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遅れること数分、邸内に戻った葵はそのままベネッサの部屋に向かった。
少し時間を置いた方が良いのでは、との思いもあったが、
ただごとではない様子のベネッサがどうしても気になったのだ。
部屋の扉を叩いても、返事はなかった。
ドアノブに手をかけ、一度ためらった葵は、意を決して扉を開ける。
ドアに鍵はかかっておらず、部屋の主は、訪問者に挨拶すらよこさなかった。
「ベネッサ……はん?」
ベッドサイドに腰かけているベネッサの身体は、葵よりも小さく見える。
その隣に腰かけても、ベネッサは全く反応を示さなかった。
人形ならばいくばくかの温かみもあったろうに、今のベネッサは、
才能に乏しい彫刻家が作った、魂の全く入っていない塑像以下の存在だった。
ベネッサは決して明るい女性ではないが、サラや葵とは相応に会話するし、笑いもする。
何より彼女は葵がこれまで知り合った女性にはいなかった、
勁い芯を持った女性だった。
それが今や見る影もなく、虚ろに目を開いたまま、ぼんやりと座っている。
どうしようもなく痛ましさを覚えた葵は、
それを表に出さないように気をつけながらそっと銀の幕に閉ざされた横顔を窺った。
「あの……」
「私は……この身体が嫌だ! こんな、闘う為だけに作られた身体なんて……
葵を、大切な人を傷つけてしまいそうになって!」
葵に詳しい事情はわからない。
ベネッサは過去を語りたがる女性ではなく、
彼女の雇い主であるサラもそれについては全く触れようとしないので、
ベネッサが軍隊かそれに類する組織にいたというくらいしか葵は知らなかったのだ。
ベネッサの台詞に只事ならぬ意味を感じ取った葵だが、
それを知るよりも今は大切なことがあった。
ベネッサの言葉には、数ヶ月前の初めて対峙した時とはまるで異なる響きがこもっていた。
その切なる想いに葵は、膝の上に置かれた、固く握られた拳と自分のそれを重ねる。
硬質の、ごつごつとした拳。
その山脈にも似た起伏を静かに撫で、優しく語りかけた。
「うちは、ベネッサはんの身体、好きどすえ」
手の中で拳が強張る。
なだめるように握り、葵は続けた。
「うちのことを見てくれる目も、うちの身体を触ってくれる手も、全部」
「葵……」
ここでベネッサがようやく葵を見る。
初めて出会った時の乾いた濃灰でもなく、
共に暮らしはじめるようになってからの吸いこまれるようなグレーの輝きでもない。
雨の中放り出されることを怖れる子犬の瞳だった。
にっこりと微笑んだ葵は手を取り、甲を頬に触れさせる。
大きく、硬い拳が、葵の温もりで柔らかな女性の手に戻っていった。
そっと指を絡める葵に応えたベネッサの笑顔は、
感情をむりやり転化させたようで、ぎこちなく、そして愛らしかった。
年上の、生まれも育ちも違う女性に、これまでのどれとも違う感情を抱いた葵は、
軽やかな動作でベッドに飛び乗る。
「それから」
その笑顔に優しく頷いた葵は、ベネッサの背後に座り、
淡い緑色のビスチェが包む豊満な胸を両側から押し包んだ。
「この大きいおっぱいも、大好きどすえ」
「な……何言って……」
悪戯っぽく踊る葵の指は、葡萄の皮を剥くようにビスチェを脱がせ、
薄く淹れたコーヒーの色の肌を撫でる。
掌に乗るほどの質量の乳房は、しかし美しく張り詰め、いささかの垂れをも感じさせない。
葵はもう幾度となく触れている柔らかな塊を、掌をいっぱいに広げて掴んだ。
「葵……ん……っ」
「ふふっ、硬くなりはった」
いつの間に身につけたのか、葵の指先はベネッサが最も好む、
羽毛で撫でるような繊細な愛撫で乳暈をなぞり、その中心にある突起をくすぐった。
いつになく積極的な葵にベネッサは戸惑いを隠せず、結果、愛撫を許してしまう。
「っん……あ、おい……」
「おっぱいが大きい人は感じにくいいう話を聞いたことありますけど、
ベネッサはんはそないなことないんやなぁ」
耳を軽く噛みながら、葵は砂糖を結晶化したような声で囁く。
自分が教えた愛し方。
行為そのものよりも、自分が教えたことを葵がまねているという事実の方が、
ベネッサをどうしようもなく昂ぶらせた。
乳首を摘まむ指の感触に震えながら否定する声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「ち、違う……」
「何が違うん? もうこないにここ、硬くしはって」
「あ、あぁ……」
「ほら……ベネッサはんのおっぱい、両手でも掴めはる。ちょっと妬けますなぁ」
「や、めて……お願い、葵……」
「何を止めて欲しいんどす? おっぱいをこねること?
