キーィッ キーッ キーッ キーッ
チチチチチチ、ヂヂヂヂヂ、ヂーィィィ……

晩夏の鳥がけたたましく鳴く声で、旅人の森の夜は明ける。
毎朝、耳に刺さるような甲高い音に起こされて、ホノカはかなり不愉快だった。
いつも聞こえないふりをして、そのまま狸寝入りを決め込むのだが、
そうこうしている内に、騎士ふたりが起床し、朝の日課の訓練を始めるのだった。
その音に渋々起き上がり、他人に背を向けて髪を直し、魔法で火を起こし、鍋に湯を沸かすのが
彼女の日課となった。そこから先の朝食係はグリムグラムの担当だった。
訓練を終えた騎士ふたりを交えて食を摂り、身支度を整え次第に出発。
多分、正しいであろう方向に向かって、ただひたすら無言で歩く。
仲間とはぐれてから今日で八日目。
ホノカはいい加減、このメンバーでいることに耐えられなくなってきた。

とにかく、暗い!

はぐれて最初の二日ほどは、騎士ふたりは進路の相談などで、何かと話をしていた。
だが、やがて業務連絡すら喋らなくなった。
ホノカとグリムグラムも、森の奥へ行くのは初めてだったので、目に映るものを
楽しみ、話に花が咲くこともあった。
しかし、それももう飽きた。
誰もがホノカはこの遠征生活に適応できないだろうと予想していた。
華やかな生活を好む彼女は、こういった汗臭く泥臭い、地味な労力を要する生活は
送れないだろう、と。
王都での彼女は、確かにいい服を着て優雅にモデルという職をこなし、魔法を演出に流用して
華やかに楽団を組んだりと、毎日を楽しく暮らしていた。
その反面、彼女の職は身体が第一資本で、世間の流行を先読みしなくては長くは続けられないものだ。
彼女は自分の職が好きだったが、それ以外の才能をアカデミーで発掘できなかったこともあった。
職を維持するために努力は惜しまなかった。
毎日きちんと規則正しく生活をし、食も多すぎず少なすぎず、色んな物事の流行や世情を
耳に入れるようにしていた。時には自分の脚で情報を得に行く。
彼女は生まれた街を隅々までを知っている。運動も兼ねて、毎日歩いて移動しているからだ。
真の意味で、ホノカはヴァレイが似合い、ヴァレイに生きる女だった。
彼女のそんな裏の努力を知っている者は少ない。
ホノカは自分が地味な努力家だと知られることを好まないからだ。

『あら、だって、「あたし、こぉんなにがんばってまーす!」って、宣伝してるみたいで
 好きじゃないの。そういう地味で面倒なのを隠して、サラッと華を添えるのが、
 いいオンナってもんでしょ? ンフ!』

彼女の裏を知る数少ない者の証言だ。
そして、彼女は毎日歩きとおし、かつ粗食の旅暮らしに適応した。
気が合わない団長やシーテ師がいたが、ワガママを言えるヴァーグナルやグリムグラム、
ノリが合うエクレスやシュウガが居たことにより、旅はかなり楽しかった。
バルセールまでは。

生活や習慣、そんなものよりも、彼女が一番重きを置いているのは、人間関係だ。
現在のこの四人のメンバーで朝も昼も夜も、食べるのも歩くのも寝るのも
一緒なのには、何かが堤防決壊しそうだった。
とにかく、気に入らないのはエレオノーレ・エヴァンスだった。
言うことは一々小難しいし、表情は辛気臭いし、何を考えてるのか分からなかった。
喜怒哀楽が乏しい。目線が宙をさまよっている。ため息が多い。森の下草を歩く中で
キノコが生えているところをこっそり避けている。ティモアとの会話が長続きできる。
ひとつが癇に障ると、何もかもがマイナスに見えてきてしまう。
内面は容姿にも滲み出る。
そんなことばかり考えてイライラしている自分は、きっとブスになってるだろうし、
辛気臭い彼女は、その通り、内部に陰気な悩みを抱えているのだろう。

(あ〜っ、だからと言って、どうしたいわけでもないのよね。あたしはあたしの
 イライラでいっぱいだから、あんたの面倒までは見てらんないのよ。
 つくづく、シーテ先生やエルは甘いわよ。甘やかしすぎよ。
 だから、ティモアさんにちょっと言われたくらいで泣くのよ。
 リーダーのあんたが陰気だと、全体の士気に関わるわけよ。
 その辺、ちょっと自覚したらどうなの?エレオノーレちゃん?!)

