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次の目的地はお店だった。
「次はここだな。ここの店長が五日前に怪我をしたらしい」
「爬虫類ショップ……?」
店の看板を見て、さゆりが眉をしかめた。
ショーウインドーに置かれたケージにはカメやらヘビやらトカゲやらがいて、都会に住む現代人にはやや刺激的かもしれない。
だが、もちろん入らないわけにはいかない。
「ほら、入りなさいよ」
「? 急かさなくたって入るよ」
龍介、支我、さゆりの順に店に入る。
動物の数に比べて店内は静かだが、蛇の威嚇音が響き、かえって恐怖感を煽られたようで、さゆりは龍介との間隔を詰めた。
「何だよ、押すなよ」
「押してないわよ」
とぼけて答える彼女の足下に、巨大な甲羅が突然出現した。
「きゃッ! 何よこの大きな亀」
横の通路から現れたのは、赤ん坊くらいなら乗せてしまえそうな巨大な亀だった。
さゆり達にも全く関心がない様子で、悠然とさゆりの前を横切っていく。
なんとはなしに三人が亀の後ろ姿を眺めていると、エプロンをした男性が奥から現れた。
「可愛いでしょ? その子はこの間来たばっかりなんだよ」
恰幅のいい、三十代とおぼしき男性は、話し方がのんびりしている。
亀を扱うにはピッタリだな、と勝手なことを思いつつ、龍介は話しかけた。
「この店の人ですか?」
「はい、そうですよ」
「数日前に怪我をされましたよね? その時の様子を聞かせていただきたいんですが」
「僕が怪我をしたの、何で知ってるんだい?」
龍介達が客ではないと判っても、店長は落胆せず、龍介達を追い出そうともしなかった。
見た目通りの善良な性格なのかもしれない。
「何でも、怪我は普通の時に負った怪我ではないとか」
「そんなことまで?」
「僕達は夕隙社というオカルト専門雑誌の記者をしてます」
店長は――他に店員がいないので、間違いなく店長だろう――人の良さそうな顔に、わずかに不審をたたえたが、
龍介の自己紹介にたちまち相好を崩した。
「オカルトだって? そういうの好きなんだよね、僕。でもオカルトか……言われてみれば確かに、あれは奇妙な出来事だったよ」
ほとんど日本人の全員が、世界に繋がる情報端末を所有している二十一世紀初頭でも、
やはり「未知」を愛する人は一定数いるらしい。
そういう人達のおかげで夕隙社は成り立っているのだが、
面と向かって好きと言われればモチベーションも上がるというものだった。
腕を組んだ店長は、記憶を辿っているのか、目を閉じて話しはじめた。
「あれは九時を回った頃だったかな? 店のシャッターを下ろそうと外に出たんだ。
そしたらそこの子の水槽がカタカタ揺れはじめてね。慌てて押さえようとしたら、手足が痺れだして息が苦しくなったんだ。
急に寒気もしてきたし、変な病気になったのかと思ったんだよ。そしたら次の瞬間、黒い影が急に襲ってきて……」
店長が声を潜めたのは、怪談の語り部のように緊迫感を狙ったのかもしれない。
残念なことに彼の声質はどちらかというと高い方で、三人のいずれもさほど恐怖を刺激されはしなかった。
それでも、慎ましく沈黙を保っていると、店長はこれもやはり演出なのか、一転して明るい声を出した。
「驚いて店の中に逃げこんだ時に転んじゃってね。足をひねっただけで済んだんだけど」
「黒い影に心当たりはありますか?」
「まさか! うちの子達は鳥に襲われたりはしないけど、でも一応近づいたりはしないようにしてるからね」
「鳥、ですか?」
支我は何気ない店長の一言を聞き逃さなかった。
店長自身驚いたようで、目を丸くする。
「あれ? 僕、鳥って言った? ああでも、あれは鳥だったなあ、今にして思えば。どうしてそう思ったんだろう……」
再び店長は考えこむ。
龍介の隣でさゆりが焦れているが、感心にも急かしたりはしない。
