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■ KISS×5/in London |
Fate/stay night |
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作者/バリゾウ:掲載/2007/12/09 |
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前編
「ン――ッ」
目と鼻の先に女性の顔。
というか、彼女と俺の一部分は完全に隙間なく、これでもというくらい密着していた。
ぶっちゃけると、唇と唇がドッキングでかつ、舌まで挿入され、何故か今口内をかき回されています俺。
逃げようにも両の手でガッチリ固定された顔は、小指の先程動かせない。
一体全体何だよこれっ。暫く混乱していると、ようやく彼女は顔を離し解放してくれた。
離れる際、唇から伸び落ちていった銀糸が酷く艶めかしく、思わずその光景に目を奪われる。
それから彼女は思案顔で、
「確かにあの者が推すだけはあります」
とわけ分からない独り言を呟いた後、徐に視線を合わせてくる。
「衛宮士郎、私のモノになりなさい」
そう言って俺を見つめる彼女の瞳は、どこまでも無機的で、まるで品定めする鑑定士。
どうやら俺は、バルトメロイ・ローレライ、彼女のお眼鏡に適ったらしい。
未だ混乱した頭でそれだけを理解した。
「何してんのよォォォ――ッ!」
「何をなさってますかァァァ――ッ!」
背後から轟いた二つの怒号に俺は瞬時に我に帰った。
恐る恐る振り向くと。
そこにいたのは、怒髪天をつかれている遠坂さんとルヴィアゼリッタ嬢。
死んだな、俺。
二人の剣幕を見て確信する。
こうなればもう反論も弁明も許されないのは、骨の髄まで染み渡った不変の真理だった。
けれど俺も命は惜しい。
というわけで諦めずに言い訳を試みよう。
「いやな、二人とも。聞いてくれ。これは不可抗力というか、俺もさっぱりわけが、」
「何いってんのよっ! アンタ今なにされたか分かってんのっ」
「そうですッ。シェロ、ご自分がなにされたのか理解されているのですかっ!?」
「ええと、キスされた、のか?」
自分で言いながら、目前に佇むバルトメロイの唇の感触を思い出してしまう。
「違うわよこのバカッ。確かにそれもあるけど、てっ、なに照れてんのよっ!」
「ミス・トオサカ、その事に対する追求は後でよろしくてよ。それより今は」
と、酷く強張った表情でルヴィアは遠坂を制止し、あっさり引き下がる遠坂。
え?
続く理不尽極まりない私的制裁の嵐を覚悟していたんだが……。
どうやら事態は俺が思っているより、深刻らしい。
一体どうしたんだ。
その時。
「何ですか。騒々しい」
それまで静観していた彼女が口を開く。
事態の張本人は微かに眉間に皺を寄せていた。
そんなバルトメロイへものすごい剣幕で遠坂達は食ってかかった。
「わたしの従者に強制的にパスを通すなんて、どういう了見ですかっ」
「それも一方通行のものなんて。お答え願いますわバルトメロイッ」
え、パス?
予想もしなかった言葉に俺は自分の身体を解析する。
……。
二人の言う通り、俺の身体からは一本のパスが伸び、その先はバルトメロイへと繋がっていた。
いつの間にっ!?
