彼の着物が落とされる音に続いて、活けられた椿のはなびらが一つ落ちた。きちんと閉めろと言われて顎を向けられた先の襖を後ろ手に握りしめて、真田はそれから目をそらせられない。結われた髪房が後頭部でゆらゆらと揺れる。先程までそこを斜めに走っていた眼帯の紐は取り去られてしまって久しい。お前が取れと言われて指を伸ばした。かたく結ばれていた紐をほどいた瞬間、なぜだかため息が漏れた。ずしりと感じられる眼帯の重みが、右手を床へと落とす。あらわになった、骨の浮いた首に腕を絡ませた。耳の後ろのあたりに額を押しつける。彼は笑っているのだろう。抱き込んだ肩が小さく揺れる。
……なにを笑っておられるか。後ろから彼の顔を覗き込むと、伏せたまぶたが震えていた。つり上がった口元は笑い声を洩らすのみで真田の問いには答えない。彼の着物は、この薄暗い中ではほとんど黒にしか見えぬ。陽に透かせば際が鮮やかな藍に光ろうものを、真田は少し惜しく思う。その袖に包まれた腕が持ち上がって、真田の髪をくしゃくしゃと撫でた。
その腕をとり、体勢を変える。正面から彼の顔をとらえる。自由に動く左目が真田の顔をいっとき見つめた。なにやら面映ゆい、そう真田は思う。伊達の節の目立つ指が持ち上がって、真田の額を撫でた。……少し、老けたか。十年経ちますゆえ。伊達のてのひらは真田の額からこめかみ、頬を辿る。確かに、二十にも届かぬあの頃よりは肉は削げているだろう。政宗殿も、少し。ふっと伊達は押し殺すように笑う。ああ、悪かった、言い直す。耳元で囁かれる。……いい男になった、幸村。
伊達のくちびるが、真田のしたくちびるを噛んだ。小さく音をたてて吸いついてくる。それに応えながら、伊達の頬を包む。薄く開いた歯の隙間に舌を滑り込ませ唾液を注ぐ。吐息も彼の皮膚も音も、なにもかもが湿り気を帯びてひたひたと吸いつくようだ。ざらついた舌を擦り合わせ、その先を吸い上げてを繰り返した。
唾液で濡れた彼のくちびるを親指で拭ってやる。少しやりすぎた。少し腫れたそこをなだめるように軽く吸う。ふっと伊達が笑う。その息が生温かく皮膚を這う。がっつくなよ。伊達のてのひらが、真田の後頭部の髪をゆっくりと梳いてゆく。……無理な相談にござる。言いながら頬を擦り寄せた。知りとうござる。ぼんやりとそう呟くと、伊達は楽しそうに肩を揺らせた。続きをするか? お許しいただけるのであれば。じゃあ、そこ、ちゃんと閉めてこい。伊達の指差したほうに首を巡らせると、薄く開いた襖の向こうに冬枯れの庭が覗いた。
着こまれた一枚一枚が足元に溜まってゆく。薄物一枚になったその腕を引く。凹凸に添わせるようにしてからだを添わせる。ふと前田の言葉が頭をよぎった。ひとのこころもからだも、まっすぐな線ではできてはいないということ。あの日にはあんなにも困難なことに思われたのに、伊達の線が今ではこんなにもてのひらに馴染む。
伊達の腕が持ち上がって、後ろで結わえられていた髪を解いた。ぱらぱらと黒い糸が頬に落ちる。ゆっくりとそのからだを畳に横たわらせて、その首筋を吸った。
夕暮れ、書見台に借りた本を置いて読んでいたところだ。天井裏の猿飛の気配がわずか揺らいだ。つられて縁のほうを見やると、向こうのほうから足音がする。するすると動く。侍従の気配は障子の向こうにとどまって、陸奥守様の……と寄越してくる。心の臓がどくりとうごめいた。あの、伏見の日から三日経っていた。
あの日、くっと笑った伊達はいっときそうして肩を震わせていた。真田が藁にもすがる思いで口にした言葉は届いたのか。伊達はとうとう両手で顔を覆って、大きく息を吐く。そうして指の間から現れた左目は柔らかくほころんでいた。かちりと真田は前歯を鳴らせる。
……判った、日が空いたら使いをやる。そう呟かれた伊達の言葉を噛みしめながら、真田は廊下を進む。使いのものを通したという部屋は真田の部屋の対面、庭に突き出た座敷だと言う。襖、障子を全て取り払えば庭が一望できる。季節がよければそこで宴会なども催すが、この季節ではそういうことも無理だ。
襖を開けるとともにお待たせしたと寄越す。中程度の広さの部屋はしんと静まっていた。一面、庭に向けて障子が開け放たれている。そこに対面するようにして男が座している。そういう気配はまったく感じなかった。髪を結わえ、眼帯を右目に当てている男は、呆然とその様子を見つめている真田に気づいて口元を歪めた。……使いのものだと聞いておりましたが……。先触れも出さずに俺が直々に出向いたなら少し体裁が悪い。ならば。俺が使いのものだと言ったらそう通じた、……目は隠したが。
昔から、そういうことをよくやる男だった。気が向いたと言って上田に現れ一騎打ちをせがみ、桜が見たいと言っては途中で刀を放り出して酒を出せと寄越してくる。そういうことが許された時代であり、二人ともそれをよしとするぐらいには若かった。からだを巡る血の音が聞こえてくるようだった。まぶたを伏せてくくっと笑えば、伊達もつられて笑い声を洩らす。かないませんなあ。そうだろう?
