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 長南莢は、彼女が通う暮綯學園の通学路を歩いていた。
彼女は放課後にほぼ毎日習い事があるので、自転車ではなくバスと徒歩で通学している。
まだ遅刻寸前の生徒が走るには早い時間で、莢も行儀良く両手で鞄を持って歩いていたが、
前方に見覚えのある男子生徒を見かけると、小走りで近づいた。
「おはよ、東摩くん!」
「んー……おはよう、莢さん」
 龍介は一応挨拶を返したが、ほとんど何を言っているか判らなかった。
これはあくびを無理やり噛み殺したためで、女の子の前で大口開ける不躾は晒さなかったものの、
もごもごと動く口は失礼の一歩手前だった。
 そんなマナーは一向に気にしない莢は、龍介が擦った眼が赤く、顔全体にも生気がないことに気づいた。
「あれれ、クマができてるよ? 遅くまで起きてたの?」
「うん、まあ」
「もしかして勉強? 皆そろそろ受験を意識してるみたいだし、なんだか焦っちゃうよね」
「ああ、うん、これは」
 高校生が朝から、殺人事件を調べてほぼ徹夜した、などと語って良いものかどうか龍介が判断に迷っていると、
後ろから、莢の友人が彼女に挨拶をした。
「おはよう、莢」
「あっ、おはよ、さゆりちゃん」
 少女同士は仲良く挨拶したが、同級生同士は、ちらりと視線を交しただけで声はかけない。
若干不自然な間を置いて歩きはじめた三人は、再び、莢が会話の口火を切った。
「あれ? さゆりちゃんも疲れた顔してるね」
「そ、そうかしら。ちょっと調べなきゃいけないことがあったから」
「ふ〜ん……もしかして、一緒にお勉強してたの?」
 クマが共通しただけで『一緒にお勉強した』と疑われてはたまったものではない。
しかも、後半はともかく前半は当たっていたのだから、当事者達は動揺せずにはいられなかった。
「そッ……そんなことあるわけないでしょッ。私と東摩君が一緒に徹夜するなんて、
天地がひっくり返ったってあるわけないじゃない」
「徹夜したの?」
 要らぬ情報を提供してしまったさゆりは爽やかな朝らしからぬ顔をし、龍介は口の中でドジを罵った。
「もしかして、アルバイト?」
「そッ、そうッ!! そうなのよ、アルバイトだったのよ、ねえ東摩君」
 さゆりの声はうわずっており、真実であるのに全く信憑性がない。
敏腕インタヴュアーなら容赦なく追及するところだろうが、二人にとって幸いなことに、
莢にとって友人とは疑うのではなく、信じる存在であるようだった。
「そうなんだ〜。でもそれなら、最初から言ってくれたら良かったのに」
「だ、だって、一応徹夜したのは本当だけど、別に東摩君とだけじゃなかったし、変な誤解を受けたくなかったのよ」
「う〜ん、なんかごめんね? でも、あんまり夜更かしはしない方がいいよ」
「ええ、そうね、気をつけるわ」
 莢と別れて教室に入った二人は、離れた机で同時に、安堵と疲労が半々のため息をついた。
龍介などはもうこのまま弁当まで寝ていたいと考えるが、優等生で通っているさゆりはそういう訳にもいかない。
せめて手を抜ける授業がないかと時間割を確認した。
「よォ、二人とも、元気……ではなさそうだな」
 二人を見て苦笑いを浮かべたのは、同じく徹夜した支我正宗だった。
「……おはよう、支我君」
「おはよう……お前は全然平気なのか!?」
「そんなことはないさ。ただ、一応二時間は眠れたからな。なんとか今日は持ちこたえられそうだよ」
 博識に留まらない支我の超人ぶりに、龍介もさゆりも無言のまま、視線で同じ感想を交すのだった。
 龍介がメールに気づいたのは、昼食の時間だった。
高校生ともなれば休み時間は当然、授業中でも教師の目を盗んでスマートフォンのチェックをするのが当たり前になっているが、
龍介はそもそもそれほど連絡が来ないし、今日は昼までほとんど寝ていたのでチェックを怠っていたのだ。
 メールは萌市からだった。
「マスター、遂に完成しました!! 人類は遂に変革の刻を迎えるのです!!」
 などと大仰な文面が踊っている。
何が完成したのか、まだぼんやりしている頭で思いだすのに五秒ほどかかったが、
思考が明瞭になると飛びあがって支我のところに行った。
「支我、今萌市からメール来たんだけど、幽体離脱装置が完成したんだってよ」
「ああ、俺のところにも来た」
