ひらひらと蝶が舞う。それを追いかける小麦畑色の猫が、芝生の上を飛び撥ねていた。
ギルバートはため息をつく。

「めしを狩りにきたんじゃなかったのか」
公園のゴミ籠にはいつも何かしら入ってる。早朝は小鳥も気を許して、空から降りてくる。それらを全く無視して、おいかけるのが腹の足しにもならない虫。それも…

「お前、それ喰うなよ」
「えっ、どうして?あっ、ギルが食べる?」
「毒蛾だぞ、そいつ」
「本当? あんなに綺麗なのに」
「綺麗なもんは大抵まずいんだ。綺麗で美味いのは、鳥くらいだな。でも、あれも綺麗なのは羽根だし、羽根はやっぱり口のなかにひっついてマズイぞ」
「ギル、物知りだね」

未練がましく蝶を目で追いながら、口先だけで感心してみせる大きな猫に、ギルバートはほとんど眩暈を覚えた。

こいつ、こんなヤツだったのか。いや、昨日のことで大抵の我慢をする覚悟は出来ていたが、黙ってたときは正直ここまでアホとは思わなかった。
口を利いたことがなかった時は、むしろ無口で、頼りになりそうな大人猫かと思っていたのに。

大間違いだ。常識がないし、大人なのに泣くし、挙句に餌の選び方をしらない。よく今まで生きてこられた。
いつの間にか呼び方もギルバートからギルに変わっている。馴れ馴れしいというより、子供っぽい舌ったらずさに、怒る気もわかない。

「ギル!こっちに来てよ。毛虫みつけたよ」
「また虫か。虫ばっか食べてると、アリになるからな」
ため息をつきながらギルバートは重い腰を上げた。





夕暮れが近づき、日が翳るにしたがって黄色い猫の笑顔は凋み始めた。昼間はうるさいほど纏わりついてきたのに、口ひとつ利かなくなる。ギルバートにはどうすることもできなかった。

他の猫とは暮らせない。
ねぐらを共有するなんて、考えられないことだった。たとえ、そのせいで世間知らずの猫が一匹、のたれ死んだとしても。
ギルバートの胸にちいさな痛みが走る。

「ギル…」
「おまえ、そろそろ今日の寝床を探しにいけ」
「うん。いろいろありがとね」

ダダを捏ねるだろうと、半ば覚悟していたが、ギルバートの予測は裏切られた。黄色い猫はさびしそうに別れをつげただけだった。礼を言ってギルバートを抱きしめる。

これもルール違反だなぁ。

そう思いつつ、てっきり泣かれると思っていたギルバートは拒否できなかった。

「じゃあな」
「うん…あのね、ギル」
「なんだ」
「うん、ううん。何でもない。じゃあ、ね」
黄色い背中ががっくりと肩を落として、公園を後にするのを見送る。

あいつ、大丈夫か。

心配しても仕方がないが、ギルバートはその場を離れることが出来なかった。
夜は、おとなの猫が活動を始める時間だ。まだ未熟なギルは、彼らより早起きして餌をさがさなければ、ろくに食事にありつけない。だから明るいうちから狩りをする。けれど、本来の猫の活動時間はこれから始まると言っていい。夕闇が帳を下ろすこれからの時間。

本当は、今日一日一緒にいるのではなく、朝のうちに追い出したほうが良かった。そうすればあいつでも、知らない雄猫のテリトリーを通り抜けることが出来ただろう。それなのに今、主が目を醒まして警戒している中を、ぽてぽてあんな間抜けが横切ったら。
体と見た目だけは一人前のあいつが、なにをされるか。

『いたい!!いたい!やめて!』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『ごめんなさ…い…』
『ありがとね』『ギル!』