それとも、先っぽをいじられることやろか?」
もどかしい動きに、吐息が追いつかない。
呼吸よりもゆっくりともたらされる繊細な快感に、ベネッサは溺れていく。
本気で傷つけようとしたにも関わらず、変わらぬ愛情を向けてくれる葵に、
ベネッサの心を覆っていた殻は霧消していた。
「返事……しまへんと、続けますえ」
葵は狡猾に返事を求めない。
口を開けば後悔と謝罪ばかり言ってしまうのをわかっていて、
葵はベネッサが何も言わずとも済むようにしているのだ。
「……」
ベネッサは諦め、葵に体重を預けた。
背中に感じる温もりは、泣いてしまいそうなほどに優しかった。
返事を、形だけ待っていた葵の手が、再び愛撫を始める。
さっと表面だけを撫でられ、微細な感触がついた肌を、今度は優しく揉まれた。
子供のものかと思うような、血管も浮き出ていない手が、成熟した乳房を弄ぶ。
しかしその動きは決して子供などではなく、快感の引き出し方を知り尽くしたものだった。
溶けかけた氷のように滑らかな丘にわずかにある、小さな粒々。
優しく乳房をしごいていた葵の手が、今度は目標をそこに定めた。
「は……ぁ……」
もう形だけの抵抗も諦め、年下の少女がもたらす快楽に身を預けていたベネッサの唇から、
悩ましい吐息が漏れる。
ねっとりと聴覚にまとわりつく、細い吐息。
それに煽り立てられた葵は、ねじを回すように指を捻った。
指腹に当たるベネッサの皮膚をたっぷりと味わい、ゆっくりと捏ねる。
逞しい褐色の身体は乳房が形を変えるごとに力を失い、倒れかかってきた。
「こんなベネッサはんも、かいらしおすなぁ」
銀色のカーテンを吹き払い、首筋に唇を貼りつかせる。
乾いた汗の味が舌に染みて、葵は幾度も、少し硬い、けれども繊細な首筋を舐めとった。
「か……可愛らしいなんて、嘘……」
「ふふ……どっちかいうたら格好ええと思うてましたけど、
今みたいなベネッサはんはほんま、かいらしどすえ」
「違う……そんなわけ、ない……」
どういうわけかベネッサは頑なに拒む。
しかし皮肉なことに、髪を波打たせて否定し続けるほど、
ベネッサは葵よりも年下の少女のように可愛くなっていくのだ。
「なんでそないに拒みはるん? うちの言うのが信じられまへんか?」
「ち、違う! そうじゃなくて……」
慌てて、必死に否定するベネッサの、優しく頭を撫でてあやす。
「あきまへんよ。思てることは、誰にも否定はできまへんやろ?
ベネッサはんはほんまかいらしい、うちの大好きなひとや。
どないベネッサはんが首振ったかて、この考えは変える気ありまへんよ」
「あ、おい……!!」
これ以上葵の戯言を聞いていたらおかしくなってしまう。
ベネッサは首を曲げ、葵の口を無理やりに塞いだ。
「ん……」
いつもと同じ、温かな唇。
その、触れ合っている口唇に、冷たい液体が流れこんでくる。
ベネッサはそれが、自分の瞳から流れたものだとは信じない。
しかし離れた葵の瞳は穏やかに微笑んだままで、どこにも変化はなかった。
「そないに焦らんでも、うちは逃げまへんよ」
身体をずらした葵が、頬をついばんでくる。
目許から下へ、何かの軌跡を辿るように。
それでもベネッサは信じなかったが、再び戻ってきた葵の唇が濡れた感触を伝えてきた時、
とうとう受け入れざるをえなかった。
「っ……」
嗚咽がこぼれる。
一度心を飛び出した慟哭は、もう抑えられなかった。
ベネッサは両腕を、男をすら凌駕する筋肉を宿された両腕を使って葵を抱きしめる。
年齢も、国籍も、肌の色も異なる少女が、今のベネッサにとっては全てだった。
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