「あら、こんにちは、子猫ちゃん」

ジェリーロラムは、柔和な丸い顔に満面の笑みを浮かべていた。しなやかな両腕を大きく広げて、ランペルティーザを出迎える。

「あの、こんにちは、ジェリーロラム」
「今日は一体何のご用かしら? 私に? それとも…ガスに?」
「あの、あた、わたし、ガスに謝りたくて」
「謝る?」
「うん。はい。ガスに謝りたいんです。会わせてください」

ジェリーロラムは小さく吐息を吐き出した。
身をすくませていたランペルティーザは、クリーム色の雌猫がついたため息に、やっと体の力を抜く。

「いいわ。この奥にいるの。ひとりでずうっと、座り込んでる。慰めてあげてね、ランペルティーザ」
「うん。ごめんなさい。ジェリー、ごめんなさい」
「いいえ。私にではなくガスへ言ってちょうだい」

ジェリーロラムは小さな子猫を招き入れた。





「ガス?」
呼びかけに、老猫は疲れた顔を上げた。
顔色が悪い。毛並みはいつものように艶がなく、それでもジェリーロラムの手入れのおかげで、さらさらと全身を覆っている。

ねぐらには日が差し込まない。
いろいろなものが雑然と折り重なって、ガスを圧迫するように取り囲む。ランペルティーザも息がつまった。

「ガス、あの、これを、あたし、これを返しに…」

ガスは無表情にランペルティーザの顔を見上げていた。彼は地面に直接座り込んでいる。まるで、力尽きて倒れたようだった。

「これ、ガスの大切なもの、勝手に持ち出してごめんなさい。
許してください。
あたしと、マンゴを許してください」

アスパラガスは、差し出された小さな手の上の、彼の勲章を見ようともしない。ただランペルティーザの、オレンジの瞳をじっと見つめていた。

「ごめんなさい。悪気はなかったの。
あたしがあんまり、ガスのこと羨ましがって、そんでマンゴはあたしの為に…
でも、これはガスがもってるから綺麗なんだよね。だから、返しにきたの。ごめんなさい。
勝手に触って、ごめんなさい」

ランペルティーザはガスに近づいた。一歩近づくたび、雄猫は唸り声を上げて威嚇する。

「ごめんなさい…」

身軽な足取りに迷いはない。
一直線に近づく少女の勇気に、ガスは胸をつかれたようだった。

「俺は、気にしちゃいない」
「ガス、本当にごめんなさい。マンゴのこと、許してくれる?」
「気にしてねぇって言ってるだろ!」

ガスは立ち上がった。昔より萎んでいても、ランペルティーザよりはずっと大きな体だった。

「ガス、これ…」
「いらねぇ。お前が持ってろ」
「ガス!」
「いらねぇって言ってるだろ!! それを持ってさっさと帰れ!
お、俺はこれからジェリーロラムと稽古しなくちゃ。うん。そうだ。
子供はさっさと帰れ!」
「ガス、お願い…ごめんなさい、」
「そんなに欲しかったら、お前が持ってろ!
俺は、そんなのいくらでも持ってるんだ。勲章だってトロフィーだって、腐るほど貰ってる。だから、一個くらい泥棒猫に盗られたって気にしないんだ」

ガスはぷんぷん怒りながら、真赤に照れて肩をいからせている。ランペルティーザを見ようともしない。いつのまにか傍に来ていたジェリーロラムが、そっとランペルティーザの背中を押した。
これからは、彼らだけの時間だ。

「ガス……」
ぎゅっと両手を胸の前に組んで、ランペルティーザは駆け出した。
ガスとジェリーロラムは、年老いたガスと若く美しいジェリーロラムは、まるで世界にふたりきりのようにそこへ残された。

「あんなに一生懸命になって…やっぱりかわいいわね」
「お前、今の今まで怒り狂ってたくせに」
「あら、当然じゃない。
他猫の善意を踏みにじるような真似、……絶対に許せないわ」

クリーム色の毛並みを波立たせて、ジェリーロラムの微笑みは他を圧した。

「俺は平気だぞ。あんなのいくらでも持ってるんだ」
「ええ、ええ。そうね。
でも、私は嫌なの。あなたがあれを持っているのが私は好きなの」
「あんなの、あの子にくれてやってもよかったんだ。みっともねぇ。執着して、落ち込んだりして…
あんなに、気に入ってくれてたんだから。帰ってマンゴジェリーに話す位、俺の話が気に入ったんだろ? 
あんなのなくたって、俺の経験したことが消えるわけでも、忘れちまうわけでもねえのに。そもそも、話をした時ハナからあの子にあげればよかったんだ。俺よりは似合うだろ。
あれは、あの子が持ってていいよ」
「ええ。でも、残念ね、ガス。あの子も私と同じ考えよ」

ジェリーロラムはガスのねぐらの、小箱をとりだし、開けた。いつのまにかそこには、小さな半透明の、ガスの想い出の白い石が申し訳なさそうに収まっていた。いつのまに。
さすが、小さくても泥棒猫の片割れというべきだった。



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