彼女の忍耐はやがて実を結び、店長は右手で作った拳で、左の掌を叩くという古風な仕種で閃きを表わした。
「そうだ、襲われたのがね、地面からじゃなかったんだ。頭の辺りに何かの気配を感じたんだよ。
ありゃなんだったんだい? 妖怪? 新種の生き物? それとも幽霊とか? なんだっけ、UMAっていうんだっけ?」
店長はオカルト関係が好きだというところを披露した。
UMA――未確認生物という単語がすぐに出てくる大人は、それほど多くはない。
「ええ、まあ。まだ調査中なので何とも言えませんが」
「そっか、ちょっと楽しみだな。雑誌出たら買うよ」
「ありがとうございます。行こうか」
支我に促され、龍介は店を出ようとした。
先頭に立ってドアを開け、支我を通してから、まだ出てこない一人を呼ぶ。
「何してんだよ。行くぞ」
さゆりは入り口近くにある水槽の一つを覗いていた。
そこには黄色い幾何学模様を持つ、体長十五センチほどのカメが五匹いる。
「カメって良く見ると可愛いかもって思って」
「おっ、この子達に興味を持ったのかい? それはペニンシュラクーターって言ってね、
甲羅と身体に黄色の筋模様があるんだ。可愛いでしょ? 結構ビギナーにも飼いやすいんだよ。
雑食だから餌も果物とか野菜でいいし。あ、飼うときはね、水槽と紫外線ライトが要るからね。
太陽光を浴びさせてあげないといけないから」
「あ、ありがとう、検討してみます」
突然饒舌になった店長に面食らったさゆりは、彼女らしくもなく逃げるように店を出た。
最後に店長に頭を下げる龍介を追い越し、支我も置き去りにして先に行ってしまう。
二人が追いついてから、さゆりは大きく息を吐いた。
「ふう、危うく亀を飼うはめになるところだったわ」
「商売熱心というより、本当に亀が好きみたいだったな」
笑った支我は龍介に問いかけた。
「東摩はカメとか飼ってみたいか?」
「うーん……もうちょっと気持ちが伝わるのがいいかなあ。犬とか猫とか」
そもそもあらゆる種類のペットを飼おうと考えたことがないので、龍介の答えは実に無難だった。
「私も飼うなら犬ね。カエルとかヘビは触るのも見るのも無理」
「支我は?」
流れで訊いた龍介に、支我は真面目な顔で少し考えてから答えた。
「俺も犬だな。それも、あまり大きくない犬種がいい。
だが、犬を飼っても散歩に連れていってやれそうにないからな、今のバイトでは」
「そうよね……」
しみじみと頷くさゆりに龍介も同意する。
珍しく意見を一致させた三人は、そのまましみじみと次の場所へ向かったのだった。
最後に龍介達が向かうのは、夜釣りをしていて怪我をした男が入院している病院だ。
辺りはすっかり暗くなっていて、のんびりしていると面会時間に間に合わなくなってしまうので、
三人は心持ち急いで病院へと移動していた。
龍介が前方から近づいてくる少女を顔見知りであると気づいたのは、顔ではなく、彼女の服装によってだった。
まだ顔がはっきり見えない遠目から、紅白の和装は鮮やかに浮かびあがっていた。
彼女が通りすがりの巫女という可能性はある。
だが、巫女というのは神社に基本居るもので、あまり通りすがらないのではないかと龍介は思うのだ。
それでも、通りすがりの巫女に二度遭遇する可能性もなくはないので、龍介の方から挨拶をするのは避けた。
彼女の方では龍介を覚えていたらしく、すれ違う距離まで近づくと、彼女は目を瞠った。
「あっ……こんなところで会うなんて、神仏のお導きですね」
「あ、えっと……やっぱりあの時の?」
「お元気そうで何よりです」
彼女は龍介が初めて出会った時と同様、慇懃に頭を下げた。
「どうしてこんな所に?」
彼女と龍介が以前出会ったのは、北区の公園内だった。
神社を探して道に迷っている彼女に、スマートフォンで目的地を教えてやったのだ。
龍介達は霊の調査のために北区に出かけていたのだが、巫女というのはこんなに長距離を移動するものなのだろうか?
