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ほんの少しだけ悲しそうに目を伏せたルキアは、求めていた感触をそっと手放した。
もう、止めようか──よぎった心は、しかし、彼女の白い指を見ると簡単に潰えてしまう。
きっと嫌われてしまうと思いながらも、解き放った想いを抑えることはもう出来なかった。
一度は彼女に返そうとした手を口許に寄せ、中指の爪に口付ける。
唇の中央だけを、弱く、浅く。
「ん…… ちょ、ちょっと」
「動いたらダメだよ。負けたんだから」
無邪気な言葉が動きを封じこめる。
そのうちにルキアの唇が触れている場所から、何か魔法のようなものがかけられて、
シャロンの腕は石のように硬くなっていった。
「も、もう……っ」
何かが、訪れる。
正体のわからないそれが怖くなって、シャロンは止めてもらおうと口を開く。
それと、爪先に鈍い痺れが走ったのはほとんど同時だった。
一瞬だけ訪れた、不思議な感覚。
ルールに反するのを承知で薄く目を開けると、指の先が見えない。
シャロンの細く伸びた指先は、艶やかな桃色をした唇の中に消えてしまっていた。
「何、を……」
「ん……」
尋ねると、返ってきたのはくぐもった声だった。
うっかり咥えたまま喋ろうとしてしまったのか、もごもごと舌が震える。
そしてそれは、新たな刺激をシャロンにもたらした。
指のもっとも敏感な部分を、舌が撫でる。
爪の中にまで入ってこようとするその感触は、甘く、温かった。
「やっ……」
中指からまっすぐに上ってくる何かが、シャロンの、ルキアのそれに較べて淡い色の唇を開かせる。
唇を撫でる自分の熱い呼気に、シャロンは眩暈すら感じていた。
ルキアが指を吸う小さな音が響く。
時に弱く、時に強く、その度に少しずつ指が熱く濡れていく。
指はいつしか半分ほども咥えられていて、軽く歯が当てられていた。
するとルキアはますます大胆に舌をまとわりつかせてくる。
指腹を乗せ、しっとりと撫で、そこから一周させる。
シャロンはこれまでそういうことを全くしたことがないのに、
彼女の舌の動きを、いやらしい、と思っていた。
小指と薬指は彼女の左手が、人差し指と親指は右手がそれぞれ包み、
付け根から爪までを、ゆっくりと、何度でも往復している。
シャロンはルキアが何故こんなことをするのかわかっていなかったが、
それがもたらす不思議な気持ち良さは少しずつ感じ始めていた。
彼女のふっくらとした唇が形を変えるごとに、何かが身体の奥で揺れる。
どこかはっきりとした部分ではない、腹から腰にかけてに広がる、痛みとは違う何か。
それはルキアが吸っていた指を離すことで、何故か余計強くなっていった。
唇は離れたといっても、手が解放された訳ではなく、
手首からするりと絡み付いてきたルキアの指は先端を付け根に触れさせたところで止まり、
そこからは反応を試すようにじりじりと進む。
その甘美な動きを、シャロンは遂に止めることが出来なかった。
指が重なる。
吸い付いた彼女の掌は、うっすらと汗ばんでいた。
その、いつもなら不快に思うはずの湿りは、形を変えてシャロンの背筋を伝い、
既に下腹全体を包んでいた何かに混じっていく。
「今日負けてもね、何度でも挑戦するつもりだったんだよ」
ルキアの声が遠くに聞こえる。
いたずらっぽく舌を出したルキアは、空いている方の手でシャロンの肩を掴んだ。
掴む、というよりそっと置かれただけの手が、身体を小さく揺らす。
その拍子に、シャロンは何かが零れたような気がした。
「シャロンと、こうできたらいいなって思って」
「ルキ……ア……」
「シャロン……ごめんね」
「なに」
言いかけた言葉が、塞がれる。
「……っ!!」
甘いぬくもり。とろけそうな柔らかさ。そして、搦めとられた指先。
驚きはしたものの、自分でも意外に思ったことに、嫌だ、とはあまり思わなかった。
