![]() 「……すごい」 アディは上を見上げたまま歩きっぱなしだった。 時々段差にひっかりそうになるのを、イガーナが注意を促していた。 初夏の太陽が白い壁を強く照らし、庭は光にあふれていた。 木々の葉も陽光を透過し、萌える陰影を揺らしていた。 ここはヴァレイ王城の内部、四角く切り取られた中庭を取り囲む回廊だ。 規則正しく並ぶ柱の一本一本に細かな装飾が施されている。 東翼を渡り、武器庫へ向かう途中、他の団員の集合よりも、 冒険者は一足遅れがちになっていた。 エクレスは振返って、アディの顔の前で指を軽く鳴らした。 「アディ、口が半開きでマヌケだよ」 アディは首の角度を保ったまま、慌てて左手で己の口を塞いだ。 「遅い。もう見えちゃったよ」 エクレスは喉の奥で笑いながら、集団より離れてアディの隣に並んだ。 「どう?このお城は。私たちも滅多に入ることができないんだよ」 「すごい、すごいよ。大きいし、白いし、まっすぐだし、木が面白い形している」 「ああ、トピアリーだね」 目線の高さに並ぶ、幾何学的に刈り込まれた植え込みと、その前に悩ましく立つ トカゲ型の刈り込みを指した。 「トピアリー。覚えた。トピアリー。ボクたちの都にもお城はあるよ。こことは違って 丸くて、木はそのまんまで、石の人形が多い。大きさは……こっちがちょっと 大きい思う」 「丸い?古都、ヴィムか。一度行ってみたいね。なんだっけ。 『ヴィムを見ずしてアクラリンドを語ること無かれ』だっけ」 「『そは美しき全ての始まり。長き物語を千年伝えし御使いの足音が鳴る都なり。 幾久しく我ら踊らん、いざ、十と七の脈を従えて』」 アディは節に乗せて詠み上げた。 東の言葉が多く混じり、エクレスには半分ほどしか分からなかった。 -----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*----- 床の重い扉を開き、団員たちは武器庫の地下へと進む階段を下りていった。 埃と錆と油の匂いがする。団長は手にもっていた松明の火を、 ティモアが持っていた二つのカンテラに移した。 増えた光源により、地下室が鈍く照らし出される。 広いとはいえない室内に、ある程度整理はされているが、様々な武器や防具が 雑然と並んでいた。二番手を勤めていたフッケルが、灯りの中、各物品を観察する。 「フム。マ、ココニ残ッテルモノナラ、磨ケバ使イ物ニハナルダロウ」 「ひえ〜年代物ですね。型もなんだかダサ……。ンンッ、レトロですね」 ヴァーグナルは近くにあった甲冑に近寄った。内部を覗き込むと、首鎧の部分に 甲冑師の名と製造年月日が鋳られていた。 「うわ……四世紀の物じゃないですか!これ、本当に使えるんですかぁ?」 彼は棚の兜を持ち上げてみた。中から何かがパラパラと落ちてきた。 「ここにはアルセナ軍の所有していた業物だけを保存しているんだ。最低限の手入れは ずっとしている。実戦レベルにするためには、一度鍛冶屋に出すべきだろう。 それくらいなら現代の鍛冶の腕でもできるはずだ。高度な武器精製の技術は 現代にはもう無い。皮肉なことに、大戦中こそが、最も職人が栄えたのさ」 ワイズが喋りながら、手近なエペを手にとり、突きの型を取った。 刃が冷たく鳴り、低い振動音が響いた。 「サッ、各々、コレコソハト思ウ物ヲ持ッテ行カレルガヨイ。慎重ニナ。 諸君ノ命ヲ預ケル相棒ニナルノジャカラ」 フッケルの言葉により、団員たちはそれぞれ物色を始めた。 「セキグチ君、僕たち魔法使いの武器はここには無い。それは別に注文してあるから この後取りに行く。君はここで選ぶ必要は全く無いよ」 「あ、はい」 金色の柄の短剣を手に握っていたホノカは、少し残念そうだった。 エルヴァールはその隣でV字樋の両刃の短剣を抜いていた。数本セットになっており、 鞘が並ぶ専用のホルダー付きだった。