![]() 「せっかくの機会なんだ。この騎士団に名前をつけたらどう?」 夜風の中、エルヴァールの声が聞こえた。 団長は顔に絡みつく前髪をいじりながら、音源に向かって答えた。 「勝手に名前をつける権限なんて、私には無いよ」 「なぜ?君が団長だ。そして、これからの騎士団は今までとは違った存在になるはずだ。 深刻に考えなくてもいいさ、景気付けに頼むよ。そのほうが僕らも胸を張って皆に言える。 『僕たちは騎士団員なんだ!』って」 骨ばった手が団長の右手を掴んで、空に高く掲げた。 高く澄んだ空に星々が瞬いていた。 団長はしばらく空を見上げて思いにふけった。 「じゃぁ……『流星騎士団』」 残った左手も取られ、バンザイをする形で団長はエルヴァールと向き合った。 「いいね!すてきな響きだ!これより僕は流星騎士団員!命果てるまで、エヴァンス団長と共に戦おう!」 掲げていた団長の左手を口元に持っていき、手の甲に唇を押し当ててから、 両手を広げてダンスを踊るように回った。 「ありがとう、エル兄」 相手の足を踏まないように、下を必死で見ながら団長が礼を述べた。 ひとしきり踊ったあと、彼女の左手を解放し、二人は手を繋いで歩き始めた。 「もしかしてさ、由来は君の名前と同じ?」 「あたり」 「高原の国の少女軍師の最期の言葉」 「『多くの星が地に流れ、私の星もまた流れる。変わらず季節を指すあの星は 今はどこを照らしているのだろうか。いつかまた、君と星空を。その時の天は 穏やかであることを切に願う』ずいぶんとロマンティックで芝居がかったセリフだけれど……」 「けれど、好き、なんだろ?」 「あたり」 軒並みから漏れ出る光が、二人を緩く照らした。 団長はエルヴァールを見上げた。 「流星騎士団の由来も、後世ではずいぶんロマンティックに脚色されるかもよ」 「ふふ、そうかもね。どんな風にかな?」 「そりゃ、とびっきりにロマンに溢れさせてもらわないと。 『そう言って、ふたりの弓使いは星空を見上げて、生きてまたこの星空を見ようと 誓い合ったのでした。そして、二人と騎士団のこれからを祝福するかのように 星が流れていきました』」 「エル兄ってあんまり創作のセンスが無いね。そのくらいなら、捏造されなくても 誓えるよ」 薄闇の中でも団長の目には彼の人生の峠がはっきりと見えていた。 先ほどの女神との会話で暴露してしまったこの目のことを、エルヴァールは何も訊ねなかった。 それが彼の優しさなのだろうと思った。 19と23。 エルヴァールは今、19歳だ。 団長は繋いだ手をすこし強めに握った。 「この先、何度遠征に出かけても、私たちが帰るべきはこのヴァレイ。 ふたりで共に見上げるのはこの星空。私は誓える」 エルヴァールは優しく手を握り返し、目を細めて団長を見つめた。 「僕も、誓えるよ」 団長も笑みを返した。そのまま二人はこの先の展望についてなどの他愛の無い話を しながら中央広場まで戻った。 その間、流れ星が天を横切ることは無かった。 -----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*----- 今日も一日が始まった。 フェルフェッタは自宅から徒歩で勤務先に通っている。 平屋に二つの研究塔が寄り添う、ヴァレイ第二錬金術研究所だ。 通勤時間帯は外門は開放されている。多くの同僚と共にくぐり抜け、 正面玄関を通り、右の個人開発棟の自室へと向かおうとした。 出勤の時間打刻の魔法掌印を切ろうとした時に、守衛兼事務のウルウミスが フェルフェッタを呼び止めた。 「おはようございます、カルフラン君。なんだか特別なお手紙が届いてるよ」 「おはようございます、ミンスゥ君。どうもありがと」 フェルフェッタは彼から封書を受け取った。眺めながら長い廊下を歩いていく。 両脇に互い違いに扉が並び、研究員各員の聖域である研究室がその奥にある。 どの部屋も、一歩入れば足の踏み場も無いカオスだ。 フェルフェッタの部屋も例外ではない。鍵の代わりに魔力の照合を行い、扉を開けた。 あっちこっちに棒のようなものがたくさん転がっており、鳥かごのようなものが 所狭しとぶら下がっている。