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 マンションからある程度離れたところで支我がスマートフォンを取りだした。
通話の相手は当然彼らの上司である伏頼千鶴だ。
「で、やっぱり霊だった?」
「ええ、今夜除霊します」
「そう、頼むわ。それで一旦戻ってくるでしょ?
悪いんだけど、左戸井が捕まらないのよ。全くどこほっつき歩いてるんだか」
「それは問題ないです。詳しい報告は編集部に戻ってからしますので、はい、それじゃ」
 支我が電話を切ると、待ちかねたようにさゆりが話しかけた。
「ねえ、真鍋さんなんだけど、最後のお別れになるんでしょ? 立ちあうくらい駄目なの?」
 新米社員がでしゃばるつもりなど毛頭ないが、この提案は受け入れてやっても良いのではないかと龍介は思った。
賛意を表したところでさゆりは感謝などしないだろうから、思うだけだったが。
 支我は彼女の方を見ずに、まっすぐ前を向いたまま言った。
「俺達は今夜、婚約者の霊を消滅させる」
「消滅って、そんな言い方」
「俺達は向こう側の世界のことを知らない。霊が消えて新しく生まれ変わるのか、
単に無となるのか確かめる方法はないんだ。成仏という言い方だって、
実際は俺達がしている方法と同じかもしれない」
「……」
「いずれにしても、だ。たとえ迷惑だとしても、婚約者の霊を目の前で斃されたらどんな気持ちになる?」
 さゆりはそこまで考えていなかったらしく、息を呑むのが龍介に伝わってきた。
龍介も真鍋に対する善意としか考えていなかったので、支我の指摘に声もなく聞き入った。
「俺達を恨むのならまだいい。いざ除霊しようとした時に、俺達の妨害をする可能性だってあるんだ。
どれだけ普段理性があっても、極限状況に置かれたとき、人は予想もつかない行動をする」
「邪魔をされたくないから、立ち会わせなかったってわけ」
「……そうだ」
「冷たいのね」
 支我は答えなかった。
さゆりも継ぐべき言葉を失い、萌市と龍介も黙ったまま、夕隙社に戻るまで誰も口を開かなかった。

 龍介達が編集部に戻ったのは、七時を少し過ぎた頃だった。
霊が出るという午前二時にはまだ時間があるが、機材の用意や現地での準備を考える必要があるし、
深夜にあまり大勢が移動するのも具合が良くないので、
九時には依頼人のマンションに行くということで話がまとまった。
 編集部には左戸井がいて、戻ってきた龍介を見ると声をかける。
「よお、初日から夜更かしとはついてねェな」
 なんと応じて良いかわからず龍介が困っていると、千鶴が助け船を出してくれた。
「ウチの貴重な戦力なんだから、ちゃんと送迎しなさいよ」
「わァッてるよ、ッたく。ま、そういうこッたから、足は心配しなくていいぜ」
 左戸井はまだ一時間も一緒に居ない龍介でさえ、だらしない大人だというのが嫌と言うほどわかる
昼行灯であったが、さすがに最低限自分の仕事はするらしい。
「東摩、ちょっといいか」
 いいタイミングで支我が呼んでくれたので、龍介は左戸井から離れた。
 支我の机には彼と萌市がいて、龍介が近づくと、何やら端末を手渡した。
「夕方は予定外のことが起きて忘れてしまったが、これは夕隙社の支給品だ」
 龍介が受け取ったのはスマホより大きい、タブレットサイズの端末だった。
ただしタブレットより厚みがあり、重量もある。
おまけに画面はともかく枠はあまり良い作りとはいえず、
なぜこのご時世にこのような出来の良くなさそうな端末なのかと龍介は戸惑った。
「これは僕が開発したウィジャパッドというデバイスです」
「ウィジャパッド?」
「はい。使い方を説明しますね」
 萌市が電源を入れると、家の間取り図が表示された。