少し荒めに鼻から息を吐いて、そのまま行軍を続行した。
ホノカがイライラしていることは、グリムグラムにはよ〜っく分かっていた。
営業用の笑顔や振る舞いをずっと見てきた。
注意深く見ていると、それが本心なのか仮面なのかが、うっすら分かってきた。
伊達におっかけはしていない。
そして、そういう時はそっとしておくのが一番だということも知識として持っていた。
こんな状態の時に下手なことをして、引っぱたかれるヴァーグナルの姿を何度も
遠くから目撃している。
それでも、彼女のイライラをなんとか解消したかった。
原因は、自分ではないかと思い始めていた。
先の逃亡戦の際に、自分だけがお荷物だった。
他の者は何かしら貢献していた。
特に、ティモア・ジェイナードの力は大きかった。

最初に敵に気づいたのは彼だった。
そしてホノカを助け、グリムグラムを助けようとし昏倒した団長を助けた。
彼がいなければ、この三人は命が無かったとさえ思っている。
グリムグラムの中では、この騎士団のリーダーはティモアだった。
口数は少ないが、皆から最も頼りにされていると感じていた。
ホノカが彼を頼もしく思っているのも、はたから見ればすぐに分かった。
自分がまったく頼りにされてないことも分かっていた。
他の皆にはどう思われても構わない。
自分もいつか、ホノカに認められるような男になりたい。ホノカを守れる男になりたい。
ティモアのような!
だから、彼に近づくために、騎士ふたりの日課に参加しようと思い思い、
惨敗で八日目を迎えた自分が、ちょっぴり恨めしかった。

団長とティモアは、口論の夜以降はお互いに何も無かったように接していたが、
なんとなく噛みあわなかった。
ふたりとも、合わない相手にはつかず離れず、間合いを保つタイプだったので、
さほど問題がないようにも見えた。
だが、ティモアは己の中の迷いの糸口は、エレオノーレその人を知ることで
見つかると考えていたので、彼女のことをもっと知りたかった。
しかし、妙齢の女性に対してどのように、そして失礼ではない程度に話たらいいのか
まったく経験が無かったので、無口なままだった。

(……カンタ卿は、偉大だ……)

団長はというと、この先の遠征日程の調整や、戦闘における布陣のことなどを
ああでもないこうでもないと一人で思い悩みつつ、目の端に捉えたキノコを避けて歩いていた。
残りの三人がそれぞれに対して複雑な思いが交差していることなど、顧みる余裕も無かった。

「……川」

ふいにティモアが呟いた。残りの三人も顔を上げて辺りを見回した。
水が流れる音がかすかに聞こえた。湧き水の音ではない。
一行は音のするほうへと進路を変えた。
肺に入ってくる空気の湿度が上がってきた。
幹と幹の隙間に白く流れる川が現れた。
自然と早足になり、岸辺まで出た。
川の上空だけは、さすがに樹木の覆いが無い。久々に完全な姿の太陽を拝んだ。

「ああ……。やっぱり、太陽を見ると、安心します」

光を思いっきり浴びながら、団長は独り呟いた。他の者も空を見上げていた。
全員の淀んでいた表情が、陽光に照らされ明るいものになった。
全員一致で、少し休憩を取ることにした。グリムグラムは清流を水筒にいっぱいに詰め、
鍋を浸して磨き始めた。ホノカは脚を漬けながら顔の手入れを始めた。
顔と口を清めたティモアは、立ったまま下流を眺めている団長を見上げた。
ここは大分河口に近いようだった。はるか遠くに、ぼんやりと白い水平線が見えた。
数々の小島を浮かべるガレス湾だ。
片手剣の銘と同じ色の瞳のすぐ脇にある長い耳に、ティモアは彼女が何を見ているかを理解した。
ティモアにはどんなに目を凝らしても雨季のあとの湿気が邪魔をして見えない。
しかし、彼女には見えているのだろう。

(……グラル島とは、確か南部に……。……。……よそう。……詮索など、浅ましいこと)