 そのまま二人は購買に行き、適当にパンを買うと中庭に向かう。
 何組かのグループが固まって座っている中に、さゆりと莢もいて、龍介達に気づいた莢が二人を招いた。
龍介は幽体離脱装置について支我と話がしたかったのだが、莢がいてはそうもいかない。
話は放課後にするとして、彼女達と昼食を共にすることにした。
 食事の最中に胸ポケットに入れたスマートフォンが振動する。
「あれ、またメールだ」
 連絡相手が少ない龍介のスマートフォンに、続けてメールが来るのは珍しい。
差出人を見ると、楓伊久からだった。
素早く本文を読むと、文章より絵文字の方が多い文面は、要約すれば「何か面白いことない?」だった。
視線を談笑の輪の方に戻しながら、左手で器用に返信を打つ。
送信すると、三十秒も経たないうちにまた返信がきた。
「なになにどゆこと!? くわしくくわしく!」
 なぜこんなに食いついてきたのだろうと、龍介は自分が送ったメールを確認する。
そこには「ウチに警察が来た」とあって、これでは誤解するのも無理はなかった。
慌てて、「夕隙社にこの間の刑事が来た」と返信すると、今度はさらに短い時間で返ってきた。
「も〜、そんな面白いことがあったんなら教えてよ! 今日そっちに行くから詳しい話を聞かせてね」
 余計な火種を呼び込んでしまった気がした龍介は、見なかったことにしてスマートフォンをしまった。
 暮綯學園の三人が夕隙社に着くと、萌市が待ちかねたように近づいてきた。
「おはようございます、マスター。今日という日は心霊科学に新たなる一歩を記す素晴らしい日になるでしょう」
 昨日も同じような台詞を聞いたとは言わず、龍介は今度は素直に称揚した。
「よくこんな短時間で作れたな」
「はい、ヘミシンクの理論は僕の理論と大きく違ってはいませんでしたから、応用するのは簡単でした。
重要なのは電流だけでなく、磁力も必要だったのです」
 そう言って萌市が見せたのは、一辺六十センチほどのボックスだった。
いかにもありあわせの材料で作った的なボックスからはコードが伸び、終端は掌より小さなパッドになっている。
一見すると心停止した人に用いる自動体外式除細動器AEDに見えなくもなかった。
「これ……何?」
「幽体離脱装置だってよ」
 どうやらさゆりにはメールが届かなかったらしい。
龍介が説明すると、さゆりは紅い唇の中央をせり上げて、あからさまにうさんくさい顔をした。
「こんなので本当に幽体離脱ができるの? 昨日のと変らないように見えるけど」
「こんなのとは失礼なッ! これこそ任意での幽体離脱を可能とした奇跡の装置なのですッ!」
 頬を紅潮させる萌市と対照的に、冷ややかな眼でさゆりは装置を眺める。
「で、これは昨日失敗したのとはどう違うの?」
「昨日の実験ではエーテル体を無理やり引き剥がそうとしました。
ですが、そのためには安定した大エネルギーを長時間にわたって入力する必要があるようです。
それに対して今回の装置は、角状回に電磁波による刺激を与えることでより効率的に肉体と霊魂を分離しようというものです」
「全然解らないわ」
 解説に対して「全然解らない」と言われて、自分の解説の仕方が悪いと省みる科学者は少ない。
未だ科学者ではないがその気概は持っている萌市も、これ以上どう噛み砕くのだとばかりに肩をすくめる。
彼を補ったのは、龍介やさゆりよりは理系脳で、萌市よりは文系脳の支我だった。
「つまりだな、昨日、編集長が幽体離脱実験の話をしただろ?」
「ええ、難しかったから東摩君はほとんど解らなかったみたいだけど」
 突然引き合いに出されて憮然とする龍介と、澄ました顔をしているさゆりの両者に失笑しそうになりながら、支我は続ける。
「右大脳皮質の右角状回という部位に電気的な刺激を与えると、
被験者は幽体離脱に良く似た体験をした、というのが大まかな話だ」
「そこまでは解るわ」
「脳科学によると、脳の角状回という部位には、身体感覚を統合する機能があると言われている。
簡単に言うと、自分の身体が今どういう状態なのか、立っているのか座っているのかを把握する機能だ」
 最後は萌市が締めくくった。
「そこに刺激を与えると、立っているのか座っているのか分からなくなって、
フワフワと浮いているような錯覚が生まれる、というわけです」
「ってことは……やっぱり幽体離脱現象は、脳の錯覚ってことなの?