「この辺りの高台を歩きながら、目撃者に話を聞いているところです」
巫女の生態について詳しくはない龍介の疑問を、彼女の返事はより深くしただけだった。
「目撃者?」
「い、いえっ、何でもありませんっ。すいません、急いでいるのでまた今度お話ししましょう。それでは――」
少女は素早く、それでも慇懃に頭を下げると、早足で去っていった。
彼女は和装に草履だから、追いつくことは簡単にできたが、速くもないのに速く歩こうとする彼女の動きが滑稽で、
龍介達はなんとなく毒気を抜かれてしまっているうちに、彼女は遠ざかってしまった。
「露骨に怪しいわね……って、鼻の下伸ばしてんじゃないわよッ!」
「の、伸ばしてねえよ」
自覚がないでもない龍介がなんとなく鼻の下を手で覆うと、さゆりは汚らわしいものを見るように鼻を鳴らした。
「だいたい彼女は何者なのよ」
「前に北区の老人ホームに行っただろ。あん時、公園のトイレから出てきたら彼女に道を訊かれたんだよ」
「どうしてあんたに訊く必要があるのよ」
「他に人が居なかったからだろ」
嘘を吐く必要もなく、龍介は正直に答えたのだが、何が面白くないのか、さゆりは目を細め、
下界の常識を初めて知ったお嬢様のように言った。
「本当にあんたって変な人間ばっかり引き寄せるのね」
彼と知り合った人達のために龍介が反論しようとする前に、支我が口を開いた。
「二人とも、そろそろいいか」
支我のあしらい方がだんだん適当になっていると二人は思ったが、
支我に反論すれば、その方が分が悪くなるのは確実だったので、やむなく舌戦を中断して再び病院へと歩きはじめたのだった。
十分ほど歩いて病院に到着する。
なんとか面会時間には間に合ったが、人の気配は少なく、あまり心弾む場所ではない。
「薄暗いわね……学校よりも不気味な感じ」
反響するのが嫌なのか、さゆりは声を幾分ひそめている。
「そうか? 別になんとも思わねえけど」
「あんたが鈍感なだけでしょ」
そんなことを話しているうちに、病室に着いた。
「夜釣りの男が入院しているのは、この病室だな」
病室は個室ではなく、相部屋だった。
現在この部屋を使っているのは三人のようで、一人は席を外していて、もう一人はカーテンが閉められていた。
「失礼します」
「何だお前ら?」
六十歳にはなっていないと思われる男は、突然の学生服姿の若者が現れたことに面食らったようだった。
読んでいた雑誌もそのままに、驚きと不審を顔の両側に貼りつけて龍介達を見返す。
挨拶も今日で五回目となるので、龍介もずいぶん慣れたものだった。
「突然申し訳ありません。夕隙社というオカルト専門雑誌の者ですが、昨日の事故についてお伺いしたいのですが」
「オカルト? ……なるほどな。俺はそういうのは信じない人間だったが、確かにあれはそう、
何かそういう、得体の知れないおぞましいものに襲われたような気がするよ。で、何が知りたいんだ?」
男の顔に刻まれた皺からは、オカルトなどという用語とは縁の遠そうな人生しか想像がつかなかったが、
意外にもその一語で男は龍介達がやって来た事情を諒解したらしく、口元に薄い笑いを浮かべた。
「ありがとうございます。早速ですが、襲われた時間と場所を教えてもらえますか?」
「十時頃だったかな。夜釣りをしようと若洲海浜公園に行ったんだ。
その日は海も静かだったから、テトラの方で釣ろうと思ったんだ」
「襲われたときの状況は?」
「ルアーに蓄光させている時だったな。急に息が苦しくなって、身体が震えだしたんだ。
何かおかしいと思った次の瞬間、突然襲われたんだ」
息が苦しくなって身体が震えたというのは、ペットショップの店長も同じことを言っていた。
霊が近くに居るとき、そういった症状に見舞われる人は多いそうだ。
龍介やさゆりは平気で、だからこそ霊に対抗する組織でアルバイトができるのだ。
メモを取っているさゆりを横目に、龍介も留意しながら質問を続けた。
「ルアーに蓄光、ですか?」
「ああ、夜釣りのルアーは蛍光のものが主流なんだ。
