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そうこうしているうちに、支我の声が龍介を現実に引き戻す。
どうせ大したことではないだろうと龍介は考えを切り替えた。
「今日の幽霊も深舟は見たのか?」
「ん、ああ、視てたな。視えてるのを認めはしなかったけど」
「それは……そうだろうな。幽霊が視える、なんて視えない他人に言っても百害あって一利なし、気味悪がられるだけだからな」
「でも、俺も視たって言ったんだぜ」
「それが真実かどうか、深舟には解らないだろう。東摩が嘘をついている可能性だってあるんだからな」
「ああ……そうか」
自分の鈍感さに龍介は苦笑した。
昨日の少女があまりにもはっきり視え、あまりにもはっきり消えたため、幽霊としか思えなかったのと、
その後の紅いコートを着た男の幽霊も直接殴って人間ではない手応えを感じ、
千鶴と支我に幽霊が視えているのかと驚かれたため、
何の疑問もなく自分は幽霊が視えるのだと信じていたのだ。
だが、常識的に考えれば幽霊が視える、という人間の方が少ないはずであり、
自己の認識力が及ばない世界を人は忌む。
まして、あるいはそれゆえに、霊感商法などという言葉があるくらい現世の人間は霊に弱く、
もしかしたらさゆりも龍介のことをそういう類の人間だと疑ったかもしれないのだ。
「うーん……俺って女を騙すような男に見えるのかな」
「昨日転校してきたばかりなんだ、深舟だって東摩のことはほとんど知らないだろう」
それにしては好感度メーターが最初から半分切っているように思えるが、龍介は何も言わなかった。
転校初日から続いた不幸な交流も、今日以後は収まるだろう。
さゆりがなお調査を進めようとしても、龍介にはアルバイトという断る大義名分ができたのだから。
「夕隙社はその角を曲がったところだ」
暮綯學園を出て小一時間ほど歩いた頃、ようやく龍介達が到着したのは、
歌舞伎町の喧噪も遠く、ややくたびれた感のある通りの一角だった。
「ここの二階が編集部だ」
支我は雑居ビルの一つを示した。
四階建てで幅十メートルほどのビルは明らかに大手出版社といった風情ではなく、
むしろ築年数の古さが危うさを感じさせた。
灰色のコンクリートにはひびらしきものが見え、三階は空き室なのか、灯りが点いていない。
現場で(しかも出版の現場ではない)その日出会った高校生を採用するくらいだから、
人材に恵まれてはいないのだろうと予想していたが、期待をやや下回る現実に、
龍介は表情の選択に困った。
幸いなことに支我は龍介の反応を観察せず、ビルの右手を指し示して説明を続けた。
「隣に駐車場を借りていて、普段は夕隙社が出す本の運搬に使っている。
そして、霊退治の依頼があったときは、俺達を現場まで運んでくれる足となる。
いずれにしても世話になるから、覚えておいてくれ」
「ああ」
「よし、それじゃ入ろう」
支我が先に進み、後に続こうとした龍介は、上げた足を元の位置に下ろして振り向いた。
「ん?」
「どうした」
「いや、誰かが見ているような気がしたんだけど、気のせいみたいだな」
良くある勘違いだと片づけようとした龍介に、支我は真剣そのもので言った。
「霊は至る所にいる。俺達は常に見られていると言ってもいい」
「そりゃそうかも知れないけど」
表向きは頷いておきながら、支我に聞こえないように小声で呟いた。
「ちょっと大げさじゃないか、さすがに」
気を取り直した龍介がビルに入ろうとすると、今度は支我が前進しなかった。
ビルから男が出てきたのだ。
男は夕隙社の関係者らしく、支我を見つけると彼の方から声をかけてきた。
「おう、支我じゃねぇか」
「左戸井さん、お疲れ様です」
左戸井法酔は支我の挨拶に鼻を鳴らして応じた。
龍介は半歩下がって左戸井を観察する。
年齢は四十台だろうか、髪はまったく整えておらず、無精髭を生やした顔はいかにも堕落した大人という印象だ。