それぞれの中に、何かが燃えるように蠢いていた。 資料が大量に積み重なった机まで行き、椅子に腰掛けた。その椅子も、半分は資料に 占拠されている。手に持った物をよくよく見てみた。 アクラル・アイの蝋印が施されている。筆跡には非常に見覚えがあった。 (いい予感と、悪い予感がするわさ) 机の上の山の中からペーパーナイフを探し出して、封を切った。 中身を読み終えて、フェルフェッタは天井を仰いだ。 釣り下がった籠から色とりどり光が漏れて天井に複雑な模様を映し出していた。 (……万華鏡みたい……) -----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*----- 「あ〜た〜らし〜ぃぃ〜 あ〜さがきたぁ〜〜」 ヴァーグナルの音程を華麗に外した歌声が響き渡った。 「おっはようございます、エヴァンス卿!イガーナ嬢! 本日も天に輝く太陽と見まごうほどの美しさでいらっしゃる」 「おはよう、カンタ卿。君の言動は毎日風見鶏みたいで興味深いよ」 「シーテ先生、これまた上手いことを!アッハッハッハ!」 本部の執務室には団員総勢七名が集合していた。 部屋の中は大きな団長用の机があるせいばかりではない、かなりのぎゅうぎゅう詰めだった。 団長は机の前に立ち、全員を見渡し、挨拶から始めた。 「おはようございます。本日の予定ですが、ご覧の通りこの執務室は皆で 話し合いをするには不十分な広さです。そこで、一階にある倉庫を 片付けて会議室のようにしようと思います。不要なものは処分または売却。 必要なものは応じて導入いたしますので、何かあればリストに挙げてください」 「団長サマ、ハイ」 アディが手を挙げた。 「ボクが見たは、記録室にも執務室にも地図が無いです。ボクは地図が見たいです。 今まで旅してきた道と、これから旅する道を見たいです」 「地図に関しては、現在王城に申請してあります。私が大陸全土の地図を一枚所有してますが、 上の許可無しに皆さんにお見せするわけにはいかないのです」 「……?ナゼです?」 イガーナが疑問を投げかけた。 「大陸全土の詳細な地図というものは、戦略において重要な役割を果たすのですよ。 むやみに公開し、情報が漏洩すると国の防備上に大問題となりうるのです」 ヴァーグナルが団長に代わって答えた。 「……エヴァンス団長が所有しておられる大陸全土の地図は、関所、砦、各地警備隊などの 機密事項が載っていると聞いている。これが他市国に渡れば、内戦が起きかねない……」 ティモアも低い声で呟いた。 「でもさ、それって、僕たちは信用されてないってこと?魔物から国を守るために 集まったのに?」 エルヴァールがやや不満げに声を上げた。 「はっきり言えば、そういうことだ」 今まで黙っていたワイズがその問いに答えた。 「僕たちが様々な縁があってこうして集っていることは皆も承知だろう。 お互いが全く知らないもの同士でもない。僕らは互いを信用している。 だが、そんなことまでは上は知らないのさ。組織というものはそんなもんだ。 そこは割り切って欲しい。まぁ、国を守るための騎士団なのに、国を守るために 情報を渡されないのがおかしいというネルド君の言い分も分かるよ」 「……情報どうのっていうのは、ちょっと違うんですが……」 「ムズかしい。よく分からないけど、そのうち地図は見れるでよいのですか」 エルヴァールの呟きと共に、アディが再び団長に訊ねた。 「大陸全域は難しいかもしれませんが、私たちが遠征で必要な部分に関しては 許可が下りると思います」 それがこの大陸のどこか。それは団長にも、上層部にも分からない。 「それならボクは分かった」 「……団長。武具の支給に関しては、どのようになっているのですか?」 次にティモアが団長に問いかけた。 「その件も現在手続き中です。こちらに関しては、近日中に詳細を伝えることが 出来ると思います」 「承知しました」 「他にありませんか?……では、階下で作業をお願いします」 各々が部屋を出ようとするのを見て、エルヴァールは団長に声をかけた。 「団長、もうひとつ連絡することあるでしょう?」 