でも、臨死体験の報告だと、空中から自分の身体を見下ろしたり、
遠く離れた場所のことをちゃんと話せたりするのよね? 単なる錯覚にしてはできすぎてると思うけど」
「そう、私も同じ疑問を抱いたのよ。そして仮説に至ったってわけ」
「編集長」
 いつのまにか、龍介達の上司が背後に立っていた。
新しい煙草に火を点け、一服してから彼女は自らが立てた仮説を披露した。
「脳の角状回という部位には、身体感覚に限らず、肉体と霊魂を統合する機能が備わっているんじゃないかって。
そして、その角状回に刺激を与えることで、肉体と霊魂とを意図的に切り離せるのだとしたら?」
「その考えに基づいて僕が開発したのがこの装置です」
 誇らしげに萌市が装置を指差す。
彼の功績には触れず、さゆりはわずかに目を細めた。
「犯人はこれを使って自分から幽体離脱をしたってことなのよね」
「おそらくな。理論はインターネット上で公開されている。後は知識があれば、制作はできるだろう」
 支我が言うと、萌市が待ちきれないというように龍介にカメラを差しだした。
「マスター、カメラをお願いします。それでは早速実験してみましょうッ」
 カメラを一旦は受け取った龍介は、すぐに萌市に突き返した。
「待った、それ、俺がやるわ」
「ええッ!?」
「萌市がやって失敗したら、元に戻せる人間がいないだろ」
「それは……そうですが、しかし……」
「爆発はしないんだろ?」
「は、はい、それはもう」
 請け合いながらも萌市はなおためらっている。
「東摩の判断が正しいわ。萌市は東摩が成功してからにしなさい」
 千鶴が断を下すと、萌市はようやく諦めた。
「それでは……そのソファに横になってください」
 編集部に、床以外で寝られるスペースはそこしかない。
むやみに柔らかいソファはあまり具合が良くなかったが、とにかく龍介は横になった。
「パッドをセットします。これからスイッチを入れますが、離脱するときは身体を宙に浮かべるイメージをしてください。
戻るときは、おそらく自分の肉体が見えるでしょうから、そこにぴったり重なるイメージを」
「わかった」
「それでは目を閉じて、楽にしてください……眠ってしまっても構いません……スイッチを入れます」
 初めの三十秒ほどは、何も感じなかった。
頭に取りつけられたパッドの違和感もさほどなく、単に休憩しているようでしかない。
そのうち、鈍い揺れのようなものを感じた。
揺れは強くはないが一瞬たりとも停滞しないため、平衡感覚が喪われていく。
これがさっき話していたことか、とぼんやり考えるうちにもますます平衡感覚はなくなって、立っているような感じがした。
あれ、寝ていたはずだけど、と思い、ゆっくりと目を開けてみる。
すると、心配そうに自分を覗きこんでいるさゆりが見えた。
さゆりだけでない、支我も、萌市も、千鶴も自分を見ている。
? 誰を見ている?