ペンタイプのブラックライトがあってな、その光を当てて蓄光させて使うんだ」
「襲われたというのは、一体何に襲われたんですか?」
「夜だったし、はっきりとは見えなかったな。ただ、上から襲ってきたのは間違いない。
俺は鳥のように見えたが、羽ばたきの音なんかは聞こえなかった。かなり大きかったのにな。
それで驚いて足を滑らせて、海に落ちちまったんだよ。警備員が見つけてくれたからどうにか助かったけどな」
右足を骨折したとのことで、その部分はまだ宙に釣られた状態だ。
頭を打ったりしなかったのは、不幸中の幸いだろう。
「ありゃ一体何だ? 生きてる感じがしなかったんだが」
「僕達もまだ調査を始めたばかりなんです」
「そうか……」
男は落胆したが、すぐに気を取り直した。
「まあ、頑張って正体を突き止めてくれよ。捕まえてくれりゃあ俺の気も少しは晴れるってもんだ」
「努力します。突然お訪ねしてすみません。どうもありがとうございました」
龍介達は病室を後にした。
「リストにあった被害者の名前はこれで全部だな」
「共通点としてわかったのは、夜に鳥のようなものに襲われたっていうくらいかしら」
呟くさゆりに龍介が応じる。
「鳥のようなものが霊だとしても、なんで人を襲ってるのか……」
考えてはみたものの、答えが出るはずもない。
「まあ、今日はここまでにして、編集部に戻って集めた情報を報告書にしよう」
支我の建設的な意見に龍介とさゆりは頷いたが、すぐにさゆりが肩を落とした。
「これから編集部に戻って、報告書を書いて、それから原稿……今日中に帰れるかしら」
「なんだよ、まだ原稿残ってるのか」
「あんたは終わってるの?」
「ああ」
これにはトリックがあって、龍介の受け持つページ数はさゆりよりも少ないのだ。
一瞬、息を吸いこみかけたさゆりは、龍介に怒りをぶつけるのは止めにしたようで、軽いため息に留めた。
「いいよ、報告書の方は俺と支我で作るから、お前はさっさと原稿終わらせちまえよ」
龍介の善意に、さゆりはまず目を細めた。
いきなりUFOにさらっておきながら「地球人と友好を育みに来ました」と言う宇宙人に対するような目だ。
見られて嬉しい目ではないが、彼女が疑うのも龍介には理解できる。
逆の立場だったら、自分も間違いなくそうするだろうからだ。
「……それであんたにメリットはあるの?」
「メリットって……ねえよ、そんなもん。なかったら駄目なのか?」
「少なくとも不自然よね」
「あのな……」
強いて動機をあげるなら、同じ高校に通い、同じバイトをしている女の子を、
夜遅くに置いて帰るのは気が引ける、それだけの話だ。
深い考えや見返りなど期待してはおらず、嫌だというならそれで構わない。
さゆりは真意を窺うように龍介の瞳を凝視したが、長い時間のことではなく、小さく頷いた。
「助かるわ。ありがとう」
「お、おう」
龍介はなぜ返事がうわずったのか、自分でも解らなかった。
翌日、全ての授業が終わると龍介の席にさゆりがやって来て、開口一番言った。
「何気の抜けた顔してるのよ」
「うるさいな、俺は元からこんな顔だよ」
授業が終わってまだ数分も経っておらず、ほんの少し気を緩めただけだというのに、一瞬の油断も許されないというのか。
憤りつつ龍介は、帰り支度を始めた。
令嬢っぽい見た目に相応しく、鞄を両手で持って立っているさゆりは、
なお言いたいことがあるようで、これも見た目に近づけようと努力している痕跡がうかがえる、
少し高めの、柔らかさを感じさせる声で話しかけてきた。
「ねえ、昨日報告書は出したのよね」
「当たり前だろ。でなきゃ帰らせてくれねえよ、あの社長は」
「今日も事件の調査があるのかしら」
「それは……どうだろうな。Azureって奴が寄越した分は全部調べたはずだし……気になるのか?」
「そりゃそうよ。事件が解決しなければ、原稿だって遅くなるんだから。
ねえ、疑問なんだけど、今まであの編集部って仕事上手く回ってたのかしら?