ギルバートは走り出した。ツツジのねぐらにではなく、黄色い猫が去っていった方向へ。
 




空が騒がしい。闇にそなえて、鳥たちが巣へ移動している。ギルバートはかすかに残る黄色い猫のにおいをたどって、公園を駆け抜けた。

早く見つけてやらなきゃ。
きっと心細さに泣きそうになってる。
俺も、見た目にだまされてた。
まだ子猫みたいなもんなんだ、あいつは。

長い時間を迷っていたつもりはないのに、どこまで走っても黄色い猫に追いつけなかった。ギルバートは焦燥に心臓を逸らせ、いつもより早く息が上がった。苦しい。
でも、あの名前も知らない猫はもっと苦しんでる。

そう思うと、一刻も早く見つけ出してやりたくて、足を緩めることは出来なかった。

異変を最初に知らせたのは、ギルバートの鋭い鼻だった。
埃とゴミのにおいに混じって、たくさんのカラスの匂い。おかしい。彼らがこんなに暗くなってから餌場に表れるなんて。なにか新鮮な獲物が、いきなり放り出されでもしない限り…

「お前!!」
ギルバートの目の前に現れたのは、黄色い猫にたかる黒い山のようなカラスの群だった。
「大丈夫か!すぐ助けてやる」

聞こえているのかいないのか、黄色い猫は頭を押さえて顔を上げない。ギルバートは唸り声を上げながらカラスたちを蹴散らした。
ギルバートの顔にカラスの大きな黒い翼が当たる。目を閉じると鋭い爪やくちばしを避けられない。幾対もの翼が起こす砂埃に巻かれながら、ギルバートは必死で応戦した。

鳥ではあるが、カラスは大きすぎて猫の獲物ではない。だが、カラスが集団で猫を襲う事は実はよくある。

「畜生、散れ!あっちへいけ!」

ギルバートは一羽の片翼をもぎ取るようにつかみ、振り回した。抗議の声が太いくちばしから次々に発せられる。その爪のように鋭い鳴き声だが、ギルバートはひるまず闘った。カラスたちが翼持つものの特権として空に帰っても、ギルバートは暫く腕を振り回していた。掴んでいたカラスはいない。逃げたのだろう。
あっちも助かったが、こっちも助かった。
下手をすればギルバートまでカラスの夕食だ。

荒い息を吐き出しながら、ギルバートはやっと落ち着きを取り戻した。

あの大きな猫は?
たぶんカラスのナワバリであるゴミ捨て場を荒らして、それでカラスが激怒したのだろう。中華レストランの裏の、野菜の皮や丸めた紙くずが散乱するゴミ捨て場に、黄色い猫は頭を抱えて震えていた。
ギルバートは近づいて彼の肩を叩いた。反応がない。

「おい」
顔を上げさせようと、黄色い年上猫の両耳を覆っていた両手を掴み、外させる。体が固くこわばっていたが、抵抗はされなかった。慰めようと肩をなでて、顔を覗き込む。彼は泣いていなかった。空ろで、無表情だった。恐怖のあまり、心を閉ざしているように見えた。黄色い毛のあちこちを血が濡らしている。蝶々を追っていたときは、陽だまりの中ふかふかの毛が風にそよいでいたのに。

守ってやりたい。

「おい、大丈夫か?」
返事はない。
「しっかりしろ!こっち見ろ」
呼びかけても反応しない。

頬を叩いたりしたら、逆効果かな。ギルバートは考える。たぶん、逆効果だろう、と。こんなに血がでるほどカラスにつつかれてる中でも、現実逃避していられたんだから。ギルバートがちょっとやそっと叩いたからって、こっちに戻ってくるとは思えない。

さて、どうするか。

ここをナワバリとするおとな猫がやってくれば、カラスに襲われるよりよっぽど面倒なことになる。その前に去りたいが、こんな大きな体をギルバート一匹で運ぶのは無理だ。
真っ暗な顔を覗き込むと、額に引っかき傷があるが、琥珀色の目は無事だった。よかった。頭のいいカラスは急所というものをよく知っている。まず目をやって、あとはじわじわ食い尽くす。たぶん、自分が駆けつけなければ…
守ってやる。守ってやらなくては。

