![]() 「シュウガ?!なんでここにいるんだ?」 「おっはようございます!エヴァンス団長、御髪のアクセサリがチャーミングですね!」 「ふぁ〜〜……昨日は飲みすぎたなぁ」 「あれ〜?イガーナ。アディは?」 「うー、眠い。久々に早起きしたわ……朝日が目に染みる……」 「団員になったからに決まってんだろ。ホレ。俺の自慢のコレクションのカタナソードだ」 「………………」 「アディは少し寄り道してから来るそうです」 「おはよう、エヴァンス団長」 「おはようございます、シーテ先生。皆さん」 鐘が大きくひとつ鳴った。 本日は薄曇。湿度はやや高め。風向きは南南東。 すでに往来では人々が一日を動かし始めていた。 正門の脇に、流星騎士団員がひとりを除いて勢ぞろいをしていた。 各自が旅装束を身に纏っている。それらを見ても、個性が見て取れる。 ティモアは余計なものは一切持っていない。イガーナは夏場といえども薄手の日よけ外套を羽織っていた。 ホノカのケープは高級ゆえに丈夫なものだ。ヴァーグナルは手入れが行き届いた盾を背負っていた。 「あとは、アディだけですね。イガーナ、彼は?」 「少しだけ寄り道をすると言っていました。ごめんなさい、時間に遅れるような子では 無いのですが……。あっ、来ました」 広場へと続く北の方角から、アディが駆け足でこちらへ向かっていた。 フェルフェッタはさりげなく、彼のゴール地点まで移動した。 「遅れました!ご……ゴホッ!ごめんなさい……ハァ……そ、それで……」 アディが肩で息をついてから後ろを振り返った。 皆もそちらに目をやる。 「うぁ……」 ヴァーグナルの声が漏れた。 アディが来た方角から、ひとりの青年がのったのったとこちらに走ってきた。 ぼさぼさの長髪を後ろでひとつにくくり、頭には鍋を逆さにかぶっていた。 厚手の布製の鎧を纏っていたが、縫い目がてんで不ぞろいだった。 「はーーっ、はーーっ、アディ〜、速いよぉ〜〜……」 ようやく息の整ったアディの隣でよろりと止まった。顔から、腕から汗が滴り落ちている。 首に巻いていた布で額の汗を拭ってから、勢い良く顔を上げた。 「ホノカちゃん!!!!!!」 視界にホノカを捉えると、満面の笑みを浮かべた。 エクレスはちらりと隣にいたホノカを盗み見た。 ホノカは薄目の状態で彼を見下ろしていた。今日のアイシャドウはスミレ色だ。 「ひ、ひ、ひどいよホノカちゃん!ヴァレイからいなくなっちゃうなんて! き、君がいなくなっちゃうなんて、ぼ、僕には耐えられないよぅ!」 「分かって、トランタン君。世界が私を呼んでいるの」 「そそそ、そりゃ、ホノカちゃんが世界中に愛されてるのは、ぼ、僕も知ってるけど! で、でも、でもでも、ホノカちゃんがいなくなったら、僕は生きていけないよ〜!」 「あの、セキグチ先輩。お知り合いですか?」 団長の質問に、ホノカは髪を掻き揚げてから、上目で「まぁね」と合図を送った。 青年はそれを見ると、急に跳躍で団長の目の前に着地し、その両手を力いっぱい握った。 「あ、あんたが団長さんだろ?絶対そうだ!グーラーの女団長さんだ!お願いだよ! お、お、お、俺も連れてってくれ!ホノカちゃんの傍にいれるなら、俺は なんだってできるよ!!!」 ホノカが再び目を細め、ヴァーグナルはその光景から顔を逸らせた。 イガーナは決まりが悪そうに、手を組んだり解いたりした。 「なぁ?なぁ?なぁ!旅の準備も、ほら、こうしてしてきたんだ!絶対絶対、 俺、がんばるから!頼むよ!なぁ!」 握られた手は互いの胸の高さに持ち上げられた。暖かい息がかかる。 必死な表情には、またもや玉のような汗が浮かんでいた。 その様子に、エルヴァールは二人の間に割って入ろうとした。 その時、団長は思い出した。 「あ……。あなたは、もしかして『勇者たちの酒場』にいた……」 ヴィーナス・アンド・ブレイブスの公演を見たときに、大声を張り上げていた集団がいた。 その中で一際目立っていた黒髪の男がいた。そう、強烈な印象が脳裏に焼き付いていた。 団長の言葉に、彼は顔を輝かせた。 「いたいたいた!もちろんいた!ホノカちゃんの公演は全部観に行ってるからね!」 青年は自慢気に鼻息を吹いた。 身を乗り出して、今にものしかからんばかりだったので、エルヴァールがようやく二人の手を離させた。 「君、まずは名を名乗りなさい。それから、女性に対してはもうちょっと礼儀正しくね」 わざと正音アルセナ語で、嫌味っぽく言ってみた。 青年はハッと身体を起こし、両手に一旦顔をつけてから、頭の鍋を取った。 