除霊の依頼が多すぎて今月号は休刊です、なんて本末転倒が今までなかったのかしら?」
除霊は事前調査や霊が現れるタイミングを待つ必要があるので、どうしても一件除霊を完了させるまでに時間がかかる。
龍介達はノートパソコンを与えられていないので、現場での待ち時間に原稿を書くわけにもいかず、
今のところは間に合っているが、結構綱渡りに近い状況を強いられているのだ。
「昔は除霊の依頼はこんなに多くなかったのさ」
「支我君」
腕を組むが答えは出せない龍介に代わって答えたのは、支我正宗だった。
「昔、と言っても俺が知る限りだから二年は経っていないんだが、その頃は週に一件もあるかどうかってところだからな。
対応できる人員が増えたから編集長が受ける件数を増やしてもいるんだが、やはり依頼が増えているんだろうな」
「それは……何か理由があるのかしら」
「そこまでは解らないな。まあ、依頼掲示板のシステムを作ってから約二年で、少しは知名度があがったってところじゃないかな」
龍介とさゆりが以前聞いたところでは、あのシステムを作ったのは支我だという。
全然難しくないさ、と支我は軽く言ったものの、プログラミングの知識など皆無な二人は、ひたすら感心するしかなかった。
「それはそうと、新しい情報が入ったんで急いで編集部に来るよう、編集長から連絡があった」
そう言われれば否やはない。
龍介は慌てて教科書を鞄に突っこんで立ち上がり、二人と共に日常を色濃く残す空間を後にした。
龍介達が編集部に到着すると、千鶴は前置きもせずに彼らに新たな情報を告げた。
「Azureから新しい書き込みがあったわ。
今日の午後五時に、江東区の病院に入院している綺羅という患者を訪ねて欲しいそうよ」
綺羅というのは初めて聞く名だ。
その患者が今回の事件とどう結びつくのだろうか、龍介とさゆりは同じ疑問を抱いて顔を見合わせ、
慌ててそむけたが、支我は別の疑問を呈した。
「時間指定ですか?」
「そう、私もそこが引っかかったのよ」
大した意味はないのでは、と龍介が言おうとすると、さゆりが先んじた。
「罠の可能性があるってこと? その、鳥のような何かを操っている誰かがいるって事?」
考えすぎだと龍介は鼻で笑おうとしたが、支我は慎重だった。
「昨日集めた情報では、襲われた時刻は全員夜だった。夜目の利く鳥も居るが、鳥は本来夜に活動する生き物じゃない。
仮に鳥の霊だとしても、霊は生きているときの習慣を引きずることが多いから、不自然ではある」
夜に鳥といえばフクロウではないか、と安直に考えていた龍介は、自分の考えを語らなくて良かったと内心で安堵した。
どのみち鳥の霊なら斃すほかないし、操っているのが人間なら、千鶴か支我が何か考えるだろう。
指揮官と副官が優秀なのだから、兵隊は命令通りに敵を倒せば良い、と考えるのは、龍介の立場では無理からぬことだった。
一方の新米アルバイトであるさゆりは、経験と知識において二人に及ばないのは自覚していても、
わずかでも疑問を抱けば、とりあえず口にしてみるべきだという考えを持っていた。
彼女の方が給料分の働きはしようという気概に満ちていた、と言えるかもしれない。
それとも、実戦では龍介にすら劣るという事実が、自分の立場を少しでも確保しようと気負わせるのかもしれなかった。
「どうするの? 罠かもしれなくても行くの?」
「じゃあ、俺と支我で行ってくるから、お前は待ってろよ」
龍介は嫌味やそれに類する気持ちからそう言ったのではなく、さゆりが女性であることと、
罠だとしたら何も全員が引っかかる必要もないと考えての発言だったのだが、さゆりは強烈に反発した。
「東摩君が罠にかかって自滅するのは勝手だけど、支我君を失うわけにはいかないわ」
「何で俺が死ぬ前提になってるんだよ!」
「はいはい、痴話ゲンカはその辺にしてちょうだい。指定の五時に間に合わなくなるわ」
千鶴が二度手を打ち鳴らして場を解散させると、龍介とさゆりはそっぽを向いて出発の準備を各々始めた。
その場に残った支我が、小さなため息と共に上司に抗議した。
「あまりからかわないでくださいよ」
「若い男女がリビドーを持てあまして悶々としているのを見るとつい、ね」
千鶴は悪びれた様子もなく、また何か小競り合いを始めた二人を品のない顔で見物している。
支我はもう一度ため息をついて、自分の支度をはじめた。
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