サンダルに裾をまくったズボン、なぜか着ている汚れて灰色に見える白衣、
壊滅的にセンスのないシャツはその印象を補強するものでしかないが、なぜか目の力の強さだけが不思議に強かった。
業界人と言われればそんな気もするが、少し違うようにも思える左戸井は、
大きなあくびをすると、続けざまに小さなあくびをして頭を掻いた。
「十分前に出社とは、相変わらず真面目だな、お前は」
「今日印刷所から校正があがってくるって編集長が言ってましたから」
「あァ、なら俺のするこたァねぇな。ところで、この兄ちゃんは」
「東摩龍介と言って、今日からここで働くことになった奴です」
「かぁッ、また千鶴が拾ってきやがったのかよ」
龍介は頭を下げたが左戸井は全く無視している。
二人を取りなすように支我が言った。
「東摩、この人は左戸井さん。夕隙社の社員で、運転手だ」
「東摩です、よろしくお願いします」
「男と握手する趣味はねぇよ」
アルバイト自体初めてである龍介は、大人に対してどう接すればよいのか分からず、手を差しだすが、
左戸井は気持ち悪そうに吐き捨てて白衣のポケットから手を出そうともしなかった。
空しく伸ばした手もそのままに赤面する龍介に、左戸井はさらにあくびを重ねて言った。
「千鶴にそそのかされてご苦労なこった。ま、霊と戦るときは俺が連れてってやるからよ、
せいぜい頑張って働いて俺の給料も稼いでくれよな」
へらへらと手を振った左戸井は背中を丸めて歩きだす。
「左戸井さん、どこへ?」
「校了前のチェックなんて俺が居ても役に立たねぇだろ? パチンコだよ、パチンコ」
支我に背中で答えた左戸井は、サンダルをだらしなく鳴らして去っていった。
彼の姿が消え、サンダルの音も聞こえなくなってから龍介は静かに呟いた。
「いいのか?」
「あの人は夕隙社創業当時からいて、何でもその前から編集長とは組んでいたらしいんだ」
支我は言い訳をしているように聞こえる。
龍介だけでなく、自分自身に対しても。
そう感じた龍介だが、バイト一日目から人間関係に踏みこむのは避けるべきだと考えて何も言わなかった。
今度こそ支我に続いてビルに入る。
エレベーターを下りて右側が夕隙社の編集部だった。
左にも扉があって、そちらは資料室だという。
薄暗い資料室を横目で見ながら、龍介はいよいよ編集部に足を踏み入れた。
興奮に浮き足立つ龍介を最初に出迎えたのは、透明なドクロだった。
「……!」
何の嫌がらせか、ちょうど顔の高さに置かれているドクロと、龍介は真正面から見つめあってしまう。
たまらず逸らした視線の先には小ぶりのモアイ像が置かれていた。
「……」
動揺から立ち直った龍介は、辺りを見渡す。
するとそこら中に怪しげな物品が置かれているのに気がついた。
ピラミッドやUFOの模型に始まり、ポスターに描かれているナスカの地上絵くらいまでならなんとか知っているが、
妙に細長い男や、蛾と人間が合体したような怪物のフィギュアとなるとさっぱりわからない。
いずれ知識を蓄えなければならないのだろうが、龍介はこの手のものが嫌いではなかった。
部屋をぐるりと一周見渡し、元の位置に眼球を戻すと、そこには透明なドクロではなく、ひょろ長い男が居た。
驚く龍介に構わず、彼は口を開く。
「走査開始」
小さいけれども力強い声と同時に、彼の上部が光った。
二メートルはあると思われた身長は大部分がその光る帽子のような物体で、
パチンコ屋の電飾よりももっと激しく、めまぐるしく色を変えていた。
「あなたは男性ですね?」
「は、はい」
男の質問は馬鹿馬鹿しいものだったが、光に圧倒されている龍介は気がつかない。
「あなたの名前は名字と名前、それぞれ漢字二文字ではないですか?」
「そう……ですけど」
「よーし、よしッ! 質問を続けますよ。あなたの名前に生き物の名前は入っていますか?」
龍は生き物かどうかわからないので、龍介は首を傾げた。
「たぶん入っていると」
「なるほど……それは空を飛びますか?」