「うわっ」
 気づいた龍介は叫んでいた。
 俺を見ているのは、俺だ。
そして、叫び声に釣られてさゆりと千鶴が顔を上げる。
「東摩、君……?」
 さゆりは喉が引きつってほとんど声にならない。
千鶴も同様に口を大きく開け、彼女らしからぬ呆けた表情で龍介を見つめていた。
「マスター? 幽体離脱しているんですか!? マスター!?」
 霊が視えない萌市はしきりに辺りを見渡している。
悪戯心を出した龍介は、彼の眼鏡を外した。
「あッ、ああッ!? マスター!?」
 彼の目の前で眼鏡を浮遊させ、彼が手を伸ばすと遠ざける。
数度繰り返してから返してやると、支我が研究者じみた冷静さで話しかけた。
「何か喋ってみてくれ、東摩」
 微妙にこちらを見ていない支我におかしさを感じながら、龍介は彼の要望に応えた。
「あーあー、こちら幽霊、聞こえますか」
「どうだ?」
 支我が言ったのは生者に対してだ。
「私は聞こえたわ」
「私もよ」
 さゆりと千鶴が手を挙げ、
「俺は聞こえない」
「僕もです……」
 支我と萌市が首を振る。
さらに支我が質問しようとしたとき、夕隙社の扉が開いた。
「こんちはー! 夕隙社ってここだよね? トーマ君いる?」
 出前でも持ってきたような、元気の良い伊久の声が響く。
その途端龍介は、自分が消失するのを感じた。
「……」
 両目には天井が映っている。
直前まで見ていた光景と異なるので、龍介は混乱した。
「東摩君!?」
 さゆりの顔が視界に入ってくる。
龍介はまばたきをして、意識が戻ったことを告げた。
「ただいま」
「もう、急に消えたからびっくりしたじゃない」
 安堵するさゆりに、つい冗談が口を出た。
「除霊しなくちゃって思ったんじゃないだろうな」
「馬鹿」
 かなり本気と思われる口調に驚いて、龍介は起きあがろうとした。
ところが、身体が妙に重く、上体どころか腕さえ持ちあがらない。
「あれ、起きられない」
「いつまでもふざけてたら怒るわよ」
「ふざけてないって」
 支我と萌市が顔を見合わせる。
「角状回の機能が回復していないのでしょうか?」
「ありうるな。他に具合の悪いところはないか、東摩?」
「少しだるい……かな。何分くらい幽霊になってたんだ?」
「一、二分といったところか。しばらく安静にしていた方がいい」
 実験前まではまったく疲労やだるさは感じていなかったのだから、やはり影響が出ているのかもしれない。
龍介は支我の言葉に甘えることにした。
「えっと……アタシ、何か悪い時に来ちゃった?」
 伊久が神妙な面持ちで龍介に訊ねる。
彼女が来たことで実験が中断されたのは確かだが、長い時間続けていたら、もっと悪影響があったかもしれない。
その意味で、彼女を責める者はいなかった。
「ちょっと実験をしていただけだよ」
「ちょっとって、トーマ君具合悪そうだし……それに幽霊になったって言ったよ」
 マジシャン志望である伊久の注意力を軽んじてはいけない。
彼女は支我達の混乱にも惑わされることなく、ちゃんと聞くべきを聞いていたのだ。
「実は、幽体離脱の実験をしてたんだ」
「幽体離脱!?」
 伊久は目を白黒させる。
まだぐったりしたまま、龍介は田宮刑事に出会って以後、幽体離脱実験に至るまでの経緯を彼女に説明した。
「う〜ん、すごいね」
 平凡な感想ながら、万感の思いが篭っている。
腕を組んでもっともらしくうなずいた伊久は、高らかに宣言した。
「決めた。アタシにもできることあったら手伝うよ。いいでしょ?」
「ああ、頼むよ」
 答えた龍介は身体を起こした。
まだ少しだるさが残っているが、動けないほどではなくなっていた。
 龍介から少し離れた場所で、支我達は今後の方針について話し合っている。
「とにかく、幽体離脱実験は成功したわけだ。田宮刑事には連絡するとして、
これに似た、あるいは同じ機械が見つかれば、残滓と合わせて犯行は立証できる可能性が高くなる」
「同じ機械って、あるとしたら犯人の家ってことよね」
「そうなるな。容疑者が犯人なら、部外者を部屋に入れたりはしないだろう。
踏み込めるのは警察だけだが、令状がない限り、警察だろうと踏み込むことはできないんだ」
「田宮刑事に頼んだら?」
「令状を請求するには、確実に犯人だと立証できるだけの証拠を揃える必要がある。
証拠がなければ踏み込むのは無理だろうな」
 捜査機関が家宅捜索などを行う場合、裁判官が事前に発した令状に基づかなければならないという令状主義は、
人権蹂躙を防ぐために重要な規定だ。
