ローストチキンに両側からかぶりつく。
「美味し…!」
レンガつくりの家の外側。
たった今ごちそうを失敬してきた家の、その庭先で不敵にも二匹は晩餐会を始めていた。
彼女が歯形をつけたのと別方向から、マンゴジェリーも鶏肉をかじった。辛い。けれど子どものころからニンゲンの食物に慣れたランペルティーザは、胡椒の効いた辛さを好んだ。
ふくらんだほっぺたをますます大きくしながら、彼女は忙しく口許を動かしている。
「ひやー…美味しいよ。マンゴ、食べないの?」
こんがり焼けた表面から、湯気を立てて金色の雫がしたたりおちる。
そこから目を離さず、それどころか掌に受け止めている小さな雌猫は、抜かりなくふるまいながらも食の進まないマンゴジェリーを気遣った。
彼女の、いつもは縦長にきゅっとしまった瞳の中心が、今はまあるく太っている。それで実際のカッパーオレンジより、黒っぽく見えるなとマンゴジェリーは思った。
「いいよ。俺、そんなに腹空いてない」
「どうしてえ? あ、ひょっとして他に何か食べてた」
「まあ、な」
小作りな顔に、にぱーっと笑みを広げるとランペルティーザはまるで子どものように見えた。今のように不機嫌な顔をしてみても、やっぱり他猫を怖がらせる威厳に欠ける。実際の彼女は――やはり子どもといってさしつかえない。
「なあに? あたしに付きそって自分に必要のないものを盗んだっていうの」
「いや。俺もちょっと匂いにそそられたんだよ」
「だから、一口かじったら満足というわけ?」
「何を怒ってるんだ。お前は欲しい獲物を手に入れた。俺も、自分の好奇心を満足させた。これ以上の成果がある?」
「おおあり」
せっかくの温かいご馳走を脇にどけて、ランペルティーザは彼女の相棒に座るよう促した。マンゴジェリーはおとなしく従いながら、横目でレンガの壁を見上げる。
早く食べて逃げだしてしまわないと、さすがに家の主が気になる。彼らは早晩、金蔵をそっくり残してご馳走だけが姿を消したことに気付くはず。
ニンゲンが騒ぎだしたら、それをききつけてマンカストラップやジェニエニドッツや、ギルバートなんかのやっかいな猫たちが現れないともかぎらない。
滴った肉汁を吸い取って、ランペルティーザの毛並みが茶色く濡れている。匂いたつのは、オーブンからも漂っていた香草と血の匂い。胡椒が鼻をむずむずさせる。
強い匂いや汚れにも紛れないランペルティーザの虎縞模様を、マンゴジェリーは舌に絡めて舐めとってやった。肉そのものと違って、勇ましい彼女の毛並みに移った肉のスープは、そんなに辛くない。
「ちょっと!何するのよ!」
「やっぱり美味しい…かな?」
「嘘ばっかり。マンゴは、あんまり食べないよね。
前からそうじゃないかとは思ってたんだけど。ひょっとしたら、あたしより嫌いな食べ物が多いんじゃない?」
母猫の膝にすがるように、彼女の毛並みを掃除していたマンゴジェリーは、ランペルティーザに頭を抱え込まれたまま首をすくめた。そうすると、ランペルティーザの小さい顎に頭をぶつけることなく、彼女の顔を見上げることが出来た。あからさまなご機嫌取りに、ますますランペルティーザは気を悪くしているように見えた。
「お前と違って、俺には食べ物の好き嫌いはないなあ」
「嘘ばっかり」
「なんでもいい。ただ、とびきり美味いもの以外は、絶対に食べないって小さい頃誓った」
「……あたしはネズミとかが苦手だけど、マンゴはとても漠然としてんのね」
「そうか? 実に明快なんだけど」
彼女の膝にこぼれた肉のスープを、唇をつけて派手にすすってみると、ランペルティーザはくすぐったさに怒った笑い声を上げた。
「もう! 誤魔化さないでよ!!」
そう言いながら、彼女は猫の本能に抗えず目の前に揺れているひらひらしたものへかじりついた。マンゴジェリーの耳。
彼女は両手で獲物を逃がさないよう力いっぱい握り締めて、壁に押さえつけようとする。彼女自身が小さすぎるせいで、またマンゴか彼女よりずっと大きかったせいで、彼女は逆に地面に転がり落ちてしまった。
それでも彼女は力の加減を知っていた、もしくは覚えていたらしく、牙はマンゴの薄い耳を針の先ほども傷つけなかった。
並以上に背の高いマンゴジェリーへねずみを転がすようにじゃれかかってくる彼女のやり方は、あまりに道理にかなっているとはいえなかった。
彼女と同じくらいの大きさの猫、たとえばシラバブにするのなら、とてつもなくふさわしかっただろう。シラバブのことは可愛く思うし、守ってやりたいほど純真な子どもだと思う。
けれどマンゴジェリーは、ランペルティーザを同じように「子ども」なんていう大きなくくりの中にまとめてしまえなかった。その方法がわからない。
――いいんだ。俺はろくでなしだから。
自分はもうおとなだといいはる子どもがみっともない以上に、子どもと対等でありたがるおとなはぶざまで、むしろ犯罪的だけれど、マンゴジェリーにとってランペルティーザはそうだった。初めて会ったときからそうだった。一己の個性として屹立した存在だった。
あの時、彼女は今よりもずっと幼かったというのに。どうしようもない。
「おいしいものしか食べない。食べたいときしか食べない。眠りたいときに眠る。
したいことしか、しない」
「マンゴ!」
「どうしようもないって、お前思うか?」
小さな顔を、今度は自分が押さえつける。頬を舐めると、先ほど感じなかった埃くさい味がした。
仔猫のようにとっくみあったからだろう。
それ以外の味はしない。
浅い呼吸で喘いでいる桜色の唇を舐めとると、やっとかすかに胡椒の苦さがマンゴジェリーの舌にも移った。
『いいわけ』