ギルバートは黄色い猫の額を舐めてやった。血の味が広がる。
「…ギル?」

「気が付いたか? 大丈夫だな。自分で歩けるだろ」
「ギル、ギル、ギル!!」

黄色い猫はギルバートにぶつかってきた。本猫は抱きついたつもりなのだろうが、二匹に圧倒的な体格差があるので、抱きつくというよりゴミの中に押し倒したといったほうが正しい。
ギルバートは、頭を地面にぶつけないよう背中を丸めて黄色い年上猫を受け止めた。しゃくりあげる背中をなでてやる。

「もう大丈夫だ。俺が来たんだから」
「ギル、こわかった。すっごく怖かったんだ」
「ごめんな。俺が追い出したから。お前、まだ本当は小さいのにな」
「どういうこと?」
大きい猫は小さなギルバートの顔を不安そうに覗き込んだ。
「いや、なんでもない。足は大丈夫か?自分で歩けるな」
「うん…」
「じゃあ、公園に戻ろう。早くしないとここの主人猫が戻ってきてしまう。猫はカラスを追っ払うような訳にはいかないんだから」
「僕、ギルの公園に戻ってもいいの?」
黄色い猫がびっくりしたようにギルバートに聞いた。
「俺とお前のだ。お前が一人前になるまで、俺が面倒みてやる」
「ギル!!」

ギルバートは光るような笑顔というのを、黄色い猫に出会って、生まれて初めて目にしていた。黄色い猫はその毛色と相まって、本当に太陽に照らされた麦穂のようだった。

「ありがとう!嬉しい…助けにきてくれて、それだけでも嬉しかったのに。これからずっと一緒だね」
「ずっとじゃない。お前が一匹でやっていけるようになるまでな」
黄色い猫はうんうん、と頷いたが、どんな顔をしているかは再び抱きつかれたギルバートにはわからなかった。



「いたいいたいいたい〜っ!」
「馬鹿、舐めとかなきゃ化膿してもっと痛くなるんだから」
「でももう充分だよっ。さっきからずっとギルが舐めてくれたじゃないか」
「おまえ、この血と泥のこびりついた傷口みて、なんともないのか。
俺が手当てしてやったところももちろんいっぱいあるけど、まだ何にもしてない傷口のほうが多いだろうが。大人しく寝てろ」
「痛くしない?」
「……努力する」

理不尽な気がしないでもないが、ギルバートはそう約束してやった。
なぜギルバートが手当てをしてやっているかというと、
「僕、自分の血を飲んだら気持ち悪くなるからこのままでいいよ」

…………。
絶対、こいつ一匹にしといたら生き残れない。

先ほど黄色い猫が言い放った言葉を思い出し、ギルバートはなるべく舌の棘を寝かせて傷を吸ってやった。
黄色い猫は痛そうにぎゅっと目をつぶって耐えていた。

「おわったぞ」
「本当?」

ほっとしたように黄色い猫は眉尻を下げたが、疲れたのも、やっと終わってせいせいしたのも、ギルバートのほうだった。

「腹へってるだろう? そこにさっき捕った鳥があるから食っていい」
「うん。カラスが邪魔して少しも食べられなかったから、すごくお腹すいてる。ギルの分は?」
「俺はいい。お前の血で腹いっぱい」

 自分の手当てにかかりながら、ギルバートは言った。実際、あれだけの血液を失った黄色い猫は食事をしたほうがいい。ギルバートもカラスとの格闘で体力を消耗したが、それでも黄色い猫よりはましだ。
本猫は気付いていないだろうが、体温が下がってもおかしくないほどの出血量だったから、いま食事をしておかないと後で身動きできなくなる。

