![]() 「何してるの?そんなに自分の顔を見るのが好きだったの?」 背後からアリアの声がした。 団長は肩越しに友人を見て、すぐに目閉じた。 「あまりこの顔は好きじゃないな」 「またそんなこと言って〜。もうちょっと気を配れば? 私はじゅうぶんかわいい顔だと思うけどな」 団長は友人の顔を見ないように、出口まで先導する形で歩き始めた。 「それは、どうも。じゃぁ行こうか。今日はトルパドールで来てるんだけれど、どうする?」 「んっふっふ……実はそれに期待してましたぁ。大丈夫、向こうの厩舎には 話をつけてあるから。乗っけてって欲しいな」 「あざといね女神さま。開演は鐘六つからだっけ?」 「そ!私、水道橋を見に行きたいな」 「自分で馬術を覚えればいいのに」 「落ちたら痛いからイヤ。女優は健康が命なの」 本部の敷地内、門の傍らの厩舎に二人は入っていった。馬房から栗毛の馬が 鼻面を出して彼女らを迎えた。 「トルパドール、久しぶり〜!相変わらず男前ね!」 「アリアと言えども、この子をお婿にはやれない、ぃよっ、と」 団長は喋りながら馬具を順番に装着していった。愛馬はようやく狭い馬房を 出れるとあって、すんなりと準備を進めさせてくれた。 団長は鼻をなでながらトルパドールの顔を見つめた。 (……馬は、今までどおりだ) 「はい、どうぞ」 団長は片膝をついて、友人に騎乗をうながした。 アリアがその膝と肩を使ってよじ登ったあと、自分も鐙に足を架けて飛び乗った。 姿勢を整えると、アリアが首にしがみついてきた。 「じゃぁ、西回りで行く。二人で重いだろうけれど、頼むよトルパドール」 「大丈夫、私は羽根みたいに軽いから」 「よく言うよ……」 首を軽く叩いてから、馬体を絞め、馬を進めた。さすがに人通りの多い街路で 走らせるわけには行かないので、馬車道を目指した。 中央広場に通じており、程よく日の傾いた時間帯なので、人、人、人だらけだった。 仕事帰りの男たち、露店で買い物をする主婦たち、観光で訪れたらしき集団、 そんな彼らに囲まれる路上楽団、うっとり耳を傾ける観衆をカモにするスリ、 ならず者たちに目を光らせる近衛騎士たち……。 とにかく人で溢れていた。 その彼ら全てに、団長は悪夢を見ていた。 いや、見たくないからできるだけ焦点を合わせないようにし、 人を避け裏道を通って馬車道まで騎馬を歩かせた。 この悪夢に屈して眩暈がするほど、団長はやわではなかった。 そのことが彼女自身はとても残念だった。 劇場は南の方角にあるが、友人のわがままを叶えるために、団長は西へと駆け始めた。 「ああ……私、エルの友達でよかったー。他にこんなに二人乗りが上手い人、いないもん」 「私の腕じゃなくて、この子がいい馬だからだよ」 「王様から団長就任祝いにもらったんだっけ?綺麗な子よね」 「脚もすごく優秀。騎士団にはもったいないよ。儀式の時にしかこの子には仕事が無いんだから」 「あっ、じゃぁ競馬に出たら?トルパドールなら絶対人気出ると思うな!」 「騎手に転職するのも悪くないな。ほら、水道橋だよ」 西から指す夕日の中に、規則正しい橋脚がそびえたっていた。 かすかにザーザーと水が流れる音が聞こえる。 今よりはるか1000年近くも前に造られ、そのまま今でも現役を努めている。 「私ね、水道橋そのものよりも、こうやって夕方だとね、夕日のせいで 道にあれの影が落ちるのが好きなの。ほら、しましまで綺麗でしょ?」 きつい傾斜の日光が作り出した橋脚の長い影が、街道に黒い縞模様を描いていた。 「ああ……きれいだね。……すごくきれい」 左に目を向けると、積み木のような中心街の家々が塊のように連なり、 その向こうに王城が見えた。その全てが夕陽を受けて美しい陰影を作り出していた。 団長は眩しそうにその景色を見た。 「ヴァレイはどこをとっても、とてもきれいだ……」 その呟きに、アリアも目を細めて王城を仰いだ。 二人を乗せた栗毛の馬は、西の街道を南へと駆けていった。 前の話 次の話 |