「これは今回の依頼人、真鍋漁作氏の家の間取り図です。この端末には硫黄濃度センサー、外気温センサー、
その他霊を探知するために必要なセンサーが計五つ搭載されていて、
霊が視えない人間でも霊の存在を探知することが出来ます」
「え、それじゃ」
 何も自分のような霊能力者――嫌な言い方だが、他にない――に頼らずともやっていけるのではないか。
龍介の疑問は想定内だったらしく、支我は龍介が疑問を口にする前に説明した。
「いくらウィジャパッドが便利でも、そこに霊がいる、というところまでしかできない。
霊は動き回るものだし、中にはかなり素早く動くものもいる。直接視えた方が有利なのは間違いない」
 では、視える人間がいるのなら、このような端末は必要ないのでは。
この疑問も、支我には読めていたようで、彼は続けた。
「霊がいつもはっきり視えるとは限らないし、複雑な地形をしている現場もある。
それに、情報の共有は集団作戦において極めて有効だ。これを見てくれ」
 支我がアイコンをタッチすると、画面に緑色の格子が表示された。
端には縦にアルファベット、横に数字が並んでいる。
「俺はこの足だから戦闘には参加できないが、霊が現れたとき、たとえばA3と言えばすぐに伝えられるだろう?」
「なるほど」
「それにコンセントや蛇口といった、霊が通り道に使うものもあらかじめ場所を表示できる。
実戦で使いながら浅間が改良を重ねてくれた端末だ、きっと霊退治の役に立つ」
 そこまで言われれば文句の言いようもない。
龍介は端末を受け取り、萌市に基本的な操作を教わった。
霊退治専用端末、といっても、操作感はスマートフォンに似ているので、すぐに必要なことは覚えられた。
「意外と科学的なのね。もっと札を投げたり呪文を唱えたりするものだと思っていたわ」
 いつの間にかさゆりが来ていた。
彼女の感想は龍介も先刻似たようなものを抱いたが、彼女の口調は明らかに小馬鹿にしているので、
龍介は反発する。
「お前除霊するところなんて見たことあるのかよ」
 これは痛いところを突いたらしく、さゆりは下唇を噛んで黙った。
勝った、と龍介が思ったのも束の間、
「除霊なんて皆そうじゃない。視えてるか視えてないかわからないのをいいことに、
適当に拝んでそれっぽいフリをしているだけでしょう」
 丸太で殴りつけるような口調が返ってきた。
「確かに、この世界にはそういった輩が多いのも確かだ」
 冷静に応じたのは支我だ。
「だが、俺達はそんないい加減な除霊はしないし、もし依頼完了後に再び現れるようなことがあれば
責任を持ってアフターフォローをする」
 支我だけでなく、室内にいる全員の目が自分に注がれていて、さゆりは、
よりにもよって彼らの本拠地で職業批判をしてしまったことに気づいた。
龍介一人ならともかく、これは分が悪すぎる。
負けを認めるのにやぶさかでないが、龍介を勝ち誇らせるのはしゃくだ。
「まあいいわ。使い方がわからなくても霊に投げたりしないでよね、東摩君」
「なッ……!」
 絶句する龍介の顔に、少しだけ溜飲を下げるさゆりだった。
 席に戻った龍介が、さゆりにからかわれたからでもないが、
ウィジャパッドをいじっていると、今度は千鶴に呼ばれた。
「これがウチの現場服よ」
 渡されたツナギは派手なオレンジ色で、正直あまり着たくないと龍介は思った。
「制服着た学生が夜半にウロついてるとそれだけで職務質問の対象よ。そんなの嫌でしょ?」
 この服だって充分怪しいと思ったが、龍介は無言で頷いた。
「なんだか格好悪い服ね」
 横からさゆりが口を出す。
職場の制服をけなされて千鶴が怒るのではないかと思われたが、彼女は鼻で受け流した。
「小娘には様式美ってモンがまだわからないでしょうね」
「なッ……!」
 すぐさま反撃しようとするさゆりに、冷静な支我の声が割って入った。
