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ようやく一息ついたのは、駅から出て路地に入ってからだ。
龍介もさゆりも東京在住だが、高校と住居が同じ新宿区なので、満員電車というものにあまり縁がなく、
わずか二駅の移動で疲弊した二人は、期せずして同時に息を吐いた。
「……」
龍介とさゆりは何か言いたげであるのを互いの瞳に見いだす。
しかし、さゆりが想像した嫌みも、龍介が予想した毒舌も、それぞれの口唇からは発せられず、
二人は同類に出会って吠えようとしたが飼い主にたしなめられた犬のような表情で、同じ方向へと歩くのだった。
五分ほど続いた沈黙を破ったのはさゆりの方だった。
「それで、今回の依頼はどんな感じなの?」
「ライブハウスだってよ……ん?」
スマホに表示された地図に目を落としていた龍介が、不意に立ち止まった。
「どうしたのよ」
「いや、現地でもう一人合流するから、詳細は彼に聞くことって」
「どういうこと? あのオタクかおじさんが来るの?」
身も蓋もない言い方に龍介は噴きだしそうになった。
さゆりが浅間萌市と左戸井法酔に好意的でないとしても、一応同僚だろうに。
この分では俺も何と呼ばれているか分かったものじゃない、と思いつつも、
思ったことをそのまま言っているだけ、という彼女の主張は正しいと納得もする龍介だった。
「誰が来るかは書いてないな。左戸井さんってことはないと思うけど」
「私、あの人好きじゃないわ。お酒と煙草の臭いがひどいもの」
それはその通りだけど、と思いつつ龍介は同意を避けた。
彼女の主張は正しく、また、仮に面と向かって左戸井に言ったとしても、苦笑いされて終わりだろう。
女性は匂いに敏感で、特に女子高生というものは匂いの善し悪しだけで世の全ての事象の断罪を許される、
と一般に思われているからだ。
だが、男はそうはいかない。
うかつに他人の匂いの論評などしようものなら、異性には嫌われ、同性には気味悪がられる。
ゆえにたとえ良い匂いであっても、軽々しく口にするのは避けるべきというのが龍介の処世術だった。
「支我くんも説明を放り投げるなんて、結構無責任よね」
他人が一刀両断されるのは案外楽しいかもしれないと思いつつ、
またも同意は避けて、龍介はスマホが示す現場へと向かうのだった。
渋谷の喧噪から一本裏道に入ったところに龍介とさゆりはいた。
駅から五分程度の距離なのに、二人ともうっすらと汗を滲ませている。
夏にはまだ早いはずなのに、妙にやる気を出している太陽のせいと、もうひとつ、
彼らがお互いに相手のせいだと考えている原因があった。
「ここね、ライブハウスって」
階段を見下ろしてさゆりが言った。
二人とも地下にあると思っていなかったので、一度は到着したものの見つけられず、
建物があるブロックを一周してようやく探し当てたのだ。
おまけにそのブロックは坂となっていて、二人を疲れさせてくれたというわけだった。
「現地で合流って、いないじゃない」
「俺に怒るなよ」
さゆりの怒りと龍介のぼやきは出所が同じだ。
合流するという人物が外で待っていてくれれば、余計な労力を使わずに済んだのだ。
「どうするのよ」
「中で待ってるかもしれないから入ろうぜ」
四月にしては暑い日で、外で待っているのは汗を増やすだけだ。
店内に入れば日差しは遮断できるだろう。
龍介の提案にさゆりも同意し、二人は階段を下りた。
引いて開けるタイプの黒い扉には、一面にフライヤーが貼りつけてある。
窓はなく、店の中は覗きこめないようになっていて、どこか異界に通じているような雰囲気がある。
開けるのになんとなく抵抗を感じるが、さゆりに臆病だと思われるのも嫌なので、龍介は思いきって踏みこんだ。
淀んだ空気が龍介の顔を叩く。
五十人ほど入ればもう満員になりそうな、広くもない店内は、
ステージと音響設備がある他はただの部屋、という風情だった。
打ちっ放しのコンクリートにはやはりポスターやフライヤーが無秩序に貼られている。
それらの幾つかは破れかけてもいて、混沌とした印象を与えた。