しかし、犯罪が現行の法制度に対して想定外の方法で行われている今回のような場合、司法は無力となってしまう。
萌市が完成させた装置は傍証にはなるだろうが、同時に、誰でも作れると判明したら、
容疑者を追及することは難しくなってしまうかもしれない。
「でも、もう何件も事件は起こっているのよ。そんな悠長なことを言ってたら、もっと増えるかもしれないじゃない」
「田宮刑事からは、指示があるまで待機してくれと言われている」
 さゆりはなお食い下がった。
「他の変死事件にも、この容疑者が関係していると突き止められれば……」
「待ちなさい。それは私達の仕事を逸脱しているわ」
 それまで若者達が議論するに任せていた千鶴が、厳しい声で制止した。
「どうしてですか、編集長」
「私達の仕事は霊を斃すこと。今回の調査だってまだ警視庁から正式な依頼を受けたわけでなし、
タダ働きはいくら正義のためと言っても許可できないわ」
 こういうときの千鶴は厳しい。
夕隙社のような零細出版社は、彼女のようなコスト意識がなければすぐに倒産の憂き目に遭ってしまうのだが、
社員には中々理解されない。
中でもさゆりは新米アルバイトでありながら、正論を盾に千鶴にも平気で意見を述べる少女だが、
彼女も夕隙社という水に馴染み始めたのか、こんなことを言い出した。
「でも、これは幽体離脱を利用した日本初の犯罪ですよね、多分。
それを解決して記事にしたら、トワイライトファイルは大増刷間違いなしですよね」
 千鶴の眼鏡が鋭い輝きを放つ。
食いついた、と横で見ている龍介は思った。
 トワイライトファイルとは夕隙社が毎月発行している雑誌で、夕隙社のメイン出版物である。
一定のファン層が居るので部数は毎号安定しているが、大きく伸びもしないのが悩みの種だ。
さゆりの言う通り、夕隙社が事件解決の糸口を掴み、犯人逮捕に尽力したとなれば、相当の売り上げが期待できる。
「それに、霊の侵入を防ぐグッズを販売すれば、そっちも間違いなく売れると思いませんか?」
 千鶴は目を閉じて腕を組む。
皮算用をしているのは間違いなく、そして、このタヌキは捕まえられそうだとそろばんを弾き終えたのも、
そう長い時間かかってのことではなかった。
「いいわ。あんた達が調べたセンで行ってみなさい。ただしいいこと、公権力と衝突するのは極力避けるのよ」
 喜び勇んで支度を始める龍介達に軽いため息をついた千鶴は、その中の一人に非常な宣告をした。
「萌市、あんたは駄目よ。夕隙社に残りなさい」
「そッ、そんなッ!! どうしてですかッ!?」
「田宮刑事が来たら幽体離脱装置の説明をしなきゃならないでしょ」
 顔を真っ赤にして葛藤していた萌市は、千鶴の指示の正しさに従わざるをえないと納得したようで、
意気消沈も甚だしく、龍介の手を握りしめた。
「お願いします、マスター。なんとしてもこの事件を解決に導いてください」
「あ、ああ」
 何より両手で握り締める萌市の圧力に圧し負けて、龍介は頷くほかなかったのだった。
 相談の結果、動くのは龍介とさゆり、それに伊久の三人と決まった。
萌市の他に、支我も残って未だ完全には終わっていない復旧作業と校了作業を引き受けてくれたのだ。
彼の判断に龍介は深く感謝した。
「で、どこから始める?」
「決まってるでしょ。昨日調べたこれからよ」
 龍介の問いに、さゆりはプリントアウトした昨日の徹夜の成果を机に置いた。
掲示板に書きこまれていた女性の死亡事件を、条件を限定せずに全て抜き出したので五十件以上はある。
これらはほとんどがテレビや新聞で報じられていない事件で、東京ではこれだけ変死が多いのだと、
龍介とさゆりはぞっとしたものだった。
「ふむ……ここから絞るわけか」
 指を顎に当てた支我は、少し考えてから言った。
「まずホテルのある板橋区から近い順に、北区、豊島区、練馬区、中野区……
それから新宿区も入れた方がいいな、これらで発生した事件をピックアップしよう」
 龍介とさゆりが手分けして抜き出すと、十五件に絞られた。
「よし、この中で被害者の名前が判明している事件は?」
「五件あるわ」
「それじゃ、その五件から当たってみよう」
 あっというまに方針が定まり、龍介達は聞きこみに当たることになった。
出発しようとする龍介の袖を、伊久が引っ張る。
「なんかマサムネ君って本物の刑事みたいだね」
 龍介は深く頷いたのだった。



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