ぱきぱき、もしゃもしゃと黄色い猫が小鳥を食べる。

「美味いか」
「うん」

黄色い猫は口のまわりをべとべとに汚し、夢中で食べながら、ギルバートの問いにはすぐ返事する。
 
弟がいるってこんな感じか。
同じシーズンに生まれた兄弟ではなく、ワンシーズン遅れて生まれた弟と一緒に暮らしたら、きっとこんな感じなんだろうな。

ギルバートの腹はからっぽで、今にも雷のようにぐうぐう鳴りだしそうだったが、心は満たされていた。

―――初めてだ、こんなキモチになったの。

教会で養われていたときは、早くひとり立ちしたかった。
一匹で暮らすようになって、それでも充分ではないと感じていた。池の周りには花が咲き乱れ、鬱蒼とした木立が昼でも暗い影を作る最高の狩場。自分がここをテリトリーにしていられるのは、リーダー猫の好意、それ以外の何者でもない。本当は、彼こそここを自分の住処にしていい。

『いいんだ、俺は。ニンゲンが寝床も食事も用意してくれるし、その代わりあいつらを守ってやらないといけないんだから、あんまりねぐらを離れられない。
ギルがこの公園を代わりに見回ってくれれば、俺も助かる』

マンカスの好意に今も守られている。教会で庇護されていたときと、何も変わらない。
さりとて、此処を離れて生きていくあてもない。うかつに他の猫のテリトリーに足を踏み入れれば、追い出されて「とおせんぼ」されて、この町に戻ってくることさえ難しくなるだろう。

「ギル。これ食べて」
「なんだ、全部食べていいって言っただろ」
「うん。でも、ごめんね。僕半分より多く食べちゃった」
「だから。お前怪我してるんだから、遠慮することないんだぞ」
「でも、これはギルが捕った鳥だし。それに、一緒に食べたほうが僕も嬉しいから」
「…」
与えられるだけの関係が、どんなに惨めで辛いものか自分は知っている。

「ありがとう。やさしいな。お前」
ギルバートは黄色い猫の歯形が付いた鶏肉を受け取り、咀嚼した。
みっちりした肉の感触。瑞々しい血が滴る。思わず舌なめずりした。

「ううん、ギルのほうがずっと優しいし格好いいよ。僕を助けに来てくれたし。
ギル、強いんだね」
「お前はちっとも俺の活躍、見てなかったじゃないか」
「そうだけど、でもなんとなく分かったんだよ。カラスにつつかれて痛くてたまんないときも、きっとギルが僕を助けに来てくれるって。どうしてかな」
「ちょうど、その前に会ってたのが俺だからだろ」

自分はそんなに強くない。カラスを追い払えたのも、まぐれとか偶然の力が大きい。たまたまカラスの片翼をつかむことができて、意外と仲間思いのカラスたちが攻撃するのを遠慮した。それだけだ。
もっと強くなりたかった。
「もう寝ろ」
「うん。ギル、こっちへ来て」

二匹で丸まると、小さなタオルから背中がはみ出す。それでも一匹で寝るよりずっと暖かい。
「なあ、おい」
「ん…なに?」
早くも眠りに落ちかけている黄色い猫に、ギルバートは思いきって聞いた。

「お前、名前は?」
「…」
「寝ちゃったのか…」
「……い」
「え?」
いつの間にか、闇の中で琥珀色の目がギルバートをまっすぐ見つめていた。

どきりとするような、透明な光を湛えた双眸。
思わず見とれたが、一瞬後には黄色い瞼に隠れて見えなくなっていた。

「おい、聞こえないって。もう一度言えよ」
大きな体から、安らかな寝息がもれている。

明日聞けばいいことだ。今は寝かせておいてやろう。
ギルバートは目の前の額の傷にもう一度舌を這わせて
『やっぱり鶏肉のほうが千倍うまい』
自身も目を閉じた。怪我猫に栄養をつけさせたいから、明日はいつも以上に狩りをしなければ、と計画しながら。