団長は何事も無かったように水辺に座り、靴を脱いで拭き始めた。

「……団長。川があるということは、集落が近いのでは?」

「そうですね。この川より西に入ったところに、目的の村があるはずです」

そう言って、腰のポーチから地図を取り出し広げて見せた。
川を描いた線の少し左に、村の名前が書かれていた。

「これで、この四人旅も終わりってこと?あ〜ヤレヤレ」

ホノカが髪を鋤ながら脚で水をバチャバチャと撥ねた。
グリムグラムは、なにやら難しい顔をして磨き終わっていた鍋と向き合っていたが、
ホノカの発言を聞き、ティモアの隣までにじり寄ってきた。

「ティモアっさんっ!!お、お、お、俺をっ弟子にっ!して下さい!!」

そう大声を上げ、ガバと頭と手を地に付けた。
女性二人は目を大きく開いて注目したが、ティモアの表情は全く変わらなかった。
瞬きをゆっくりと二回ほどした。

「……おっしゃる意図が計りかねる……。自分こそ、修行中の身。人に何かを
 教えられる立場ではない……」

「そんなこと無いっす!ティモアさんは男の中の男です!俺の憧れです!
 さすが騎士なだけあります!!お、お願いします!俺、強くなりたいんです!!」

「…………自分は、まだまだ未熟者。純粋な強さという意味ならば、エヴァンス卿やカーペン殿、
 ジン殿のほうが上だ……。自分は、己の任務を果しているだけ。それ以上も、それ以下も、無い」

「で、でもぉ……!」

頑なで理論派のティモアは難攻不落だった。自分よりも年齢が上なこともあり、あまり
強く出られない。ここで引き下がってしまっては、始まる前に終わるのだ。
しかし、上手く次の言葉が出なかった。

「……そろそろ、出立した方がよろしいのでは?」

ティモアは俯きがちに、団長に進言した。
そうですね、と団長は短く答えた。ホノカも準備を整え立ち上がった。
しょんぼりしながら荷物を負うグリムグラムが歩き出したのを見届けてから、
もう一度、北のほうを一瞥してから歩き始めた。

「トランタン殿」

少々ペースが落ちた戦士に声をかけた。グリムグラムは首をカクリと頷かせた。

「ジェイナード卿のご意向も汲んでさしあげて下さい。あの方は、とても己に真っ直ぐなのです」

「……うん……」

「私も、あの方のことは騎士として尊敬しています。高みを目指そうという姿勢を
 見習いたいです」

「……」

「師と仰ぎたいのなら、何も弟子という枠に囚われなくてもよろしいのではないでしょうか?
 同じ道、同じ高みを目指せば、自ずと先を行くジェイナード卿の後を追うことになりましょう」

「……そうだね。……こだわる必要は、ないかもね」

グリムグラムは振り返って、目線の下にある団長の顔を見た。
自分よりひとつ年下の女の子に諭されて、恥ずかしい気持ちにほんの少しの腹立たしさが入り混じった。
それ以上に、冷静にティモアを判断し、自分よりは彼の目指すものに近い場所にいるであろう
彼女にも、かすかな尊敬の念を抱いた。

(……でも、こういう女の子を好きになるのは大変だろうなぁ。なんか、怖いや)

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エルヴァールとエクレスは手土産として仕留めた鹿二頭を捌いていた。
集落を尋ねる前に、シュウガの提案で狩っておいたものだ。
他にもバルセールで買い込んだ食料も何点か渡した。
おかげでか、八人の武装した大所帯でも快く受け入れてくれた。
団長を始めとする四人はまだ村を訪れていないとのことだった。
滞在の許可を申し出たが、さすがにこれだけの人数を、何日も留めておける場所が無いという理由で
断られた。明日にはここを発たなくてはならない。

「エクレス、ここを押さえてて」

「はいよ」

エルヴァールは極めて冷静に肉と骨を切り分けていった。
エクレスは刃物を扱う彼の目を久々に見た。
エルヴァールは自分の目が彼の心をよく語ることを知らないのだろう。
彼の長所であり短所でもあるそのことを、付き合いの長いエクレスは気づいている。
魔法使い二人は村長に頼まれた魔法媒体のメンテナンスに忙しかった。
古びた道具に勢いよく魔法を通して、通りの悪くなった媒体を一般人にでも
使える状態に戻す、結構な肉体労働だ。
東の二人は相変わらず曲を奏でていた。
鳥の囀りに合う静かな曲に弾かれて、老人たちが取り囲んで耳を傾けていた。
ヴァーグナルは早速仲良くなった娘さんにお茶をご馳走になり、シュウガは村の雑貨屋を熱心に覗いていた。