伊達を伴ってその部屋を出る。椿が活けられているのは奥の、真田の居室にほど近い小部屋である。途中、侍従に茶を持ってくるように言い含めた。使いのものがやってきたと言って寄越してきたあの侍従である。彼は真田の後ろに伊達の姿を認めて、あっと息を飲んだ。顔を青くさせながら失礼を、と叫ぶ。後ろで伊達がよい、と言って寄越した。侍従は床を蹴るようにして奥へ走ってゆく。
昔のあんたにそっくりだ。その背中を見送り、首を巡らせて伊達はそう呟いた。そうですかなあ。真っ赤になって叫ぶところとかな。背中に、そう呟く伊達の声を聞く。やがて辿り着いた部屋に彼を通して、襖を閉めた。
伊達の節くれだった指が真っ赤に咲いた椿のはなびらをなぞる。あんたは前田がこれを寄越したと言ったが……。これを知っておるのは、あの御仁しかおりませぬでしょう。俺の見立てでは違うな、恐らくあんたの茶の師匠だ。
茶碗の中身を見下ろしていた目を伊達に向ける。彼は袂に腕を入れて、じっとその椿を見つめていた。**殿が、でござるか。ああ、だが前田がと言ってもいいか、懇意であるらしいからな。すっと膝を立て、真田の対面に腰を下ろす。茶碗に手を伸ばして一口含んだ。……あれから俺にも、茶を習わないかという打診がきた、たぶんそこであんたと俺を引きあわせて、仲を取り持とうとでもしたんだろう。
ぐっと茶碗の中身を飲み干して、彼の喉がいきもののように動く。空になった茶碗をてのひらの中で転がして、いい品だと呟いて寄越した。目利きもできるようになったか? いや、御館様から下賜されたものにございますれば。
だが、名目上俺を誘ったことになっているその御館様が床から伏せって出てこない、日も合わせられない、そうしてまごついているうちに、俺のほうが動いちまった、そういうことだろ。言って、伊達は茶碗を畳の上にゆっくりと置いた。目が合う。……政宗殿が? そう、俺が、家康をけしかけた。もう一度、伊達は椿に目をやる。そうして、その左目がゆっくりと真田を映す。緩やかにほころんだ口元から、聞き慣れない異国語が吐き出される。息のほうが、多いような声である。なにゆえ、と問いかけようとした口を伊達のてのひらが遮った。一度に全部教えてやれるほど、こころが広くできてねえんだ、なあ、どうすればいいと思う?