「それも、上の許可が出てからでないと……」 「う〜ん……なんだかさっきの話を聞いてると、上ってそうとう頭が固いんだろ? 多分、許可は下りないんじゃないのかい?」 「たぶん、ね」 「なら、自分たちで名乗っちゃえばいいんじゃない?通称、流星騎士団って。 王下魔物討伐遊撃従騎士団、なんて覚えられないよ」 「そうかな」 「そうそう。待ってみんな。もうひとつ連絡事項がありまーす」 そう言いながら、彼は彼女の背中を皆のほうに押して行った。 団員たちは二人を振り返った。 団長は瞳を素早くキョロつかせてから、観念したように口を開いた。 -----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*----- 「へぇ〜、流星騎士団?なんだか童話みたいな名前だねぇ」 「うむ。団長とエルヴァールがそう名づけたらしいのだ。エヴァンス卿の 愛らしいネーミングセンスなのか、エルのしょうも無いネーミングセンスなのか……。 それよりも、二人が二人で決めたことが問題だ。エヴァンス卿は 妙齢の女性。男と夜中に二人っきりでそんな重要なことを話す仲とは……」 「ヴァンタ、自分で何を言ってるかよく分かってないでしょう?」 エクレスとヴァーグナルは中央広場より南東へ向かい、公共施設街へと続く道を歩いていた。 ヴァーグナルは団員として、不要なものの売却に関する交渉のためと、 頭の上がらない女性陣のお迎えのために本部を外出していた。 エクレスの仕事は鐘四つから、キャナルの仕事は鐘三つで昼休みになる。 忙しいホノカもそれに合わせて時間に都合をつける算段だ。 限られた時間内で効率よくことを運ぶために、キャナルの勤務地が待ち合わせの場所だった。 キャナルは四ツ星ホテルのホテルメイドを勤めている。職業上、流行や噂には敏感だ。 四ツ星ともなると、宿泊客もそれなりの身分の御方が多いので、一介のメイドと 言えども、ある程度の教養と作法、何より気配りが必要な職だ。 アカデミー卒業生であり、架橋設計士を父に持つキャナルはその条件を満たしていた。 それゆえ、彼女のポケットはいつもチップでいっぱいだった。 客として訪れたわけではないので、二人は裏口に回った。 開け放しの扉をエクレスが覗き込んだ。いい匂いがする。 入ってすぐは厨房になっており、中ではたくさんの人間が晩餐の下ごしらえに勤しんでいた。 「ハイ。エクレスじゃない、久しぶり〜」 「久しぶり、ヴィーナ!たまにはうちの店にも顔を出してよ」 顔なじみのヴィーナ・フェルルインが彼女を見つけて声をかけてきた。 「ハハッ、あなたこそうちに泊まりに来て、私の料理を食べてきなよ」 「それは大変。ここって一泊いくらだったっけね?」 「一週間分のお給料よりは安いわよ。で、何?用があって来たんでしょう?」 「キャナルって子と待ち合わせてるのよ。キャナル・ウィンフィール」 その時、ちょうど通りかかった給仕がエクレスの言葉に反応した。 「ウィンフィールさんを待っているのかい、お姉さん。それはまずいよ。 彼女、さっきロビーで客に絡まれちゃって、ずっと話し相手させられてるんだよ。 その相手ってのが、今ちょっと売り出し中のモデルの女でね。ヴィヴィちゃん似で きれいな人なんだけれど、厄介な客で俺らの中ではブラックリストに入ってるんだよ……。 呼んで来てあげたいけれど、難しいなぁ。俺も絡まれたく無いんだよ」 彼の言葉をエクレスの後ろで聞いていたヴァーグナルは、趣深げに頷いた。 給仕はそのまま仕事に戻っていった。ヴィーナも己の仕事があるから、ゴメンネ、と 早口に言ってから、厨房内を忙しく動き始めた。 (ホノカ……あんたって……) エクレスは扉の枠にもたれ掛かって、ロビーへと続く廊下のずっと奥を睨んだ。 彼女はとてもロビーに回れる身なりをしていなかった。 そんなことはホノカには思いも寄らないだろう。 ホノカは金のかかる都会の女だった。 ヴァレイに生まれ、ヴァレイで育ち、そしてヴァレイを生きるのがふさわしい女だ。 「どうしたもんかね……」 エクレスは振り返ってヴァーグナルを見た。 前の話 次の話 |