集中して赤いものばかりを見つめていたので、目が疲れたエルヴァールは首を回しながら顔を上げた。
エクレスの金髪の遠く向こうに、見覚えのあるもっさりした黒髪の男の姿が見えた。
エルヴァールは刃物を置いて、一歩踏み出した。エクレスも振り返る。
グリムグラムも彼らに気づいて手を振った。彼の後ろからホノカがひょこっと顔を出した。

「ホノカ!!!」

エクレスが叫んで駆け寄った。

「エクレス!……はぁ〜……会いたかったわぁ……元気だった?」

「大丈夫。そっちこそ、大丈夫だった?皆心配してたんだよ!ああ、よかったぁ」

エクレスはホノカを抱きしめようとしたが、鹿の血で手が汚れていることに気づき、
顔の前で手を組み、祈るような形を取り息をついた。
代わりにホノカはエクレスの肩に額をぶつけた。
追いついたエルヴァールはグリムグラムに残り二人の所在を尋ねた。

「ティモアさんたちは村長さんに挨拶に行ったよ」

「そうか……。……とにかく、無事でよかった。何か食べるかい?」

「あったか〜い飲み物が、欲しいわ。お願いできる?」

「分かった。持っていくから。エクレス」

エクレスは頷いて二人を宿として提供してもらった薪小屋へと先導した。
エルヴァールは解体中の鹿に布をかけてから、桶で手を洗い、かまどに鍋をかけた。
分けてもらった山羊の乳をいれて煮詰めてからチーズとリング豆と小芋を入れ掻き混ぜた。
香り付けにハーブを入れて味見をした。鍋ごと小屋へ持っていく。
外開きの扉なので、両手がふさがっている彼には開けられない。

「ごめん。僕だけど、開けてくれない?」

声を掛けると、中からごつい手が扉を開けてくれた。

「……ジェイナード卿……!」

「……ネルド殿、……ご無事でよかった」

「ありがとう。……そっちも?」

「……エヴァンス団長の側へ、どうぞ」

ティモアは身体をどけて彼を通した。
薪の固まりに腰掛けるホノカとグリムグラムの隣に、エレオノーレが立っていた。
騎士のマントを肩にかける形で羽織っていた。
彼女は何かを言おうとして口を開いたが、そのまま声を出さずに何度か瞬きをした。
肩で息をつき、口を横に引いて照れくさそうに笑ってみせた。
エルヴァールは鍋の持ち手を握る拳に力を入れて、首をゆっくりと縦に振った。
村長の下から彼らに同行していたフェルフェッタが、エルヴァールの手から鍋をそっと奪った。
エルヴァールはゆっくりと彼女に近づき、背中に手を回した。

「おかえり」

「ただいま」

団長はエルヴァールの肩に顔を埋めて、目を閉じた。

「手が温かい」

「……鍋を持ってたからね」

エルヴァールも目を閉じながら答えた。




「無事でなによりだったよ。お疲れ様」

「ありがとうございます。そちらもご無事で安心しました」

魔力を大量に消費したワイズは、疲れ顔で団長たちを労った。
団長は席をずらし、魔術師が座るスペースを空けた。
エルヴァールが皿にワイズの分の肉を切り分けた。

「ありがとう。久しぶりのまともな食事だな」

「また明日からまともじゃなくなりますから、たっぷり食べておいてください」

「ははは。君の腕には期待してるよ」

「マトモじゃないってなら、あたしたちのほうがもっとマトモじゃなかったわよぉ。
 夜は火を起こせなかったから、大変だったのよ!」

ホノカがナイフとフォークで綺麗に一口サイズに切りながら、甲高い声を挙げた。
薪小屋の前で、久しぶりに全団員が顔をつき合せての夕食を取っていた。
手土産からお裾分けいただいた鹿の脚一本を焼いたものと、森で捕れる芋を蒸かし山羊のバターを
かけたもの、キノコとトカゲの炒め物、それに分けてもらった地酒が少々だ。
互いの空白の八日間がいかなるものだったかで話題は尽きなかった。
酒の入ったホノカは掻い摘んだ愚痴をエクレスとシュウガに長々と零していた。
グリムグラムは東の二人に、旅についての知識をあれこれと尋ねていた。

