つけたからだ。
いつまで経っても座らないお調子者のことは放っておいて、
皆それぞれに持ってきたものを円座の中央に広げることにした。
「はい、若い子は食べものが必要でしょう?」
「あ、ボクも来る前に屋台回ってきたんだ」
 お菓子の詰め合わせやサンドイッチなど、いかにも手際の良いマリアに較べ、
小蒔の持ってきたものはお好み焼きや焼きそばなど食べにくそうな物が多い。
ようやく腰を下ろした京一は、それを見てすかさず嫌味を飛ばした。
「お前のは自分が食べる分だろうが」
「ちゃんと皆のもあるよーだ。京一はナシね」
「うっ……わかった、俺が悪かったよ」
「わかればよろしい」
 京一と小蒔が繰り広げるテンポの良い漫才に、皆笑いが止まらない。
花も団子も充分にあると来れば、後は盛りあがるだけだった。

 積極的に話しこそしないものの、皆の会話に丁寧に耳を傾け、
相槌を打っていたマリアが、ふと口を開いた。
「ねぇ、緋勇クン。犬神先生が言っていたのだけれど、あなた、何か武道をやっているの?」
「え? え、えぇ。ちょっとだけですけど」
「それがね、聞いてくださいよマリア先生。この間なんてこいつ──もがッ」
 乗せられるままに喋ろうとする京一に、醍醐が慌てて口を塞ぐ。
もう自主休部になっているから同じことだったが、
校舎裏での龍麻と佐久間との件は伏せておきたかったのだ。
「ふふッ。己を磨くのは大切なことよ。でもね、力が強いだけでは──本当の強さとは言わないわ。
 これから先、貴方が本当に大切なものを護りたいのなら──」
マリアの言葉には大層真摯な重みが宿っていて、龍麻は自然に背筋を伸ばして聞いていた。
それはさながら一子相伝の技を伝える場面であったが、不躾な闖入者によって中断されてしまう。
「はははッ、あんまりケンカすんなってよ」
 その瞬間、龍麻は大きく唾を呑みこんでいた。
マリアが京一に向けた眼光が、多少のことでは動じない龍麻を戦慄させたのだ。
「……そうね、蓬莱寺クンもね」
 小さく頭を振ったマリアは、うってかわった穏やかな口調で話を締めくくる。
それでも龍麻は、コップに落とした視線をしばらく上げることが出来なかった。