「現場は綺麗な場所とは限らないからな。廃屋や廃病院なんかだと制服が埃まみれになってしまうぞ」
 開いたさゆりの口が金魚のように空しく閉じる。
そしてなぜか龍介に怒りの矛先が向けられた。
「いつまで間抜けな顔して突っ立ってるのよ。早く着替えたら?」
 無表情で二度まばたきした龍介は、唐突に服を脱ぎはじめた。
「きゃッ、何いきなり脱いでるのよ、変なもの見せないでよ!」
 叫ぶさゆり以外の全員が声を出さずに笑っている。
からかわれていると知ったさゆりは、額まで真っ赤にしたかと思うと肩をいからせて編集部を出て行ってしまった。
「やれやれ、全く困ったものだな」
「いいじゃない、女があんな反応して喜ばれるのは若いウチだけよ」
「そうそう、千鶴なんてとっくにトウが立っちまってるからな、怒らせたらお前らなんか取って食われちまうぞ」
 さゆりに劣らない剣幕で千鶴が左戸井を睨むが、彼は堪えたようすもなく煙草を取りだした。
ことさらゆっくりと煙をくゆらせて、下卑た笑みを浮かべる。
「ま、新入り、さっさと着替えてあの嬢ちゃんを迎えに行ってやんな」
 なぜ俺が、と龍介は思ったが、他に適任がいるはずもない。
仕方なく着替えを済ませた後でさゆりを探しに行くことにした。
「ああ、それから東摩」
「ん?」
「武器を選んでくれ」
 何気なく頷いてから、龍介は支我の衝撃的な発言をゆっくり反芻した。
「……武器?」
 ジョークかと思ったが、テスト範囲を告げるときの教師のように、支我の顔には一片の冗談も浮かんでいなかった。
「東摩は素手で霊に接触できる才能を持っているが、霊体との直接的な接触はどのような影響があるかわからないから、
できるだけ避けた方がいい。場合によっては霊が生者に取り憑いてしまうこともあるんだ」
「それは怖いな……でも、俺武器なんて何にも使えないぞ」
「それなら、とりあえず鉄パイプを持って行くといい。
戦っているうちに気に入る武器が出てくればそっちに変えればいいさ」
 気に入る武器というのも物騒な話だが、正直そういったものに興味がないわけでもない。
「ちなみに、他にどんな武器があるんだ」
「いろいろあるぜ」
 答えたのはなぜか支我ではなく左戸井だった。
彼の手招きに応じてロッカーに行ってみて龍介は唖然とした。
トンファー、ヌンチャク、杖にこん棒、鎖鎌、コンバットナイフ、果ては日本刀まである。
ゲームの武器屋が開けそうな品揃えだった。
「こんなの……大丈夫なんですか?」
「大丈夫って何がよ」
「いや、銃刀法でしたっけ? 所持するのに許可とか免許とか要るんじゃないんですか?」
「ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ」
「……」
 なんという駄目な大人なのだろう。
龍介はもはや何も言わず、警察に見つかったときになるべく穏便に済みそうな鉄パイプ以外は使わないと心に決めた。
 ふと龍介が横を見ると、萌市が何やらやっている。
すでにツナギに着替えている彼は、何かの機械を動かしているようだった。
通学カバンほどの大きさがある本体には、メーターやらレバーやらがついていていかにも怪しい。
その本体からはホースが伸びていて、おおざっぱな印象としては掃除機のように見えた。
さらに言えば、全体としてウィジャパッドと似た感じがある。
「それは?」
「プロトンパックです」
 萌市はそれ以上説明せず、機械の方を向いたまま何かの調整を続け、振り向こうともしなかったので
龍介はそれ以上訊ねる気をなくした。
邪魔をするのは悪いだろうし、霊退治に使うのは確実なのだから、現場で見せてもらえばよいだろう。
 準備が一通り済んだので、龍介はさゆりを呼びに行くことにした。