「今回の件は、私たちの認識が甘かったことを教えてくれたよい教訓になったと思います」

「まったく。ま、こうして全員が無事だから言える台詞なわけだが」

「うんうん、そうよ」

団長は魔法使い二人と騎士二人、それにエルヴァールを加えた六人は円陣を組む形で
食事をしていた。

「結局、あいつらはなんだったんだろう?追っ手が来なかったのは善しとするけれど、
 野放しにしておくのもマズイんじゃないかな。森の住人にとっても危険だ」

「うむ。それと、アディが以前にも似たような奴らと遭遇したと言っていた。
 あの手の奴らが他にもまだ居る可能性が高い。……今後、どこで鉢合わせるか
 分からないぞ」

「ええっ……じゃぁまたあんなことになるかもしれないのさ?戦うのも怖いけれど、
 はぐれはぐれで不安な思いをするのは、もういやだな……」

「そうならない為に、賊に遭遇した時に咄嗟に陣形を組めるようにしよう。
 戦うにしろ、逃げるにしろ、今回のように不意を突かれても対処できるように
 ならなくては」

「…………賛成。……エヴァンス団長、シーテ殿、自分の提案を述べてもよろしいか?」

「何かあるのなら、お願いします」

「……我々の目的は、魔物と戦い勝利すること。しかし、それはキングリオンでの一戦に
 限るものではない。ましてや、かの地に到達する前に果てるわけにもいかない。
 負傷や疲労することも考慮すると、団員の半数を実戦闘員として割り当て、残り半分は
 補助と待機や休息に充てる。これを交互に行い、連戦にも対応できるようにしてはいかがか?」

「……難しいですね。……いえ、半数で陣形を組むという案には私も賛成です。
 その人数なら小回りも利きますし、万が一のことがっても、旅を続行することができる数です」

団長は空になった皿を重ねながら続けた。

「問題は……」

顔を上げて五人をゆっくりと見回した。

「ジェイナード卿の提案は、団員全員が戦闘が行えるという前提の元によるものです。
 私の意見を正直に言いましょう。私は、すでにこの前提が破綻していると考えています」

エルヴァールは拳を握り締めた。フェルフェッタの瞬きが早くなる。

「私は、団を存続させるためだけでなく、私個人として、皆さんの命を危険に晒したくはありません。
 戦うに足りない方に戦闘に出ていただき、悪い結果となることをできる限り避けたいです。
 ……これは、理想論かもしれませんが」

団長は横目でチラリとティモアを見た。
ワイズはそれを見逃さなかった。

「それで、君の結論を聞こう。誰が戦力で、誰が戦力外なんだい?」

エルヴァールは動悸が早くなった。睫毛が震えているのを、隣に居るヴァーグナルに気づかれただろうか。

「実戦の経験のあるジェイナード卿、カンタ卿、私。判断の素早さと経験の豊富なシーテ先生。
 同じく、反射速度の速いシュウ、フェル先輩。……以上が、即戦力になると判断しました」

「エヴァンス卿。貴卿は先の逃亡戦でご覧にならなかったかもしれませんが、私はアディを
 推薦します。彼の旅の知識は戦いにも及んでいます」

「なるほど、了解しました、カンタ卿」

ヴァーグナルに視線を返す際、隣のエルヴァールを見た。
彼は円陣のちょうど中央辺りを食い入るように見つめていた。
団長は心がざわざわと波立った。

「……エル兄は、……弓の腕は私も十分に知っています。ただ……速度です。あなたの反応速度では、
 素早い敵と対峙した時に、非常に危険です。……分かってください」

彼はそのまま地面を見つめたままだった。両脇を挟むヴァーグナルとフェルフェッタが
そっと覗き見をしたが、様々な感情が彼の瞳に浮かんでは消え、渦巻いていた。

「エクレス先輩は、武器が未だに扱い慣れてないように見受けられます。シャロワ殿は優しい方です。
 守備には向いていますが、攻撃には向いていないように感じます。
 ホノカ先輩とトランタン殿は、戦いというものの経験を傍観という形でもいいので、
 もう少し積んで、慣れていただきたいです」