「大人しくしてろよ」
黄色い猫に念を入れて、ギルバートは池の近くの草叢に身を潜めた。

明け方特有の清潔な冷えた空気の中、ギルバートのひげが静止する。呼吸さえ止めて、ギルバートは気配を殺した。
軽い羽音が水辺に降り立つ。
跳躍はあざやかだった。一瞬でうつくしい羽ばたきが、断末魔のもがきに変わる。声も立てず、ギルバートの牙に貫かれる。

ふう、とギルバートが会心のため息をついた。
「ほら、簡単だろう?次はお前もやってみろ」

黄色い猫は目をまん丸にしていた。

「すごいね。ね、もう一回お手本を見せて。そうしたら僕もやってみるから」
「ここじゃ無理だ。
鳥は弱いから、すごく警戒心が強いんだ。仲間がやられたから、少なくとも3日間はこの場所に、すずめ一匹よりつかない」
「それじゃあ、いつもギルは3日にいっぺんしか食事をしないの?」
「まさか。場所を変えるんだ。だから狩場の数は、多ければ多いほどいい。俺は6個の狩場を持ってる。それでも、どこでも狩りが上手くいかなくて、1日何も食べられないときも多い。特に冬は」

腹がぎりぎり痛むほど飢えて、その上寒さに体温を奪われる辛さは一度経験したら二度と忘れられない。今でもなんども夢にみる。
どうにもならなくて、家出した教会へおめおめと舞い戻るまで二週間もかからなかった。長老もリーダー猫も、恩知らずな子供を叱ることなく受け入れてくれた。わが身の未熟を知らず、一匹で生きていけると思いあがっていた幼い自分を思い出し、ギルバートはひとり苦笑した。

「美味しそう」
「食べていい」
「昨日は僕がいっぱい食べたから、今度はギルから食べてよ」
「いいんだ。お前が食べたら俺も食べるから。そうしたら、池の向こう側へ行こう。昨日はあっちまで行かなかっただろう。そこで、また狩りを教えてやるから」
「今度は僕がやってみるね。捕ったら、ギルに食べさせてあげる」
「大きいの頼むな」

顔を見合わせて笑いあった。
ああ、本当に。こんなの久しぶりだ。





池の向こう側は、芝生の広がる開けた場所だ。木製のベンチがばらばらと置かれて、日当たりのいい日はとても居心地がいい。たまに何の前触れもなくスプリンクラーが水をまくのには閉口させられるが、そこそこ良い猫の遊び場と言えた。

背の高い木は、ギルバートのねぐら近くにくらべれば数まばらだが、そのかわり思い切り大きいのが数本だけ、空へ枝を広げている。ご近所がいないので、日差しや雨露を独り占めして大きくなりました、という風情だ。大木は鳥たちの格好の巣となっているらしく、姿は見えないが何種類ものさえずりが梢のなかから洩れて来る。

「さすがにあそこにいられたら手出しできない」
「じゃあ、どうするの」
「もう少し行ったところに、りんごとか木の実とか、鳥たちが好きなものを置いている台がある。そこで待ってれば、なんか来るだろう」
「へえ、いいね。僕たちの好きなものも置いてあるかな。バターとか魚とかさ」
「…魚が置いてあるのは見たことないぞ」

背の高い木の台がしつらえてあり、そこに鳥からみればおいしそうなご馳走が盛られている、筈だ。下から見上げる猫たちには何が入っているのかわからないが、台の下には穀物が零れている。だから、台の上に置かれた皿の中にも何かしら入っているのだろう。

あんな台には、一跳びで飛び乗れる。けれど、その一瞬の間に獲物は飛び去ってしまうだろう。だから、もっぱら狙うのはごちそうの皿からあぶれている鳥。台の下に落ちている、おこぼれをねらうような弱い個体だ。

「ねえ、ギル。いつまでこうしているの」
「しっ」

鳥は用心深い。何時間も上空から様子をうかがって、傍に動くものがいないと確認してからでないと降りてこない。

さっきは、たまたますぐ獲物にありつけたが、狩りに一番大事なのは忍耐力、これにつきる。まず、一番気さくなすずめがやってくる。
徐々に、それより大きな鳥がやってくる。まだ若くて、群のなかに割って入って餌をついばむことができない鳥が狙い目だ。

まるまるとした、尾の赤い、くちばしの黒い鳥が降り立ち、地面に白く散らばった穀物をついばんでいる。今だ。行け!