息のかかる距離に伊達の左目がある。きらりと光る。すこし細いような、ひとのものではないような瞳孔が真田を映している。さあ、と請われて、伊達の眼帯に手を伸ばした。
真田のからだの下で、伊達の胸がゆっくりと上下している。はだけたその下で息づいている心の臓の音を聞くように耳をそこに押し当てた。伊達の腕が持ち上がって真田の髪をかき混ぜる。真田のてのひらが伊達を慰撫するのに合わせて、彼のくちびるからゆっくりと息が吐き出される。
胸に押し当てていた頭を上げた。目の先に色づいている胸乳に吸いつく。途端に緊張するからだをなだめるように撫でまわしながら、尖り始めたそこを舌でくるみ、歯を当てた。もう片方も同じようにしてやる。緊張していた伊達のからだはゆっくりと輪郭を溶かし始めた。唾液にそこが濡れて光り、いやらしく立ち上がっている様子が薄暗い中でもよく判る。畳に手をついてその様子にゴクリと喉を鳴らせていると、ふと伊達の笑う気配がした。片手で口を覆い、頬を畳に寝かせている。左目がぎょろりと動いて真田の様子をうかがっている。口を覆っていた手が真田に伸ばされる。衿の合わせ目から入り込んだそれは蛇のように動いて真田の着物を乱してゆく。……そういえば、伊達ばかり衣服を乱していて、真田はちっともそれを解いていなかった。
伊達を手伝いながら真田も薄物一枚になる。火鉢の一つしか置いていない部屋ではいかにも寒いかっこうだが、なぜだかそう感じさせない。皮膚は常に発汗して、その周りに暖かなもやを作っている。
音をたててくちびるを合わせながら、もう一度彼の胸をいじる。指でそこを丸くなぞるようにしながら彼の舌を吸う。伊達の腕がぐっと真田の首を引きよせてくる。親指と人差し指で少しきつめに摘み上げると、嫌がるように顔をそむけた。そのくちびるを追う。柔らかく押しつぶす。鼻に抜ける息の音が、いやらしいと思う。
しつこい。左目で睨まれて、真田はこそりと笑った。申し訳ござらん。では……、言いながら手を下肢に下ろしてゆく。緩やかに反応しているそこを揉む。はあっと吐きだされた息を首筋に感じながら、己のそこも反応しているのを知る。伊達殿、その……。耳元にくちびるを落としながらそう寄越すと、まぶたを震わせて伊達がくちびるを歪めた。彼の太腿に押し付けるようにすると、伊達のてのひらがゆっくりと下りてゆく。下帯の上から真田の陰茎をなぞり、時折きつく擦りあげた。真田がきつく眉根を寄せるのを、伊達が面白そうに見ている。
からだを倒す。互いに横向きになりながら下肢を探り合った。もうすでに下帯の横からこぼれ出て、充実して震えている。先端からぷくりと膨れ上がる体液を塗り広げ、くるくると張ったそこをいじる。一方で伊達の手は下で膨れる陰嚢を撫でまわし、茎の根元をくすぐった。薄物の下で、伊達の太腿がゆるゆると動く。合わせ目から時折その光るような白が覗いて、思わず息をのんでしまう。腕を伸ばして張りのあるそれを掬いあげた。足の付け根の、太いところから膝のあたりをすうと撫でる。真田の腰のあたりに膝をひっかけるようにして引き寄せると、わずかにあった距離がさらに狭まった。互いの赤黒い兜が触れ合う距離である。伊達が楽しそうに腰を揺らせた。両手でその二本を包むようにして擦りあげてくる。
軽い音をたてながらくちびるを合わせる。そうしながら後ろに手を伸ばした。薄物をたくしあげ、かたい尻肉を包む。途端にびくりと伊達が体をこわばらせた。……初めてに、ござるか。当り前だ。伊達は気丈に口元を吊り上げてみせるが、少しだけその頬はこわばった。その頬をついばみながら、ゆっくりと下帯を解く。陰嚢から会陰までをゆるゆると往復していると、むずかるように伊達の太腿が真田の腰を擦りあげた。……こんな、こと、な。はあ、と息を吐きながらの声はひどくなまめかしい。腰に来る声の低さである。他人に許せるほど、俺は。彼の呼吸に合わせて指を動かし、時折皺の寄っているそこを撫でる。伊達の背中がきゅうと丸くなる。ああ、あ。陰茎からとろりとこぼれる体液を掬いあげてぬめりを足すと、一際伊達の声が高くなった。ゆっくりと中指を押しこむ。一つ目の関節のところで指を動かし、力が緩んだところで根元までをおさめた。そのまま、中の粘膜を探る。それが動くたびにあがる伊達の声は、もう抑えられていない。陰茎を包んでいた両手は真田の薄物を掴んでぶるぶると震えた。腰を押しつけた先、伊達の陰茎は萎えることなく興奮に震えている。萎えては、おりませんな。一つ唾を飲み込んでから発したその声は、自分でも判るぐらいに興奮をあらわにしていた。これまで見たことのないほど、いやらしい光景だと、そう思う。……いい、遠慮せずに、やれよ。