「ナニソレ。……あたしが、極楽トンボで生きてたように見えるっての?!」

輪の外で聞いていたホノカの愚痴を、エクレスはまぁまぁと流した。
シュウガは団長が意外と人を冷静に見ていたことに感嘆した。
自身も人を見抜く目を必要とする職業だ。
団員でも街で出会う者でも、意識せずに観察と分析をする癖がついていた。
団長はしっかり者に見えて、実はボーッと考え事ばかりしてることが多い。
時々独り言を言っている(シュウガはフィニーの存在を知らない)。
騎士団で一番若い女の子とあって、団長と言えどもちょっと頼りないと感じていた。
はぐれる前の彼女なら、こんな風にはっきりと物を言わなかったのではないだろうか。
この八日間で、彼女は少し変わったようだった。

(頭としては合格な判断だと思うが……女としては、キッツいなぁ。エル、ちょっと同情するぜ……)

「……自分も、団長の分析に異存は無い。しばらくはこの七名が戦闘の要となるだろう」

「僕も異存は無い。ただ、やっぱり先ほどのジェイナード卿の案も取り入れたい。
 七人に主軸を置くのは結構だが、負担はできる限り分散し、言い方が悪いが、
 共倒れを避けたい。半数が死んでも、もう半数は生き残らなくてはいけない」

もちろん、団長は常に生き残らせなければいけない。しかし、そのことを言い出すと
また話がややこしくなるので、ワイズはあえてそこはぼかした。

「残りの五名も、経験の問題だろう。騎士団にいる限り、傍観とか悠長なことは言ってられないよ。
 実戦で積むしかない。適度に混ぜて、半々…六名での陣形を組んでみよう。では」

「……シーテ殿」

ティモアが珍しく他人の話の最中に口を挟んだ。

「なんだい?」

「戦闘の陣形は、奇数で組むことを薦めます」

「……なぜ?」

「偶数では、安定してしまうのです。無意識のうちに二人の組というものができてしまい、
 その相方だけを気にかけ、視野が狭くなりやすくなります。全体を見渡しながら小隊で戦うのなら、
 奇数という不安定な方が、よいのです」

「なんか、学校の中のグループ分けみたいな話だわさ?」

フェルフェッタが疑問を口に出した。

「……確かに、子供のような理屈だ。しかし、戦闘時は大人の理屈は通用しなくなる。
 純粋で単純な理屈だけが、辛うじて理性に残るのだ……」

ティモアは静かに答えた。
彼は騎士になって五年の間、ウォルタランド周辺の賊の討伐や暴動鎮圧に赴いた実経験がある。
彼の人柄もあって、説得力があった。

「分かりました。では、七名の陣形を組むことで作戦を考えましょう」

団長の一声に、異議なーし、と誰かが答えた。
焚き火に照らされた地面に升目を書いて、ああでもないこうでもないと会議が始まった。
不謹慎かもしれないが、皆、どこか楽しそうであった。一人を除いては。
エルヴァールは話の輪に加わりつつも、心は上の空であった。

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バルセールの街に、大きめの馬車が三台とその他諸々の隊商が到着した。
先頭を歩いていたレグールに騎乗した女性が、顔を覆うゴーグルを取った。

「さぁ、着きました。バルセールです」

振り向いて御者台に乗った男に告げた。
男はこの隊商の頭だ。

「ありがとう。おかげで商品も全て無事だったよ。助かった」

「それが私たちの仕事ですから。今後も安全なフェルミナの旅を!」

レグールの女性は微笑んだ。隊列の脇と後ろについていた他の四騎が彼女の元に集った。
それぞれゴーグルや垂れのついた帽子を取る。

「ふぅ〜、暑かった」

「途中で山賊に襲われた時は、冷やっとしましたよ」

「新人君、馴れさ、馴れ」

「お嬢。宿を抑えてきます」

「お願いします、ニール」

ニルニレムという名の補助魔法の名手は、レグールを仲間に預けて広場の方へ歩いて行った。
先頭に立っていた女性は隊商の頭から、今回の護衛の報酬を受け取った。
馬車からは、隊員たちの手により荷解きが始まっていた。
目ざとい街の商人たちが取り巻き、北方からの物産品を品定めしては、
すでに交渉を始めている者もいた。

