打ち合い、跳ね返したはずの切っ先がコリコパットの胴体に吸い込まれるように打ちつけられる。くぐもった声をあげて、コリコパットはその切っ先が向かうのと同じ方向へ倒れた。

「ぐっ…」

防具の腹当てをしていても、えずかずにはいられない。毎度肋骨が無事なのが不思議なくらい、彼の剣筋は重い。

「大丈夫か?」

能天気な声が頭上から降ってくるが、彼が大砲に手をかけて、真剣な目をして覗き込んでいるのがわかる。
だから、コリコパットはせいぜい強がってみせた。

「これくらい、軽い…」
「そうか。成長したな。最初は一日ぶっ倒れてたくせに」
「んだよ、ランパスが下手になったんじゃねえの」

白い額に、長い漆黒の髪を無造作に散らしたランパスキャットは、本当に嬉しそうにコリコパットの手を引いて彼を立たせた。

「お前が強くなったんだ。やられ方もうまくなってる」
「俺としては、やられるつもりなんてないんだけど」
「それも知ってるが、まあ俺に並ぶのは10年と1日早いな」

コリコは目を眇めた。立ち上がった瞬間に打たれた場所がうずいたのもあるし、そんなに長く彼の足手まといになるつもりは毛頭なかった。

「なんだよ、その一日って…」

目を細めていたランパスの顔が急に鋭く引き締まる。
彼は演習用の木偶を投げ捨てた。腰に手挟んだままの、半月刀の柄に手をかける。コリコパットは何も感じなかったが、彼の警戒心を受けて自分も身構えた。

伸ばした手の先も見えない激しい雨は止んでいたが、入れ替わるように夕闇が水平線へ垂れこめていた。そんな時分に、港へと縄はしごが下ろされる。『海軍』の船へ上がってくるものがいる。二人は甲板へと続く階段を駆け上がった。

背の高いランパスは、巨大なマストやごちゃごちゃした索具の間を器用に通り抜ける。小柄なコリコパットでさえ甲板では小刻みに方向転換をしないとぶつかったり、帆綱につま先をひっかけてしまいそうなのに、どうしたものかランパスはほとんど真っすぐ歩いていく。そうしてはしごの前にくると、ランパスは悠然と身構えた。コリコも遅れて並ぶ。確かに、はしごを揺らして登ってくるものがいる。

ふなべりから顔をのぞかせたのがギルバートであることを確認して、二人は気を緩めた。しかし彼に続いて金色の髪が、細い星の輝きに呼応して現れたとき、ランパスはギルバートの顔を凝視した。どういうつもりなのか、と。
先に甲板に足を下ろしたギルバートは、肩に羽織っただけの青い上着を脱ぎ捨ててしまう。雨を吸って重くなった上着が叩きつけられ、湿った音をたてた。ギルバートはそれを捨てたまま、マキャヴィティを促した。

「この船を案内してやる」
「おい…」
「ランパス、気にするな。俺がいいと言ってる」
「はぁ? お前がこいつにだけはばれるなって何百回俺たちに念を押したよ?
 お前はこいつが王国の間者だと疑ってたんだろう。それなのに何で自分の手の内を見せる」
「ランパス、もうこいつは軍本部に見放された。…そういうことだ」

ギルバートはマキャヴィティを連れて船倉へ降りて行った。
ランパスは自分の刀の鋭さを目前にかざして確かめる。どこにも異常はなかった。
「早いな」

先ほど自分とコリコパットが駆け上った道を、ギルバートとマキャヴィティは悠々と下りていく。ランパスは思った。早すぎる。船はまだ完成していない。
しかし、ギルバートがマキャヴィティをここに連れて来たということは、そうなのだろう。破滅は近い。

「もう、マキャヴィティは俺達の仲間なんだよな」

コリコパットが勢い込んでランパスの腕を掴んだ。

「そうみたいだな。お前、あいつのことが気に入ってたのか? かなり意外なんだけど」
「別に好きじゃない。むしろ嫌いだ。俺、あいつにめちゃくちゃ警戒されてた。
だけど、俺思うんだけどあいつは嘘をつくようなやつじゃないっていうか…嘘をついてもばればれだというか」
「まあ、俺も個人的にはその意見に賛成する」

それから、ランパスは黙り込んだ。
コリコパットは、そんな彼をじっと見上げた。――心ここにあらずだ。
こんなランパスは初めて見る。このところ彼には、驚かされてばかりだ。
ランパスが、コリコへ自分のために死んでくれるかと聞いた時から、なぜか彼はコリコに異様に親切になった。コリコに剣の手ほどきはするし、身体の心配までする。どう考えても同胞愛にあふれた人物には見えないのに。いや、あるいは見かけによらず彼はそうなのかもしれない。だから、一回りも年の違うコリコパットにこんなに親切にしてくれるのか。