鋭い鳴き声が鳥たちの優しいさえずりを引き裂く。
慌てたように羽毛を撒き散らしながら、一羽のこらず鳥が飛び立つ。

「よう、ギルバート。ひさしぶりだな」
黒と白のはっきりした模様をもつ猫が、獲物の息の根を完全に止めてから挨拶する。

「ランパスキャット…」
鋭い目、無駄の一切が削ぎ落とされた細い体。ひょっとしたらマンカストラップより強いかもしれないという、いわくつきの雄猫だった。

「さっきから思ってたんだが、お前ら何してんだ?」

ギルバートはまったくランパスキャットの気配に気付かなかったが、どうやらランパスからは二匹の姿が丸見えだったらしい。

「狩りかと思ったけどよ。でも、それにしちゃあお前、もたもたしてるし。だから俺が先にやっちまったけど、かまわねえだろうな」

もちろん、この世のすべては早いもの勝ちだ。ランパスに気付かなかったギルバート達が悪い。

「俺たちに気遣いする必要はない。それはお前の獲物だ」
「当然だな。
で、そいつは何なんだ?どうやら見た事ある顔のようだが。
俺には、お前がその後ろのヤツに獲物を譲ってるように見えたが。俺の勘違いだよな?ギルバート」
「それは…」
「お前は他猫に獲物を恵んでやれるほど、余裕があるわけじゃねえだろ? 何やってんだ。そいつが誰だか知らないが、ガキでもあるまいし、お前が面倒みてやる必要はねぇだろ」
「……」
「お前まで教会のまねごとを始めるつもりか」

からかうようにランパスは言う。いや、実際からかっているのだろう。ギルバートが何をしようと、それこそお荷物をしょいこんで共倒れしようと、ランパスキャットには痛くも痒くもない。

けれど、ギルバートの思い描く理想そのままに独力で生き抜いている、誇り高い野生猫のランパスキャットにそれを指摘されるのは、とても痛いことだった。
らしくなく黙り込んでしまったギルバートは、後ろからの妙な圧迫感にふと振り返った。

「お前には関係ない」
黄色い猫がランパスを睨み付け、低く唸る。

「おい、馬鹿、お前…」
止めようとするギルバートを押しのけて、黄色い猫はランパスの傍へ一歩踏み出した。

「ここはギルの場所だ。
お前に勝手なことをされるいわれはない。出てけ」
「おいおい、いつからここまでギルバートのテリトリーになったんだ?」
「ここは違う。ここは、町の中心のゴミ捨て場とおんなじに、みんなの共用の場所だ。
俺のテリトリーはあの池の向こうまでだ。だから、ランパスがここにいるのは別に何のルール違反でもない」

ギルバートは必死で黄色い猫を止めようとしたが、それがかえって黄色い猫を煽ったようだった。

「だとしても、僕がギルと暮らしているのは僕たち二匹の問題だ。お前に口出しされることじゃない」
「暮らしてる?
マジかよ。おい、お前ら正気か?恋猫同士だって、一緒に暮らすようなべたべたした真似はしないぜ。雄同士で、なにやってんだ」
「お前に関係ない!!」

黄色い猫が黒白のランパスキャットにつかみかかった。
ギルバートはあらかたの覚悟を決めた。

もう一度あいつの傷をぜんぶ舐めてやらないといけないのか…





3. 嫉妬