龍は蛇に近い東洋龍とトカゲに近い西洋竜に大別されるが、どちらも空は飛ぶだろう。
「飛びます」
「いいですよ、実にいい! あなたの名字に『ま』は入っていますか?」
「入ってます」
などという怪しい質問が、さらに数回行われた後、男が言った。
「あなたの名前は……東摩龍介ではないですか?」
「すげぇ、なんでわかった? ……その通りだよ!」
「どうですかこの境界科学の結晶は! 我が高校の科学力は世界一ィィィッッッ!!!」
右手を斜め上方に突きだして男が叫ぶ。
怪しげなかぶり物を煌々と輝かせ、熱狂的に叫ぶ姿はあまり近寄らない方が良さそうな類のものだった。
世界一はないだろう、と思いつつも、感動している龍介は突っこもうとはしない。
「ちょっと萌市、うるさいわよッ!」
そこに冷や水を浴びせたのは、伏頼千鶴だった。
奥の机から立ちあがると、騒いでいる龍介達のところへやってくる。
編集部に他に人はおらず、龍介に支我、それに千鶴と電飾の彼で全員だった。
「あァ、二人とも来たわね。ようこそ、我が夕隙社へ」
「は、はい、お世話になります」
我に返った龍介が頭を下げる。
「初々しいわねェ。いいわよ、そういうの」
どう反応して良いかわからず、龍介は固まった。
彼を救ったのは同じ学校に通う支我ではなく、奇態な帽子をかぶっている初対面の男だった。
「あ、申し遅れました。僕の名前は浅間萌市。千代田区の徹岳堂工科大学附属高校の三年生で、
霊や超常現象に関する研究をしています。以後、お見知りおきを」
「よ、よろしく」
頭を下げた龍介は反射的に手を出してから、数分前にここの社員だという左戸井に
にべもなく握手を断られたのを思いだした。
またやってしまったかもしれない――焦る龍介に、救いの手は差しだされた。
ただし、左手が。
「昨日握手会に行ってきたので左手でお願いします」
「握手会?」
「はい」
昨日? それから洗ってない? トイレの後も?
口には出せないクエスチョンを頭の中にぷかぷか浮かべながら龍介は左手で握手した。
人間は片手だけを洗うような器用なことはできないはずだとは、考えないことにした。
「よろしく、東摩氏」
氏という敬称を実際に発声している人間と、龍介は初めて会った。
ただそれは、萌市の強烈な個性の数々の中では些細なものに思われて、もう龍介はツッコまなかった。
「ナァゴ」
今度は猫の鳴き声が足下から聞こえる。
龍介が見下ろすと、トパーズ色の人懐っこそうな瞳が見上げていた。
ギンガムチェックのスカーフがお洒落な、まだ大人ではなさそうな猫だ。
かがむとすり寄って来たので指で喉を撫でてやると嬉しそうに鳴いた。
「シークロアはこの夕隙社が出来た頃から居るといわれている黒猫です。
夕隙社のエンブレムに描かれた八咫鴉のU太郎と並ぶ我が社のマスコットなんですよ」
萌市の説明に、支我が語を継いだ。
「シークロアが初対面の人間に懐くなんて珍しいな。東摩は猫を飼ってるのか?」
「いや、ペットは飼ってない」
「そうか、それじゃよほど好かれる何かがあるんだな」
「ふーん……?」
龍介に心当たりはないというか、そもそも猫に構ったことがない。
どちらにせよ嫌われるよりは好かれている方が良いに決まっているので、龍介は先輩である猫に挨拶した。
「これからよろしく、シークロア」
「ナァオ」
好奇心を満たしたらしく、黒猫は龍介から離れて椅子から机を伝ってロッカーの上に乗った。
どうやらそこが定位置であるようだった。
乱雑な書類の山を崩さぬように移動するのは、さすがに編集部の主というべきか。
まだ挨拶の途中だったのを龍介は思いだす。
立ちあがろうと腰を浮かせたところで、いきなり後ろから押された。
たまらずつんのめって前に倒れる。
どうにか手をついて支えたところでさらに上から力が加わり、結局したたかに額を床にぶつけてしまった。
小さくない痛みが収まる間もなく、龍介の背中に何者かの体重がのしかかった。
「きゃッ……! なんでこんなところでしゃがんでるのよ」
「深舟ッ! どうしてここに?」