「なんだか小汚いところね」
室内の中央に立って全体を見渡しながら、さゆりが遠慮のない感想を口にした。
関係者が聞いたら気を悪くするかもしれないのに、と龍介は危惧するが、誰も出てくる気配はない。
「私、ライブとかは行かないけど、東摩くんは行ったりするの?」
「いや」
「そうね、趣味とかなさそうだものね」
どうしてライブハウスに行かないという返事が、趣味がない男という感想に結びつくのか。
さゆりの言語中枢にはよほど悪意のある変換システムが備わっているのではないのか。
とはいえ実際に堂々と趣味と言える趣味もないので、その点に触れられるのを避けようと、
龍介は軽く肩をすくめて受け流した。
すると、さゆりはどこか面白くなさそうに唇を引きむすび、早足でステージへと向かった。
「さっさと関係者に話を聞きましょう」
そういえば、現地で合流するはずの人物も見あたらない。
さゆりが目指したのはおそらく舞台裏で、龍介も後を追った。
さゆりがステージの袖にあるドアを開けようとしたとき。
突然、ステージに照明が灯った。
「なッ、何!?」
さゆりはうろたえ、龍介の方を振り返る。
龍介もわけがわからず、さゆりとステージを交互に見つめていると、今度はギターの音が二人の鼓膜を撃った。
恐慌に陥りかけた二人は、思わずお互いの腕を掴む。
ギターは何かの音楽を演奏しているようだが、音が大きすぎて雑音にしか聞こえない。
龍介とさゆりは空いている方の手でそれぞれ片方の耳を塞ぎ、それでも脳を直接揺らされるような轟音に、
三半規管の機能を乱され、互いの腕を掴む力を強くした。
龍介達が立っているのとは反対側の舞台袖から、ギターを鳴らしながら一人の男が出てくる。
「どんなにロックを知らなくても、生きてるだけで人はロックしてるんだぜッ!!」
髭を生やした小太りの男の出現に、二人はお互いが運命の相手であるかのように腕を掴んだ。
「ロックは魂を震わせ、全てのものに衝撃を与えるッ!
そこで(ピー)を(ピー)しなッ、ベイビー。そしてこの音に酔いしれるがいいぜ、YEAHッ!!」
彼は叫びながらギターをかき鳴らすが、鼓膜が飽和状態に陥った二人には何を言っているのかさっぱり聞こえなかった。
彼が演奏を止めてからも頭の中がくわんくわん揺れている二人はしばらく声も出せない。
ようやく回復したさゆりは、ステージの男に指を突きつけ叫んだ。
「な、何、この変態おじさんッ!? どこから出てきたの!?」
変態おじさんというのはあんまりな気もするが、ジーンズに革ジャン、
スタッドで装飾されたブーツに無精髭とくればマトモではなさそうだ。
何かあったら殴りかかれるよう、拳を固める龍介をよそに、
小太りの男は二人を総毛立ったネコさながらに警戒させているなど露にも思わぬ様子で話しかけてきた。
「編集長から話は聞いてるぜ、お前さんたちが新入りだな?」
返事を待たずに男は手にしたギターを鳴らす。
「いい瞳をしてやがる。まさにアイ・オブ・タイガーだッ!!」
「アイ・オブって……」
彼が言ったのは八十年代にヒットした映画のテーマ曲だと龍介は気がついた。
確かあれはタイガーの前にザがついたはずだが、指摘する気にもなれずさゆりにやり取りを任せる。
「お前らのようなヤツとこれから一緒に熱いセッションができると思うと――おおッとッ!!」
男はまたギターを鳴らした。
今度はひときわ大きく、メロディーらしきものまでついている。
「俺様は小菅春吉ッ!! 夕隙社の魂のゴーストハンターとは俺様のことだぜッ!!」
ジャカジャン、というサウンドが途切れると同時に龍介とさゆりは叫んでいた。
「魂の」
「ゴーストハンター!?」
「もしかしてあなた……夕隙社の?」
夕隙社とさゆりが言った途端、男はギターを鳴らし、ピックを持った指をさゆりに突きつけた。
「YEAHッ!! 除霊経験は俺様の方が豊富だが、歳は近いからな。
余計な遠慮はしないでくれよ、LOVE&PEACEで行こうぜッ!!」
「LOVE&PEACEって……それにあなた、歳が近いって言ったわよね。
まさか……おじさんじゃなくて高校生なの!?」