いずれにせよ彼は、コリコが聞きたいと言えばどんな情報も惜しまず与えてくれるだろう。

「なあ。なんでそんなに不安そうにしてんのか、聞いていい?」

ランパスの遠い所を見ていた目が、急にコリコの姿を映して焦点を結ぶ。
彼はきまり悪そうに微笑んだ。

「なあ、この間俺が言った事覚えてるだろ?」

コリコパットは頷いた。死んでくれるかと言われて、そんなにすぐ忘れられるはずがない。

「あれ、取り消すわ。
やっぱ、お前、ここにいる全員踏み台にしてもいいから逃げて生き延びてくんない?」

ランパスキャットはそう告げて、愛嬌たっぷりに目配せをする。体中を固くして身構えていたコリコパットは、ぽかーんと間抜けに顎を落とした。



空には星が光りだしていた。重い足取りを一歩踏み出すたびに、服から雨水が滴り落ち、靴の中はごぼりと音をたてる。オールデュトロノミーがあてどなくぶらついていると、飛び出してきた数人の人影が彼を取り囲んだ。

「やあ」
「困ります。こんなことをなさっては、あなたもあなたが助命を嘆願なさっている教え子も身を危うくするばかりですよ。おわかりですか」
「わかったわかった。抵抗はしない。すぐ帰るよ」
「もう遅い。相応の処置を覚悟なさってください」

自分の息子よりも若い屈強の兵士たちに引きたてられ、オールデュトロノミーは山中に連行された。

もとは地主の家だろうか。大きな農家の内部には赤い幕を張り巡らせてあり、もとはあっただろう生活臭が消えている。素朴な木の卓にも、深紅の布が敷かれている。張り切ったクッションを重ねて座を作り、ガスはそこへ腰をおろしていた。

「困りますなぁ」
若い兵士と同じことをガスにも言われ、オールデュトロノミーは肩をすくめた。

「申し訳ない」
「真剣になってくださいよ。いまや貴方の命もかかっているのですからね。
 で、説得の結果はどうでしたか」

わざと泳がされていたのかもしれない。オールデュトロノミーはそう思ったから、正直に答えた。

「どうもこうも。あの子は昔から頑固で」
「失敗だったわけだ。貴方はむざむざ反逆者に情報だけ与えに出向いたというわけだ」

そのとおりなので、微笑むしかなかった。
もともと、マキャヴィティは寝返るような人間ではない。信念を持てば、それを貫くだろう。

「今すぐ攻撃しないのは、少しは貴方とあの反逆者の昔の絆に期待したからなんですよ。そうでなければ、あんな貧弱な装備の『海軍』など、今すぐひねりつぶしている」

それは本当ではないことをオールデュトロノミーは知っていた。
あの雨では大砲は使えない。そして、太陽の光がなければ照準を合わせられない。

この、王国の意を受けた正規軍の司令官は、恐いのだ、白兵戦が。
千年平和が続くこの国で、戦争を指揮した司令官などいない。それに比べて、ギルバート率いる『海軍』は海賊との実戦を繰り返してきたつわものどもだ。

どれだけ装備が有利であろうと、組み合いたい相手ではないだろう。だから、海から町を砲撃することを彼らは選んだ。そして、オールデュトロノミーはその作戦参謀というわけだ。

「わかっています。明日は、きちんとやります」
「朝日が昇ったと同時に攻撃を開始します。いますぐ、ここを出立しなければ一緒に火の海の中だ」
「そんなことにはしない。被害は最小限に抑えたい。町の人々は、何もかかわりがないのだから」
「彼らは反逆者ギルバートの支持者たちです。潔白かどうかはあやしいものだ」
「町ごと、焼き払いでもするつもりですか? 守りの要をみずから失えば、海賊たちを喜ばせるだけだ」
「確かに。そうならないために貴方をわざわざ連れてきたんだ」
「わかっていますとも。あのマキャヴィティにすべての戦法を教えたのはこの私です。彼の立てる作戦なら、私はその100通りの先を見通せる。この反乱軍の制圧隊に、私ほどふさわしい人間はいない。彼は、私には決して勝てない」
「そうならいいんですがね」

もちろんだ、とオールデュトロノミーは頷いた。
そのためにここへ来たのだ。

『海軍』のすべてを跡形もなく速やかに破壊する。彼らの船、後援の施設にいたるまで、すべて自分の足でその距離や位置関係を確認した。

反乱軍のせん滅。それだけが町の人々を大砲の炎から守る方法だ。
――だから、投降し、私のもとへ戻ってきなさい。

私が彼を地獄へ送り出してしまった。彼は私を信じてここへ来た。そして、反逆者となってしまったギルバート隊長と出会ったのだ。これはすべて教官である私の責任だ。だからこそ、彼と町の人々の命だけは、私がなんとか救ってみせる。
それが、せめてもの償いだ。



ガスは葉巻の先を破り取り、部下に火を持つよう命じる。
――だれが反逆者を生かしておくもんか。

オールデュトロノミーが反乱軍を平定すれば、その手柄と引き換えにマキャヴィティの助命が叶うかもしれない。そう匂わせはしたが、ガスはそれを自分が実行するとは言わなかった。深く吸い込んだ薫り高い煙が、ガスの体いっぱいに満ちていく。

――どの歴史書を見たって、明らかなことだ。
反逆者を助ける方法はない。
愚かなことだ。そんな事にも気付かないから、平民相手の学校の教師なんかを押しつけられる。

俺なら、決してそんなハメにはならない。

「私は約束を守る男です。ですから、あなたも今の言葉を明日、必ず実行してください」
ガスは心にない言葉を煙とともに吐き出した。
紫煙はいつまでも漂い、室内を隔てた。



2011.09.04