驚愕の思いが走る。
慌てて体内のパスを操作しようとすると、
「グッ」
まるで電流に触れたみたいに強烈な痺れを感じ、思わずその場に蹲る。
すると、頭上から淡々とした声が降ってきた。
「頃合いですね」
顔を上げると見下ろす彼女の視線と目が合い。
突然。
「ゥァァァ――ッ」
魔力の奔流が俺を一息で呑み込んだ。
******************
「ゥァァァ――ッ」
いきなりうめき声を上げて蹲ったかと思うと、士郎はその場で絶叫した。
見ると額から大量の汗を流し、苦悶の表情を浮かべている。
原因は一目瞭然。
繋げられたパスから強制的に流し込まれる膨大な魔力の所為だ。
今この瞬間も送り込まれる魔力の処理が追いつかず、士郎の魔力回路は焼き切れる寸前だった。
これではただの拷問だ。
なのに。
「耐えなさい。貴方が真に力を欲しているなら」
「な、なにを」
「貴方にはたった一つですが、希有な才能がある。それを私に見せてみなさい」
士郎の顔に手を添え、バルトメロイは抑揚のない声で事務的に告げる。
何を言いってるのかまったく理解できなかったが、一つだけ確かなことがあった。
このままだと士郎はあの魔女にツブされる。
その事実を理解した途端、一瞬で怒りは沸点を通り越した。
後先考えず魔力を込め、告げる。
「バルトメロイ・ローレライッ。士郎を解放しなさいッ!」
「リンッなんてことをっ!?」
横でルヴィアが悲鳴を上げたが、知った事じゃなかった。
今のが暴挙どころか、自殺行為そのものだと分かっている。
だがそれがどうした。目前の事態をこれ以上許しておけるか。
ようやく士郎から顔を離したバルトメロイは、眉間に皺を寄せてこちらを見た。
「貴方、いま私に命じましたか?」
冷え冷えとした視線は、それだけで背筋が凍るほどのプレッシャーを受けた。が、それを上回る怒りで私は恐怖を押し流す。
よしっ。まずは上手くいった。
彼女の注意が逸れたことで、流れ込む魔力も減ったのがはっきりと分かる。先程より士郎の呼吸も幾分落ち着き始めた。
その代償は“現代最高峰の魔術師”の不興を買ったこと。
どんだけ高い買い物なのよっ。
理不尽な現状に悪態を吐く。
それでも不思議と後悔はない。
後はどうやって士郎を解放させるか。
交渉を持ちかけようと、一歩も前に踏み出した足は突然動かなくなる。
まるで鉛でも入ったかのように。
慌てて視線を足元に向けると、そこには魔力で編まれた風が絡みついていた。
「それとも彼我の力の差が分からないほど無能なのですか。貴方」
あからさまに侮蔑の眼差しを向けてくる彼女に腹が立ってしょうがない。
舐めるんじゃないわよ。そんなの見れば一目で分かる。
今の私が彼女と戦えば、百回中百回負ける。
笑ってしまうくらいの確定事項だった。
だが問題はそんなことではない。
「人の従者に手を出しといて何様よっ!」
「なるほど。貴方は彼の主人でしたか」
そう。従者に手を出されて、大人しく引きがれば一魔術師としての沽券に関わる。
「そうよ。だから今すぐ彼の解放を要求するわ」
「それはできません。そうですね。では貴方、彼を私に譲りなさい。それで先程の無礼は不問に付しましょう」
コイツは何を言ってるのだ?
「不満ですか。それなら今すぐ望む教授のポストを用意させましょう。どうです?」
私は目の前の女の言葉が理解できなかった。
沸騰しっぱなしの頭でも唯一理解できたことは交渉の余地など一切ないということだった。
だから私は覚悟を決める。
口を開こうとした瞬間、白いものが視界を掠めていく。
「貴君に決闘を申し込みますッ!」
「てっ、ルヴィアッ!?」
私の言葉は横から放られたルヴィアの手袋によって遮られた。
慌てて私はルヴィアを見る。
その顔は青ざめながらも、瞳にははっきりと不退転の決意が宿っていた。
「失礼ですが、ミス・エーデルフェルト。今のは私の聞き間違いですか」
眉を顰めたバルトメロイにルヴィアはゆっくりと首を振る。
「いいえ、私と彼女はミス・バルトメロイ、貴方に決闘を申し込むと申し上げたのです」
「正気ですか。あなた方ごときが、私と?」