さゆりの驚きに応じて腕に爪が食いこんでくることに龍介が気がついたのはこの時だ。
やや大げさに痛っ、とジェスチャーしてみたが、さゆりは小菅春吉と話すのに夢中で気づいていないようだった。
「高校生なんかじゃねェ。俺様は自由さ。狭い檻からこのコンクリートジャングル
に解き放たれた一羽の白鳥――それが俺様だッ!!」
「意味が分からないわ……」
大きく頭を振ったさゆりは、この場にいる誰の方にでもなく呟いた。
「だいたい白鳥っていうより丸々と太った七面鳥よね」
「誰が七面鳥だッ!!」
さゆりの発言は人を怒らせる。
そして、そういう発言は概して他人には面白いのだ。
さゆりの爪が食いこんでいるおかげで噴きだしたりはしなかったが、
そうでなければ龍介はこれから職場で始終顔を合わせるであろう先輩に、
初対面から最悪の印象を与えていたことだろう。
さゆりのマッチポンプによって救われた龍介に、小菅が近寄ってきた。
「こっちの兄ちゃんは話がわかりそうだな。よろしく頼むぜ、ブラザー!!」
人懐っこいというか他人との距離感がゼロというか、小菅は十年来の親友にするように龍介の肩を叩いた。
一方で年齢も性格も小菅のことは全く解らない龍介は、戸惑って返事が遅れる。
するとすかさずさゆりが口を挟んだ。
「見た目が除霊と全然結びつかないけど、仕方ないわ。ほら、仲間でしょ、挨拶しなさいよ」
「さらっと俺様に対する中傷が聞こえた気がするが、俺様は気にしねェぜッ」
小菅は人見知りしない上に底抜けにポジティブらしい。
こういった人間に隔意を抱くのは難しく、龍介は軽く頭を下げて友好の意を示した。
「ところで東摩くん」
頭を上げた龍介に、さゆりが話しかける。
穏やかな口調はそれだけで嵐を予感させた。
「いつまで私の腕を掴んでいるつもり? 立派なセクハラなんだけど」
これで少しは恥ずかしがったのなら、深舟さゆりという少女をもう少しは見直す気にもなろうが、
現代女性の守り刀を通り越して核兵器の趣まである「セクハラ」の四文字は、龍介の対抗心を焚きつけるばかりだった。
「お前が離したらすぐ離すよ」
「……あら」
龍介は大げさに爪が食いこんでいた腕を押さえてみせたが、さゆりは毛ほども反省した様子はなかった。
「何よ、大げさに。私も腕を触られて精神的苦痛を覚えたんだから、おあいこよね」
俺は精神+肉体的苦痛じゃねぇかと龍介が反撃しようとしたときには、もうさゆりは小菅と話を再開させていた。
どうやら彼女は龍介と小菅を堂々相手取って二正面作戦を行うつもりらしい。
「で、小菅って夕隙社の人間なのよね?」
「あァ、そうさ、夕隙社が出来てすぐに俺様が――っていきなり呼び捨てかよ!!
俺様の方が先輩なんだから小菅先輩とか小菅さんとか呼べよッ!!」
「ロックっていう割に細かいことを気にするのね。じゃ、小菅くんでいい?」
「……それでいいです」
あるいは、龍介は小菅がさゆりをやりこめることを期待していたのかもしれない。
だが、少なくともロック魂とやらは、深舟さゆりには全く通用しないという現実を、
小菅春吉ともども思い知らされただけであった。
龍介はさゆりの初対面からの無礼な態度に敵愾心を燃やすこととなったが、小菅はさほど気にしないようだ。
彼の器は自分よりも大きいのかと、龍介はひそかに落ちこんだ。
「俺様はしばらくの間旅に出てたからな。いわば、自分探しの旅ってヤツさ。
大自然の中、自分を見つめ直す意味で、このギター片手に独りで旅をしていたのさ」
「ロックでギターを持って旅って……アメリカとか?」
図らずもさゆりの想像を龍介も共有していた。
縦が若干足りない気もするが、横とギターと服は確かにアメリカっぽい。
広大な大陸で男の器を磨いたのだとすれば、さぞデカいヤツなのだろう。
「おッ、おう、もちろんじゃねェかッ!! アメリカは広かったぜェ」
「へェ、見かけによらずスゴイじゃない」
「ま、まァ、ロックな俺様にとっちゃ当たり前だけどな。そんな話より仕事だ、仕事ッ!!」
小菅が話を逸らそうとしているように、龍介には聞こえた。
自慢は嫌いなのだろうか。
それは確かにロックっぽくある。