伊達が身動きした。中に真田の指をおさめたまま、太腿に力を入れる。ぎゅうと根元を喰い締められる。指だけでもこんなに狭く感じるのに、果たしてこの腰で震える真田のものをおさめられるかどうか。真田がそう考えて目をさまよわせていると、伊達のくちびるがそのまぶたに落ちた。真田の背中が畳に押しつけられる。すっかり真田のからだの上にまたがったかっこうで、急かすように腰を揺すった。……知りたいんじゃ、なかったのか。
薄暗い中で伊達の左目がギラリと光る。その目に燃えているものを感じてからだの芯が震えた。左手で畳に落ちている着物を探る。袂から小さな壺を取り出して、てのひらの上にあけた。体温でゆっくりと温めた油を、伊達の尻のあわいに垂らしてゆく。慣れぬ感触に緊張している頬になんどもくちづけた。
ゆっくりと中に入れた指を動かす。油でぬかるんだそこに、人差し指を押しつけるとびくりと伊達の腰がはねた。関節ごとに、狭いそこに押し込んでゆく。突っ張っていた伊達の腕が折れた。ああ、ああ、と押し出される声が真田の鼓膜を震わせる。興奮で頬を赤くなっている、そう思う。油でぬめるてのひらを前にやり彼の陰茎をさすってやると、伊達は我慢ならないというふうに腰を揺らせた。
体勢を変える。興奮の種そのもののからだを組み敷き、片足を抱えあげた。揺れる目で見下ろしてくる伊達に一つ微笑んで、指をゆるゆると動かす。そうして目の先で震える陰茎にくちづけた。抱えあげた太腿がびくりと震える。足の指がぎゅうと丸まる。喉奥から細く漏れ出る息を聞きながら、先端から根元を舐めまわす。先端からぼろぼろとこぼれでる体液はお世辞にも口当たりのいいものとは言えなかったが、己の手で伊達が乱れているという事実が真田の腹の底の炎をかきたてた。……ゆ、ゆき、ゆきむら。どうぞ、いって下され。言いながら、裏筋に舌を擦りつけると伊達は腰をはねさせて達した。中の指を締め付ける感触に、唾ごと体液を飲み込む。指はそのままに、真田は伸びあがって伊達の額を撫でた。大きく息をして、伊達は左目を細める。……すげえ、よかった。
請われるままに中の指を動かす。三本まで飲み込み、難なく動かせるまでになって伊達は真田の陰茎に手を伸ばした。興奮しきって育ちすぎたそれに、宥めるように触れてくる。そうかと思えばくびれを絞られるように握り込まれて、思わず腰を引いた。くくっと伊達は喉を鳴らす。対抗するように中の指を動かして、その首筋に吸いついた。陰茎からその下の嚢にまで、ゆっくりと伊達のてのひらがその形をなぞる。皮膚の固いところがむずがゆいほどの快感を連れてきて、真田もまた熱い息を伊達の首筋に吹きかけた。
しばらくして、真田も伊達の手の中に射精する。三本の指はすでにぬかるんだそこを自由に出入りした。中を突くたび、伊達は切なそうに眉根を寄せる。薄く開いたくちびるから漏れる鼻にかかったような声がひどく甘いと思う。やがて伊達も二度目の吐精を果たして、弛緩したからだ同士を寄せ合った。心地よい倦怠感が血の道を巡っている。……今日は、このぐらいにしておきましょう。腫れあがった伊達の尻のあわいを撫でながら真田がそう呟くと、にやりと伊達は笑った。辛抱は、できるようになったみたいだな。
本当に、その通りだ。なんと辛抱のできるようになったことだろう。暗闇にぼうと浮かび上がる伊達の白い頬を撫でながら、ああ、と息を吐いた。そなたのせいにございますぞと震える声で告げると、伊達もくしゃりと表情を崩した。ごめんな。額をついばむくちびるのやわさ、あたたかさ。伊達の背中を抱きしめる。ごめんな、幸村。この歳で涙を流すなど堪えられぬ。真田はいっとき伊達の胸に額を押しつけて、奥歯を噛んでいた。