「後をつけてきたのよ」
龍介を囲む輪の中心に乱入してきたのは、深舟さゆりだった。
驚く支我を筆頭に、彼女を歓迎する空気がエベレスト山の頂上なみに薄い中、
悪びれもせずに逆に一同を値踏みするように見渡す。
「つけてきたって……何を考えているんだ」
「どけよ」
「隠し事をしているあなた達が悪いんでしょ?」
「隠し事って……俺達はここにバイトをしに来ているんだぞ」
「どけって」
「支我君はともかく、昨日転校してきた東摩君が同じアルバイトをするなんて変よね?」
バイト先が同じだった東摩が、後から暮綯學園に転校してきたという可能性だってある。
落ちついて考えれば他にも言い訳のしようはあっただろう。
「それは……」
しかし、支我はとっさにごまかせずに言葉を詰まらせてしまった。
すかさずさゆりがかさにかかって追及しようとして上半身を乗り出したとき、彼女の足下が揺れた。
「いいからどけよ!」
業を煮やして叫んだ龍介に、さゆりはようやく上からどいた。
龍介が埃を払って立ちあがると、挑戦的な眼光を向ける。
「何よ、男なんだから少しくらい我慢しなさいよ」
挙げ句にこの言いぐさに、龍介は血流をつむじまで上昇させた。
「男も女も関係あるかッ! 人を踏み台にしやがって」
龍介の台詞になぜか萌市の眼が鋭く輝いたが、一同は気づかなかった。
「踏み台になんてしていないわ、手と膝を乗せただけよ」
本当に屁理屈が達者な女だ。
古典的に言うなら堪忍袋の緒が切れるだし、今風ならゲージがマックスになるというところか。
それなりの時間踏みつけられていたこともあって、龍介は、それでも言葉による反撃を試みる。
しかし、体勢を立て直した支我が彼よりも早く攻撃を仕掛けた。
「とにかく、だ。ここは暮綯學園じゃなくて夕隙社の編集部で、お前は編集部員じゃない。
つまり部外者ってことだ。俺達はこれから仕事で、お前に構っている時間はないんだ」
支我の口調は論理的で、しかも厳しい。
怒りにまかせた感情的な物言いよりもよほど相手に与えるダメージは大きく、
さゆりはぐっと顎を引いて同級生を睨みつけた。
普通ならここで負けを認めるか、あるいは泣きだすところだろう。
しかし深舟さゆりはそのどちらも選ばなかった。
「私は昨日四階で何があったのか知りたいだけよ。隠しているのはあなた達の方じゃない」
「業務内容を部外者に教えるわけにはいかない」
さゆりの舌鋒は厳しいが、防ぐ支我も負けてはいない。
「だいたい尾行なんて普通はするものじゃないだろう」
「クラスメートに隠し事だって普通しないわ」
あくまでも昨日の件を聞きだそうと頑ななさゆりに、支我も苛立ちを見せ始める。
そこに、いきなり龍介が笑いだした。
言い争っていた二人が、共通の表情で見る。
「何がおかしいのよ」
「いや、お前、ずっと尾けてきたんだろ? 学校からここまで、電柱とか物陰に隠れながら。
人通りの少ない道を選んで歩いてきたから、人混みにまぎれて尾行なんてできないもんな」
見た目は麗しい女子高生がこそこそと移動するさまを想像すると、龍介は笑わずにいられなかったのだ。
ただ、そこに悪意はなかったが、足蹴にされた上に乗っかられた恨みは、笑い声にわずかな嫌みのスパイスを効かせていた。
そのスパイスに、さゆりが過敏に反応する。
「うッ……うるさいわねッ! 元はといえばあんたが悪いんでしょッ!」
「俺の何が悪いってんだよ」
「居もしない幽霊を居るとか言ったじゃない」
「お前だって視て聞いただろうが。じゃあアレはなんだってんだよ」
再び龍介とさゆりが言い争いを始める。
軽く頭を振った支我は、この場の裁定者に直訴した。
「編集長すみません、すぐ帰らせますから」
ところが、伏頼千鶴は神の裁きで争いを止めさせるどころか、
なお舌戦を繰り広げていた二人が疲れ、一瞬静かになった間隙に無形の爆弾を放りこんだ。
「あなた、どっちを追いかけてきたの?」
「へッ?」
「支我か東摩か、どっちがタイプかって訊いてるのよ。まさか両方?