パスポートも持っていない龍介は、アメリカの話をもっと聞きたかったのだが、そのような時ではないのも確かだ。
これから一緒に仕事をするなら、いずれ聞く機会もあるだろうと、頭を切り換えた。
「霊が現れたのはこのハコだ。最初に目撃されたのは四ヶ月前。
襲われたのはこのハコで演ったバンドで、ギタリストだけを狙ってそのギターを破壊していくという行為を
繰り返しているらしい」
「壊すのはギターだけ?」
「あァ。まあ、ギターは当然ギタリストが持っていたわけだから、そいつは火傷で入院。
警察はバンド側が演出のために何か可燃性の薬品を使って、
それが引火したんだろうってまともに調査もしてくれねェらしい。
まッ、目撃者の中には霊を視たヤツもいるようだが、ホンキにするヤツはいねェさ」
ライブ中はテンションがあがる。
そんな状況下で幽霊を視たといって真実だと断言できる人間は多くはないし、
警察はそもそも霊の存在など絶対に認めはしないだろう。
下手をすれば脱法ドラッグを服用していないかと疑う始末で、
すぐにライブハウス側も事件の解決を催促しなくなった。
とはいえ、それが二度三度と繰り返されれば無視を決めこむわけにも行かない。
最初の事件から数週間後に二度目の騒ぎが起こり、さらに数日後に三度目が発生したとなると、
これ以上の損害が出る前に何とかしたいということで、夕隙社に依頼があったということだった。
「今のところ被害はギタリスト達だけで済んでるらしいがな、
ライブハウスってのは客とステージが近いから、いつ飛び火してもおかしくねェ。
そうなったら営業停止どころじゃなくなっちまうだろうからな」
さらに小菅は続ける。
「ギタリストを襲った霊は普段は姿を現さねェ。現れるのは決まってライブ中さ」
「ライブ中って……観客のいるライブの最中に戦うなんてできないわ」
さゆりが戦うわけではないのだが、主張はもっともだ。
龍介としてもステージ上で独り相撲を披露するつもりはなく、頷いて同意を示した。
「そりゃそうだが、問題はもう一つある」
「何よ」
「その霊がいつ現れるのかわからねェんだよ」
「ライブ中じゃないの?」
「全てのライブに出るってワケでもねェようなんだ。その辺りも調べる必要があるってことだな」
「なるほどね。霊は普通の人間には視えないから、事件の原因を突き止めることは警察には不可能。
それで、このライブハウスに集まって霊の痕跡がないか調べようって訳ね」
「そういうこッた。中々飲みこみが早ェじゃねェか」
当然のように小菅の賛辞を受け流したさゆりは、当然のように二人のしもべに指示を出した。
「早速調べましょ。小菅くんは燃えたギターを調べて。東摩くんはステージね」
身を翻した彼女は、自らはステージの龍介とは反対側を調べはじめる。
てきぱきと動き回るさゆりを横目で見ながら、小菅は龍介に囁いた。
「おい、東摩……この女、いつもこんな感じなのか?
女に指示されるのはロックじゃねェだろッ、お前から何か言ってやれよッ」
これで彼女が口だけだったら龍介も怒るのだが、悔しいかな、さゆりの指示と行動は的確だった。
そのため、龍介はうなだれ気味に頭を振るほかない。
「哀しみを分かち合おうってのか、情けねェぜ……」
哀愁の音色がステージを舞った。
「何コソコソ話してんのよ」
「あッ、何でもないですッ!!」
どうやら小菅は見た目よりも女に弱いらしく、すでにして上下関係が確立してしまったようだ。
俺は負けない、と龍介は誓うが、さゆりは調査と分析面において龍介よりも有能のようで、
龍介が小菅とコソコソ話をしている間にも思考を進めていたのだった。
「霊は全てのライブに出るわけじゃないって言ったわよね。襲われたバンドに共通点はないの?」
「深舟チャンッ、いいとこ突いてくるねェ。俺様が怪しいと睨んでいるのは音さ」
「音?」
「あァ。霊は音に誘われて現れてんじゃねェのかって思ってんのさ。
おっと、音って言ってもバンドが奏でる音楽って意味じゃねェぜ?」
小菅はすっかり迎合している。
何が深舟チャンだこの七面鳥野郎、いや臆病者(チキン)め。
龍介は心の中で小菅を罵った。