 さゆりはすぐに見つかった。
ビルの前にある電信柱の影で、腕を組んで立っていたのだ。
仁王立ちではないが、腕を組み、唇を引き結んだ立ち姿はどう見ても機嫌が良さそうではない。
話しかけるのは冬眠から目覚めたばかりの熊の前を横切るようなもので、
龍介としては慎重にならざるを得ない。
いっそ見つからなかったことにして引き返すという選択肢も浮かんだが、
検討するよりも早く黒い瞳に見つかってしまった。
「何よ」
「そろそろ出発するってよ」
 さゆりの声が露骨に荒々しかったので、かえって龍介は反発せずに済んだ。
さゆりもそれを予想、あるいは期待していたのか、拍子抜けしたような顔をしながら、開きかけた唇をそのまま閉じた。
「そう」
 簡潔に答えて編集部へと戻っていく。
嵐に巻きこまれなくて良かったと安堵する龍介に、彼女が言った。
「その服、似合ってるわよ」
 予想外の言葉に呆然とする龍介の前でエレベーターが閉まる。
数瞬後に真意を理解した龍介は、憤怒の形相で開扉ボタンを連打するが、
さゆりを乗せたエレベーターは軽やかに昇っていったのだった。

 午後九時に再び真鍋漁作の家に戻った龍介達は、機材を設置し、最終の打ち合わせを済ませて待機していた。
それから三時間ほどが経過し、現在の時刻は日付が変わって午前一時四十五分。
そろそろ霊の出現する頃合いとあって、それまで何かと龍介に突っかかっていたさゆりも、静かになっていた。
「こちら支我。聞こえるか?」
 指揮車の中から支我が呼びかける。
本来状況を確認できる場所に陣取るのだが、夜半に都会のマンションではそういうわけにもいかず、
ウィジャパッドのみを頼りにして指揮を執らねばならなかった。
こういった状況は初めてではないが、今回は新人と新人未満が二人居る。
どのようなトラブルが発生するか、いっときも油断は出来なかった。
「良好です」
「こっちもOKだ」
 萌市と龍介から返事がある。
しかし、現場にいるもう一人は沈黙したままだった。
「……深舟?」
 さゆりを呼ぶ声は龍介のインカムにも入っていて、ぼんやりしている彼女に至近から声をかけた。
「おい、呼んでるぞ」
「え、何!? 何か言った!?」
 インカムから支我のため息が漏れた。
「具合が悪いんだったら後退しろ」
「平気よ。こんな夜遅くまで起きて、何もなしに帰れるわけないじゃない」
「なら集中しろ。霊はどこから襲ってくるかわからないぞ」
「わかってるわよ」
 さゆりは苛立った様子で支我に応じている。
落ち着け、と言ってやりたいところだったが、そうしたところで火に油を注ぐだけとなるのは
はっきりしているので、龍介は何も言わない。
 いっそあいつの目の前に霊が出れば面白いのに、などと不謹慎なことを龍介が考えていると、
どこからか鈴の音が聞こえた。
「!?」
 龍介は驚き、四方を見渡す。
さゆりと目が合ったが、彼女はいつものように怒るでもなく、なぜかばつが悪そうに顔を赤らめた。
「これだと思う」
 彼女はポケットから鍵を取りだす。
さゆりが見せたかったのは鍵ではなく、その先についている小さな鈴だった。
「おどかすなよ」
「おばあちゃんにもらったの」
 大きく息を吐きながら、龍介は疑問に思った。
ずっとポケットに入っていたのなら、なぜ今まで聞こえなかったのだろう?
だが、それを訊くのはなんとなくためらわれた。
「どうした、何かあったのか」
「いや、なんでもない」
 龍介が小声で、しかしはっきり告げると、さゆりが驚いたように目を見開いた。
ここぞとばかりに言い立てるとでも思ったのだろうか。
だとしたら見くびられたものだが、いずれにしても、今はそれどころではない。
さゆりに鈴をしまうよう促した龍介は、油断なく廊下を見渡した。
何の変哲もない廊下……少し寒くなった?