「アルヴィさん。町長に挨拶に行きましょう」

「いやよ、面倒くさい。別に私が来たって知られなければ、挨拶しなくてもいいでしょう?」

「でも〜。僕、お父上から、ちゃんと挨拶に行ってもらうように頼まれてるんですよぉ」

「じゃぁ、行ったことにすればいいじゃない」

「だめですよぉ。なぁ?」

「いいんじゃね?バレないだろうし、お嬢がいやだって言うんなら、お前なんかにどうにもならんさ」

イルヴィルとマルヴェクはしばらくゴニョゴニョと言い合っていた。

「活気のある街ですね」

エルメーネが帽子を取って、ぐるりと見回した。
雨季が過ぎ、強い日差しの中で三方からの隊商が集うバルセールは、街の規模の割には
人で溢れていた。

「ルネはバルセールは初めてだったかしら?この街は雨季が終わるころにバザールがあるの。
 今が一番混んでる時なのよ。普段はもうちょっと寂しい街よ」

「私は今まで、ガレス方面の任務が多かったので。あとで、少し見て回ってもいいですか?」

「私も、そのつもり。かわいい帽子とか売ってないかしら?」

アルヴィがうふふ、と笑いながら囁いてると、ニルニレムが戻ってきた。
混雑するこの時期だが、フェルミナ軽騎兵の者だと告げると、あっさりと一番高級な宿の
一番よい部屋が取れたとのことだった。

「……お父様が、伝書でも使ったのかしら」

だとしたら、町長にも知られてるかもしれない。アルヴィは少し機嫌が悪くなった。
一同はレグールを降り、ニルニレムの先導で宿に向かった。
厩に預けて、男女別に部屋に分かれた。
ニルニレムはふと思い出して、アルヴィに声をかけた。

「そうそう、最初に行った宿には噂のヴァレイの騎士団が泊まったそうですよ」

「あの、魔物討伐の騎士団?本当?」

「一月ほど前に、案内人無しに旅人の森に入っていったそうです。いやぁ、本当にやってたん
 ですね、魔物退治!出たって噂を聞いたけど、信じられないなぁ」

ニルニレムは肩をすくめて笑ってから、隣の部屋へ消えていった。
そう言えば、フェルミナを出る際に、賊よりも魔物に注意するようにと
父から言われた。この人まで、なんてことを言い出すのだろうと思ったが、
本当に、たった今、どこかの街が魔物に襲われているのだろうか?

「ねぇねぇ、アルヴィさん。お店がいっぱいありますよ!掘り出し物の剣があると嬉しいんですが!」

「出た、武器オタク……」

エルメーネは窓から見下ろせる広場に並ぶ露店の列を、目を輝かせて眺めていた。
アルヴィは扉を閉めてベッドに腰を下ろした。腰に装備していた剣と矢筒をベルトごと外した。

「違います!剣は私を守り、私を生かす大切なものです。だから、よりよい物を求めるんです!」

「なんとなく分かるわ。私も、よりかわいい帽子の方が好き。早速、行っちゃう?」

アルヴィは指で下を指した。エルメーネはもちろん!と頷き、皮鎧と武器を外した。
男衆に扉越しに出かけることを伝え、はしゃぎながら広場へと降りていった。

(ついでに、街の人に騎士団の団長がどんな子だったか、聞こうっと)

「あっ、アルヴィさん、掘り出しものですよ!ビルダリクの剣です!
 でも、た、高い……。おじさん、まけてください!!そうですよ、これはまだ、
 巣立ちしたばかりのウルザーク作でしょう?同じビルダリクの剣と言えども騙されませんよ!
 ここのほら、持ち手の巻き方はムジョス博士の型には無いのものじゃないですか。
 なのにこの値段は横暴ですよ!もうっ!こっちのビゾムガラルの剣は安すぎです!
 こっちはですねぇ、ほらっここがぁ……」

エルメーネは早速、露店の誘惑に引っかかっていた。
アルヴィも伸びをして、近くの店を覗き込んだ。


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