だからシャロンにとって、ルキアの手を握り返すのは自然なことだった。
「……!」
ルキアが大きく目を見開く。
至近距離で見る緑色の瞳は、彼女らしくない揺れ方をしていた。
「あ、の……」
「どうしましたの」
シャロンが尋ねると、その揺れはますます大きくなる。
それは今の行為を悔いているようであり、シャロンには気に入らない。
彼女が身を乗り出すと、ルキアはその分身体を縮めて答えた。
「嫌じゃ……ないのかな……って」
「どうしてわたくしが嫌がらなければ?」
「え、だって、その……」
説明に困るルキアに、シャロンは蒼の輝きを強める。
「失礼ね、わたくしだってキスの意味くらい知ってますわ」
「……それじゃ……」
大きな目を丸くするルキアの、シャロンは両手を掴む。
その掌は、ルキアから伝えられた温もりでもう冷たくはなかった。
「あなたは、わたくしを好きだということなのでしょう?」
「う……うん」
「ごらんなさい。わたくしの予想通りですわ」
笑顔を浮かべるシャロンに、何か言おうとしたルキアは諦めて首を振り、
代わりに彼女にもう一度唇を寄せた。
「……ふ、っ……」
微かな吐息が唇を濡らす。
いつも強気な、眩しいくらい強い彼女の声が、こんなにも弱く紡がれて、ルキアはどきりとする。
もっと聞きたくなって、一度唇を離し、さっきとは少し違う場所に触れた。
支えている華奢な肢体が強張り、また元に戻っていく。
その感触が愉しくて、ルキアは何度かキスを繰り返した。
シャロンは当然のように腰に腕を回し、大人しくしている。
きっとキスとはそれでおしまいなのだと思っているのだろう彼女に、
ルキアは思いきって舌を伸ばしてみた。
「んっ……!」
綿帽子のような息が、急に変わる。
余程驚いたのだろう、シャロンは拒みもせずに受け入れた。
「あ……ぁ……」
ルキアは夢中で口内をまさぐる。
固まったままの舌を掘り起こし、表面を舐める。
ぬらりとした舌触りに興奮を呼び覚まされ、ルキアは腕に力を込め、
より深くシャロンとキスを交わした。
「……んぅ……」
鼻にかかった声が、シャロンの口を衝く。
怯え、まだそれがもたらすものの正体に気付いてはいない微かな鼻息は、ルキアを奥深くへと誘うものだ。
薄い肢体をかき抱き、ルキアは唇と舌とを交互に舐めてシャロンを感じた。
「っ……ふ……」
唇の裏側に舌が入りこむと、シャロンはくすぐったそうな声を出す。
そこが彼女の気持ちよい所だと気付いたルキアは、集中的に舌を這わせた。
「……ぁ……ん……」
ひくりと身体が震え、腰を掴んでいる手に力がこもる。
そんなシャロンが愛おしくなって、ルキアは更に丁寧に舌を蠢かせた。
腕に重みを感じる。
いくらシャロンが華奢であっても、力の抜けた彼女の身体を支えるのは難しく、
ルキアは抱きかかえるようにして彼女をベッドに横たえた。
荒い息が首筋を撫でるのが心地良くて、白みがかった繊細な金色の髪に指を絡める。
幾度も唇をついばみながら、その間隔をだんだん開けていく。
顔を離したルキアは、まだ軽く口を開けたままのシャロンの頬に口付けた。
「こういうのは……知ってた?」
軽く挑発的な口調で囁くと、シャロンは自分がしているのと同じように前髪の一房を握ってきた。
弱く、握るというよりも手でくるんだだけの仕種に、ルキアは呼吸を止める。
彼女に軽く触れられただけで、どうにかなってしまいそうだった。
それはシャロンが恥ずかしげに頬を擦りよせたことで、頂点に達する。
「……し、知りませんでしたわ。……だから」
瞳に宿る蒼い光をわずかに薄れさせ、頬を薄朱に染めてシャロンは言った。
「だから……もう一度、わたくしに教えてくださらないと」
濡れた唇の息遣いしか、ルキアにはわからなくなった。
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