エクレスはそれを覗き込み、 一本を渡してもらい、ダーツを投げる時と同じ構えを取ってみた。 「う〜ん、これじゃ重心がずれる」 丁寧にエルヴァールに返した。そのまましゃがみ込んで小剣が並ぶ棚を漁り始めた。 団長は突剣がまとめて差し込まれている樽から、一本一本取り出しては 剣身を確認していた。隣の壁に並ぶ大剣の前ではティモアとヴァーグナルが 珍しく会話をしながら選んでいた。 「これほど大きな剣を持つとなると、盾を持つのは難しいですぞ」 「……盾は持たない。自分の盾は、メイホーク団長に預けてある……」 「なんとー。それでは、貴卿はまるで戦士のようではないですか」 「……うむ。それについてはエヴァンス団長にも許可をいただいている」 己の名前を聞き、団長は騎士二人の方を少し見た。 視線の合ったヴァーグナルは、いい笑顔を浮かべ手をひらひらさながら目星をつけた剣を指した。 「おっ!これなんかどうですかな?いかめしい形が貴卿にお似合いかと思いますが」 ティモアはヴァーグナルご推薦の大剣に目を落とし、低い声で返答した。 「……これは、エグゼキューショナーズ・ソードだ……」 「ほう!なかなか勇ましい名前ですな」 「カンタ卿……、それはつまり、死刑執行用の剣です」 団長の突っ込みに、柄に手をかけていたヴァーグナルは、ゆっくりと手を引いた。 ティモアはその隣にあったT字の形をしたハンマー型の剣を手に取った。 ずしりと重い。重心は剣の先端に作られており、斬るというよりは叩き折るための武器だ。 細身の突剣で相手を刺す騎士には扱いづらい獲物だ。 「外で、試しに振ってこよう……」 ティモアはそれを肩に担ぐようにして、階段を上って出て行った。 間にいた巨体がいなくなったので、ヴァーグナルはいそいそと団長の隣までやってきた。 「ジェイナード卿は、メイホーク団長に返還したようですが、この私は 貴女に盾を捧げるつもりです!……お許しくださいますよね?」 情熱的に囁いてみた。 団長は半身抜いた剣越しに彼を見た。 「光栄なお申し出ですが、捧ぐのなら、どうかこのアクラル大陸に住まう全ての人々に」 (ああ、やっぱりガードが固いな〜) この展開を予想していたが、少しがっかりした。 団長が樽に戻したばかりの剣を、未練がましく手にとってみた。 丁度よい持ち心地だ。鞘に入れたまま、軽く足踏みをしながら型を取ってみた。 「フム」 少し抜いて、剣身の輝きを確かめた後、エルヴァールが鞘から抜きまくって 並べ比べていた中から、キヨンの長い短剣を素早く失敬して地下室を後にした。 武器庫の前の庭で、ティモアが素振りをしながら型を踏んでいた。 振るたびに空気が斬り裂かれる音がする。 ヴァーグナルは突剣を鞘から抜き、一度振ってみた。今までにないしなりを感じた。 右手で上段に、左手に短剣を真横に差出し構えた。 「ジェイナード卿、手合わせを願いたい」 ティモアは振り上げざま、彼の方を向いた。そのままゆっくり中段に構え、息を整えた。 「……では、参る!」 口は笑みの形を象っていた。 ヴァーグナルはティモアが笑うところを初めて見た。 遠慮なく、前に突進した。 金属がこすれる音が石の壁に反射した。 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退屈そうに、右手の親指から小指まで順番に小さな光の玉を出して見せた。 「ボクは魔法無いから、ホノカがうらやましいよ」 そう言うアディの手に、ホノカは作った小さな輝きを零した。 掬うように両手をすぼめたが、砕けて指の隙間から塵のように落ちていった。 「あ、変なのみっけ」 エクレスが棚の奥に埋もれた短剣を引っ張り出してきた。 菱形の四辺全てを刃状に叩いただけの、武器と呼ぶにはお粗末な代物だった。 丁度真ん中に穴がひとつ空いている。危ないので、中央の上下を親指と人差し指で穴に 蓋をする形でつまんで、プラプラ揺らして見せた。 