若い内は情動のままに突っ走るのも悪くないけど、でも少なくとも支我はそういうキャラじゃないわよ?
東摩君はウチに来て日が浅いから分からないけど」
さすがに貫禄と言うべきだった。
昨日着ていたのと似ているが微妙に淡い色のスーツを、やはり胸元は大きくはだけさせて着ている千鶴は、
たった一言でさゆりの攻撃を止めたのだ。
ただしそれは江戸時代の消火のような、延焼を食い止めるために周りの家を壊すといったレベルのもので、
巻きこまれた男達はそれぞれ顔をしかめ、しかも壊した当人は明らかに全員の反応を愉しんでいた。
「そッ、そんなんじゃありませんッ!! 私はただ、この二人がこそこそ何かをしているから気になって」
「あら、あなたもバイト志望なの? 昨日一人採ったばかりで枠に余裕はないんだけど」
さゆりの唇がへの字に曲がる。
その端がごく微量ではあってもひくついたのを、確かに龍介は見た。
人には相性というものがあって、千鶴はさゆりの天敵らしい。
では俺の天敵はさゆりなのかと考えたところで情けなくなって思考を中止する。
「まあでも、情動に身を任せて突っ走る少女というのは中々そそるものがあるわね」
「だからそんなんじゃ」
「違うって言うのなら帰ってもらうしかないわね。
支我の言うとおり、今日は校正チェックで忙しいから見学を相手してる余裕はないのよ」
火に油を注ぐとはこのことか。
千鶴の挑発は龍介に避難を考えさせるほど燃焼力に満ちた燃料だった。
案の定、さゆりは美少女らしくない、やや黒く見えるほど顔を赤くして叫んだ。
「やッ、やるわよ、やってやるわよ、やればいいんでしょうッ!!」
「決まりね、それじゃ今日から早速働いてもらうわよ」
口車に乗せられたとさゆりは気づいたようだが、後の祭りだった。
狼狽したのは彼女の同級生二人で、特に昨日からロクな目に遭わされていない龍介は、
突如降りかかってきた悪夢に必死で立ち向かった。
「まッ、待ってください、この女はとんでもない奴なんです。こんな奴雇ったらきっと損しますよ」
「あら、具体的にはどんな?」
千鶴は煙草を取りだして咥える。
周りにいるのは全員が未成年で、支我と萌市は控えめに、さゆりは露骨に嫌そうな顔をするが、
お構いなしに火を点けた。
深く吸いこんだ煙を、それでも一応顔をそむけて吐きだす。
それから龍介の方を向き、話を促した。
「えっと、昨日の朝こいつの友達にぶつかられたんですけど、
その子は自分が悪いって謝ってくれたのに、後から来たこいつは見てもいないのに
俺が悪いって決めつけた上に、後ろからぶつかってくる奴も避けろとかメチャクチャ言いやがって」
「あら、霊と戦うにはそれくらいできなきゃダメよ」
行進曲のような軽やかさで言い放つ千鶴に龍介は唖然とし、さゆりは呆然とした。
「霊と……戦う……?」
「ええ、ウチは本業の出版のほかに依頼があれば霊退治も引き受けてるわ」
「そんな……霊なんて居るわけないじゃない」
「信じようと信じまいと勝手だけど、私達はそれを仕事にしているし、
東摩君も霊が視えるからウチに来てもらったのよ。
昨日、アナタの学校の霊を退治したのも彼なんだから」
「……!」
さゆりがものすごい形相で龍介を睨みつける。
だが、これに関して龍介に責められる筋合いはないはずだった。
龍介から視線を転じて一同を見渡したものの、孤立無援であると悟ったさゆりは、
なお負けを認めなかった。
「いいわ、あなた達が嘘をついていないか、私が確かめる」
「霊が視えないとなると出版の方で頑張ってもらうしかないけど」
「私は東摩君より役に立ちます」
雨が降れば濡れますというのと同レベルの断言をするさゆりに、龍介は口を挟めなかった。
ただし心の中では闘志に火が点き、絶対こいつより役に立ってみせると固く誓った。
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