口に出さなかったのは、さゆりを遮ると矛先がこっちに向くと思ったからだ。
「曲じゃないなら何よ」
「ギターの音さ」
「ギターの音なんて全部同じじゃないの?」
「かァァァッ、ぜんっぜん違うぜッ!!」
唾を吐きそうな勢いで小菅は床を踏みならした。
危険を感じたさゆりが軽くのけぞる。
小菅は気にもかけず、またギターをかき鳴らして説明した。
「いいか、素人には同じに聞こえるかもしれねェが、ギターってのは材質、製造元、年代――
それ以外にも色々な条件によって音が違うのさ。ちょっと演れば聞き分けるのは難しくない。
で、霊はその違いを聞き分けて出てくるんじゃねェかって思ってんだよ」
「なるほどね。じゃ、ギターの件は任せたわ」
さゆりは髪をかきあげるとさっさと話を打ち切った。
あしらう、という表現がぴったりの彼女に、小菅が龍介に耳打ちした。
「おい、こいつは仕切るだけじゃなくて冷たい女でもあるのか?」
「聞こえてるわよ。ちゃんと『なるほど』って言ってあげたでしょ。
ギターのマニアックな話をされたってわかんないわ」
龍介が思わず同情したほど先輩を一刀両断にしたさゆりは、自分の受け持ちであるステージを調べに行った。
小菅は天井に向けた顔の上半分を手で覆って嘆いた。
「俺様のギター愛を分かってくれるのは、霊の方のような気がしてきたぜ」
小菅の嘆きはブルースのリズムでステージ上に消えていった。
一方、小太りの男の嘆きなど前髪が一ミリ伸びたかどうかよりも関心がないさゆりは、
自分の分担を調べ終えるとすぐさま男二人が怠けていないかチェックした。
「どう、何か見つかった?」
小菅はどこかに行ってしまったので、さゆりの視界にいるのは龍介一人だ。
彼女の問いに龍介は簡潔に答えた。
「何も」
何も見つからなかったのだから何も、と言っただけなのに、さゆりはお気に召さなかったらしく、
大きな目を細めて龍介を見た。
目は口ほどにものを言うというが、まさしくさゆりの眼は雄弁に語っていた。
役立たずと。
「なんだよ、お前は何か見つけたのかよ」
「見つけてないわよ」
全く悪びれない堂々とした返事に龍介は言葉を詰まらせる。
激しい火花が二人の間に散ったが、店の入り口近くにいた小菅が戻ってきたので、火事にはならずに済んだ。
「受付にバンドの記録があったぜ。案の定、霊が現れた日に演奏していたバンドには共通点がある」
「それじゃ、小菅くんの言うとおり、霊は特定の音に誘われて出てくるってことね。
それが分かればこっちのものだわ。編集部に戻って作戦を立てて出直しましょう」
さゆりはすでにいっぱしの現場指揮官の風格で二人に指示を出す。
彼女に従うのは気にくわないが欠点も見あたらず、仕方なく龍介が応じようとすると、小菅が両肩をすくめた。
アメリカ人風の大げさなジェスチャーが、部分的に似合っているのが見る者の不愉快をそそる。
「出直す? そんなのロックじゃねェな」
「……何言ってんの?」
小学校低学年の子供の理屈になっていない理屈を切り捨てる、歳のいった教師さながらにさゆりが応じると、
小菅は戦隊ヒーローの変身グッズのようにギターを掲げた。
「俺様のギターは襲われたバンドの持っていたギターと同じタイプだ。
つまり、こいつで霊をおびき出せるってことさ」
「馬鹿なこと言わないで、何の準備もしないで霊を迎え撃つなんてできるわけないでしょ」
むしろ老獪な経験者のように気色ばむさゆりに、小菅は太い人差し指を振った。
「チッチッチ、深舟チャン。準備万端や予定調和なんてロックには要らねェのさ」
言い争う二人の横で龍介はどちらに加勢するか迷っていた。
さゆりを助けるのは感情的に嫌だし、小菅を支持するのは危険な気がする。
さゆりには霊が視えても退ける力はないはずで、小菅にはできるのだろうか?
学校帰りに直接現場入りしたから鉄パイプも持ってきておらず、
霊が言うことを聞かなければ、素手で殴り合うことになるのだ。
まだ二回しか除霊の経験がない龍介は、不本意ながらもさゆりの肩を持つことに決めた。
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