「ほらほら、曲がって見える〜」 薄暗い灯りがより一層、目の錯覚を引き起こした。 ワイズが目を細めながら近寄ってきた。 水平に見えるように腰を少しかがめた。 その様子を見て、イガーナはエルヴァールの耳元に口を寄せた。 「シーテ先生、もしかしてあの遊びを初めて見たかもです」 「まさか……」 だが、エルヴァールも何か引っかかって刃物の動きを注視したままだった。 「カーペン君。ちょっとそれをネルド君に渡してくれ」 二人は怪訝そうな顔をし、刃物の受け渡しを行った。 エルヴァールはどこを持ったらよいのか困り、中央と先端の丁度真ん中あたりを摘んだ。 「それでいい。ネルド君。そのままさっきみたいにお手玉してくれ」 エルヴァールは手首を回し、遠心力を加えて頭上に放り投げた。 放物線の一番高いところまで上がった瞬間、お手玉は二つに増えた。 「うえ?!」 見ていた全員がその場から数歩飛びのいた。 エルヴァールはよろけて一本を辛うじて受け止め、もう一本は床に落ちた。 そこには、三角形の底辺に輪がついた状態の刃物が落ちていた。 輪には赤い布が結ばれている。エルヴァールの手の中にも全く同じ物があった。 「なるほど。やっぱりね」 「先生!前もって言って下さい!!」 一気に動悸が早まりながら、ワイズに刃物を手渡した。彼はもう一本を拾い上げ、 底辺の輪同士を重ねて、穴に指を突っ込んでくるりと回した。 魔法のように、元の菱形に戻った。 「これは暗器の一種だね。一見すると分からないけれど、カーペン君がさっき 動かしたおかげで、重心のずれに気づいたよ」 先ほどのエクレスと同じように揺らして見せた。今度はエクレスが水平に見つめた。 「暗器ってなんですか?」 「影の存在であるニンジャ用の一撃必殺の武器さ。ニンジャそのものが影だから、 その持ちものもあまり日の目を見ることはないんだけれどね。よく残ってたなぁ」 「へぇ〜……ニンジャ……」 エクレスはワイズから再び刃物を受け取り、先ほどのエルヴァールのように放り投げた。 音もなく二つに分かれたホノカは思わず頭をかばって帽子のつばを下げた。 エクレスは何事も無かったように、左右の手で一本づつキャッチした。 「面白い!これは面白い!先生、私はこれをもらうことにしました!」 「後からの変更は容易じゃないことだけ、忠告しておこう」 「大丈夫、使いこなしてみせます」 エクレスは上機嫌で、何度もくっつけたり離したりを繰り返してみせた。 団長がワイズに歩み寄った。 「さっきの二人はどうなんでしょうね。あとは彼らが決まれば、先生たちの 武器を取りに行けるんですが」 「君は?どれを持っていくんだい」 団長は何も持っていなかった手を広げた。 「何も。王よりフランベルグを、シャダウェリン殿からクロスボウをいただいておりますので、 これ以上は重くて手に余ります」 「期待通りの模範回答だ」 団長は一礼をして、騎士二人の様子を見に行くと他の者に声をかけた。 皆も、この薄暗い地下での用事は済ませたので、見物するために続いて階段を登って行った。 ホノカが作った魔法の残光が、石の溝に残り、薄闇の中に迷路のような形を浮かび上がらせていた。 ワイズが指を軽く動かした。光の残骸が集って小さな四足の獣のようなものが生まれた。 二、三歩よろけたところで力尽き、しなを作るように崩れ落ちた。 (期待に沿えるということは、それ自体が才能だ。 ……利用価値の高い才能だ。エヴァンス君、君はそれに自分で気づいてくれ) 倒れた獣の上に手をかざし、指を曲げた。 獣は何事も無かったように飛び起き、若駒のように跳ね回った。 (でなければ、傀儡人形になるだけだ) 指を伸ばし、見えない糸を断ち切った。獣は再び重力の虜となった。 優しくその亡骸を踏んで、階段に足をかけた。 地下に残されたものは、時間とともに輝きを失い、消えて無くなった。 前の話 次の話 |