「す、すいません……。俺、グリムグラム・トランタンです。身体だけはでかいので、 荷物持ちでもなんでもします。お願いします!俺を連れて行ってください!!」 声も先ほどから大きかった。身体を腰から直角に曲げて、そのまま凍ったように 静止してしまった。大勢が行き交う中、明らかに注目を浴びていた。 団長は困ったように彼を見つめ、その向こうで手を合わせて目配せをしているアディを見つめ、 ホノカを見つめた。ホノカは弄っていた髪の先をほどき、肩をすくめた。 「トランタン君。あたしたちは遊びで行くわけじゃないのよ。戦いに行くの。 ね、危ないから一緒には来れないわ」 「あ、あ、あ、危ないなら尚のこと!お、お、俺がこの身を盾にしてでも、ホ、ホノカちゃんを 守ってみせーる!」 そう言って、背中に背負っていた木刀を勇ましく、天に掲げた。 その刀身には『根性』と東の文字で彫られていた。 アディはゲホッと咳き込み、シュウガは下を向いた。腹筋に力を入れる。 噴出さないようにするのに必死だった。 ホノカは団長を再び見た。 「……本人の意思は、あんな感じで固いみたいだけど……。判断は、エレオノーレちゃんに 任せるわぁ……」 「お願い!お願い!だ、だ、ダメって言っても、ついて行っちゃうからね!!」 団長は困ってワイズに助けを求めたが、ワイズは知らん顔をして、視線を合わせようとはしなかった。 自分で決めろということだ。フィニーが団長の頭の上で、羽根をゆったりと動かした。 流星騎士団への入団資格は成人していることと、固い意思だ。 彼は双方を満たしている。この調子だと、本人の宣言どおりに後を追ってくるのだろう。 その途中で何かあった時に、団員ではないからと、そ知らぬ顔をできるだろうか。 ならば、いっそのこと行動を共にしたほうがよいのではないだろうか。 「……分かりました。ご意志が固いのなら、歓迎いたします」 「いぃぃぃいい、いやっっっったあああぁーーーーーーーーー!!!!」 木刀を再び振り上げて、その場で華麗に一回転ジャンプをした。 案外身が軽い。ホノカは、仕方ないわね、といったため息を吐き、 アディは隣のフェルフェッタに、悪いやつではないんだ、と零した。 団長は名簿にグリムグラムのサインを貰ってから、シュウガを他の皆に紹介するべく、 彼の隣まで進んだ。シュウガは片手で口元を覆ったままだった。目じりに涙が浮かんでいた。 「エル団長、あんた面白いな。でもな、あんたに一個、言葉を贈るぜ」 目を吊り上げてから、団長の顔を覗き込んだ。 「『断る勇気』!」 「同感」 ワイズが後ろでボソッと呟いた。ティモアは意味ありげに、長い瞬きをした。 シュウガを皆に紹介した後、今後の大雑把な旅路の説明と、今日の到達目標地点の 確認を話した。グリムグラムはホノカの少し後ろでニコニコしながら聞いていた。 「では、出発します。いいですか?」 「あっ!ちょっと待った!」 市街を背にして歩き始めようとした団長を、ホノカが呼び止めた。 団員たちも、互いに互いを横目で確認しながら口元に笑みを浮かべていた。 ホノカは軽い足取りでティモアの隣まで走り、その腕に手をかけ彼を見上げた。 ティモアは、そっとその腕から逃れ、隣にいたワイズに視線を送った。 ワイズは口の端を歪めて、肘で彼を小突いた。 ティモアは団長の濃い色の瞳と視線を合わせた後、そのままやや上空を見上げ、息を吸い込んだ。 「…………我ら、流星騎士団員は、いかなる時も、団長と共に歩み、迷い、戦うことを この偉大なるキング・ヴァレイの名の元に、」 「「「誓おう!!!!」」」 全員が唱和し、それぞれの武器を掲げた。グリムグラムだけが、慌てて一手遅れた。 団長は不意をつかれてポカンとした。ティモアの大声を聞くのは初めてだった。 先ほどから注目を集めていた集団のこのパフォーマンスに、野次馬たちからは 拍手が湧いた。通りすがりの人々も、釣られて拍手を始めた。 ホノカはそれに優雅なお辞儀で応え、ヴァーグナルは投げキスしながら敬礼をした。 ワイズはさっさと団長の隣まで歩き、イガーナとアディは思わず宙返りを披露した。 帽子を被り直して市街を見つめるフェルフェッタの傍ら、エルヴァールは団長に ウィンクをしてみせた。シュウガはエクレスに何事かちょっかいをかけながら、 門に向かって連れ立ってきた。グリムグラムはホノカに見惚れ、団長は音頭を取った 騎士に笑いかけた。ティモアはそれを直視できなかった。 こうして予期せぬ拍手に送られて、流星騎士団の第一回遠征は始まった。 前の話 次の話 |