 宴が始まって一時間ほどが過ぎていた。
大量に用意された食べ物は大部分が姿を消し、会話も、杏子以外は一段落ついていた。
 目の前を落ちていった花片に、龍麻は改めて上を見る。
「……そういえば、今年の桜はまた一段と見事だな」
 龍麻の視線に同じ物を見あげた醍醐が呟く。
それに小さく頷いただけで、龍麻は頭上を覆う桜の繚乱を眺めていた。
生まれてこのかた花に興味をもったことなどなかったが、
眼前に広がる淡いピンク色の光景はそんな龍麻の心をも惹き付ける。
その色は、鮮やかな記憶となって心の片隅にしまわれている色だった。
それに連なる情景をたぐりよせようとしばらく意識を飛ばしていた龍麻を、地上に呼び戻す声がある。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがとう」
 その情景に思い浮かべていた顔が実体となって目の前にあり、
龍麻はあやうくコップを取り落とすところだった。
なんとかこぼさずに済んだ中身が、再びなみなみと注がれる。
これまでは手杓か、男に注いでもらったことしかない龍麻は、
女性に注がれるだけで妙なときめきを覚えていた。
少し気恥ずかしくなって視線をコップの表面に逃がしていると、葵の方から話しかけてきた。
「緋勇くんは、桜は好き?」
 その質問に答えるのに、龍麻は数秒を要した。
「……俺が転校してきた日にさ、美里さんの机に桜の花びらがあったんだけど……覚えてる?」
「桜……ええ、覚えてるわ」
「俺、あの席に座ってさ、最初にあの桜が目に入ったんだ。
それで、その席に座ってるのはどんな人だろうって」
「そうだったの。あの日は私、少し早く学校に来たのだけれど、
そうしたらちょうどあの花びらが私の手の中に落ちてきたの。
それで、なんとなくあそこに飾ったのだけれど」
「そう……やっぱり、あれは偶然あそこにあったんじゃなかったんだ。……好きだよ、桜」
「うふふ、そうね。私も……好きよ」
 二人は揃って桜を見上げ、揃って視線を戻す。
鏡に映したようなお互いの動きに気が付いて、共に噴き出した。
「お、なんだなんだご両人、いい雰囲気じゃねぇか」
「もう、京一くんったら」
「なんだお前、酒もないのに酔っ払ってるのか?」
「ヘッ、言ってくれるねェ。お前こそデレっとしちゃってよ、全く見てらんねぇぜ」
「俺は──」
「ま、一杯やンな。ほれ、美里も」
「あ、ありがとう」
 並んでコップを差し出した二人の前に、京一はあぐらを掻いて陣取る。
「んで、何の話してたんだよ」
「別に──桜が綺麗だなって」
「かァ──お前は解ってねぇな。こういう時は『君の方が綺麗だ』とか言うもンだろうが」
 どうしてもそちらの方に話を持って行こうとする京一に、龍麻はもう構わないことに決めたが、
葵の方がここは一枚上手に切り返した。
「京一くんは誰かに言ったことあるの?」
「そりゃあもう、俺はこいつと違って女ゴコロを知り尽くしてるからな」
 そこにマリアと何事か話していた小蒔が、言葉の端を聞きかじって会話の中に入ってくる。
「ふーん、その割にいっつもフラれてばっかりだけどね」
「ありゃあ女の方が解ってねぇんだよ」
「どうだか。緋勇クン、こんな奴の言うことあんまり聞いちゃダメだよ」
「俺は迷える子羊に愛の手をだな」
「緋勇クンはそんなモノ教えてもらわなくても上手くやってるみたいだし」
「ま、そりゃそうだけどよ」
 小蒔が加わっても、話の種は結局元の所に戻ってきてしまっただけで、龍麻と葵は苦笑いするしかない。
その苦笑を消そうと龍麻がコップの中身を飲み干すと、
それを待っていたかのように女の悲鳴が空気をかき乱した。
「なッ、何ッ!?」
「見て、向こうの方から人が逃げてくる!」
「なんだ? 変なのでも暴れてんのか?」
「そういう風でもなさそうだな。緋勇、どうだ? 俺達で様子を見に行かんか?」
 それは野次馬根性にも思えたが、このまま放っておいて花見を続けられるほど神経が図太くもない。
それに、葵との会話でいささか背中にむず痒さを感じていたところでもあったから、
気分転換も兼ねて見に行ってみるのも悪くないだろう。
そう考えた龍麻は立ちあがってから小さく頷いた。
「……そうだな。行ってみようか」
「そういうわけだ、ちょっと見てくる」
 ところが、ここで誤算が生じた。
生半可な男よりよほど積極性に富んだ女性が二人もいるのを、龍麻も醍醐も忘れていたのだ。
「待ってよ、ボクも行くよ」
「もしかしたら大スクープのチャンスかも知れないわね。ここで見逃したらジャーナリストの名折れよッ」
 小蒔はお腹をさすっているところを見ると、腹ごなしの運動とでも思っているようだし、
杏子などもうカメラを取りだし、いつでもシャッターを切れる態勢を整えている。
一気に座っている人数の方が少なくなってしまい、遂に京一も諦めたように立ちあがった。
「しょうがねぇ。四人も抜けちまったら花見どころじゃねぇからな」
「待ちなさい、蓬莱寺クン。行くのなら、私も行きます」
「いッ……」
「私が一緒に行くか、でなければ誰も行かせません」
「わかった、わかりましたよ」
 そして当然というべきか、教師の立場にあるマリアも行くと言い出し、
結局全員で行くことになってしまったのだった。



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