ますます顔を顰め不快の念を顕わにしたバルトメロイに、ルヴィアは泰然と胸を張った。
「無論です。貴方がご執心されている男性、衛宮士郎は私の使用人です。ならば彼は私に尽くし、私は彼を庇護する義務がある。それが貴族です。そうでしょうミス・バルトメロイ?」
「ほう、私に貴族の何たるかを語るか。よろしい、その蛮勇に敬意を表しその決闘、受けましょう」
口を挟む間もなく決まってしまった事態に、ようやく私は我に返った。
慌ててルヴィアに詰め寄ろうとすると、
「ちょっと、なに勝手に」
「それで貴方の名は?」
遮るようにバルトメロイが問いかけてきた。
一魔術師の名など知らないのは当然とはいえ、少しばかりショックを覚える。
士郎の名前は知っていたのだから尚更だ。
しかしそれを悟られぬように胸を張り告げる。
「遠坂凛よ」
「よろしい。それではミス・トオサカとミス・エーデルフェルト。決闘は時計塔地下の訓練場で行います。如何です?」
「分かったわ」
「もちろん、よろしくてよ」
私たちの返答に頷いたバルトメロイはあっさり背を向け颯爽と踵を返した。
「それではついてきなさい」
士郎をどうするのかと思えば、彼女が歩き出すと同時に浮き上がり後を追い始める。
見ると、魔力で編まれた高純度の風で持ち上げられていた。
手を出すわけにもいかず、仕方なくルヴィアと二人で後に付き従う。
その間、私はどうしても気になっていたことを確認する。
「ルヴィア、ホントに良かったわけ?」
「構いませんわ。先程言った言葉に嘘はありません」
こんな勝ち目のない戦いに参加するのは、貴族たるルヴィアには失うモノが多すぎる。
それでも士郎の為だと言い切ってくれた彼女に、私はつい嬉しくなってしまった。
「ありがと。本当に感謝するわ」
「貴方に感謝されるのは気味が悪いですわね。それよりもこのままでは、ミスタ・エミヤは長くはもちませんわ」
その通りだった。今も士郎は体内を荒れ狂う魔力に必死に耐えている。
増えすぎた魔力が内側から暴発するのも時間の問題となっていた。
「分かっている。そんなこと絶対にさせないわよ」
私の心を過ぎったのは、こうなると分かっていれば、という後悔の念だった。
もはや過ぎたことだったが、あの時拒まなれば、今とは違った結果になったかもしれない。
意地を張るのも考え物だ。
もし無事士郎を取り戻すことができればもう少し素直になることにしよう。
私は密かにそんな決意を固めた。
******************
「師匠来ました。何のようですか」
「ああエミヤか。ちょっと待て」
そう言って一瞥を寄越した後、直ぐさま視線を画面に戻した男性は、時計塔の名物講師であるロード・エルメロイⅡ世その人だった。遠坂の後見人でもある彼に何故か見込まれた俺はある誘いを受けた。
『そうか。おまえ、エミヤというのか。エミヤ、おまえが望むなら弟子にしてやる。どうだ?』
自身の事で忙しくて手が回らない遠坂に代わって魔術を教えてくれるという師匠の言葉に、渡りに舟と飛びついたはいいものの、そろそろまともに指導してほしい。ここ一月で腕が上がったと思えるのは、半強制的に付き合わされる対戦ゲームの腕だけだった。
「それで今日は何です。また新しいゲームに付き合えと」
「いや今日は違う。それはまた今度だ」
師匠は画面を見たまま器用に会話をする。
いつものことなので気にせず、一段落するまで待つことにする。
すると、部屋の扉が開くと音がした。
続いて入ってきたのは遠坂だった。
「あれ、衛宮君?」
「おう遠坂。おまえも師匠に呼ばれたのか?」
「ええ、それでミスタ・エルメロイ。何の用でしょう」
「もうすぐセーブポイントだ。それまで待て」
一瞬、遠坂のコメカミに青筋が立った。
だが直ぐさま、にこやかな愛想笑いを張り付かせ応じる。けど目だけ笑っていないのがやけに怖い。
「用があるのでしたらすぐすませてください。わたしも暇ではありません。今ミス・エーデルフェルトと共同で進めている研究もありますし」
「だからもう少し待て。ここで止めたら全てが無駄になるだろうが」
遠坂の放つプレッシャーを師匠はまったく動じず受け止めている。