皮膚に冷気を感じた龍介が、全身に緊張を走らせて周囲を伺うと、後方から小さな電子音が聞こえた。
「探知機に反応あり! こいつは……霊の可能性大です」
 萌市の声にインカムからの支我の声が重なる。
「こちらでも気温の低下及び大気中の硫黄濃度の上昇を確認した。出現まであと十秒」
 唾を飲みこもうとして止める。
頭の中で数を数え、残りの五秒は口に出した。
「五、四……来るぞ!」
 前方の冷気が強くなり、もやのようなものが立ちこめた。
徐々に濃くなり、ある一定の形を取り始める。
霊が出現する瞬間を見たのは龍介も初めてで、空中の一箇所に白い霧が収束していく現象に声も出ない。
いつ襲いかかってきても対応できるよう、鉄パイプを握りしめる龍介に、さゆりの囁きが聞こえた。
「これが……霊……」
「視えてるのか?」
「……ええ……」
 さゆりは否定するかと思ったが、霊の出現に気が動転しているのか、素直な返事が返ってきた。
とはいえ皮肉を投げつける余裕もなく、龍介は霊が象を取るのを待った。
「彼はどこ……? どこに隠したの……?」
 やがてもやは女性の象となった。
ブラウスにワンピースを着た、ありふれた女性の姿だ。
だが彼女には服はおろか髪や肌に至るまで一切の色がなく、石膏で作ったリアルな像のようだった。
肌も眼球も白なので、彼女の表情は読めない。
だが、周りを見渡し、龍介達に迫ろうとするさまからは、焦りと苛立ちが感じられた。
今のうちに殴りかかるべきなのか、それとも対話を求めるべきなのか、龍介は迷った。
「何してるのよ」
 動かない龍介にさゆりが囁く。
すると、呼応するように霊が叫んだ。
「彼はあたしのものよ。渡さない……誰にも渡さない……!」
 霊がさゆりめがけて突進する。
霊がこれほど速く移動できると思っていなかった龍介は、一瞬の虚を突かれた。
それはさゆりも同様で、浮遊して近づいてくる物体を、どうやって避ければよいかわからず、
立ったままの姿勢で固まっていた。
「きゃッ……!」
 龍介はとっさにさゆりの方に跳んだ。
身体をひねると同時に踏みきったため、狙いを定める余裕などなく、
さゆりの腰の辺りに抱きつき、押し倒す格好になった。
さゆりを庇うのに必死で、顔面をしたたかに打ちつけたが、痛みなど気にしている場合ではない。
龍介は顔を上げ、同級生の無事を確かめた。
「おい、大丈夫か?」
「重いんだけど」
 礼の期待はしていなかったにせよ、この言い種だ。
鼻白んだ龍介は素早く立ちあがり、さゆりに背を向けた。
そもそもどうしてこの女を助けたのか、一度くらい憑かれてみるのも良いクスリになるのではないか、
もしかしたら性格が治るかもしれないじゃないかと割に酷いことを考える。
すると、背後からか細い声が聞こえた。
「……ありがと」
「……!?」
 誰が喋ったのかわからず、龍介は振り向いた。
後ろには、こんな声を出すような女は立っていなかった。
こんな声は絶対に出さないであろう女は、龍介と視線が合うと低い声で凄んだ。
「……何よ」
「いや」
 やはり幻聴だったようだ。
龍介は気を取り直し、同学年ながらこの場においては先輩である萌市に指示を仰いだ。
「すでにこの家は霊的に封印してあります。真鍋氏の寝室を除いて」
「なるほど、そこに追いこむってわけか」
 龍介は感心し、萌市の装備するなんとかパックの威力をを見せてもらおうと思った。
 ところが、萌市はその場から動こうとしない。
何か機でも待っているのかと困惑する龍介の耳に、装着されたインカムから通信が入った。
「どうした、東摩。ゴーストは寝室に移動したぞ」
「あ、ああ、行くよ」
 なぜ萌市に突入させないのか、困惑を一層深めたまま龍介は指示に従った。
 女性の霊は部屋の中央にいた。
入ってきた龍介たちを見ても襲ってくる気配はない。
「捕縛の札が効いています。このまま一気に斃してください」
 萌市はやはり霊退治を龍介に任せるつもりのようだ。
どういうことか訊いている場合でもなく、龍介は霊に相対した。
「どうしてあたしの邪魔をするの」
 女性の声は哀しく、龍介の鉄パイプを握る手にためらいが生じる。
もともと、いくら霊とはいっても、ここまで人間の形をした存在、
それも女性に殴りかかるのにはどうしても積極的にはなれないのだ。
だからといって何もしないわけにもいかない。
すでに数人の女性が彼女によって怪我を負わされており、放っておけば被害はもっと増えるだろう。
「東摩氏、捕縛の札はそれほど長く保ちません」
 動かない龍介を萌市が促す。
覚悟を決めて、龍介は彼女に近づいた。



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