「手、出せよ」
「うん? 何、マンゴ」
「いいから!」

マンゴジェリーはすっかり熱を下げて、いつもどおりの宙返りを相棒に披露して拍手喝さい浴びてから、彼女へ贈り物をした。

小さな石をランペルティーザに握らせて、マンゴジェリーはわくわく彼女の喜ぶ顔を待ち受けた。

「マンゴ、これ…」
「欲しがってただろ!
看病のお礼に、プレゼントな」

ランペルティーザはぶるぶる震え出した。掌の上の白い石が、小さく跳ねる。ガスの小さな勲章。落さないよう、拳に握りこんだランペルティーザの手は、両手を重ねても小さかった。

「……返してきてよ」
「ランプ?」
「なんでよ?! なんでこんなことすんのよマンゴ!!
返してきてよ!!」

ランペルティーザの涙もろい瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

マンゴジェリーは突然の激昂についていけずに、ただただぽかんと口を空けて見つめていた。

「あたし言ったよね! ガスの大事な想い出なんだよ…今すぐガスに返してきてよ!!」
「おい、落ち着けって」
「なんでよ! なんでこんな酷いことすんのよ!! こんなのマンゴらしくないよっ…」
「馬鹿言うな!!」

マンゴジェリーは声を荒げた。

「俺たちは泥棒猫だろ?な?
盗む事は俺たちの生まれつきなんだから。そうだろ?
お前、おかしいぞ、ランプ。ちょっと落ち着けよ。な?」
「違う…違う!!」

ランペルティーザは泣きじゃくってマンゴの意外と厚い胸を叩く。掌のなかには、半透明に濁った小さなガラス玉を握っている。

「あたしは、命は盗まない!! 誰かの本当に大切なものを盗んだりしない。それはあたしのしたいことじゃない。そんなふうに奪うように生まれついてなんかない!」

悲痛な叫び声がマンゴジェリーの胸を裂いた。認められずに、マンゴジェリーは込み上げる激情を抑えた。

「俺たちは泥棒だ。
誰にとって何が大切かなんて、どうして外からわかる? 大切だから盗めないなんて、そんなの矛盾だろ。
俺たちが今まで盗んだもの、大なり小なり相手にとって必要なものだったはずなんだ。だって、必要じゃないものをわざわざ誰も、持ち続けたりしないじゃないか」
「マンゴ、違う…」
「どう違う?
今まで俺たちが盗んだものが、誰かにとって命より大切じゃなかった保障なんてあるか?
そんなの気にするなよランプ。俺たちは泥棒で、泥棒は盗むのがお仕事なんだから。むしろ、だれかの大切なものだから盗まずにおいてやるなんて、何様って感じだろ? 選別するのは矛盾だ。
なんだって盗んでみせる。それだけが俺たちのプライドだ」

ちっぽけな、虫けらに劣るプライドでも、マンゴジェリーはそれを後生大事に抱いて生きてきた。ひとりきりのとき、彼を生かしたのは、生に駆り立てたのはその信条だけだった。誰にも譲れない。自分は自分だ。

「もう一人前だと思ってたけど、お前も意外と子供っぽいところあんだな、ランプ?」

マンゴジェリーはランペルティーザの頭の上に手を置こうとして、身を引いて逃げられた。胸が痛む。指先が凍えてかじかむ。

「マンゴ、それ本気で言ってる?」
「ああ。これだけが俺のポリシーだよ」
「誰かが傷ついても気にしない?」
「傷つけたくなかったら、そもそも盗まない」

きっぱり言い切る。いままで生きてきた年月の長さのぶん、強固なプライド。ランペルティーザは打ちのめされて、だらりとうな垂れた。

「お前は優しいな、ランプ。
気にすんなよ、ガスの言うことなんて、みんな嘘だからさ」
「嘘?」
「だって、それガラス玉じゃん。お姫様がくれるものにしては、ずいぶんみすぼらしいんじゃないか?」
「マンゴ、酷いよ」
「お前は、もっと審美眼を磨けよ。ガラスが悪いって言ってるわけじゃない。宝石より綺麗なガラス玉なら、濁った宝石なんかより澄んだガラスを盗るべきだ。
でもそれは、そいつがガラス玉だと知っててわざとすることだ。騙されたら駄目だ」
「マンゴ、これがガラスだってことくらい、一目であたしにだって分かった」
「さすが!
しかも、こんな精製の悪い濁ったガラス、どこで拾ってきたんだろうな、ガスは。滅多にみかけないぞ、こんなこ汚いの」
「これが、この小さな石ころ自体が綺麗でかわいいなんて、あたしは思ったことない」

なんだ、じゃあ盗むのは無駄だったかな、とマンゴジェリーは拍子抜けした。ランペルティーザの声は、ときどき涙でひっくりかえりそうになりながら、マンゴジェリーへ訴えかける。

「ガスの思い出が、これを取り出したガスのきらきらした顔と、大事そうな手つきが綺麗だった。可愛かった。
これはガスのところにあるから意味があるんだよ。盗んだらただのガラス。
ねえ、マンゴ。返してこようよ。あたしはガスが嘘をついているとは思わない」
「まだ言ってんのか!」

マンゴジェリーは若干失望した。
同胞を見つけたと思ったのに、彼女はひょっとして違ったのだろうか。

いや。
ただ彼女は、まだ幼いだけなんだろう。

「なあ、ランプ。ガスの言うようなお姫様なら、本当に外国にいる」
「ほらね、だったら…」
「でもな、そういう猫たちの目はみんなブルーなんだよ。お前と同じ、オレンジの瞳なんてありえない」

ランペルティーザは、大きな瞳を見張ってじっとマンゴジェリーを見上げた。夕日の色を映した瞳が、丸く澄んで相方を見つめた。

「な、決定的だろ? ガラス玉、オレンジの瞳、ガスは嘘をついてる」
「あたしは、そうは思わない」
「ランプ! 聞き分けのないこと言うなよ」
「マンゴが返してこないなら、あたしがこれをガスに届ける」
「勝手にしろ!」
「マンゴ……」

痩せた背中が、怒りに張り詰めながらねぐらを出て行く。ランペルティーザは、もう一筋涙を零した。





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