泰然自若とゲームを続ける師匠をこの時だけは素直に尊敬できた。
だが遠坂も然る者、睨み付ける視線を強め、もう一度師匠を促す。
そこに幾分殺気が混じっていたのは俺の気のせいだろう。
うんそうだ。そうことにしておこう。
とりあえず納得する俺と、ゲームを続ける師匠、そして睨み付ける遠坂。
室内に出現した妙に緊迫した均衡に俺の胃はしくしくと痛み始める。
ホントに勘弁してほしい。
その均衡を破ったのは意外なことに師匠の方からだった。
不機嫌そうな顔でこちら向いた師匠は唐突に告げた。
「ならそうだな。おまえ達、今ここでキスをしてみろ」
「はぁ?」
「何をっ」
突然何を言い出すのかと思えば、ゲームのし過ぎで頭がおかしくなったのか。本気で少し心配になる。
「聞こえなかったのか。ここでキスしてほしいと言ったのだが」
「いや、いきなりキスしろと言われて。はい分かりました。なんてなりませんよっ」
「そうですミスタ・エルメロイ、冗談にもほどがあるのでは?」
「何故だ。君とエミヤはパートナーであり、主従であろう。キスの一つや二つ、わけもないだろうが」
あくまで真剣な顔で求めてくる師匠にさすがの遠坂も口ごもる。
「いえ、それとこれとは別といいますか」
「キスで不満なら、そこの寝室を使っても構わん。後始末さえしてくれればな」
そう言って顎で寝室を示した師匠の明け透けのなさに、俺も遠坂も顔を赤らめ絶句した。
それでようやく俺たちとの間にそびえる認識の齟齬に気付いたのか、師匠は納得のいく説明をしてくれる。
「何か変な勘違いしていないか。キスをするのは、パスを繋げる為だ」
「え?」
「いえ、分かっています。ですが」
ようやく理解に至った俺とは反対に、遠坂は最初から理解していたようだ。
だが確かにこればかりは目的を理解していても、はいそうですかと頷けることではない。
「師匠。やっぱり考え直してもらうわけには、」
「エミヤ、おまえは今より強くなりたいのか、なりたくないのか、どちらだ?」
「――――ッ」
突きつけられたのはあっさりすぎるくらい簡潔な問い。
師匠の冷徹な瞳ははっきりと告げていた。
強くなりたければ教えに従えと。
「それとミス・トオサカが嫌ならば、他の者でも。そうだな。例えばミス・エーデルフェルト、彼女でも私は一向に構わん」
師匠の言葉に焦ったのはむしろ遠坂の方だった。
「そんなの認められませんっ。彼は私の従者ですっ!」
「では君がやってくれたまえ。キス一つで、エミヤの力が増すのならば、君にとっても願ってもないことだろう?」
「……ですが」
それは遠坂にも魅力的な条件だったのだろう。結局否定できずに口をつぐむ。
師匠はもう一度視線で俺に問いかける。
おまえは強くなりたいのか?
その問いは俺の胸の奥深くを貫き抉った。
俺は、俺はもっと強くなりたいっ!
覚悟を決め、俺は遠坂に向き直る。
「頼む遠坂」
「……もう、分かったわよ」
そう言って瞼を閉じた遠坂は頬を染め妙に恥ずかしそうに俺を待つ。
なっ!?
まさかすぐに受けてくれるとは思っていなかったので、こちらが反応に困り狼狽える。
何か切っ掛けを捜すように彼女の様子を窺うと。
「ッ」
遠坂の濡れた小振りの唇に視線が吸い寄せられ息を呑む。
その癖、遠坂の肩はよく見なければ分からないほど小刻みに震えていた。
その姿が凶悪に可愛らしく、これは鍛練の一環なんだと言い聞かしても心臓の鼓動は激しく脈打ち一向に静まってはくれない。
震える両手で彼女の肩をなんとか抱き寄せる。
バカ、遠坂だって不安なんだ。俺が怖がってどうする。
己を叱咤しながらも、ゆっくりと彼女の顔に自分のものを近づけていく。
遠坂の唇に触れる直前、俺も瞼を閉じようとして、
「てっ、やっぱできるかァァァ――――!!」
死角から飛んできた遠坂の高速右フックを受け、俺は見事に宙を舞った。
途切れる意識の片隅で何かとぶつかり壊れる音と。
「私の十時間の結晶がァァァ!」という師匠の魂の叫びを聞いた気もしたが、幻聴ということにしておこう。
後編へ
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